8.轢かれちゃう
ヴァルトの立ち位置まで、あっという間に走ってくる猪魔獣。
─嫌っ!轢かれちゃう!
怖くて見ていられず、リサはギュッと強く目を閉じる。
ヴァルトはそんなリサの心情は露知らず、走り込んできた猪魔獣の猛進を、その場で跳躍する事でヒラリと避けていた。
そして魔獣の背中に軽々と着地すると、頸椎目掛けて一気に剣を突き立てる。
魔獣とはいえ、頭が身体と繋がっていなければ動けない。こういった大型の魔獣相手では、いち早く急所を攻撃した方が良いのだ。
ブギァオォォォォ!
魔獣の雄叫びが森を震わせる。
同時にリサの肩も大きく揺れたが、何とか木から落ちずに済んだ。
サクサクと歩いてくる軽い足音。明らかに魔獣ではないと思い、でも恐る恐るリサは目を開ける。
想像通りそこにはヴァルトがいて、先程の魔獣は何処にもいない。
「あ…れ?逃げちゃったの?」
「はあ?何言ってんの、お前。魔獣を俺が逃がすとか、有り得ねぇ」
瞬きをしながら、ヴァルトに問い掛けた。
だが、返ってきた言葉は刺々しいものである。
そもそもリサは、魔獣が死すると消滅してしまう事を知らない。そしてヴァルトは、リサが黄昏を通してこちら側に来た事を知らないのだ。
「な、何よ、偉そうにっ。誰様?俺様?」
「当たり前だ。実際に、俺は偉いんだ」
売り言葉に買い言葉。二人はお互いの事情を知らないが、キャンキャンと言い合う。
木の上にいるリサと、木の下にいるヴァルト。どちらも引かなかった。
「団長っ」
そこへ、ヴァルトを捜して聖騎士団の二人が現れる。
ヴァルトがゆっくりと視線を移し、騎乗している団員を確認した。
「どうした。ノルドヴィスト」
ヴァルトは男女二人の団員のうち、男のヴィルヘム・ノルドヴィストに声を掛ける。─理由は単に、彼の方が立場が上だから。
「はっ。お戻りが遅いのでと、クロイドン隊長が心配なされていました」
「つまりは、俺の捜索に駆り出された訳か。そんな暇があったならば、黄昏の一つや二つ、探せるだろうに」
「申し訳ございません、団長」
問い掛けに答えたヴィルヘムに、ヴァルトは嫌味のように告げた。
すぐに謝罪したのは、もう一人の─サイラス隊の紅一点─アーラ・セレブリコである。
今回の討伐隊は、サイラス隊を伴っていたのだ。
「分かった、戻る。お前達がクドクド言われるしな」
小さく溜め息をついたヴァルトだが、勝手に隊を離れた自分にも責を欠いたと判断。すぐに二人に返答をした。
だが、問題が一つある。
「おい、お前」
ヴァルトは木の上に向かって、声を掛けた。
勿論、リサはいない振りを決め込んでいたので、ビクッと肩を揺らす。
「降りてこい」
ぞんざいな物言いだが、その実リサに対し、両手を伸ばしていた。
─えっ?何?どうしろって言うの?
しがみついているだけが精一杯のリサに、ヴァルトは降りるよう指示をしている。
そして当たり前だが、リサはその対応に困っていた。