100万人の部下
『100万人の部下が欲しいか?』
神様は困っている人を助ける役目…………。というわけでもない。ただ、自分の興味が刺激された時にだけ、気まぐれを与えてくれる。
「人手が足りないんです!そりゃぁ……お金もロクに払えない。しかし、業績を上げられる計画がある。給与は必ず上げられる!」
『私は会社のそこまでは興味はない』
1人の人事のお方。精神的な疲労によって倒れ、意識を天国か現実かの境目のところ。見かねて意識を拾った神様。
世界事情を細かく知れるほど頭が良いわけではない。傍観や達観の位置だからこそ、神様だからだ。
『働き手に困る人もいる。君になら譲ってあげよう』
「なにを?」
『”労働主義”』
労働はただ社会を回すだけ。それをどのようにやっていくかは様々。ある者は希望を叶えて、ある者は生きるために、ある者は誰かを救いたいために
人事の彼が病室で目覚めた時。不思議と、人手不足の悩みが解決された気持ちになれた。
扱い方はまだ細かく知れないが、とても不思議で不気味さも漂わせる魔。
◇ ◇
「馬鹿なの?お前?」
とある喫茶店。そこの店主に呼び出しを喰らった1人の男。野球帽を被り、出されたアイスコーヒーを飲み干して続ける。
「テメェが撒いた種をなんで俺達が狩って来なきゃいけねぇーんだ?」
店主は、今回の事件を起こした張本人。反省はしているのだが、あの時は救いたいという気持ちがそれなりにあったからだ。救ってあげられる力を与えたつもりが、結局は使い方を誤って心身を傷つけているそうだ。あれから半年以上経って、その事実を知った店主=神様。
「お店の経営が大変だし、広嶋くんは暇じゃないか?というか、こーいうのが君の専門だろう?」
「アシズム!今日のお客は俺と裏切しかいねぇだろ!どー見ても暇だろ、お前!!」
「野球はナイトゲームだよ。夜までかなり時間はあるじゃないか?」
アシズムのお願いにとても嫌そうな顔と、言葉を吐いている広嶋。アシズムがやれば一発だろうと思っているし、彼の手先になっているつもりもない。
ただ、自分自身も今日ここに来て。こいつが来ていたことを知った。
「この裏切京子は広嶋様とこれから一緒に行動するために来ました!デート気分で人を殺しに行きましょうよー!」
セーラー服を着ているため、いけない恋愛っぽく見える抱きつきをしながら、アシズムが作っておいてくれたパフェに興奮する。
「見てください広嶋様!カップル用のパフェが来ましたわ!」
「あー、うぜぇな。お前……それと、アシズムもだ」
「食べましょーよ!それか、デートをしましょうよ!どっちにします!?両方行きますか!?」
左右にブラブラと広嶋を揺すって誘惑しているつもりだが、広嶋のイライラはかなりのもの。アシズムがやった方がいいんじゃない?という表情を作っているのもまた苛立つところだ。
「わーったよ、裏切。4時間だけ付き合え」
「きゃーーー!デートを頂きました!」
「じゃ、この社長。テキトーに始末しといてくれよ」
◇ ◇
【ありがとう】
それだけで心が気持ちよくなるのはどうだろうか?
アシズムから渡された能力、”労働主義”は人々の感情を操作する能力であり、感謝や報酬に対して過敏に反応してしまう。
感謝の仕方、報酬の制度。それらはタダでなければ良く、仕事内容に頓着がなくなってくる。
この能力を使えば、薄っぺらい感謝(感謝してない)で莫大な労働力と労働人数を稼げる点にある。
『ありがとうございましたー』
『またお越しくださいませー』
お客に対してサービスを行なう。それが仕事というものだ。接客業という面は感謝と感謝の併せ。来てくれてありがとうのお店側。サービスを提供してもらってありがとうのお客様側。麻薬のように労働をやらせることができる上に、厳しい人間関係のストレスをほぼ感じることなく仕事ができるよう精神をコントロールできる。
「とても危ない能力ってわけですね、広嶋様」
「裏切がそれを言って良いのか?似たもん同士のくせに」
「褒めてくださるのですね~~、広嶋様~~」
「……もう何も言わない」
すでに被害は数万の人間に及んでいる。
しかし、その能力に問題は無いのだ。能力が危険だからではなく、アシズムはその扱い方を批難していた。
「能力を浴び続ければ、御礼だけでどんなこともやってしまう。被害が拡大する前に命を狩るぞ」
能力者は半年間で制御できるまで成長した。それは多くの社会人と接したからこそ到達したところ。だが、彼は自分の心をコントロールしきれなくなった。
広嶋と裏切は彼が仕事をしている本社に忍び込んだ。広嶋と裏切はアシズムの仲間であるし、物騒なやり取りを行なう存在。人が対応しきれない面倒ごとをやって、人知れず社会と世界を守っていく。
ガチャァッ
「だ、誰だ?」
パァァンッ
「裏切京子です!すみませんが、眠っていてください」
彼を見つけると同時に裏切が即座に拘束。サイレンサーを付けることを忘れていたと、撃ってから気付く。
そして、広嶋は裏切がターゲットを拘束する間。現場を目撃してしまった民間人達を優しく、意識を吹っ飛ばす。
「目撃者はこれでなしだ」
能力の性質上。標的に戦闘能力がないのは明白であった。重要なのは事を静かに変えることであった。ターゲットの拘束よりも、現場を静かに騒がさないほうが達成の難度が困難であった。
「えーっと、この人をアシズムのところに送ればいいんですよね?」
「能力の除去はアシズムがやる。本命に行くぞ」
「本命?」
「どーして暴走しちまったかの、原因をこれから俺とお前で討つんだよ」
能力の凄さなど、使い方次第で変わってくる。意識の変え方で自分の見えない力が発揮されることもそれと同じであろう。
広嶋と裏切が本命。彼を影から、強く操っていた人物に接触する。そのやりとりは天誅より惨いが、当然と仕打ちと広嶋は答える表情を作り出した。
「なぁー社長?御礼だけで忠実に動ける人間がいると嬉しいよな?何もすることなくて」
「ひ、ひっ」
「テメェだけ金をパクッて、テメェの懐だけ暖めて…………。自分の優秀な部下を圧力で追い込んで、従業員もコントロールさせた」
社長としての適正はあるのだろう。金儲けをすることは汚い事を思いつく必要がある。部下の能力を理解する頭もあるのも確かであり、着実に金を増やしたのは確かだ。
しかし、度が過ぎ始めた。労働の基準を超えていたのだ。利用していることばかり考えていた。上がらない給与、休みないの労働環境。ストレスを我慢させるまでにいたった仕事内容の激務。多くの死者と歯車が壊れる前に元凶を討つ。
「で?俺が時給0円でお前に何をさせると思う?」
「しゃ、謝罪……ですか?」
「死刑だ」
謝って済むなら、金を奪い、死にたくなるほど生きさせてやるよ。
◇ ◇
「つまらない仕事だった」
「そうかなー?」
この日の夜、広嶋はアシズムの喫茶店を貸切って大型テレビでプロ野球中継を見る。どこのファンというのはないが、良い試合を観たいだけなのだ。
「能力ある奴じゃなくて、ほぼ一般人を殺すのは俺の主義に少し反する」
「弱い奴が正しいわけじゃないよ。悪くて、弱い奴がいるのも事実。社長が、彼の能力に気付いて酷使するほど利用していた。それは悪だろう?」
「制御できないまま能力をあげた、お前にも責任がある」
アイスコーヒーを一杯頂く広嶋。貸切ゆえ、タダで飲み放題で食い放題である。
「だけど、広嶋君。私が能力を貸さなかったら会社は潰れて路頭に迷う人もいたはずだ。今の社会は厳しいからね~。今後の彼等はどーすればいいかな?」
今でもよく見かける。アルバイト募集とか、正社員募集とか。ほとんどがブラック企業とかそんなのだろう。
「大丈夫だよ。能力を浴びた連中にも経験値が入る。きっと、どんな辛い仕事ももっときつかったところを思い出せば働いていけるだろう?」
その仕事が経験になる。見えないかもしれないが、一番辛いと感じれば多少の困難は乗り越えられるはず。
やってはならないのは困難にぶち当たり死を選択すること、選択させられること。
逃げる選択。助かる選択をとるべきところ。
「100万人の部下ができても、その上からの命令に逆らえないんじゃ、自分だけじゃなく部下も良い思いしねぇーよな」