1.やっと
前方に見える石造りの、強固な壁に周囲を囲まれた聖騎士団の砦。
ここは国境の最北端にある事で、他所よりも警戒が厳重だった。
─やっと着いた…やっと、だと?何で俺がこんな情を持つ?
ヴァルトは不意に出た自分の感情に、酷く慌てる。
砦から何日も離れての討伐などは日常茶飯事であり、砦到着を心待ちにした事は今までなかったのだ。
ヴァルトはふと、自らの腕の中にいるリサに視線を落とす。
以前見た時とは格好が違うものの、今回の服装は前にも増して布地が少ない。─ここレイグスでは男女共に、手足の露出度が極めて低いのだ。
勿論、そのせいで傷だらけになっている、リサの柔らかそうな白い肌。
レイグス王国ではあまり見掛けない肌の色に、よそ者だとすぐに見てとれた。
そしてここまで戻って来るのに、日はかなり傾いている。
疲れの為か眠ってしまっているリサの瞳の端に、ヴァルトは光る滴を見付けた。
─泣いて…いるのか?
反射的にその目元を左手で拭い、我に返る。
そして涙の滴が、神聖魔法を施した包帯に染み込んでいくのを、茫然と見ていた。
あの時…。
魔獣に襲われて傷だらけの彼女を見た時、やっと出会えたと歓喜の声を上げる前に、酷く怒りに駆られた自分を思い出す。
会いたかったのは─実際に彼女自身を知らないのだが─、神聖魔法では治らない魔物化を治癒した、その力を欲したからだ。
でも何故か、それだけではない怒りを覚えたのである。それが魔獣に対してか彼女に対してか、判断はついていなかった。
「団長のお戻りだ~っ!門を開けろ~っ」
見張りが森から戻ってきた三騎を確認し、城門の開閉を命じる声が響き渡る。
そして僅かに遅れ、重そうな音と共に金属の扉が、上から降りてくるように開かれた。
「お帰りなさいませ、ヴァルト聖騎士団長様」
「「団長、ご無事で何よりですっ」」
「「「お帰りなさい、団長」」」
三騎が門の内側に入ると同時に、多くの声が掛けられる。
「フェルディナント。彼女に治療を」
「…はっ。」
ヴァルトはそれに片手を上げる事で皆を制し、副団長に命じた。それに僅かながら怪訝な顔を見せるも、すぐに返答し、団長の腕から女性を抱き受ける。
ヴァルトの方は、フェルディナントにリサを受け渡す時、何故かチリッとした違和感を胸に感じた。
─何だ、今の感覚。一瞬の事だったが…、気のせいか?
答えが見出だせなかったヴァルトは、軽く首を傾げて違和感を振るう。
「サイラスは何処だ」
「はっ。団長、ここにおります」
ヴァルトの呼び掛けにすぐさま返答したのは、今回の討伐隊の隊長を任せているサイラス・クロイドン。
30歳になったばかりだが、ハーパー隊とカサレス隊の2隊が全滅してからの、まだ日が浅い隊長だ。
「今回の討伐報告は済ませたか」
「はっ。既に副団長へ提出済みであります」
愛馬ジゼラから降りたヴァルトは、サイラスに手綱を預けつつ問う。
サイラスは丁重に手綱を受け取りながら、ハキハキと報告する。
実年齢は明らかにヴァルトの方が下だが、命ずる事に慣れた立場と血筋から、彼の方が落ち着いて見えた。




