6.モンスター?再会?
ブゴッ!
猪魔獣の蹄が地面を強く蹴り、深く土を抉る。
ここでリサは初めて、目の前の猪が普通ではない事に気付いた。
子象のような大きさがある時点で異常なのだが、目が紅く、やたら全身に牙か棘か分からない物が突き出ている。
─怪獣?モンスター?再会したくなかったし…。
そして、どうでも良い事に脳が動いた。
つい先日友達と、モンスターを倒すゲームを楽しんだのである。
─ダメだな。私は今、こん棒すら装備してないもん。
そんなものがあったところで、見上げる程の敵に勝てる筈もない。だが、完全に現実逃避モードに入った頭は、ゲームで見たCG映像を無駄に再生していた。
そんな脳内逃避行中の動かないリサに対し、猪魔獣も暫く動かず、こちらの様子を伺っている。
視線を合わせている事で、野性動物は勿論、魔獣相手でも牽制になっていた。
だが、それは長く続かない。野性動物であったならば、獣側が立ち去ったかもしれないが。
ブギァアァァァ!
─ひっ!
何だか分からない雄叫びを上げ、猪魔獣が走ってきた。猪突猛進を体現するかのような、凄まじい走りである。
身体を硬直させるリサ。
─終わった…。
心身ともに限界以上のダメージを受けていたリサは、フラりと崩れるように倒れた──筈だった。
だが衝撃と共に大地に倒れる身体を、何者かが受け止め、尚且つ猪魔獣の攻撃を回避すべく、上へと飛び上がったのである。
助けたのは、発生していた黄昏対応の為、近くの町に来ていたヴァルト。
帰る途中で変わった黄昏の気配を感じ、この森に入っていた。そして魔獣の声が聞こえたので、急いで愛馬ジゼラを走らせてきたのだ。
急に感じた浮遊感に、リサはパチリと目を見開く。
そして瞳に映った映像に、信じがたい表情で瞬きを繰り返した。
淡青色の瞳と褐色の肌、頭に巻いた布の間から見える、銀色の髪。アニメに出てきそうなその整った顔立ちの男─が、片腕でリサを抱えて木の枝にぶら下がっている─に、思わずリサは首を振る。
─いや…、これは夢だよね。
「今、夢とか思って、俺を切り捨てただろ」
心で思った言葉に、何故だか不機嫌そうな低い声が耳元で聞こえる。
リサが見上げると、ヴァルトは明らかにムッとした表情をしていた。
プギャアァァァッ!
「っせぇな」
その次の瞬間、下の方で猪魔獣の叫び声。
思わず恐怖に首を竦めるリサだが、再度耳元で聞こえた低い声に、ヴァルトを改めて確認した。
─誰?…見た事があるような気が…なくもないけど…。
ボンヤリとその顔を見ていると、ニヤッと悪い笑みを浮かべたヴァルトに、次の瞬間鼻先を舐められる。
「っきゃ~~~っ!」
突然の事に、リサは物凄い音量で叫ぶ。が、途中でヴァルトの胸に抱きすくめられ、声は押し込められた。
「っせぇっての。少し待ってろ。お前の相手は後だ。…とりあえず、唾はつけておいたがな」
クククッと押し殺した笑い声を上げるヴァルト。
─ななな…、何ですとぉ~っ!
強く抱き締められたヴァルトの胸に、リサは声のない叫びをぶつけるのである。