4.失敗した
─あ~…、うん。失敗した、本当にごめん。
誰にともなく謝りたくなった、リサの現状。─木の幹を、よじ登るつもりで抱き付いたまま。
つまりは、巻きスカートという服装が理由でもあったが、実はそれほど運動神経が良くなかった。─そこらにいる女子高生が、木登りをスイスイ出来るものおかしなものだが。
─そうだよね、無理だよね。うん、考えれば分かるんだ。
脱力して項垂れる。
周囲では小動物が、不思議そうに見ていなくもない。
ザワリ…。
溜め息を溢そうとしていたリサ─だが、突如として空気が変わった。
溢れんばかりに周囲を取り囲んでいた小動物が、一瞬にして姿を消す。
─え…、何?どうしたの?
肌に纏わり付くような嫌な空気が、平和な日本で育ってきたリサにも感じられた。
一言で言うならば、異質。
森という自然の存在にあって、そこだけが墨を落としたかのような黒が感じられる。
─な、何か…ヤバそうなのは分かるんだよね。けど、どうしたら良いのか分かんないんだってばっ。
不安げに周囲を警戒するが、原因自体を確認する事までは出来なかった。
─と、とりあえずここから移動した方が良いかも…?
本能からか、地に足を下ろし、木の幹を背にしていたリサ。視界が利かない背後は、一番危険である。
それ故、無意識に緊張していたのだろう。
カサリ。
何かが動いた。
「っ!」
飛び上がらんばかりに驚いたリサだが、咄嗟に口を両手で覆う。
相手が何か分からない事もあり、音を発する危険性を危惧したからだ。
そしてそれは現れる。
─うそ~っ!だ、誰でも良いから、冗談だと言って~っ。
半泣きの状態で、心で叫ぶリサ。
何故ならば目の前に、小さなゾウ程の大きさの、ギラついた紅い目の猪─っぽい─生き物がいたからだ。
実は魔獣なのだが、初見のリサには区別がつかない。
両手で口を覆ったまま、リサは知らず後退りする。
パキッ。
お約束のように、小枝を踏んでしまった。
紅い目がリサを捉える。
─いや~っ、ヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいっ!
一目散に走り出すリサ。
猪は時速40㎞以上のスピードを出すと言われている。勿論リサがそんな事を知るよしもないが、野性動物に出会った場合、背を向けて走り出す事は論外である。
そして走れば、追いたくなるのが本能というもの。─勿論、魔獣なら尚更だ。
─何で追い掛けて来るのよ~っ!
枝葉に身体を切り裂かれるが、背後から突進してくる恐怖以上のものはなかった。
そうかといって、スカートでは─そうじゃなくても─木に登れない。高い場所へ逃げれば良いのだろうが、周囲にあるのは木々ばかり。
唯一助かっているのは、木々の間隔が狭い事。
猪が逃げるリサを追うには、都度立ちはだかる木々を倒していかなければならないからだ。
─も…、足が…っ。
疲労のあまり、もつれそうになる足を懸命に動かす。
だが、踏み出した先に地面はなかった。