Fragment.1 参列するLux(リュクス)part3 last
二人は教会に入って、いつものようにそれぞれの場所に立った。
エウラリアは教会オルガンのもとへ、リュシーはその傍らに立つ。なんとなく気になって、リュシーはエウラリアの様子を、チラリと伺った。
しかし、彼はいつもと同じ冷たい厳めしい顔つきで、先ほどの真剣さは消え失せている。
「昨日の続きからでいいな?」
「――あっ!え、えぇ!!」
急に話しかけられて、リュシーは慌てて返事をした。
「ぼさっとするな。」
「ごめんってば~。」
冷たい視線を受けて、リュシーは苦笑する。
「あ……あら?」
急に、リュシーは教会の長椅子の下に何かを見つけて、駆け寄って行った。
―――彼女の顔が、パァッと輝いた
「ねぇ~~~!とっても珍しい生き物がいるわよ~~!!」
「まったく騒々しい奴め……」
エウラリアは渋々彼女のもとへ歩み寄る。
「何だ?―――――」
リュシー同様、彼も長椅子の下を覗きこんだ。
と、そこには、
―――小さな双頭の蛇
全長は三十センチほどで、こちらを黄色い瞳――双頭合わせて四つの瞳で、見上げている。その体は僅かに震えて、舌をチロチロ出して、見るからに、二人を威嚇していた。
(さっきのアンフェスバエナの子か……?)
エウラリアの脳裏を、ニコライが惨殺していた先ほどの大蛇がよぎった。しかし、リュシーには黙っておくことにする。
「ねぇ君、迷子なの?こっちにおいで。」
リュシーは優しく言って、アンフェスバエナの子を抱きかかえようと、両手を差し出した。
が、
――ギギギィッ!!
アンフェスバエナの子は威嚇して、彼女に毒液を吐きかけようとした。
―――「危ないッ!!!」
「きゃあっ!」
バタン……
間一髪、エウラリアがリュシーを抱き留め、その毒液を避けさせた。
二人はそのまま床に倒れる。
「馬鹿者ッ!アンフェスバエナは毒液を吐く、攻撃性の強い魔法生物だ!!
死にたいのかッ!!?」
「ご、ごめんなさい……!!怯えているようだったから…安心させようと思って……」
エウラリアの怒涛を、横に倒れたリュシーは真上に受けて、
流石にビクリと身を震わせた。
「チッ!まったく今日という日は!
オマエは、ワタシにどれだけ心配をかけさせれば――――」
エウラリアは突然ハッとなって、口を閉じた。
自然に口をついてそんな言葉が出て来たことに彼自身、驚いていた。
そして、何より
自分が――
リュシーを組み敷いていることに、今更になって気づいた
「わ……悪かったな。」
きまり悪そうに言った彼は静かになって、リュシーから離れる。リュシーは、いいえと言って立ち上がった。
「ありがとう……危なかったわ。あなたが居なかったら…私、どうなっていたか……」
彼女は教会の床が砕けているのを見て、ぶるっと身を震わせる。
エウラリアは顔をフイッと背けていたが、
「フェリクスに対して、不貞を働くようなことをさせたな……すまない。」
と、もう一度申し訳なさそうに謝った。
リュシーは気にしないでという風に、首を横に振った。
「いいえ…これは関係ないわ。確かに私があなたにそういう感情を持ってしまったら、そうなってしまうけど……
私はあなたを、大切な友達だと思っているの。
友達に助けてもらって、そんなことを不満に思っては…逆にバチが当たるわ。」
「そうか………」
彼は、顔を背けたまま僅かにだが、微笑んだ。
どこか寂しそうな、でも喜んでいるような、不思議な微笑――が浮かんでいた。
―――――――
二人はそれから、もう一度アンフェスバエナの子と向き合っていた。
「リュシー……何だその黒い塊は…?」
「何って、ミートパイよ。エサで釣ってみようと思って!」
リュシーは堂々と手に持った黒々とした物体をアンフェスバエナの子に、差し出している。
エウラリアは、リュシーが手にしている“それ”を呆れたように見つめた。
「………それはミートパイではない。そういうのは“灰”という。分かったかリュシー?」
「失礼ね!これは私が朝!いつも朝ごはんを作ってくれるイレールのために作った、愛情たっぷりのミートパイよ!―――ほらっ、食べていいよ。」
「食わんだろ……そんなもの。」
イレールも苦労しているらしい…なんてエウラリアが考えていると、
――パクッ!
「あ……食べてくれた!」
リュシーの嬉しそうな声がした。
見れば、アンフェスバエナの子は、リュシーがミートパイだという“それ”に噛みついていた。
それも――美味しそうに
「食ったか……意外だ。」
エウラリアが呆れたままチラリと一瞥していると、リュシーが慌てたように言った。
「この子怪我をしているわ……!」
彼女はローブの下から、白く点滅して輝く石を取り出して、アンフェスバエナの子の腹の部分に近づける。
「オマエは治癒術が使えるのか?」
「えぇ。まだ、かすり傷程度しか治せないけど……。治癒輝石の力を借りれば、私の治癒術の力を少し底上げしてくれるわ。」
エウラリアが興味深そうに近寄ると、
――パァァアアアッ!
―――輝石の輝きが増した。
「あら!驚いたわーーー!意外な事実発覚よ!!
エウラリア、あなた――治癒術が使えるみたい!!」
「なぜ分かる?」
些かきょとんとしながら、エウラリアが尋ねる。アンフェスバエナの子の傷が癒えたのを確認して、リュシーは輝石を手の平にのせた。
「この石は治癒術を手助けしてくれるだけじゃなくて、素養のある者かどうか判断してくれるの。あなたにも素養があるから、輝きが増したのよ!!」
「ほぅ……少し驚いたな。」
―――ギギ~~!!
二人がそんな会話をしていると、アンフェスバエナの子が、リュシーの手に頭をすり寄せて来た。
「まぁ!かわいい!!」
彼女は嬉しそうにその子を抱き上げると、首に巻いた。
「そうだわ!良かったら将来、私のファミリア(使い魔)にならない?蛇は脱皮をして何度も生まれ変わるから、“大地の癒し”の象徴なのよ。
そういう君が、私が使う癒しの魔法を手伝ってくれるとすっごく嬉しいな~~!」
「ギシャァ~~♪」
「あっ、頷いてくれたわ!!」
エウラリアは、信じられないといった顔で忠告する。
「おい、やめておけ!!忘れたのか?そいつは危険生物だ!」
「あら、もう大丈夫よ。こんなに心を許してくれてるんだから。」
確かに、アンフェスバエナの子はリュシーの首を絞めないように優しく肩に乗って、嬉しそうに彼女に撫でられている。
「かわいいわ。ホントに~~!」
「かわいいのか……それは。百歩譲っても、蛇なのだが……?」
エウラリアの呆れっぷりなどお構いなしに、リュシーはアンフェスバエナの子を撫で続けた。
――――――
そのアンフェスバエナの子は、やはり親をニコライに殺されたのか、どこへも行かず、リュシーに完全に懐いて教会に住み着くようになった。エウラリアは怖がられ、懐かれなかったが、彼にとってはどうでもよかった。
「ギギィ~~」
「うふふ、くすぐったいわ。」
「アンフェスバエナがここまで懐くなど……珍しい。」
「あなたの名前はそうね~~リリア!」
「ギギギィ~~♡」
「名前まで付けやがった……」
そんなある日。
教会に向かっていたリュシーの耳に、
―――ギィギャアアアアアッ!!!
アンフェスバエナの子の悲鳴が、聞こえた。
慌てて駆け寄った彼女が見たのは
―――アンフェスバエナの子を虐める、数人の男子生徒。
「やめなさいっ!あなた達!!」
リュシーは、すでに虫の息になっているアンフェスバエナの子の前に、
悲痛そうに立つ。
「学園のマドンナ、リュシー先輩じゃないっすか!どいてくれないっすかね……?」
「俺らストレス発散してんすよ。」
「どいてくんないと……先輩でストレス発散させてもらいますよ……?」
「へへ……綺麗な顔がどれほど歪むか…たのしみっすねぇ~!」
見るからにガラの悪そうな生徒たちが、四人。
リュシーは怯むことなく言い返す。
「くだらない事してんじゃないわ……!!こんな事…何になるっていうのっ!?」
「ハイハイ。そういうのいいから。」
一人が腕を振り上げようとした―――――
――が、
「ぐぅあっ………!」
彼は、いつの間にか、教会の正面に立つ壁に背中をぶつけていた。
途端、
場の空気が凍り付いた――――
「ひぃぃぃぃ………」
ある者は、恐怖で後ずさる。
彼らはある人物の登場に恐怖していた。
その視線の先には―――――
「低俗な闇ほど、虫唾が走る物はない………」
冷たい目をしたエウラリアがいつの間にか、立っていた。
まがまがしい殺気を放つ彼は、立ちすくんでいる三人の男子生徒を、射抜くような視線で見つめる。ギロリ……ッ!!!!と、彼の瞳孔が威圧して開いた。
「うわぁあああああああああっ!」
恐怖だけが三人の体を支配し、彼らは蜘蛛の子を散らすように去って行く。
「さて――――」
ゆらりと、気怠く頭を傾けたエウラリアは、壁に背を預けて口から血を吐いている、残った男子生徒へゆっくりと―――歩み寄った。
「ワタシは今、とても機嫌が悪い…
先に手を上げたのはキサマだな…?―――覚悟するがいい。
キサマらのように低俗ではない……
本当の“闇”というものを…教えてやる………」
「やめろ……く、来るなぁっ!!」
エウラリアは逃げようとする男子生徒の襟首をつかみ捉えると、
その足元に、黒い魔法陣を発生させた。
――「黒の火葬…その身を業火に焼き裂かれ、闇の懐に抱擁されろ………」
ぐわんっ!
魔法陣が拡大し、黒い炎がごぉっと、ふき出した。その炎は大口を開ける大蛇のようにうねりながら、男子生徒を腰丈まで呑み込んだ。
「うわぁあああああーーーーーっ!!!」
男子生徒が断末魔の叫びをあげた時だった
―――「やめてっ!!!」
「――――ッ!」
リュシーがエウラリアの腕に抱き着いて、叫んだ。彼は驚いて目を見開く。
彼女は悲痛な叫びをあげながら、彼の腕を抱きしめ続けた。
「やめて!!その子を殺さないであげてっ!確かにその子は悪いことをしたわ!
これは、あなたにとって断罪のつもりなんでしょう…?けど……っ!
死はあんまりだわ……っ!
それに…私は……っ!!
エウラリアが……っ
優しい闇であるエウラリアが、誰かを殺してしまうところなんて……見たくないのっ!」
―――「………チっ!」
腕を掴んでくる彼女の抱擁は弱々しくて、エウラリアはたまらず、
その男子生徒の拘束を解く。
「ぎゃああっ!!」
途端、彼は、必死の形相で逃げていった。
エウラリアは無言でその後ろ姿を見送ると、腕に抱き着いて震えているリュシーをそっと振りほどいた。彼女は未だ悲痛そうであったが――すぐにアンフェスバエナの子のもとへと駆け寄っていった。
リリアと名付けられたその小さな双頭の蛇は、リュシーが駆け寄って来たことに反応して、嬉しそうに目を開いた。体を起こす力はもう、僅かにも残っていない。
そして間もなく――静かに息を引き取った。
リュシーは無言でその子を抱き上げて、腕の中に抱きしめた。
その子を白い光が包み、癒しの魔力が周囲に満ちる。何度も何度も、リュシーは魔力を送り続けた。
しかし――
「……もう手遅れだ。止めておけ……」
エウラリアが顔を背けたまま言った通り、
その子がもう一度息を吹き返すことはなかった。
―――教会の裏手に、小さな墓が立った。
リュシーはそこで涙を浮かべながら、死者への鎮魂歌を歌う。エウラリアは、それを後ろでただ――見守っていた。
「――――………。」
歌い終わったリュシーは涙を拭って、花を手向けた。しょんぼりと悲しい青に変わった瞳に、いつもの輝きはなくて、エウラリアは何となくそれが――心に引っ掛かった。
「オマエは……今、そいつの死に対し、自分を責めているんだろうな。」
「………。」
返事はなかった。しかし、目を合わせないところを見ると、
「図星か……。」
すぐに、彼にはそう、伝わった。彼は静かに語りかけるように、話す。
「ワタシがオマエを認めている理由は、オマエのそういう所にある。ワタシには無いものだ……。」
「……ぇ……?」
消え入りそうな声で、リュシーは顔を上げた。
「オマエはさっきワタシのことを“優しい闇”だと言ったな?それはこちらからすれば、少し正確ではない。ワタシは、正直言ってそいつの死にそれほどの執着はなく、敵対する者に対しての報復に容赦はないからな……
ただ、ワタシは――――」
エウラリアの頭を――リュシーが美しいと褒めてくれた、自分のミサ曲がよぎった
僅かに微笑を浮かべた彼は、今までにない優しげな口調で言った。
「裏切らない――純粋な白を、光を、認めているだけだ。
闇の素養の強い者とて人だ……。所詮、闇だけでは生きていけず……
光に頼って生きていくしかない。この意味が――分かるな?」
リュシーは照れくさそうに微笑んだ。
エウラリアは自嘲気味に肩をすくませて、ニヤッと笑う。
「別に黒魔術族が、聖なるミサ曲を好んでもよかろう?ワタシがこの学校にいるのは、その信教の自由を求めての事……。泣くな、Lux。いつものようにおめでたくなれ。
オマエは純粋な闇を認めてくれる、数少ない理解者なのだ。」
「ふふ…やっぱり……優しいわ。エウラリア……」
「フ……その名を呼ばれるたび、愚弄の黒魔術師は、愚弄されるのだ。まったくもって珍しいことだな。」
リュシーがもう一度涙を拭いたのを見届けて、エウラリアは―――
―――小さな墓標に、自分も花を手向けた。




