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イレールの宝石店  作者: 幽玄
第三章 憤怒の黒魔術師
73/104

Fragment.1 参列するLux(リュクス)part3 last

 二人は教会に入って、いつものようにそれぞれの場所に立った。

エウラリアは教会オルガンのもとへ、リュシーはその傍らに立つ。なんとなく気になって、リュシーはエウラリアの様子を、チラリと伺った。

しかし、彼はいつもと同じ冷たい厳めしい顔つきで、先ほどの真剣さは消え失せている。


「昨日の続きからでいいな?」


「――あっ!え、えぇ!!」


 急に話しかけられて、リュシーは慌てて返事をした。

「ぼさっとするな。」

「ごめんってば~。」

冷たい視線を受けて、リュシーは苦笑する。



「あ……あら?」


 急に、リュシーは教会の長椅子の下に何かを見つけて、駆け寄って行った。


―――彼女の顔が、パァッと輝いた



「ねぇ~~~!とっても珍しい生き物がいるわよ~~!!」



「まったく騒々しい奴め……」


 エウラリアは渋々彼女のもとへ歩み寄る。

「何だ?―――――」


リュシー同様、彼も長椅子の下を覗きこんだ。

と、そこには、


―――小さな双頭の蛇



 全長は三十センチほどで、こちらを黄色い瞳――双頭合わせて四つの瞳で、見上げている。その体は僅かに震えて、舌をチロチロ出して、見るからに、二人を威嚇していた。




(さっきのアンフェスバエナの子か……?)

 エウラリアの脳裏を、ニコライが惨殺していた先ほどの大蛇がよぎった。しかし、リュシーには黙っておくことにする。


 「ねぇ君、迷子なの?こっちにおいで。」

リュシーは優しく言って、アンフェスバエナの子を抱きかかえようと、両手を差し出した。


が、


――ギギギィッ!!

アンフェスバエナの子は威嚇して、彼女に毒液を吐きかけようとした。

―――「危ないッ!!!」

「きゃあっ!」



バタン……



間一髪、エウラリアがリュシーを抱き留め、その毒液を避けさせた。

二人はそのまま床に倒れる。


「馬鹿者ッ!アンフェスバエナは毒液を吐く、攻撃性の強い魔法生物だ!!

死にたいのかッ!!?」


「ご、ごめんなさい……!!怯えているようだったから…安心させようと思って……」


エウラリアの怒涛を、横に倒れたリュシーは真上に受けて、

流石にビクリと身を震わせた。



「チッ!まったく今日という日は!


オマエは、ワタシにどれだけ心配をかけさせれば――――」



エウラリアは突然ハッとなって、口を閉じた。


自然に口をついてそんな言葉が出て来たことに彼自身、驚いていた。

そして、何より



自分が――



リュシーを組み敷いていることに、今更になって気づいた



 「わ……悪かったな。」



きまり悪そうに言った彼は静かになって、リュシーから離れる。リュシーは、いいえと言って立ち上がった。

「ありがとう……危なかったわ。あなたが居なかったら…私、どうなっていたか……」

彼女は教会の床が砕けているのを見て、ぶるっと身を震わせる。



エウラリアは顔をフイッと背けていたが、

「フェリクスに対して、不貞を働くようなことをさせたな……すまない。」

と、もう一度申し訳なさそうに謝った。



リュシーは気にしないでという風に、首を横に振った。


「いいえ…これは関係ないわ。確かに私があなたにそういう感情を持ってしまったら、そうなってしまうけど……


私はあなたを、大切な友達だと思っているの。


友達に助けてもらって、そんなことを不満に思っては…逆にバチが当たるわ。」



「そうか………」



彼は、顔を背けたまま僅かにだが、微笑んだ。

どこか寂しそうな、でも喜んでいるような、不思議な微笑――が浮かんでいた。



―――――――



二人はそれから、もう一度アンフェスバエナの子と向き合っていた。



「リュシー……何だその黒い塊は…?」

「何って、ミートパイよ。エサで釣ってみようと思って!」

 リュシーは堂々と手に持った黒々とした物体をアンフェスバエナの子に、差し出している。

 エウラリアは、リュシーが手にしている“それ”を呆れたように見つめた。


「………それはミートパイではない。そういうのは“灰”という。分かったかリュシー?」

「失礼ね!これは私が朝!いつも朝ごはんを作ってくれるイレールのために作った、愛情たっぷりのミートパイよ!―――ほらっ、食べていいよ。」

「食わんだろ……そんなもの。」

 イレールも苦労しているらしい…なんてエウラリアが考えていると、


――パクッ!

「あ……食べてくれた!」


リュシーの嬉しそうな声がした。


 見れば、アンフェスバエナの子は、リュシーがミートパイだという“それ”に噛みついていた。

それも――美味しそうに


「食ったか……意外だ。」


エウラリアが呆れたままチラリと一瞥していると、リュシーが慌てたように言った。


「この子怪我をしているわ……!」



 彼女はローブの下から、白く点滅して輝く石を取り出して、アンフェスバエナの子の腹の部分に近づける。


「オマエは治癒術(ヒーリング)が使えるのか?」


「えぇ。まだ、かすり傷程度しか治せないけど……。治癒(ヒーリング)輝石(きせき)の力を借りれば、私の治癒術(ヒーリング)の力を少し底上げしてくれるわ。」


 エウラリアが興味深そうに近寄ると、

――パァァアアアッ!


―――輝石の輝きが増した。



「あら!驚いたわーーー!意外な事実発覚よ!!

エウラリア、あなた――治癒術(ヒーリング)が使えるみたい!!」


「なぜ分かる?」



 些かきょとんとしながら、エウラリアが尋ねる。アンフェスバエナの子の傷が癒えたのを確認して、リュシーは輝石を手の平にのせた。


「この石は治癒術を手助けしてくれるだけじゃなくて、素養のある者かどうか判断してくれるの。あなたにも素養があるから、輝きが増したのよ!!」


「ほぅ……少し驚いたな。」



―――ギギ~~!!



 二人がそんな会話をしていると、アンフェスバエナの子が、リュシーの手に頭をすり寄せて来た。


「まぁ!かわいい!!」


彼女は嬉しそうにその子を抱き上げると、首に巻いた。


「そうだわ!良かったら将来、私のファミリア(使い魔)にならない?蛇は脱皮をして何度も生まれ変わるから、“大地の癒し”の象徴なのよ。

そういう君が、私が使う癒しの魔法を手伝ってくれるとすっごく嬉しいな~~!」


「ギシャァ~~♪」


「あっ、頷いてくれたわ!!」


 エウラリアは、信じられないといった顔で忠告する。


「おい、やめておけ!!忘れたのか?そいつは危険生物だ!」


「あら、もう大丈夫よ。こんなに心を許してくれてるんだから。」

確かに、アンフェスバエナの子はリュシーの首を絞めないように優しく肩に乗って、嬉しそうに彼女に撫でられている。


「かわいいわ。ホントに~~!」

「かわいいのか……それは。百歩譲っても、蛇なのだが……?」


エウラリアの呆れっぷりなどお構いなしに、リュシーはアンフェスバエナの子を撫で続けた。


――――――



 そのアンフェスバエナの子は、やはり親をニコライに殺されたのか、どこへも行かず、リュシーに完全に懐いて教会に住み着くようになった。エウラリアは怖がられ、懐かれなかったが、彼にとってはどうでもよかった。


「ギギィ~~」

「うふふ、くすぐったいわ。」

「アンフェスバエナがここまで懐くなど……珍しい。」

「あなたの名前はそうね~~リリア!」

「ギギギィ~~♡」

「名前まで付けやがった……」


 そんなある日。

教会に向かっていたリュシーの耳に、


―――ギィギャアアアアアッ!!!



アンフェスバエナの子の悲鳴が、聞こえた。


 慌てて駆け寄った彼女が見たのは

―――アンフェスバエナの子を虐める、数人の男子生徒。



「やめなさいっ!あなた達!!」



リュシーは、すでに虫の息になっているアンフェスバエナの子の前に、

悲痛そうに立つ。


「学園のマドンナ、リュシー先輩じゃないっすか!どいてくれないっすかね……?」

「俺らストレス発散してんすよ。」

「どいてくんないと……先輩でストレス発散させてもらいますよ……?」

「へへ……綺麗な顔がどれほど歪むか…たのしみっすねぇ~!」


 見るからにガラの悪そうな生徒たちが、四人。

リュシーは怯むことなく言い返す。



「くだらない事してんじゃないわ……!!こんな事…何になるっていうのっ!?」



「ハイハイ。そういうのいいから。」

 一人が腕を振り上げようとした―――――


――が、


「ぐぅあっ………!」


彼は、いつの間にか、教会の正面に立つ壁に背中をぶつけていた。


途端、


場の空気が凍り付いた――――

「ひぃぃぃぃ………」

 ある者は、恐怖で後ずさる。


彼らはある人物の登場に恐怖していた。

その視線の先には―――――




「低俗な闇ほど、虫唾が走る物はない………」




冷たい目をしたエウラリアがいつの間にか、立っていた。



まがまがしい殺気を放つ彼は、立ちすくんでいる三人の男子生徒を、射抜くような視線で見つめる。ギロリ……ッ!!!!と、彼の瞳孔が威圧して開いた。



「うわぁあああああああああっ!」


 恐怖だけが三人の体を支配し、彼らは蜘蛛の子を散らすように去って行く。



「さて――――」



 ゆらりと、気怠く頭を傾けたエウラリアは、壁に背を預けて口から血を吐いている、残った男子生徒へゆっくりと―――歩み寄った。


「ワタシは今、とても機嫌が悪い…

先に手を上げたのはキサマだな…?―――覚悟するがいい。


キサマらのように低俗ではない……

本当の“闇”というものを…教えてやる………」



「やめろ……く、来るなぁっ!!」



 エウラリアは逃げようとする男子生徒の襟首をつかみ捉えると、

その足元に、黒い魔法陣を発生させた。



――「黒の火葬…その身を業火に焼き裂かれ、闇の懐に抱擁されろ………」


ぐわんっ!

魔法陣が拡大し、黒い炎がごぉっと、ふき出した。その炎は大口を開ける大蛇のようにうねりながら、男子生徒を腰丈まで呑み込んだ。


「うわぁあああああーーーーーっ!!!」

 男子生徒が断末魔の叫びをあげた時だった




―――「やめてっ!!!」




「――――ッ!」



リュシーがエウラリアの腕に抱き着いて、叫んだ。彼は驚いて目を見開く。

彼女は悲痛な叫びをあげながら、彼の腕を抱きしめ続けた。



「やめて!!その子を殺さないであげてっ!確かにその子は悪いことをしたわ!

これは、あなたにとって断罪のつもりなんでしょう…?けど……っ!


死はあんまりだわ……っ!



それに…私は……っ!!


エウラリアが……っ


優しい闇であるエウラリアが、誰かを殺してしまうところなんて……見たくないのっ!」




―――「………チっ!」



腕を掴んでくる彼女の抱擁は弱々しくて、エウラリアはたまらず、

その男子生徒の拘束を解く。

「ぎゃああっ!!」


途端、彼は、必死の形相で逃げていった。


 エウラリアは無言でその後ろ姿を見送ると、腕に抱き着いて震えているリュシーをそっと振りほどいた。彼女は未だ悲痛そうであったが――すぐにアンフェスバエナの子のもとへと駆け寄っていった。




 リリアと名付けられたその小さな双頭の蛇は、リュシーが駆け寄って来たことに反応して、嬉しそうに目を開いた。体を起こす力はもう、僅かにも残っていない。


そして間もなく――静かに息を引き取った。


リュシーは無言でその子を抱き上げて、腕の中に抱きしめた。

 その子を白い光が包み、癒しの魔力が周囲に満ちる。何度も何度も、リュシーは魔力を送り続けた。


しかし――

「……もう手遅れだ。止めておけ……」

エウラリアが顔を背けたまま言った通り、

その子がもう一度息を吹き返すことはなかった。





―――教会の裏手に、小さな墓が立った。

 リュシーはそこで涙を浮かべながら、死者への鎮魂歌(レクイエム)を歌う。エウラリアは、それを後ろでただ――見守っていた。


「――――………。」

 歌い終わったリュシーは涙を拭って、花を手向けた。しょんぼりと悲しい青に変わった瞳に、いつもの輝きはなくて、エウラリアは何となくそれが――心に引っ掛かった。


「オマエは……今、そいつの死に対し、自分を責めているんだろうな。」

「………。」

返事はなかった。しかし、目を合わせないところを見ると、


「図星か……。」


すぐに、彼にはそう、伝わった。彼は静かに語りかけるように、話す。


「ワタシがオマエを認めている理由は、オマエのそういう所にある。ワタシには無いものだ……。」


「……ぇ……?」

消え入りそうな声で、リュシーは顔を上げた。


「オマエはさっきワタシのことを“優しい闇”だと言ったな?それはこちらからすれば、少し正確ではない。ワタシは、正直言ってそいつの死にそれほどの執着はなく、敵対する者に対しての報復に容赦はないからな……

ただ、ワタシは――――」



エウラリアの頭を――リュシーが美しいと褒めてくれた、自分のミサ曲がよぎった



僅かに微笑を浮かべた彼は、今までにない優しげな口調で言った。



「裏切らない――純粋な白を、光を、認めているだけだ。


 闇の素養の強い者とて人だ……。所詮、闇だけでは生きていけず……


光に頼って生きていくしかない。この意味が――分かるな?」



リュシーは照れくさそうに微笑んだ。



エウラリアは自嘲気味に肩をすくませて、ニヤッと笑う。


「別に黒魔術族が、聖なるミサ曲を好んでもよかろう?ワタシがこの学校にいるのは、その信教の自由を求めての事……。泣くな、Lux(リュクス)。いつものようにおめでたくなれ。


オマエは純粋な闇を認めてくれる、数少ない理解者なのだ。」



「ふふ…やっぱり……優しいわ。エウラリア……」


「フ……その名を呼ばれるたび、愚弄の黒魔術師は、愚弄されるのだ。まったくもって珍しいことだな。」



リュシーがもう一度涙を拭いたのを見届けて、エウラリアは―――

―――小さな墓標に、自分も花を手向けた。



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