29Carat 全ての者に、絶望の雨が降った、その場所 part1
エウラリアの魔法陣に呑み込まれたイレール達は、荒れ果てた廃村のような場所に立っていた。暗い木々が所々に生えて、この廃村を取り囲んで切り立った崖が立つ。それを見上げれば、暗い森が広がっているのが、何となくうかがえる。レンガ造りの家々が建ち並んで、その谷に存在していたであろうその村。今は、ガラリと風が吹き抜けて、満天に輝く星空とは対照的に、寂しい場所と成り果てていた。
百合はイレールの腕の中で、怯えながらも、目の前で漆黒の剣――レーヴァテインを構えるエウラリア――彼女にとっては担任の、黒鍾美 楪を悲痛に見つめる。
その視線に気づいたエウラリアは、ニタリと不気味に笑った。
「……オマエにとってはどことも知れぬ不穏な場所だろうが、ここはその二人…及びワタシにとって…因縁の場所なのだ。」
「…え……?」
「………ッ…」
見れば、クラウンも、イレールも辛そうな顔をして、エウラリアを睨んでいる。
「ハハッ!良い目だ。イレールはこの場所で姉を亡くし、道化のクラウンは、恋人を亡くした!!それは同じ人物を指す。あの桜のもと眠りにつきし者……分かるな?」
「もしかして……リュシー…さん?ここは、リュシーさんの死に場所だって、いうの……?」
百合はイレールとクラウンを交互に見つめた。
「そうだ。ではもう一つ、そこの道化の本名を教えてやろう。奴の本当の名は、フェリクスだ。」
―――ガガッ!
「クラウンさん……っ!」
クラウンの赤いシルクハットが宙を舞った。エウラリアが立っていた場所に、死神の鎌が刺ささる。クラウンは不機嫌そのものの声で、エウラリアに言い捨てた。
「悪いけどその名とは、決別したんだ。自分の恋人も守れないような自分とはねッ!」
「本質は変わっていないのに……か?」
「………ッ!」
―――クラウンは下唇を噛んだ。
「百合さんはここに居てください。」
「は……はい。」
離れた場所へ百合を運び、イレールは、エウラリアと攻防を繰り返すクラウンに加勢しようと駆け出した。
が、
――ギィィイイイイッ!
巨大な怪蛇、アンフェスバエナが彼の前に立ちふさがった。その双頭は紛れもなく、イレールを敵として睨んでいる。
「貴方と争うことになるとは……」
イレールは下唇を噛んで、カドゥケウスを振るう。
「以前より格段に魔力が上がっていますね。これは―――私も本気になりましょう。」
百合は動揺する心を押さえながら、武器を振るう三人を瞳に映した。
(楪先生が……こんなこと…。やっぱり、信じられない…私の中の先生は優しい人…なのに。どうしてこんなこと………。)
そして、彼女は悲痛に、胸の前で手のひらをギュッと握る。
(イレールさん達が戦う姿って……何だか…見たく…ないな。)
――クラウンが両手を広げたまま、その場で一回転すると、その手に従って、カードの束が円を描いて広がった。
「大アルカナより目覚めよ!『タロットNo.11 正義』ッ!」
彼を取り囲むカードたちが、一斉に紅く光る。
「―――!」
エウラリアの頭上に巨大な輝く天秤が現れ、ぐらりと傾いた。その瞬間、
スパッ!
巨大な剣が天より落下する―――
「わが周囲に満ちし影!断罪の刃を跳ね除けよッ!!」
星の灯りに照らされたエウラリアの影、廃屋の影、ましてはクラウンの影までもが地面を這うように一瞬にして集まり、刃の形となって、
―――ガシャァァーーン!
落下してきた刃は、巨大な黒き刃で打ち砕かれる。
刹那、エウラリアはレーヴァテインを振り上げて、クラウンのもとへ走った。
――ギリリ…ッ!
鎌と剣が鈍くいがみ合う。
クラウンが仮面の下の銀の瞳を吊り上げつつ、言った。
「ここは、La vallée des Noir”(黒魔術族の谷)だね……?黒魔術師達の本拠地。リュシーがお前をかばい、命を落とした場所……。私たち二人に、いや…全ての者に絶望の雨が降ったこの場所へ導いて…私達を動揺でもさせようとしたのなら無駄だよ。」
エウラリアはハッ…!と鼻で笑った。
「どうやらそうらしい……せっかく、キサマらの悶え苦しむ姿が見られると思ったが…残念だ。」
鎌と触れ合ったレーヴァテインを大きく払い、彼はニタッとクラウンに笑ってみせた。
「なぁ……フェリクス。ワタシと来ないか?きっとキサマにとってワタシの目的は、喜ばしいものだと思うのだが?」
「あぁっ!?何を言いだすかと思えばッ!そんな誘い要件を聞く前に、願い下げだよッ!!」
鋭くトランプを投げながら、クラウンは冷たく答えた。
それをエウラリアは舞うように避ける。
「リュシーという――希望に満ちた暁の星が、もう一度この世界に輝くとしても…か?」
「――――ッ!!何を考えているんだ!エウラリアッ!!」
クラウンの様子にエウラリアは満足げに口角を歪めると、廃屋の屋根に飛び乗った。
長い黒髪を振り乱し、この場所へ導いた三人を順に目におさめる。
「聞けッ!―――――この場に居る全ての者よッ!!
ワタシの目的をお教えしよう………
ワタシの目的、それは―――――」
百合が、イレールが、クラウンが、彼の歪んだ笑みを見た。
「Santa-Lucia――リュシーの、復活にある―――――ッ!!」
「何を言っているのですッ!!そんなことできるはずがないでしょうッ!?」
イレールが怒鳴りつけるように叫ぶ。
――クラウンは鎌を降ろして、ピタリと動きを止めた。引き結んだ口元に、仮面をした表情からは―――何の感情も読み取れなかった。
エウラリアは大げさに腕を広げて見せた。
「確かに……未だかつて誰も、その魔法をつくりだした者はいなかった。」
しかしッ!!と、エウラリアは声を張り上げ、ニタニタ笑う。
「私はそれを呪術として……完成させたのだッ!!」
「―――ッ!?」
イレールの顔色が変わる。
「特別に、簡単に説明してやろう……今宵は、気分がいい。」
エウラリアはレーヴァテインの刀身を、優雅に撫でた。
「人が存在するためには……身体と魂…即ち、心が必要だ。肉体と心があって初めて、人は現実の存在を得る…。そして、寿命を終え死した時には、肉体を亡くし、結晶化した心を死神に運ばれ、それぞれの宗教のもとに運命をゆだねられる……。
―――よって、死者の甦りを望むのなら、心のみの存在に肉体を与えてやれば良い。」
イレールが憤怒を隠さずに、厳しく叫ぶ。
「しかしッ!一度肉体から乖離した心は、もう二度と肉体へは馴染まないはずです!!この打開策を見つけられなかったがゆえ、誰もその魔術を完成させることはできなかったッ!」
「いいや…見つけたのだ。ワタシはその打開策を――」
エウラリアは百合を――なめるように見つめた。
ビクッと身を震わせた百合は、怯えて瞳に涙を浮かべる。
「――ハッ!オマエはアイツと違って脆いな!しかしやはり……!人を疑わぬ寛大さ!信頼し身を寄せた者への…絶対的なる包容力!まさしく……リュシーが持つ輝きの欠片ッ!!」
「―――貴方が……百合さんを狙うのは…まさか……!!」
イレールは大きく杖を払いアンフェスバエナを吹き飛ばすと、青ざめた様子でエウラリアの立つ廃屋へと駆け寄った。
「あぁ……そのまさかだ!」
青ざめるイレールのもとへ、エウラリアは素早く降り立ってゆったりと耳元に囁いた。
「贄……白百合はただの贄としては摘み取られない。リュシーの心を宿す器となるのだ。
もちろん……白百合に待ち受けるのは――――死だがね。」
一瞬の呟きであったが、イレールには時が止まって聞こえる―――
そして、
「エウラリアァァァアアアーーーーーーーーーッ!!!」
殺気を露わにしたイレールは、白い輝きに身を包みながら、地に巨大な魔法陣を出現させた。
―――ズザザザザッ!
サファイアの八角柱の結晶が、エウラリアめがけて地より鋭く出現する。
「あぁ!やはりいいな!白魔術師との争いは血が歓喜する……!!白を廃せよ…!と。この長き対立の歴史を受け継ぎし、黒き血が湧き立つ……!この狂気に身を任せ、リュシーがもう一度輝くのなら……本望というものだ!!」
狂気的な笑みを浮かべながら、エウラリアは次々に発生するサファイアの刃をかわしていった。
「……フフ。さっきの話に戻ろう。ワタシは気付いたのだ。肉体から離れた魂が辿る末路は大きく二つに分かれる。一つは、『天に召され、もう二度と、俗に“この世”と呼ばれるこの時空に戻らない運命』。もう一つは、『輪廻転生。もう一度この世へと生まれ変わる運命』。
ということは
――心は、宿っていた肉体にはもう――宿る必要がない。
だから、それ即ち――別の肉体には宿る可能性がある。
生まれ変わる場合、その心は別の肉体に宿るのだから。
そして長きにわたる辛き研究の結果
――心は、同じ性質を帯びた肉体にこそ宿ることが分かったのだ。
するとどうだ……?
憎きイレール…キサマが愛でる娘が……まさしく最適な器ではないか……!
ワタシはキサマに報復できると同時に、
リュシーを生き返らせてやることができるのだ!なんと、幸運なことかっ!!」
「百合さんの命はどうなっても良いと……?本当に貴方は……ッ!人の心を弄ぶのがお好きのようですね…ッ!!!」
「……イレール……さん……」
見たこともないような怒りの感情をぶつけるイレールに、百合は悲痛に心が痛むのを感じた。
エウラリアは何とも動じることはなく、
「オマエにとっては姉が戻ってくるのだぞ?まぁ、愛しい恋人の犠牲が伴うわけだが…?」
と、意地悪く笑った。
「……ッ!」
イレールがカドゥケウスを振り上げた時だった――
―――ガガッ!!
エウラリアの首元に、逆刃のデスサイズが突きつけられた。
「おや?油断したな。やっとご登場か。」
首元に刃を突きつけられているのに、エウラリアは楽しげに言う。
――「お前がやろうとしていることは、死者への…リュシーへの冒涜だ…」
不気味に、憤怒をたたえた声だった。




