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Heart & White  作者: 白先綾
第三季「秋雨のコンチェルト」

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第三雪「夢で逢えたら」

 少年は青空の下を歩いている。空も、少年ももう涙を流しては居ない。つまり、世界は悲しみに包まれて居ないと言うことだ、もう、灰色の悲しみは過ぎ去った、地面の土色も今は死んだように薄くなった灰色の粘っこい水滴の合間から元気な顔を覗かせている。少年はその土色の笑顔ににこやかに笑い掛けながら世界を歩んでいる、少年はとりあえず黒い虹を見に行きたくて行動しているのだがあの虹が何処に有ったのか分からない。黒、白、灰色の視界の時に黒かった虹、あの世界で一番生命を強く叫んでいた虹、それは、今のこの色の戻った目で見たらさぞかし美しい物なのだろう。だが、虹は少年の視界の何処にも見当たらない、あの三色世界に巻き込まれる前にも少年の視界は今と同じように健全で、その時もあの虹は全く姿を見せなかった、だからあの虹は三色世界でしか見る事の出来ない幻だったらしい。少年は軽く溜息を吐く、そして、虹が高く上っていた先の青い平野、空を見やる。地面と空を繋ぐ虹か。あの虹を殺してしまっていたら、世界はどうなっていたのだろう。灰色に侵蝕された地面、灰色に毒された空、それぞれがあのまま病んだ状態で切り離されていたら、世界は崩壊していたのかも知れない、今の地面の笑顔や青空の純粋さを失っていたかも知れない。そしてそう言った考えに因ると世界を崩壊から護る事が出来たらしい自分を少しだけ誇らしく思った。灰色と対等に戦える存在にならなくては、と言う決意は、あと一歩で危い方向に行きかけたがそちらに向う事は思い留まれた、そう思い留まらせてくれた物は、あの時脳裏に浮かんだ少女の死に顔だった、あの少女には感謝しないといけないな、そう思ったがあの少女の死に顔をもう一度見たいとは思わなかった、死んだ人の顔を何度も見るなんて事は失礼な事だ、たとえその死に顔が美しい物だったとしても。

 もう一人の少女については殆ど考える機会が無かったが、あの少女はどんな顔をしていたのだったか。確か、眠るように死んでいた、先に見つけた少女の緊迫感の有る死に顔は其処には無かった。年もどうやら自分や先に見つけた少女より下だったらしい、あんな小さな少女もこんな変態世界に巻き込まれそして自分が死んだ事すらはっきりしないまま眠るようにこの世を去ったのか。この世を去る、肉体を伴った自分がこの世を去ると言う観点では自分も既にそうだ、自分は死んだ、それは知っている、あの黒の中で自分の神経が抱えきれない殺意の誕生によって崩壊し死に至った事は知っている、だが自分の意識はここに残っている、と言うより、まるで体がここに有るかのように行動する意識体としてこの世にいまだ存在出来ている。この事は少年に夢を抱かせた。ひょっとするとあの少女達も自分と同じような意識体としてこの世界に残留出来ているのではないか、彼女達の死に顔だけでなく、笑顔や泣き顔を見る事も出来るのではないか。少年は虹の輝きの事は忘れ、彼女達の笑顔の口元の輝き、涙の雫の輝きの方を心に描き始めた。描き始めたら、自分の心から何かが湧き上がってきた、そしてそれは口まで達し、其処から外部へと出て行った。出て来てやっとそれが何であったか分かった、それは、歌だった、その歌は彼が最初に少女を寝ながら見た時にも心を流れていた。この歌が何であるのか、少年には分からない、少年にはそもそもこの世界に目覚める前の記憶が殆ど無かった、何か子供の頃の記憶のような物はおぼろげながら残っているが、少年として生きていた筈の時期の記憶が殆ど無いのだ、それでもこの歌は自分の記憶の中に残っていた、だからこれは相当に自分にとって深い存在、自分が少年として生きていた時期の記憶の代弁者と言ってもいい存在なのだろうと少年は信じていた。そしてそれは二度も、少女達の事を見たり思い浮かべたりした時に出て来たのだ、恐らく、この少女達と自分は他人ではない、何か関係が有る、この世界に存在していると言う事以上に自分達には繋がりがあるのだろう、思い浮かべる事の出来ない、記憶の外側の世界でお互いが繋がっていたのだろう。少年はそんな事を考えながらずっと歌が口から出て来るに任せていた。歌を歌っていると自然と視線が空へ行った、声に出してみてようやく分かったが、この歌はどうやら空の事を歌った物であったらしい。歌のせいか、空の青がとても懐かしく優しい物に見えて、少年は涙した。

 歌が二つになった。しかし少年は驚かなかった、その歌はふたつでひとつだと知っていた、天使の翼が、空と大地がふたつでひとつであるように、この歌は二人で歌ってようやく一つなのだと知っていた、少年はもう一人の歌い手の方を振り向く、あの少女だった、綺麗な死に顔のあの少女だった。少女も泣いていた、お互い見つめ合いながら、泣きながら歌を歌い続けた。歌い終わって、目線を逸らさず、涙も拭かずに、少年は言った。

「おかえり」

 少女は少年が差し出した手を取って、返した。

「ただいま」

 それから二人はずっと手を取って見つめ合っていたが、少年が視界の端にもう一人の少女を捉えた所でその均衡は崩れた。少年がもう一人に気付いた事を彼の視線で理解した少女は、彼女の事を手招きで呼んだ。そうすると少女は嬉しそうに二人の方に駆け寄って来た。そして二人の側につくと、先程まで二人が歌っていた歌を見様見真似で歌い始めた。二人もそれに合わせてまた歌った。三人の歌、それはまだ少しだけ降り続けている雨の滴り、そして地上に辿り着いた風が揺らす草と森の葉擦れの伴奏に合わせて、天高く何処までも上って行った。


冬を越えた春と夏の旅の終りを秋の実りで祝福した少年、シュウ

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