2.そう呼ぶな
ここから暫く、ヴァルト視点になります。
ここはデレイネ最大のレイグス王国。
「ヴァルト殿下っ」
慌てながら大声で名前を呼ばれ、舌打ちしそうな不愉快な顔で振り返る銀髪の男─このレイグス王国の第三王子だ。
「そう呼ぶなと何度も言っている。お前の頭は鳥か、そうなのか」
呼び止めた鎧を纏った兵士に、ヴァルトは下から顔を覗き込むようにして睨み付ける─どこぞのチンピラのようだ。
ヴァルト自身は青黒混色の、レイグス特産織り布を肩口に大きく巻いている。その肉体を覆うものも鎧ではなく、幾重にも重ねられた織り布のみ。
身なりからすれば、ヴァルトの方が格下にも見えた。
「申し訳ございません、ヴァルト聖騎士団長っ」
兵士はビシッと直立不動の体勢をとり、右手を頭部の鎧に当てる。─聖騎士団とは、この国最強の軍団であり、周囲から羨望の眼差しを向けられる存在だ。
「…ったく、次はねぇぞ。で、何だ」
ヴァルトの不機嫌が回復した訳ではないが、鋭い薄青色の瞳を向けて問われた。
だが聞く態度を見せたられただけで、兵士は内心胸を撫で下ろす。─酷い時は、問答無用で蹴り倒されるのだ。
「はっ。報告致します。コーリアで黄昏が発生。既に魔獣の存在を確認しており、ハーパー隊とカサレス隊が討伐に向かいましたっ」
姿勢を崩す事なく、兵士は一息に告げる。
そしてその報告を聞いたヴァルトは、当たり前のように顔をしかめた。─黄昏とは、突如発生する災害のような扱いである。
原因は不明だが空間が歪み、黒いガス状の物質を放出する。それは闇と呼ばれているが、触れる生物をこの世ならざらぬ姿へと変質させてしまう。
「またか…。分かった、俺も出る。ジゼラを頼む」
「はっ。ですが今戻られたばかりの団長に、わざわざ足をお運びいただくなと、ハーパー隊長からのご指示が…」
ヴァルトの指示に一度は受けた兵士だが、すぐに表情を曇らせる。─ジゼラとは、ヴァルトの愛馬である青毛の2才牝馬だ。
実際には報告も遅らせろと指示があったのだが、さすがに上司であるヴァルトが戻っているのに、何も伝えない訳にもいかなかったのだ。
「問題ない。俺が行くと言っている。すぐに準備をしろ」
だが、兵士の言葉を一蹴し、ヴァルトはそのまま廊下を歩いて行ってしまった。
「…だよなぁ。俺がどうこう言える立場ではないんだけど、団長は無理をなさる。確かに、お強いのは周知の事実だけど、ついさっき北方の調査から戻ったばかりなのをお忘れか。少しお身体を休められたくらいで、あの二人の隊長がどうなる訳でもないのに…」
兵士はブツブツと呟きながら、大きく溜め息をつく。
ヴァルトは王族でありながら、規律厳しく力あるものしか這い上がれない聖騎士団に入団した。
そして22歳の若さながら、実力で今の団長の地位についている。─口が悪く血の気が多いのは、騎士団に入団してから酷くなったのだ。