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レイコとあかいてぶくろ

作者: 高千穂 絵麻

 レイちゃんは、お誕生日がスキ。

 

「ねえ、ママ。レイちゃんのお誕生日、てぶくろがほしいな。まっかで、あったかそうなの!」

「そうね、暖かそうね。うん、レイちゃんの8歳のお誕生日プレゼントは、赤い手袋にしようね」

「やったー、わーい」

 

 

 でも、その年、ママはあかいてぶくろをくれなかった。

 

 

 * * * * * *

 

 

 レイは、誕生日がスキ。

 

 今日はレイの9歳の誕生日。

 

 ママはお仕事が忙しいって、ちっとも会ってくれなくなった。

 

「お前んちのママ、ずっといないんだろー。リコンだ、リコン!」

 同じクラスの悪ガキがからかうけど、今じゃ慣れっこ。

 

 前、パパに、リコンってなにって聞いたら、パパとママが、一緒にいられなくなっちゃう事だよって教えてくれた。

 じゃあ、パパとママはリコンしちゃったのって聞いたら、ママはお仕事が忙しくてね、なかなか帰ってこられないんだよって言っていたけど、パパはにこにこしながら、ちょっと悲しそうな顔をしていた。

 

 それからあまり、ママの事を聞かないようにしている。

 きっと、お出かけから帰ってきて、いっぱいおみやげを持ってきてくれるんだ。

 ママのお仕事、終わらないかなぁ。

 

 

 パパがレイのお誕生日パーティーって言って、小さいけどイチゴのケーキを買ってきてくれた。

 こういう時じゃなきゃ、ケーキなんて食べられないもんね。誕生日っていいな。


「おや、もう寝る時間か。レイちゃん、あらためて9歳のお誕生日、おめでとうね。それじゃ、お休み」

「パパおやすみー」

 パパが明かりを消して、台所に戻っていったみたい。食器を洗う音が聞こえる。

 お腹いっぱいで、眠くなってきちゃった。

 布団は最初ひんやりしているけど、だんだんあったかくなってきた。

 久しぶりに食べたケーキ、おいしかったなぁ。

 

 

「レイちゃん、レイちゃん……」

 誰だろ、レイを呼ぶの。とっても眠いんだけど。でも何か聞き覚えのある声。

「ママ?」

「そう。こんばんは、レイちゃん」

 布団から飛び起きて、声の方を見るけど、真っ暗でよく判らない。

 台所から入ってくる明かりと、窓の外の星明りで、うっすらとは見えたのは。

「ママだ!」

 嬉しいから、飛びついてぎゅーってする。

「うん、お誕生日おめでとうね、レイちゃん」

 ママもぎゅーってしてくれる。

 

「パパ、ママだよ、ママが帰ってきたよ!」

 私がそう言うと、ママは人差し指を口に当てて、シー、ってやる。

「レイちゃん、パパには内緒。女だけの、二人だけの秘密よ」

 女だけの秘密っていう言葉に、すごくドキドキする。

「うん、わかった。秘密!」


「いい子ね。はい、プレゼント」

 ママはそう言って、小さな箱をくれた。

「わぁ、ありがとうママ! ね、ね、開けていい?」

 ママがうなずいたから、小さな箱を開けてみた。

 

 中には、赤い手袋が入っていた。

 

「去年、約束守れなかったから、ごめんね。それと」

 手編みで、ところどころほつれていて、人差し指が長かったり、薬指が短かったり、長さが変なの。

「ううん、いいよ、ママが編んでくれたんでしょ? ママ、ぶきっちょなのに、ちゃんと手袋になってるよ」

「ありがとう、レイちゃん。レイちゃんは優しいね」


 あれ、でも、手袋ひとつしかない。

「ねぇ、かたっぽだよ、手袋」

「うん、ママ、お仕事忙しくてね、片一方しか用意できなかったんだ。ごめんね、レイちゃん」

「えー、かたっぽって変だよー。かたっぽの手袋なんて、誰もしてないよー。レイやだ、かたっぽの手袋なんて、いーらなーい!」

「ごめんね、レイちゃん。ママね、一所懸命編んだんだけど、全然間に合わなくて。片一方だけしか編めなかったの。本当にごめんね」


 ママが、ぎゅーってしてくれた。

「でも、変だよ、レイやだよー」

「そうね、変よね。ごめんね、レイちゃん。ママ、もうちょっと頑張ればよかったね。ごめんね」

 懐かしい、ママの匂い。

 私、9歳になったんだよ。赤ちゃんじゃないから、ちょっと恥ずかしいよ。

 でも、もうちょっと、ぎゅーってしてもらおう。

 

 手袋はかたっぽだけど、ぎゅーってしてもらってたら、それでもいいかな。

 

「それじゃレイちゃん、ママ、またお仕事行かなきゃならないんだ」

「えー、もう行っちゃうの? パパは? 次はいつ帰ってくるの?」

「パパにはちゃんとお話ししておいたから。いい子にしていてね、レイちゃん」

「やだよー、もっとママとお話ししたいよ! もっと一緒にいたいよ!」

「ごめんね、レイちゃん。ごめんね」

 

 ママがいなくなっちゃう。そう思って泣いて、泣き疲れて。

 気がついたら朝になっていた。

 

 枕元には、ところどころほつれた赤い手袋が片一方だけ置いてあった。

 

 

 * * * * * *

 

 

 私は誕生日がスキ。

 

 10歳の誕生日。

 

 赤い手袋は、評判が悪かった。

 そりゃそうだろう。編み目も飛んで、指の長さもまちまち。穴がほつれて毛糸が飛び出したりしていた。

 しかも片一方だ。

 

「お前の手袋、かたっぽだけー」

「両方買えないんだろー」

「あいつゴルファーかよー」

「なんだよ、ゴルファーって」

「えー、お前知らねーの? ゴルファーって手袋かたっぽだけしてんだぜ」

「へー、んじゃ、あいつプロゴルファーレイコだな。おーい、レイコプロー、賞金取ったらアイスおごれよー!」

「ぎゃはははは」

 

 クラスの悪ガキどもがちょっかいを出してくるけど、私は気にしない。

 ママがくれたプレゼントだから、大切に使っているんだ。

 

 ママが編んでくれたんだ。とってもあったかいんだぞ。

 

 

 家に帰ると、パパがケーキを買ってきてくれていた。

 イチゴのショートケーキだ。

「パパ、ありがとね」

「レイちゃんのお誕生日だもんね、これくらいしてあげないと」

「気にしなくていいよー。お気持ちだけで、結構です」

「ははは、まったくレイちゃんは、大人っぽいというか、子供っぽくないというか」

 パパはちょっと目頭を押さえているけど、もしかして泣いてるの?

「……しっかりしてきたよね」

「ほら、パパ泣かないのー」

 いつもの食卓に、ケーキがデザートだ。何度も思うけど、誕生日っていいな。


 誕生日といっても、特別なことはそれくらいだ。

 テレビを見て、芸能人が面白いことをやっているのをぼーっと眺めてる。

 

 さてと、ご飯も食べたし、お風呂も入ったし。

 今日の宿題やったら寝ようかな。

 

 でも、今日は疲れた。何かあったってことはないけど、とにかく疲れたなー。

 どうして同い年の男子って、ああもバカばっかなんだろ。

 人の手袋気にするくらいなら、自分の寝ぐせをなんとかしろっての。

 

 ……あー。宿題、進まないなぁ。

 

 

「レイちゃん、レイちゃん」

「パパ?」

「レイちゃん、宿題もいいけど、机で寝ちゃったら風邪ひくから。あったかくしてね」

 パパ、毛布をかけてくれていたんだ。

「うん、ありがと。もう少しだから、やっちゃうね」

「そうかい。パパ、明日早いからもう寝るけど、部屋の明かりお願いね」

「わかった。お休み、パパ」

「お休み、レイちゃん」

 

 さーて、もう少しで終わるから、早く済ませて私も寝よう。

 

 

「レイちゃん、起きてる?」

 あれ?

 振り向くと。

「ママ!」

「レイちゃん、お誕生日おめでとう」

「ママ、どうしたの! ずっと、ずっといなくて!」

「ごめんね、ママもずっとレイちゃんに会いたかった」

 ママが抱きしめてくれる。

 なんだかこの感覚も、懐かしいな。ほっとする。

 

「私ね、この前の歌唱コンテストで学校代表に選ばれたんだよ。それとね、写生大会で入賞したの。駅前の作品展で並べて飾られたりしたんだよ」

「うん、ママ見てた。知ってるよ。レイちゃんがとっても、とーっても頑張っていたの。それに、パパのお弁当作ってくれたり、洗濯してくれたり。おうちのお手伝い、いっぱい、いーっぱいしてくれていたのね」

「えへへ、だってもう10歳だもん。私、お姉さんだもん」

「ありがとうね、レイちゃん。ママ、すごく嬉しかった」

 ママが抱きしめながら、頭をなでてくれた。やっぱりちょっと恥ずかしいけど、嬉しかった。

 

「ママね、お誕生日のプレゼント、持ってきたの」

「え、なになに? この箱?」

「そう。ね、開けてみて」

「うん……わぁ」

 

 箱の中には、手編みの赤い手袋があった。

 去年より少し上手になっていて、編み目はがたがただけど、指の長さはきちんとしていた。

 

「でも、片一方なんだね。もしかして」

「うん、去年のと合わせて、やっと一組の手袋だけど、いいかな」

 やっぱりな。

 でも、どうしよう。

 

「レイちゃん、これじゃ嫌だった?」

「ううん、そうじゃないんだけど……ほら」

 私が持っている左手の赤い手袋はね、寒い季節の間ずっと使っていたから、指先は穴が開いているし、手首のところは毛糸のほつれが酷くなっていたし、汚れちゃってるから色も変わっちゃってるんだよね。

 

「……レイちゃん、ありがとうね。こんなになるまで持っていてくれて。使っていてくれて」

 ママが涙声になっている気がした。


「ううん、全然、そんな大丈夫だよ」

「これじゃあセットにならないよね。少しほつれたところは直してみるけど」

 ママが、古い方の手袋のほつれを、器用に編み込んでる。

 そんな直し方があるんだ。へー。

 

「ちょっとはマシになったかな? これでもう少し、使ってもらえるかな」

「うん、ママありがとう! 私、大事に使うね」

 えへへ。ママすごいなー。開いていた穴がどれだか判らなくなっちゃってる。

 

 またママが抱きしめてきた。

「ごめんね、レイちゃん」

「どうしたの、ママ?」

「ママね、ちょっとこれからとても遠いところへ行かなくちゃいけないの」

「そうなの? 外国?」

「うん、そんな感じ」

「じゃあ、次はいつ会えるの?」

「それはママにも判らないのよ」

「えー、やだよう、行っちゃやだよー! 私ね、お姉さんになったよ、いい子でいるよ、だから行かないでよう」

「ごめんね、レイちゃん、ごめんね」

 ママの抱きしめる力が強くなってくる。

「いたい、いたいよママ……」


「ごめんね、レイちゃん。パパをよろしくね」

「ママ……」

「幸せに、なってね。レイちゃん……」

 

「ママ!」

 はっと気がついたけど、よく見たら、机の上につっぷしていたんだ。

 私、眠って、いた?

 でも、これ。

 

 机の上に、ほつれをなおした古い手袋と、新しい赤い手袋。

 ママが編んでくれた手袋だ。

 夢じゃない。ママは来てくれていた。

 

 

 * * * * * *

 

 

 私は誕生日がキライ。

 

 10歳の誕生日を境に、ママとは会っていない。


 11歳の誕生日、いつもと同じ。代り映えしない毎日。

 パパは、恒例になったイチゴのショートケーキを買ってきてくれる。

 それだけが、誕生日というイベントを思い出させてくれる。


 

 時が流れ、私もそれから成長し、地元の学校を卒業し、都会の会社に就職した。

 職場で恋をして、この人ならいいかな、と思って結婚した。

 

 ママの編んでくれた赤い手袋は、もう私の手には小さすぎた。

 それでもお守りとして、化粧ポーチの片隅に入れて持ち歩いていた。

 

 結婚して3年、私たち夫婦に、娘が生まれた。

 コロコロと笑う声が可愛かった。

 私はずっと、コロちゃんと呼んでいた。

 

 私が手を差し出すと、コロちゃんは小さな手で、ぎゅっと握ってきた。


 コロちゃんには、幸せになってほしいと願った。

 

 

 * * * * * *

 

 

 私は誕生日が少しスキ。

 

 コロちゃんは、よく笑う子だった。

 いつも楽しそうで、見ているだけでこっちまで笑顔になってしまう。

 

 コロちゃんが8歳の誕生日になる前、私は新しい仕事に就いた。

 

 人の行列を整理する仕事。

 大安売りなのか何かのイベントなのか、駅や空港があるのかよく判らなかったけど、とにかくあちらこちらで昼夜分かたず人の波が途切れない。

 私はそれを行列にして、順番待ちをさせる仕事だ。

 

 毎日毎日忙しいし、いつ終わるのかと思うくらいの数をこなした。

 家にも帰れず、泊まり込みの日々が続いた。

 

「ああ、コロちゃんの誕生日、祝ってあげられなかったなぁ」

 

 独り言をぼやいてみても始まらない。また忙しい一日が始まる。

 

「レイコさん、ちょっといいかな」

 

 上司だ。ここに来るのは珍しいな。

 

「はい、なんでしょう」

「レイコさんは、こんな地味で退屈で大変な仕事を、1年近くもよく頑張ってくれました」

 ああ、もう1年になるのか。


「いいえ、そんな」

「頑張った方には、嬉しいお知らせです。1日ですが、私が仕事を引き受けましょう」

「それって、どういう事でしょうか」

「1日、お休みしていいって事ですよ」

 おお、それは考えてもみなかった。

 

「本当ですか!? いまさら取り消したって、ダメですからね?」

「はい、大丈夫。本当です」


「あ、では、家に帰ってもいいでしょうか」

「ええ、いいですよ」

「おみやげなんかも、持って行っても」

「んー、そうですねえ」

 もったいぶらないでよ。もう。

 

「ここのものは持ち出せないので、手作りのものなら、ひとつだけ許可しましょう」

「本当ですか!?」

「はい。それで、いつお休みにしますか?」

 この話を聞いてから、その日は決めていた。

 

「娘の、コロちゃんの誕生日にします」

 

 

 手作りっていっても、ご飯を作ってあげようか。手作りっていったらご飯よね。

 でも、食材は持って行けないし、食べておしまいになっちゃうか。

 8歳の誕生日の時、何か約束していたような気がするなあ。

 

 あ、そうだ。赤い手袋。

 誕生日に買ってあげるって約束だった。いやー、忘れてたなぁ。忙しすぎるんだよね、この仕事。

 

 そういえば、私も昔、赤い手袋を欲しがっていたなぁ。

 こういうところは親子を感じるね。うん。

 

 よし、コロちゃんにも、手袋を編んであげよう。

 

 でも、休みは1日かあ。編んで持って行くまでできるかなぁ。

 ううん、やるしかないでしょ。ガンバレ私!

 

 

 

 私は、コロちゃんが8歳になるその前日、買い物の帰り道で交通事故に巻き込まれて、その命を終えた。

 

 それからコロちゃんが笑わなくなった。

 私の死を理解できないのか、理解したくなかったのか。

 いつかは私が帰ってくると信じて。

 買い物の荷物を持って、ただいま、って言ってくれるのを待って。

 

 位牌の前で旦那がそう私に報告していた。

 

 そうだった。

 私のママも、私が7歳の時に飛行機の事故で亡くなっていた。

 

 子供の頃はママがいなくなったことを受け入れられなかったけれど、大人になった時にはそれも受け入れた。

 

 不思議には思ったけど、あの手袋がそれを乗り越える勇気をくれた。

 あの時、誕生日にママがくれた手袋は、あの時のママは、私にとって本物だったんだ。

 

 

 

 手袋が編めた。

 

 意気込んだはいいけど、編み物なんてやったことないし、ぼろぼろだけど、うん、まぁ、私にしては上出来だ。

 待っててね、コロちゃん。

 コロちゃんの、あのコロコロっと笑う顔が、また見られるといいな。

 

 9歳のお誕生日には、片一方だけしか間に合わなかったけど、きっとまた、来年にはもっと上手なの編んであげるね。

 

 

 私は誕生日がスキで、キライで、やっぱりスキだ。

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[一言] 悲しい宿命を背負った母娘…。 それなのに、とても温かで素敵なお話。 赤い手袋はもしかしてお父さんが編んだのかな…。 誕生日って幾つになっても良いものですよね。 絵麻さん、ウルウルです。…
[一言] 読み始めて直ぐにレイコの母親の状況を理解しました。 それだけに、読み続けるのがとても辛かったです。 母親を待ち続けるレイコが可哀想で見ていられませんでしたから…… でも、母娘の愛情の深さに…
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