表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
イレールの宝石店  作者: 幽玄
第三章 憤怒の黒魔術師
98/104

37Carat 間奏~詠唱(トラクトゥス) part1


―――「さぁ!皆さん!


十二年前の悲劇はまだ終わっていません!

生まれ変わったリュミエール修道院!本領を発揮する時です!」



 荘厳な白大理石造りの修道院の、上空を、純白の結界が覆っていた。沢山の修道女たちが天に両手を広げ、結界を強固なものにしようとさらに魔力をそそいでいる。



「ルイーズ様!病人の避難が完了しました!」

「ありがとう。あなたは少し休んでおいでなさい」



この修道院の長、ルイーズ・ディ・マリラックは、修道女たちに忙しく指示を飛ばす。看病されていた病人たちは避難させられ、黒魔術師の襲撃に備える。


ピリピリとした緊張感の漂う修道院、ルイーズはゆったりと落ち着いた歩みで、見上げるほど大きな、重苦しい扉の方へと向かった。



――「イレール様、やれることは手を尽くしましたわ」



 扉の前にたたずむイレール達に、ルイーズは一声かける。


「ありがとうございます……」


 そう答えるイレールの顔色は悪い。いや、イレールだけではなかった。扉の前に並ぶ彼ら全員の顔から、血の気が引いていた。


「………フェリクス様ですね?」


ルイーズの言葉に、彼らは無言で頷いた。ルイーズは労わるような口調で励ます。


「ここ一帯は『白と黒の祭壇』の影響もあって、空間が不安定です。空間同士の結合が緩まるなんて日常茶飯事のこと……きっと、フェリクス様のいる空間が緩んで、気を感じられなくなっただけですわ……」


力なくミカエラが微笑む。


「えぇ……わたしたちは信じているわ。

だから、彼の心を尊重して、止めなかったんだもの……」



「……ミカエラ様」


ルイーズは言葉に詰まって視線を落とす

―――その時だった。




――バリバリ!!ガシャアーーーーーーーンッ!!!



天から、耳をつんざくような音がした。


 イレール達はハッと表情を引き締めて――まがまがしい気配のする入り口へと駆けた。



そこには彼らの予想通り―――



「手厚い歓迎だな……」



レーヴァテインを引っさげる、エウラリアが立っていた。




――「百合さんはどこです……?」


イレールは目前の黒魔術師を睨みつけた。その刺すような視線に、彼は「落ち着け」と言わんばかりに、肩をすくめてみせる。


「安心しろ。白百合は可憐な寝顔を浮かべ、安らかなる眠りについている……」


「……ッ!!」


イレール達は込み上げる感情をグッとこらえる。胸元に無邪気に光るピンク・サファイアのブローチ。イレールはそれを苦しげに押さえ、怒りに飲まれまいとした。



「さて……あまり話をする気にはなれん。ワタシも連戦はしたくない……



―――フェリクスを片付けたばかりだ」




皆、息を飲んだ




 彼はそんなことは気にしないというように、結い上げた髪を撫で、レーヴァテインを振り上げる。

―――彼の口角が、一気に吊り上がった



「そういう訳だ!連戦は避けたい!


レーヴァ、空間の狭間に広がる闇を支配せよッ!




――――祭壇へ続く空間の縫目を、一気に断ち切れッ!!!!」




――パキ……ッと、何かが折れる軽い音がした。



「いけないッ!!離れてください、皆さんッ!!」


イレールは瞬時に足元へ目をやると、周囲に叫ぶ。

そして皆、一斉にその場から飛びのいた、その瞬間――



パキーーーーーーーーーーーーーーーンッ!!!



足元が割れ、亀裂から暗闇が覗いた――


場所全体が、ジグソーパズルをバラバラにするかのごとく、地面が引き裂かれ、流氷のように、四方に遠のいていく。


ガラガラ………ッ!

修道院の屋根は崩壊し、瓦礫が頭上から降りそそいだ。

修道女たちは魔力の壁でそれを防ぐ。

イレールは一人、エウラリアと同じ地面に立っていた。頭上から降りそそぐ残骸を避けながらも、彼はエウラリアの姿を探す。


「………ッ!!」


――エウラリアは、もうすでに駆け始めていた。



「そこだなッ!!」


 巨大な重々しい扉が、遠くに小さく見える。エウラリアはニヤリとすると、そこを目指して、漂う地面から地面へと飛び移って向かっていく。


―――「行けイレールッ!!心配すんな!オレ達も後で行くかんなッ!!」

「えぇ!修道女達の身の安全を確保したら、すぐに向かうわぁ!!」

「行ってイレールさんッ!!僕たちは間に合わないッ!!」


すかさず、イレールの耳に友人たちの声が響いた。



彼らのいる地面は遠のいて、遥か視界の隅へと過ぎ去って行こうとしている。こうしている間にも、エウラリアの姿は小さくなって、とうとう見えなくなってしまった。


「……ッ!」


それを確認すると、イレールは悲痛そのものの声で叫んだ。



「必ず無事で居てくださいっ!!!貴方達もまた、大切な存在なんですからっ!!!」



遠くで友人達が笑った――その笑みを背中に受けて、イレールは一人、エウラリアの後を追い始める。



――純白の背中は、小さくなって消え失せた


「くっそ!オレは信じねぇーーぜ!フェリクスが死んだなんてよ!」

「わたしも信じないのだわっ!!」

「うん!!彼、体は丈夫だもんね!!」



――「皆、無事かっ!?」


互いに顔を見合わせた三人のもとへ、クラースが飛んできた。

彼は焦った様子で三人に告げる。


「まずいぞ!!アンフェスバエナがこちらへ向かっているのだ!!」


翼をばたつかせるクラースの向こう―――



「―――――ッ!!!!」



獰猛な唸り声がかすかに聞こえて、三人は武器を構えた。




―――――――――――



「そうかい。そんなことがあったのか。私達の知らない十二年前の真実……そして、本当のエウラリアがどんな人物であるか。それを聞いては、ますます…黙ってはいられないね」


「はい……。絶望に堕ちてしまったから、こんなことをしてしまっただけで……!

本当は、愛情深くて優しい人なんです……!」


(この子……。エウラリアの事、すごく理解してくれてるのね……)


森を駆ける二人の背後、リュシーは宙を飛びながら、ひっそりと思う。




(………やっぱり見えないか)



 クラウンは仮面を付けず、百合をその背後に見る。百合が言うには、すぐそばに居るらしいが、リュシーの姿も、声も、気配すらも――何も、五感は捕まえてはくれない。



その悲しさを吹き飛ばすように、クラウンは明るい声を作って、両腕を広げた。


「百合、リュシーは今どこに居るんだい!?

―――それっ、ここかっ?!!!

ん!?今なんとなく、柔らかいものに触った気がするっ!!」



「えぇ…っと…?」


百合は苦笑しながら、(くう)に抱き着いたクラウンを見送った。



リュシーはフルフルと首を振った。


『……あなたのすぐ右よ。すぐ隣に…居るのよ……』


寂しそうに、リュシーは、走り続けるクラウンの首に腕を回す。

「………」

百合は心が痛むのを感じながら、クラウンに優しく言った。


「クラウンさんの首に、リュシーさんが抱き着いてますよ……」

「ええ……っ!?ほ、本当かい!!?さささ、最高じゃないか……っ!!」

『もう!言わなくていいのよ百合ちゃん……っ!!』


赤くなるリュシーだったが、その腕を離そうとはしない。



(もっと私も……甘えていれば良かったな。照れくさがらずに……甘えられる時間は沢山あったのに……)



睦まじい二人に、イレールのことが頭をよぎる。



前を向いて、走ることに集中しようとした百合だったが、

突然、


パリィイイイーーーーーーーーーーーーーンッ!!


目の前の地面がバラバラに割れた。



――「うっお!エウラリアの奴、空間を切りやがったね!!」

「きゃあーーーっ!!」

「おっと、百合!安心あれ!!」


クラウンは宙に弾き飛んだ百合を脇に抱え、遠のいていく向こう側の地面に、大きく飛び移った。地面に開いた真っ黒な大口の上を、彼は軽々と飛び越える。クラウンは機嫌がよさそうだった。


「もうこのまま行こうじゃないか!その方が速い!……お?百合は魂だけだからか!ちょうど、魂一つ分の重さだ!」

『大丈夫よ、百合ちゃん!あなたは今魂だけだけど、ちゃんと半具現化しているから、触れるの!しっかり抱えられているわ!!』

「きゃああ~~~っ!!信じますよ~~~!」


脇に抱えられた彼女は、死神のすさまじい走行スピードにあおられながら、バラバラになった地面を運ばれて行く。



――「おッ!陛下達だッ!!」

『あぁっ!みんなっ!』


三人の耳に争い合う激しい音の嵐が聞こえて、百合は音のする眼下へと、抱えられたまま、様子を探った。


「みんなっ!戦っているのは……エウラリアさんのアンフェスバエナっ!?」


地面と地面の間から覗く暗闇の奥底に小さく、三人と巨大な双頭の怪蛇の姿がうかがえる。すると、クラウンがギュッと腕に力を入れてきた。


――「飛び降りようッ!この高さ、君は気を失うかもしれない。目をつぶっておいでッ!」

「は、はいっ!!お願いします!」


百合が指示通り目つぶる。と、クラウンは勢いよく、飛び降りた。




「―――――はぁーーーーーーーッ!間に合えーーーッ!!」





――「う……ッ!」

「ミカエラッ!くっそ…!死なせるわけにはいかねぇーし……ッ!」


 ジョルジュは、アンフェスバエナの猛攻を避けきれずに倒れたミカエラを助け起こした。アンフェスバエナは我を忘れて暴れまわる。


「………ほらッ!こっちだよッ!」

御真弓様が矢を放つ。しかし――

「ギシシィーーーーーーッ!!」

――カツーーンッ!

その矢はアンフェスバエナの固い皮膚を傷つけることはできなかった。



 アンフェスバエナは桁外れの強さを誇っている。巨体に似合わず素早く、ジョルジュがアスカロンを振りかざそうが、ミカエラがハープで音の振動を起こそうが、その皮膚が傷つくことはない。


「以前より強くなってんなッ!例によって、自我を押さえられてるしよッ!!」

ジョルジュの言葉に、クラースが傍らに飛んできた。

「アンフェスバエナは成長すればするほど強力になるのだ!うぬぅ!しかし、短時間でここまで成長するとはッ!エウラリアが魔力を分け与えたのかもしれん!」


「ギギギィーーーーーーーーーーッ!!」


アンフェスバエナが吐いた毒液を二人は、サッとかわす。だが、その毒液がジョルジュの足をかすめた。


――「―――うぁッ!!」


ジョルジュが片膝をつく、そこへ――


「ギシャアアーーーーーーーーーーーッ!!!!!」


――――アンフェスバエナの牙が迫った


「陛下ッ!」


ミカエラと御真弓様は蒼白の表情で駆け寄ろうとする。


「―――――死ねるかぁーーーーーッ!!」


ジョルジュは一か八か、アスカロンを振り上げた―――




しかし、その瞬間



―――パァアアアアアーーーーーーーーーーーーーーーッ!!




白い光が周囲に広がって、白百合と桜の花びらが舞った―――


耳に届いたのは聞きなれた声。



―――「お願い止めて…………っ!!」




アンフェスバエナは


――ピタリと、




動きを止めた。





「…………」



その瞳から、荒れ狂う感情が静まっていく――――



フワ……………!!


 その場にいた全ての者が、体に負った傷が癒え、心が安らいでいくのを感じた。


「―――――――っ!!!」


イレールの友人たちは、ゆったりと流れる黒髪を見て、驚きながらも喜びの表情を浮かべる。そして、心からの喜びを込めて、彼女の名を呼んだ。


「百合っ!」

「ゆりちゃんっ!」

「百合さん!!」



―――ヒュン………


光の粒子がはじけて、暗闇が戻る。



「心配かけてごめんなさい、みんな………」



――「謝らなくていいんだよ……っ!良かった!」


御真弓様が駆け出して、百合に無邪気に抱き着いた。百合も照れくさそうに抱きしめ返す。


「百合っ!お前の肩にとまりたかったのだ!!」

クラースが肩に留まり、

「ギギギギギーーーーーーー!」

アンフェスバエナも自我を取り戻して、甘えたそうに近寄って来る。


そして――登場したのは彼女だけではない。



――「私も居るのさ!さて、私には誰が抱き着いてくれるのかいっ?!」




「クラウン!!」


ジョルジュとミカエラが安心しきった顔で、彼に駆け寄った。


「馬鹿やろッ!―――って誰が抱き着くか!」

「何はともあれ、無事でよかったのよぅ!」


ノリの良いジョルジュは慌てて自分の向う軌道を修正し、ミカエラはおっとりと、潤んだまぶたを押さえる。




それぞれが再会を喜びあっている中、「良かった!生きていたのですね!」と、ルイーズが光と共に現れた。


「修道女達には、空間の修繕に取り組んでもらっています。空間が繋がるまで、しばらく、かかりそうですわ………」


「あ、洋服屋さんで会った女の人……」


百合はルイーズを一目見て反応し、ルイーズも気づいて、ふわりと笑った。


「ふふふ……ご無沙汰しております。イレール様からご寵愛を受けた少女、百合さん……まさかこのような形で再会するとは、思ってもいませんでした……」

「大丈夫です。皆がついていますから!」

「そう……」

魔法族に囲まれた少女は、気高く杖を握っている。



手短に話した百合は、魔法族たちに向き合った。皆、コクリと頷く。

百合は願いを込めるような口調で言葉を紡ぎながら、友人たちと駆け始めた―――



「今から話すのは、すべて本当の事です。



エウラリアさんは本来なら、私達と一緒に日々を過ごしていたかもしれない人……。



そう言える理由を、私が見てきた事すべてとからめて、全部お話します。そして、私が今、なぜ魔法を使えているのか


――――すべてしっかりお話しします」




百合の後ろ、リュシーはチラリと、背後のアンフェスバエナの様子を窺った。


(アンフェスバエナ…………。あなたにとっても、思い出深い魔法生物だったのかしら?そうだったら、嬉しいわ……)







評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ