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イレールの宝石店  作者: 幽玄
第三章 憤怒の黒魔術師
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Fragment.2 狂気で傷つくのは、心優しき者達 last

リュシーの葬儀は、美しい星空のもと執り行われた。


 黒い死神のローブに身を包むフェリクスは、リュシーの亡骸を、そっと、祭壇に横たわらせる。『白と黒の祭壇』と呼ばれているその祭壇には、星空より一筋の光が差す。天へと続くその道は、魔術師たちの魂が、天へと帰る場所。


沢山の参列者が、彼女の亡骸に、花を一輪ずつ供えていく。その花は一つ、また一つと増えて、亡骸に続く参列道を除いて、祭壇の周囲は花でいっぱいに埋め尽くされた。


そこらじゅうで、すすり泣く声が聞こえる。種族の垣根を越えて、皆、彼女の死に表情を沈ませていた。

祭壇の後ろでは、イレールが幼馴染たちに何度も頭を下げている。それを幼馴染たちは止めさせようとするのだが、イレールは止めようとしない。何度も何度も、彼は頭を下げる。フェリクスが荒々しく肩を掴んで、それを制した。フェリクスの銀の瞳が濡れる。彼はがっくりと、イレールから離れ、紅く光る何かをぎゅっと握りしめた。



リー…ン……ゴー…ン……

リーン……ゴー………ン………


 葬儀を告げる鐘が鳴った。


イレール達は見渡せないほどの参列者の前に歩み出た。イレールが謝辞を述べると、一際、すすり泣く声は大きくなる。葬儀は厳粛に、しめやかに行われていく。レクイエムを聖歌隊が歌ったのち、様々な種族の長が彼女への感謝の意を述べ、花を手向けた。


やがて―――

フェリクスが、リュシーの亡骸に歩み寄った。

リュシーはまるで眠っているかのような、柔らかい表情を浮かべている。フェリクスは手に握りしめていた何かを、彼女の胸元に取りつけた。


それは、ルビーのブローチ。


「私は昔から、自分の存在に迷いやすい……何しろハーフだからね。でも、私は今日……完全なる死神として君を送り出すよ。そして―――少し別の自分に生まれ変わる。」


イレール達が――寂しそうに瞳を揺らす。


フワ……

フェリクスはリュシーの首元に顔を近づけた。柔らかい飴色の髪が、彼の頬を撫でてくれる。フェリクスも微笑を浮かべながら、それに応えるかのように、冷たくなった彼女の頬を撫でた。


「そのルビーのブローチは…君が“フェリクスのようだ”と言って贈ってくれたもの……。一緒に居させておくれ。いつまでも私は、君とともにありたい……。死が二人を別つまでなんて…私は受け入れないのさ……」


トン……


「…………」


名残惜しそうに、フェリクスは離れると、逆刃のデスサイズをその手に出現させた。

「…………ッ!!!」

震える腕に耐えながら、その鎌を振り上げる。



「はぁーーーーーーーーーーーッ!!!」



――シュンッ!!

(くう)を切る音がして、その切っ先がリュシーの胸元に刺さる。その瞬間、彼女の胸元が輝き始めた。フェリクスはゆっくりと、その刃を引き抜く。すると―――


刃が突き刺さったそこから、桜色に輝く結晶体が宙に現れた。


ポワァ……


結晶体は祭壇全体を光で満たすほどに、明るく、優しく光って夜空を照らし出す。そして、その結晶体は、天へと続く光の道を、光を放ちながら上って行き始めた。




――「リュシー姉さんッ!!!」


 その光景を目にした瞬間、イレールが頬に涙を伝えながら、前に歩み出た。

フワァ………!

その声に反応するかのように、桜色の結晶体――リュシーの心は、輝きを増す。イレールは濡れる瞳で、リュシーの心を見つめた。


「行かないでくださいっ!!!――ねえさんっ!!!」


イレールは胸元に光るブルー・サファイアのブローチを、ギュッと握っている。


「………ッ……」

ジョルジュはアメジストのブローチを、ミカエラはエメラルドのブローチを握って、イレールと同じように、涙を流し続ける。


フェリクスがきつく叫ぶ。


「だめだイレールッ!リュシーに心配をかけるなッ!!きちんと送り出すことが、私達の今すべきことなんだッ!!!―――っ!」


そんな彼も、涙は止めどなく溢れ、止まらなかった。


キラ……ッ!!


突然、リュシーの心の結晶体が強く、瞬いた。


キラッ!!キラッ!!


ひら……



――「――――――ッ…!」



その場に居る全ての者が、目の前の光景に心を打った。

桜の花びらが、粉雪のように、優しく天から降り注ぎ始めたのだった。

その花びらは彼女の弟、恋人、友人――彼女を愛した者の頭上に、平等に、穏やかに降りそそぐ。


ひら……ひら…


「………姉…さん…っ!」


イレールの目の前に、一際美しく桜色に光る花びらが一つ、ゆったりと落ちて来た。彼はそれを大切そうに手の平にのせる。その瞬間――――


花びらは白く輝いて――


「――――これは……!」


イレールの、ブローチの、ブルー・サファイアに、

―――星が、暁の星が、六条の美しい光を放つ(スター)が現れた


キラ……!


ブルーのスター・サファイアと変わったその宝石は、

まるで彼を慰めるかのような、抱擁の輝きを放つ―――



「………一緒に…居てくれるんですね。



私達と…ずっと……………一緒に……」



イレールは、天へと上っていく結晶体に、一筋の救いの涙を浮かべて見せた。




――――――――



――「あぁ…………っ!!!!!!」


 小高い丘の上、黒魔術師はたった一人、崩れ落ちた。


「ワ………ワタシは…覆ってはいけない“光”を……覆って…しまった……!」


眼下に果て無く見える大勢の参列者が、紅い瞳に映る。

彼女はこれほどまで、多くの者に愛されている。


一方、生き残った彼は――――――


「ワタシのせいだ……。やはり……ッ…死すべきはワタシだったのだ……ッ!ワタシなどいらないッ!!死んでも良かった…!!彼女のような者こそ、この世界に必要だ……ッ…!


生きるべきは……!!彼女だったのだ…!!

それを………ワタシが…覆って…しまった……!」



長い髪を振り乱し、彼は震える体で頭を押さえた。



「……どうすればいい…?これから…っ…!あ…あぁ………っ!!」



絶望に打ちひしがれる彼は、うなだれ、

そのまま頭を掻きむしっていたが、やがて―――




「あぁ……そうだ。この道がある………」


ユラリ……


前髪から、涙を含んだ紅い瞳が覗いた。


――ク……ク…ク…ククッ…!


彼は狂気じみて、肩で笑う。



「ワタシが背徳に染まればいい……

リュシーがこの世界にもう一度輝く方法を……ワタシだけが知っているのだから」


ユラリ……

彼は黒髪を乱して立ち上がった。前髪を気だるくかき上げ、不気味な笑みを浮かべて―――眼下のイレールを見つめる。


「……ちょうどいい。怒りが込み上げてくるのだ……。知っているぞ……キサマがニコライを招き入れたこと……」


首元の逆十字のロザリオを長い指先で撫でる。



「さぁ――――――!!キサマへの報復を動力にッ!ワタシは漆黒の限りを尽くそうかッ!!!」




もう誰も、彼を理解する者はいなかった――――




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