1.遅刻しちゃうかも
今日は私立ハナノキ高校の1学期終業式。
在校1年生である綾坂リサは、登校時にいつも使っている歩道橋を、当たり前のように駆け下りていた。
早起きして巻いたフワリ髪は、既に風に煽られて見るも無惨。
制服が可愛くて決めた高校だったが、染髪が重大な規律違反になる為、リサは生来の焦げ茶色の髪をアレンジする事で個性を出すと決めている。ちなみに、余程激しいものでなければ、パーマ許可だ。
─あ~っ、遅刻しちゃうかも~っ!
いつもの時間に家を出たリサだったが、ベッド横に充電したままの携帯を忘れ、10分の道のりを舞い戻るはめになったのだ。
勿論、他の誰のせいでもない。
─あと10分?ダメかも~っ、1学期最後なのに…っ!
内心の焦りが影響したのか、突然リサの視界が歪む。
階段はまだ、10段程残っていた。
─う…そ…っ。
目を見開くリサ。
嘘でも冗談でもなく、駆け下りていた勢いのまま、足が階段を離れる。
手にしていた鞄が宙を舞う。
前のめり気味に落下していくリサの身体。
─もう…っ!
激しい衝撃を予想し、リサは強く瞳を閉じた。
ドンッ!
「っ!」
落下した高さもあり、衝撃に息が詰まる。
「誰だ」
しかしながら思った衝撃と違い、それと同時に凄く近い場所─耳の横辺りから、低い男の声で、誰何が聞こえた。
─え…っ?
顎を掴み上げられ、見開いたリサの瞳に映ったのは見知らぬ男。名前をヴァルトという。
ヴァルトは頭頂部から肩までを青や黒の糸で織られた布で巻き、リサには目元に僅かに見える褐色の肌と、淡い青い瞳しか確認出来ない。
「何者かと聞いている。口が利けんのか」
更に鋭く問われ、掴まれている顎に痛みが走った。
「痛…っ」
思わず痛みを訴えたリサだったが、ヴァルトはそれを鼻で笑う。
それでも顎は解放されなかったが。
「フン。口が利けるなら、早く答えろ。何故俺の上に降ってきた。お前は何者だ」
「あ…えっと…、助けてくれてありがとうございましたっ。ごめんなさい、ちょっと階段から落ちちゃいまして…って!いや~っ、抱き上げられてる?お、降ろしてくださいぃぃ」
立て続けに質問を受け、リサは混乱しつつも礼を告げる。だがすぐに自身の状況を悟り、パニックのあまり暴れた。
そのリサの手が、ヴァルトの左手首に当たる。
「ぐっ!」
「え…っ、ぅきゃっ!」
突然苦悶の表情を浮かべたヴァルト。リサはそれに驚いて動きを止めるも、抱き上げられていた状態から落とされた事により、臀部を強打してしまう。
「痛~いっ!」
大声でリサが叫んだ。
ププーッ。
車のクラクションの音が響き渡り、ガードレールの反対側をスピードを上げて走り去っていく。
「あ…、あれ?」
我に返ったリサが周囲を見回すと、先程の男は忽然と姿を消していた。
自身の座り込んでいる場所はアスファルトで、目の前には歩道橋の階段がある。
─どう…なってるの?
先程の男は夢なのか。
キーンコーンカーンコーン。
だが、考えている時間はなかった。
始業のチャイムが聞こえる。
「ぅきゃ~っ!」
リサは大慌てで散らばった自分の荷物を鞄に突っ込み、大急ぎで学校へと走っていったのだった。
誤字訂正2016,07,20