Fragment.2 狂気で傷つくのは、心優しき者達 last
リュシーの葬儀は、美しい星空のもと執り行われた。
黒い死神のローブに身を包むフェリクスは、リュシーの亡骸を、そっと、祭壇に横たわらせる。『白と黒の祭壇』と呼ばれているその祭壇には、星空より一筋の光が差す。天へと続くその道は、魔術師たちの魂が、天へと帰る場所。
沢山の参列者が、彼女の亡骸に、花を一輪ずつ供えていく。その花は一つ、また一つと増えて、亡骸に続く参列道を除いて、祭壇の周囲は花でいっぱいに埋め尽くされた。
そこらじゅうで、すすり泣く声が聞こえる。種族の垣根を越えて、皆、彼女の死に表情を沈ませていた。
祭壇の後ろでは、イレールが幼馴染たちに何度も頭を下げている。それを幼馴染たちは止めさせようとするのだが、イレールは止めようとしない。何度も何度も、彼は頭を下げる。フェリクスが荒々しく肩を掴んで、それを制した。フェリクスの銀の瞳が濡れる。彼はがっくりと、イレールから離れ、紅く光る何かをぎゅっと握りしめた。
リー…ン……ゴー…ン……
リーン……ゴー………ン………
葬儀を告げる鐘が鳴った。
イレール達は見渡せないほどの参列者の前に歩み出た。イレールが謝辞を述べると、一際、すすり泣く声は大きくなる。葬儀は厳粛に、しめやかに行われていく。レクイエムを聖歌隊が歌ったのち、様々な種族の長が彼女への感謝の意を述べ、花を手向けた。
やがて―――
フェリクスが、リュシーの亡骸に歩み寄った。
リュシーはまるで眠っているかのような、柔らかい表情を浮かべている。フェリクスは手に握りしめていた何かを、彼女の胸元に取りつけた。
それは、ルビーのブローチ。
「私は昔から、自分の存在に迷いやすい……何しろハーフだからね。でも、私は今日……完全なる死神として君を送り出すよ。そして―――少し別の自分に生まれ変わる。」
イレール達が――寂しそうに瞳を揺らす。
フワ……
フェリクスはリュシーの首元に顔を近づけた。柔らかい飴色の髪が、彼の頬を撫でてくれる。フェリクスも微笑を浮かべながら、それに応えるかのように、冷たくなった彼女の頬を撫でた。
「そのルビーのブローチは…君が“フェリクスのようだ”と言って贈ってくれたもの……。一緒に居させておくれ。いつまでも私は、君とともにありたい……。死が二人を別つまでなんて…私は受け入れないのさ……」
トン……
「…………」
名残惜しそうに、フェリクスは離れると、逆刃のデスサイズをその手に出現させた。
「…………ッ!!!」
震える腕に耐えながら、その鎌を振り上げる。
「はぁーーーーーーーーーーーッ!!!」
――シュンッ!!
空を切る音がして、その切っ先がリュシーの胸元に刺さる。その瞬間、彼女の胸元が輝き始めた。フェリクスはゆっくりと、その刃を引き抜く。すると―――
刃が突き刺さったそこから、桜色に輝く結晶体が宙に現れた。
ポワァ……
結晶体は祭壇全体を光で満たすほどに、明るく、優しく光って夜空を照らし出す。そして、その結晶体は、天へと続く光の道を、光を放ちながら上って行き始めた。
――「リュシー姉さんッ!!!」
その光景を目にした瞬間、イレールが頬に涙を伝えながら、前に歩み出た。
フワァ………!
その声に反応するかのように、桜色の結晶体――リュシーの心は、輝きを増す。イレールは濡れる瞳で、リュシーの心を見つめた。
「行かないでくださいっ!!!――ねえさんっ!!!」
イレールは胸元に光るブルー・サファイアのブローチを、ギュッと握っている。
「………ッ……」
ジョルジュはアメジストのブローチを、ミカエラはエメラルドのブローチを握って、イレールと同じように、涙を流し続ける。
フェリクスがきつく叫ぶ。
「だめだイレールッ!リュシーに心配をかけるなッ!!きちんと送り出すことが、私達の今すべきことなんだッ!!!―――っ!」
そんな彼も、涙は止めどなく溢れ、止まらなかった。
キラ……ッ!!
突然、リュシーの心の結晶体が強く、瞬いた。
キラッ!!キラッ!!
ひら……
――「――――――ッ…!」
その場に居る全ての者が、目の前の光景に心を打った。
桜の花びらが、粉雪のように、優しく天から降り注ぎ始めたのだった。
その花びらは彼女の弟、恋人、友人――彼女を愛した者の頭上に、平等に、穏やかに降りそそぐ。
ひら……ひら…
「………姉…さん…っ!」
イレールの目の前に、一際美しく桜色に光る花びらが一つ、ゆったりと落ちて来た。彼はそれを大切そうに手の平にのせる。その瞬間――――
花びらは白く輝いて――
「――――これは……!」
イレールの、ブローチの、ブルー・サファイアに、
―――星が、暁の星が、六条の美しい光を放つ星が現れた
キラ……!
ブルーのスター・サファイアと変わったその宝石は、
まるで彼を慰めるかのような、抱擁の輝きを放つ―――
「………一緒に…居てくれるんですね。
私達と…ずっと……………一緒に……」
イレールは、天へと上っていく結晶体に、一筋の救いの涙を浮かべて見せた。
――――――――
――「あぁ…………っ!!!!!!」
小高い丘の上、黒魔術師はたった一人、崩れ落ちた。
「ワ………ワタシは…覆ってはいけない“光”を……覆って…しまった……!」
眼下に果て無く見える大勢の参列者が、紅い瞳に映る。
彼女はこれほどまで、多くの者に愛されている。
一方、生き残った彼は――――――
「ワタシのせいだ……。やはり……ッ…死すべきはワタシだったのだ……ッ!ワタシなどいらないッ!!死んでも良かった…!!彼女のような者こそ、この世界に必要だ……ッ…!
生きるべきは……!!彼女だったのだ…!!
それを………ワタシが…覆って…しまった……!」
長い髪を振り乱し、彼は震える体で頭を押さえた。
「……どうすればいい…?これから…っ…!あ…あぁ………っ!!」
絶望に打ちひしがれる彼は、うなだれ、
そのまま頭を掻きむしっていたが、やがて―――
「あぁ……そうだ。この道がある………」
ユラリ……
前髪から、涙を含んだ紅い瞳が覗いた。
――ク……ク…ク…ククッ…!
彼は狂気じみて、肩で笑う。
「ワタシが背徳に染まればいい……
リュシーがこの世界にもう一度輝く方法を……ワタシだけが知っているのだから」
ユラリ……
彼は黒髪を乱して立ち上がった。前髪を気だるくかき上げ、不気味な笑みを浮かべて―――眼下のイレールを見つめる。
「……ちょうどいい。怒りが込み上げてくるのだ……。知っているぞ……キサマがニコライを招き入れたこと……」
首元の逆十字のロザリオを長い指先で撫でる。
「さぁ――――――!!キサマへの報復を動力にッ!ワタシは漆黒の限りを尽くそうかッ!!!」
もう誰も、彼を理解する者はいなかった――――




