33Carat Gloria~グローリア part1
「常にワタシの後ろに下がっていろ。間違ってオマエまで切り捨ててしまうかもしれん。」
「……は、はい……涼しい顔して怖い事言わないでください。」
百合はエウラリアから距離をとって、後ろに下がった。
目の前にそびえるのは、白い大理石の壁をした不思議な遺跡。倒壊し、森の地下に沈みこんだ入り口は苔や蔦に覆われ、一目には洞窟に見える。それほどに、入り口は荒廃しきっていた。きっと中も同じような有様だろう。
「行くぞ。」
「ま、待ってください!」
エウラリアは暗い遺跡の壁側に歩み寄った。
百合にはぼんやりとしか見えないが、暗がりでも見通せる魔法族の目には、燈台が見えていた。彼は、じっと、その燈台を見定めているようだったが、
「まだ使えるようだな……」
確信したように、そこへ片手を伸ばした。
「……燈せ。」
――シュゥ………ン…!
彼の手を中心に、波紋を広げるかのように円を描いて、光が広がった。
「わ……!」
目の前が急に明るくなる。
明るくなって気づく。遺跡内の通路には一定間隔で燈台が立てられており、その燈台に備え付けられた鉱石が、ぼんやりと青く輝いていたのだった。
「これでオマエも見えるな?」
「はい!大丈夫です!」
エウラリアと百合は、遺跡の中へと本格的に足を運んだ。
地下へと続いているため、傾斜がある。百合はこけそうになりながら、ぼんやりと明るくなった遺跡の内部を見回した。中は意外にも広く、天井も高め。何かが飛び出してきても、エウラリアが自由に剣を振るうには十分なほど、道は開けている。
―――コツ…ッ…コツ……ッ…コツ…
(何かが飛び出して来そうな感じだな……)と、百合は感じた。
辺りに響くのは二人の足音だけ。
静まり返った遺跡内は、静寂がすぎて、何者かが息を潜めているのではないかと警戒してしまう、不気味さがある。
しばらく二人とも無言で、遺跡の中を歩いていたが、百合が遅れ始めた。両足とも、踏み出すのが億劫だというように、よろけて歩くようになり、呼吸も荒くなった。
そして、とうとう―――
「…うっ……!」
百合はその場に屈みこんでしまった。
「……人間とは脆いものだな。」
エウラリアは少し呆れたように眉をひそめた。
「…はぁ…っ…ごめんなさい。」
「謝るのは後だ。こんなところで留まっていると危険だと分かるだろう?足を見せてみろ!」
「……は、はい!」
有無を言わせずピシャリと言われて、百合は遺跡の残骸に腰かけると、靴を脱いで裸足になる。
「………。」
エウラリアは、無言で顔をしかめた。
彼女の足は両足とも痛々しい有様だった。腫れあがり、まめがつぶれて、少女の細い足には見合わない無残な傷を負っている。
「いずれ足を痛めるだろうとは思っていたが……これほどまでに脆いとは…」
彼は悪態をつきながら、片膝をつき、彼女の足に両手を近づけた。
―――ポオォウ……
あたたかい光の粒子が百合の両足を包む。
「……あ…!」と、彼女が感嘆の声をもらすときには、足はすっかり健康的な皮膚に生まれ変わっていた。
「これでいいな?治ったならさっさと立て。」
「あ、ありがとうございます。エウラリアさん、治癒術が使えるんですね。」
「本格的に学んだわけではないから、重症は治せぬがな……昔、ある程度術を磨いたことがある。」
百合は立ち上がろうとする。
と、
―――エウラリアの目がキッと吊り上がって紅く光った
百合のすぐそばを一陣の風がかすめる―――
――「ギャアァンッ!」
ドサ……
百合が振り向くと―――
そこには、
黒い大きな犬が三匹、息絶えていた。
「――――っ!」
キン……!と、音をさせながら、エウラリアは、レーヴァテインの黒い刀身を静かに鞘におさめる。
「……懐かしいな、ブラック・ドッグか。群れで向かって来られては厄介だな。先を急ぐぞ。」
「……は…い。」
百合は背中に寒気が走るのを感じながら、
「……っ……」
エウラリアの後に続いて、歩き出す。
彼女の青ざめた顔に気づいたエウラリアは、歩きながら不機嫌そうに、
「あの犬どもに同情してやる必要はないのだからな?」と、後ろに一声かけた。
「はい……」と返事をする百合だったが、胸の前でギュッと
――手を組んでいる。
エウラリアは冷やかに、その手を一瞥した。
「向こうはワタシ達を殺すつもりでかかってくる。こちらも命を懸け、全力で迎え討たねば、こちらにあるのは死の危険だと理解しろ……」
百合は黙ったまま下を向き続けた。
「………」
一瞬の静寂のうち、エウラリアはフイッと顔を背ける。
彼は、シャツの首元に鈍く光っている逆十字の黒いロザリオに手をやった。片手で撫で、角を持ち替えたりと、指で弄ぶ。
「……ワタシには無い物だが…そのような考え方もこの世界には必要だろう。殺戮の先に存在するのは虚無と破滅のみ……。それを防ぐのはオマエのような思想だ。よって、オマエはそれを捨てる必要はない……。オマエは今まで同様、あの犬どもの死を悼んでやれ。」
百合は黙って微笑んだ。
前を向いている彼には見えない微笑みだが、柔らかい視線を背中に注ぐ。
エウラリアはそれを感じ取っているのだろうか。
無言のまま――ロザリオを手で弄び続けた。
――――――――――――
遺跡の中を歩き続けて八時間。二人は開けた空間に出た。何もなく、沢山の柱が天井を支える不思議な間。少し先に通路が見え、次に向かうべきはその通路であることが、ある程度予想できる。百合は真っ直ぐにそこを目指そうとしたのだが、エウラリアは、ふらりと、壁側に向かって歩いて行った。
「………壁画ですか?」
「あぁ……」
百合はエウラリアの後について、壁に近寄ると、彼の隣に立ち止まる。
彼は上を見上げて、その壁画をしっかりと、目におさめていた。
寂しげな微笑さえ、浮かべて。
「……なぜあの男はこの平安を…理解できなかったのだろうか?
リュシーが成した奇跡を………
……いや…考えても無駄か…
ヤツは気が狂っていた………そんなことは明白だ。」
「…?」
百合は彼の言葉が気になりつつも、まじまじと、彼と同じようにその壁画を見上げた。
高い天井へ上っていく壁に、絵画のような巨大壁画が描かれている。
その壁画に描かれていたのは、争いの局面だった。
塗料がはがれ、朽ち果てているものの、もとは劇のワンシーンをそこへ貼り付けたような、躍動感のある絵だったのだろうと十分わかる。
長い杖や剣をぶつけ合うのは、白いローブと黒いローブを身に着けた人々。互いを睨み合い、切り付ける、痛々しい場面もある。
二人の間に沈黙が流れた。
しかし、
無言で見入っていた百合の沈黙を断ち切ったのは、エウラリアの、
「これは――――白と黒の対立の歴史だ。」
という一言だった。
「白と…黒って……」
彼は寂しそうに、自嘲気味に続ける。
「ご覧の通り白魔術師と黒魔術師は古来より……対立関係にあった。それを踏まえると、今のワタシは非常に混沌としている……黒であるワタシが、一方ではリュシーという白を慕い、もう一方ではイレールという白を憎んでいる。」
――コツ…ッ……
エウラリアは壁から離れると、ゆっくりと遠くから、壁画の全体像を目におさめた。
「リュシーとは……黒を認める白なのだ。黒の理解者……。
ワタシと同じく、異質なヤツだろう?」
微笑を浮かべながらも、彼は自分をあざ笑うかのように肩をすくませる。
彼の目に映っているのは天井に続く、時代を記した歴史画。しかし、その視線はその先を見据えているような印象を受ける。
百合は、自分の首に密かにつけているロケット・ペンダントを思いながら、エウラリアを、まっすぐに見つめた。
「どうしてそんな事……私に教えてくれるんですか?」
百合は彼に、
―――優しく、微笑みを見せる
エウラリアは、一瞬だけ彼女と目を合わせたが、フン…と鼻で笑った。
「さぁ………?特に説明すべき理由はない……。
まぁ……………強いて言うならば、
エゴを通す男の、くだらんわがままといったところか…」
そして、目をつぶってフイッと顔を背ける。
でも、
百合は、彼が一瞬だけ見せた柔らかい微笑を、見逃さなかった。
色々なことを尋ねてみたかったが、まだ彼との間に薄い壁を感じて、聞いてみたい思いを押し込める。
エウラリアはハッ…と、息をつく。
―――「行くぞ。もうすぐ出口のはずだ。」
「はい。」
それまでの感情を押し込めたような表情に変わった彼は、そっけなく言った。百合は素直に返事をして、エウラリアのもとへ駆け寄って行く。
二人は壁画の間を跡にし、目の前に日の光を見た。一筋のその光は間違いなく出口。
しかし、エウラリアは、「待て。」と、百合を制した。
キン……。
レーヴァテインを鞘から引き抜き、百合の隣を過ぎて、遺跡の内部へと来た道を戻り始める。彼からただならぬ緊張を感じて、百合は大きく後ろに後ずさった。
「……数が多いな。そして一体、異様な気配……」
―――ダッ!
エウラリアは駆け出して、一気に壁画の間へと駆け抜けた。
百合がその瞬間聞いたのは、
沢山の犬の唸り声と断末魔の叫び。
石壁に何かがたたきつけられる音。
砕かれる大理石の破壊音。
――「エウラリアさんっ!!!」
百合は思わず駆け出して、壁画の間まで行ってしまった。
そこで彼女は、
―――冷酷な黒魔術師の一面を見た。
数えきれないほどのブラック・ドッグが、床に横たわり、息絶えていた。床も、壁も、柱も破壊し尽され、砕かれて、破片が散乱している。
冷やかな声がした。
――「あとはオマエだけだ。」
百合が声のした方へ顔をやると、エウラリアは、異様な姿をした魔獣へと、冷たく刃を向けていた。その生物はライオンの顔と体をして、背中には羊の頭を、尻尾にはヘビ、という異形な生き物だった。
「ブラック・ドッグを率いるキマイラか……珍しい。獅子は春を、山羊は夏を、蛇は冬を表す聖獣が……堕ちたものだな?」
「グルルゥ……」
余裕の笑みを見せるエウラリアに、キマイラは牙を露見させて唸り声をあげる。
今にも飛びかからんばかりだ。
だが――
「グルルルルゥ………ッ!」
バタッ!
キマイラは百合へと標準を変え、彼女目がけて突進する。
「――――っ!!」
―――シュン…………ッ!
百合が叫ぶより早く、エウラリアが間に入った。一瞬にして彼は、魔法を使うまでもなく、キマイラを切り捨てる。
ドサ……
「………ワタシの邪魔をするから、こんなことになるのだ。」
エウラリアは、その死体のそばで、冷たくその遺骸を見下ろした。
―――ぞく……っ…!
紅く、冷たい光を放つその瞳は冷酷で、百合は彼に恐怖を覚える。
しかし、その恐怖を追い払うかのように頭を振ると、エウラリアの隣に歩み寄った。
「……怪我はないな?」
「…え?は、はい……!大丈夫です!」
百合を迎えたのは意外にも、優しい一言で、彼女は僅かに驚愕する。そっけない口調ながらも、確かな優しさがそこにある。
「……では、ぼさっと突っ立てないで行くぞ。」
高く結い上げた黒髪が優しく揺れて、彼はゆったりと歩き出す。
(私が怖いのは……あなたが狂気って呼んでいる…あなたの憤怒の感情だけみたいです。
エウラリアさん……)
百合は微笑を受かべながらその後ろに着いて行く。
遺跡をぬけた頃は、もう夕暮れ時で、二人の二日目の旅路は、そこで終わりを告げた。




