29Carat 全ての者に、絶望の雨が降った、その場所 part2 last
―――ガガッ!!
エウラリアの首元に、逆刃のデスサイズが突きつけられた。
「おや?油断したな。やっとご登場か。」
首元に刃を突きつけられているのに、エウラリアは楽しげに言う。
――「お前がやろうとしていることは、死者への…リュシーへの冒涜だ…」
不気味に、憤怒をたたえた声だった。
いつものお調子者の道化ではなく、死を司る者としての怒りが、全身から殺気としてあふれ出ていた。
「ク……クラウン………さん」
離れた場所に居る百合のもとにも、彼の憤怒は届いて、再び百合は胸がギュッと痛むのを感じた。
「では――リュシーにもう一度会いたいとは思わんのか?」
「―――くッ!」
クラウンは苦しげに口元を歪めた。が、すぐに冷静になって言い返す。
「友を裏切るようなことは………絶対にしない…ッ!!」
「ハハッ!そうか!!」
エウラリアは不敵に笑って、一瞬の内に鎌から逃れる。
クラウンとイレール。百合の大切な友人、そして、恋人が、怒りの感情をたたえたままその後を追っていく。
(……いつも笑ってる二人が…あんなに怒ってる……。先生は…楪先生は…私を…リュシーさんの復活に使うって言って……。二人が戦うのは…私を守るため……。
自分勝手な考えだと思う…だけど……)
―――いやだ……!二人には笑っていてほしい!
百合の心が、悲鳴をあげてズキズキと痛んだ。彼女は思わずギュッと、自分の身を抱きしめる。
――エウラリアは、二人の追撃を抑えながら、百合の様子をチラリと一瞥した。
ニタリ……と、口角が上がる。
「百合!!ワタシに、その身をおのずから差しだすというのなら、オマエの大切な人々を、必要なく傷つけんと誓ってやろう!!」
「……え?」
小さく声を漏らした百合のあとに、イレールとクラウンが続く。
「騙されてはいけません!!それは、必要とあれば傷つけるということです!!!」
「そうだよ百合!私達はこの世界を調停する役目がある!君は心を痛めなくてもいい!!」
―――でも……
それが、百合の正直な思いだった。
百合が視線を落としたのを確認すると、エウラリアは黒い魔法陣を出現させる。
「クク……まぁ、ゆっくり考えてくれ。――フェリクス、オマエにも良い返事を期待している。気が変われば―――ワタシのもとへ来い。」
――誰かが静止する隙もなく、一瞬で、彼は消え失せた。
イレールがハッとして、自分が気絶させたアンフェスバエナのほうへと視線を飛ばせば、同様に、もうそこに姿はなく、アンフェスバエナが衝突してできた大きな壁のくぼみしかなかった。
――「取りあえず、店に戻りましょう。」
「あぁ。」
イレールが口火を切り、クラウンが頷いた。クラウンの声には覇気がなかった。
イレールは一瞬、クラウンに向かって悲しそうな顔をしたが、百合に向き直って、本当に、本当に…申し訳なさそうに、呟いた。
「見たくない……ですよね…?こんな…いがみ合う光景なんて……。」
百合はフルフルと、首を振る。
「……イレールさんとクラウンさんが必死に守ってくれてるのに……ただ頭を押さえて縮こまっているだけなんて……嫌です。……っ…。確かに…ほんとは…見たくない……です。
でも……逃げたりは、しません。」
彼女はしっかりした強い眼差しで答える。
イレールは切なげにだが、微笑むと、百合の手に自分の手を絡めて繋いだ。
「帰りましょう。皆が心配しているはずです。色々あって疲れましたよね?貴女には、ゆっくり休んでいただきたい……」
「……はい。ありがとうございます。イレールさんにも、休んでほしいです……」
百合も切なそうに微笑みながら、ギュッとつないだ手を握り返す。
――イレールが地にカドゥケウスを突き立てると、白い魔法陣が広がって、
気づいたときには、
百合は宝石店の店内に立っていた。
三人は心配そうにすぐに駆け寄って来たミカエラ達に、先ほどあったことを話した。
「じゃあ……エウラリアが百合ちゃんを狙う理由は、リュシーの復活を願っての事、なのね……」
「くそッ!何があいつをそこまでさせるっていうんだよなッ!!」
ミカエラとジョルジュは悲痛そのものの顔で、それぞれ唇を噛む。
「良かった……百合さんっ!無事で!!」
「本当に……!いつものお前だ!」
御真弓様とクラースは百合に駆け寄って、嬉しそうに言った。
「……心配かけてごめんね。」
百合は申し訳なさそうに謝る。
「あの悪魔の子の様子はどうかい……?」
いつもの様子に戻ったクラウンが、ミカエラに尋ねた。彼女は微笑んで返す。
「大丈夫よ。この店の空き部屋に寝かせたまま……ぐっすり眠っているわぁ。」
イレールは、他の者に気づかれないよう、こっそりと――
いつも胸につけているブルー・サファイアのブローチを、彼に手渡した。
「どうか……持っていてください。」
一瞬、
「………。」
迷ったクラウンだったが、それを――受け取った。
「……しばらく、心の支えにさせてくれ。」
「………はい。」
クラウンは力なく答えて、イレールは寂しそうに微笑を浮かべた。




