7.放っておけ
砦に戻ったヴァルトは手早く国王に報告を済ます書面を書くと、砦内の書庫室に閉じ籠る。
女神に関する記述を─闇を払う方法を探す為にだ。
「…ヴァルト様、少しはお休みを取ってください」
背後から近付いてきたフェルディナントは、何度目かになる言葉を繰り返す。
「放っておけと言ってるだろ」
書物を読み漁りながら、ヴァルトは顔を上げる事なく言い捨てた。
あれから何日も、己の執務の合間にやって来ては、書庫室の番人と化している。
「食事も睡眠も、大切な役目です」
「うるさいな。俺は3番目だから、問題ないって言ってるだろ」
「ダメです。その左腕も、常勤医に診せていないのでしょう」
フェルディナントの言葉を軽く流せば、痛いところを突っ込まれた。
実はヴァルト、怪我をして帰ってきた事は見て分かるから知られているものの、傷を誰にも見せていないのである。
「俺が神聖魔法を使える事は知っているだろ」
「知っていますとも。ですがそれならば、完治していてもおかしくはない筈です」
一言返せば、二言も三言も返ってきた。
その分、フェルディナントがヴァルトを心配しているという事。だが隠し事のあるヴァルトは、鬱陶しく思うばかりである。
ヴァルトは無言で返した。
しかしながら、フェルディナントに通用しない。
「やましい事があるから、そのような態度をされるのでしょう。診せてください」
少々強引に左腕を掴まれる。
─チッ…、しつこいな。
フェルディナントはヴァルトの母方の従兄弟だ。ゆえに、彼自身は神聖魔法を使えない。
「お前に診せてもどうにもならないだろ」
「ならば、焼いて塞いで差し上げましょうか?」
サラリと怖い事を平気で告げた。
どうやら、相当怒っているらしい。
掴まれた腕はびくともせず、睨み付けるヴァルトにも怯まない。ヴァルトにとって、最強の手強さだ。
「…勝手にしろ」
「はい。そうさせていただきます」
吐き捨てるように告げたヴァルトに、笑顔で答えるフェルディナント。
そして言葉通り、ヴァルトの腕の包帯を解き始める。
が、すぐにその手が止まる。
「…ヴァルト、様?」
「何だ」
怖々といった感じで、フェルディナントが声を掛けてきた。けれどヴァルトは見向きもせず─視線は手元の書物にあり─、ぶっきらぼうに答えるだけ。
説教を食らうのは分かっていたし、ヴァルト自身も腕を見るのが怖かった。─あれから初めて見る。
「…ヴァルト様、これは…魔物化、ですよね」
「そうだな」
「そうだな、じゃありませんよっ」
決定的な言葉を告げられ、もはや否定しようもない。
だが、肯定した瞬間、怒鳴られた。
「…っ」
思わず視線を向けたヴァルトは、何故か涙に濡れるフェルディナントを見て息を呑む。
「何故…、教えてくださらなかったのですか」
「あ…いや、その…怒られると思ったし」
思いもよらなかったフェルディナントの対応に、ヴァルトは子供のような言い訳を返していた。