Fragment.1 参列するLux(リュクス)part2
機械音痴は理由になりません……。
もう少しきちんとした対処の仕方があったと思うのですが、
大幅に間が空いてしまい、申し訳ありませんでした。
――「そうだわ!ねぇ、エウラリアっ!」
唐突に、リュシーは何かを思いついて、両手をポンッと叩いた。
「今度は何だ……?」
エウラリアは、多少ぐったりして、長椅子に足を組んで座っている。リュシーはその正面の長椅子に座って、満面の笑み。
「私に、あなたがさっき歌っていたミサ曲を、教えてくれないかしら?!」
「………は?」
意外な申し出に、彼は些か気の抜けた声を漏らした。
「いつも放課後は残って人を待っているんだけど、いつも暇なの。」
――「餓鬼大将のフェリクスか?」
エウラリアがリュシーの言を遮る。
「あら?知っているの?」
「フン…この学校で知らんやつはいないだろう。オマエもこの学校では、ちょっとした有名人ではないか?餓鬼大将のフェリクスが、女神様リュシーと付き合い始めたとな……?」
「え…?そんな風に言われているの?」
リュシーは頬を赤らめたが、
「――って、話を脱線させないで!どうなの?やっぱりダメ?」
と、話をもとに戻した。
エウラリアはフイっと顔を逸らしてみせる。
「嫌に決まっているだろう。なぜオマエと仲良く歌い合わねばならん。慣れ合いは御免こうむる。オマエと会うのも、今日これっきりだ。女の名で呼ばれ続ける趣味はない。」
「そこをなんとか!迷惑なのは分かってるわ!」
「断る。」
「お願い!」
「断固拒否だな。」
「面倒なの?じゃ、週に一回でいいわ!」
「数の問題ではないのだが?」
しばらく二人はギャーギャー言い合っていたが、それを止めて、エウラリアが真面目な様子で尋ねた。
「なぜそこまで、ワタシの歌に執着する……?」
どこか――心痛な面持ちさえ、うかがえる。
「なんでかしら?自分でも分からないわ――けど。」
リュシーは気持ちを落ち着かせるように、下を向いた。そして、ブルー・サファイアの瞳でじっと、エウラリアを見つめた。
「あなたの歌は、ただ歌っているだけじゃなくて、
明るくて、優しい想いがこもっている感じがする。」
「………。」
彼は僅かに困惑した顔をしたが、再びフイッと顔を背けた。
「黒そのものである…ワタシの歌に、そのようなモノが含まれているか……
せいぜい吟味してみるがいい………。」
「……ん?てことは…!」
リュシーは瞳を輝かせた。
エウラリアは不愛想にそっけなく、
「やるからには遠慮なく、スパルタで教えてやる。」
と、答えた。
「やった~~~~!じゃあ、明日からお願いするわね!」
「あぁ……。」
「あっ!いけない!そろそろフェリクスが教室に戻っているころだわ!また明日ね!エウラリア!!」
―――「待て!」
意気揚々と駆け出していく彼女を、エウラリアは引き留めた。
「ワタシと今日ここで会ったこと、そして、これからここでワタシと会うことは、誰にも言うな。聞かれても、人と会っている程度におさめておけ!!」
「どうして?」
「オマエが良くても、ワタシが黒魔術族であることは事実だ。万が一、変な噂を立てられては、かなわんからな。」
リュシーは不思議そうに黙っていたが、クスッと笑って、
「分かったわ。あなたのことは誰にも言わないことにするわね。」
と言って、教会を跡にした。
教室に向かいながら、リュシーは一度だけ、教会を振り返る。
「私のことを気遣ってくれたのかしら?…ふふっ、やっぱりあんな風に歌う人は、優しいの……ね。」
そして、
本当は優しい人なのに、どうしてそれを隠すのかしら…と、
リュシーは寂しそうに、呟いた。
――次の日から、二人の不思議な交流は始まった。
リュシーは毎日教会へ行き、エウラリアは教会オルガンの前に立つ。
「昨日歌っていたのは、御公現祭2日目に歌われるミサ曲の一部だ。しかし、オマエにはまだ早い。一から……基本となるミサ曲から教えてやる。」
「うふふ、ありがとう。」
「では、一度しか歌ってはやらないから、有難く聞け。」
「私一応、先輩なんだけど……」
「だまれ。」
あんなに拒否していたのに、スパルタで教えてやるという言葉の通り、意外にも彼は真面目に教え始めた。
そしてリュシーはというと――意外にも、歌がうまかった
「どう!?」
「まぁ……悪くは、ないな。」
はたから見れば対照的な二人だが、不思議と喧嘩することはなかった。エウラリアがオルガンを弾き、リュシーが歌い、エウラリアがそれを少し手直しする。
そんな日々が、三か月続いたある日。
エウラリアが教会へと向かっていると、
――――ギシィアアアアアアアアアアッ!!
―――バチバチバチバチッ!!!
何かの鳴き声と、魔力がはじける音が聞こえた。
エウラリアは気配を消し、教会の壁伝いに様子を窺った。
「あれは………ニコライか。」
教会の正面の、開けた空間。長い白髪を後ろでまとめ、片眼鏡をかけた壮年の教師――ニコライが、見上げるほどに大きな双頭の大蛇と睨み合っている。しかし、大蛇はボロボロに傷つき、一方的に攻撃されていることがすぐに分かった。
ニコライが悠然と手を振り上げる。
――「汚らわしき者よ。清めの剣に喉を突かれ、断罪を受けよ。」
―――ジャララララッ!!
魔法陣が光り、白い刃のように輝く十字架の雨が、大蛇を襲った。
―――ギィシシィアアアアアアッ!!!!
断末魔の叫びが上がる。
幾千もの十字架が、大蛇の固い皮膚を裂き、その身に突き刺さった。
――ニコライはただ悠然とそれを見つめて、不敵に微笑を浮かべている。
(あの眼は……………いたぶりを楽しむ眼だな。)
魔法が静まり、ニコライは大蛇へと歩み寄って行った。大蛇はピクリとも動かなくなり、地には血だまりを作っている。ニコライは短刀を取り出すと
――大蛇の皮膚を、はぎ取り始めた。
エウラリアは気配を消すのを止めて、ニコライを嘲笑して言った。
「どうやらニコライ殿の心には、狂気が秘められているらしい。」
気配に気づいたニコライは、短刀をしまって立ち上がる。
――その顔は人の好さそうに、にっこりとしている
「恐がらないで。見苦しい所を見せたかな?私の専門は魔法薬でね。この大蛇――アンフェスバエナの皮膚や毒液は、魔法薬の材料になるんだ。だから、試料採取の真っ最中ってわけ。」
「ほう…では、そのアンフェスバエナは、生物以前に
――試料に過ぎない、というのだな?」
――ぴたり
ニコライの表情が固くなった。エウラリアはニタニタと教師を見つめる。生徒と教師という立場でありながら、その地位が逆転してしまったかのようだった。
「ワタシは闇の素養が強い、黒魔術族。内に闇を秘めた者の匂いには、敏感なものでね。これは面白い……いい人教師でまかり通っているニコライ先生は…とんだ狂気を内に秘めているらしい………」
愚弄する紅い瞳が、ニコライの若草色の瞳を覗きこむ。
ニコライは無表情になった――が、
「なんだ。バレたか。」
それを一瞬にして覆し―――ニヤッと、笑った。
「白魔術族っていうだけで優しい人って見られるから、隠すのは楽なんだ。何を企もうが、めったに人は気付かない。盲目的に信じてくれて、本当に助かるよ。こっちとしても行動しやすいからね。」
瞳を歪ませて、エウラリアに不気味に微笑む。
エウラリアは、ハッと、鼻で笑った。
「“白”にも色々いるらしいな。」
一瞬、頭をかすめたのは、リュシーだった。
ニコライは首を傾げる。
「何を言ってるのか分からないけど、私が狂気を秘めていようが、どうでもいいだろ?Dérisionの黒魔術師様には何の関係のない………。」
「ああ。キサマがどんな奴だろうが、どうでもいい。」
「じゃあ、このことは黙っていてもらうよ?もし、変な噂でも流そうものなら――」
ニヤリと笑ったニコライは、脅すように言う。
「君達――黒魔術族が、
その恐怖の威を以て隠し、守っている
――レーヴァテインのこと。
世間に、知らしめてあげようか………?」
――「……ッ…キサマ……!どこまで知っている………?」
エウラリアの顔色が変わった。
まがまがしい殺気を放ちながら、ニコライを睨みつける。普段から鋭い瞳が、更に鋭利さを増して冷たく光っていた。
ニコライは大げさに肩をすくませ、言う。
「おぉ怖い……。ただそういう噂を聞いただけだよ。『この世界を破壊し尽し、白紙に戻すことができる唯一の剣レーヴァテイン……それが、気高き黒の魔術師たちに守られている』ってね。でも、君の反応を見て確信できたよ。噂は本当らしいねぇ……。見たいな…ぜひ一度拝見させてもらいたいなぁ……。」
ニコライはエウラリアになめるような視線を注ぐ。
彼はそれを断ち切って、刃を突き立てるように言った。
「キサマ程度の男がどう足掻こうが、関係のないッ!」
「そうか……残念だよ。」
ニコライはそこまで残念でもなさそうに、楽しげに言った。そしてローブを翻すと、息絶えているアンフェスバエナに手を沿える。
「じゃあね。まぁ安心して。レーヴァテインのことはただ興味を持っているだけだから、どうこうする気はないよ―――今のところは…ね。」
ヒュン……
魔法陣が光って、ニコライはアンフェスバエナ共々消え失せた。
「ハッ……くだらん。」
エウラリアは冷たく言い捨てる。と、教会へと入って行こうとした。
が、
―――エウラリア~~~~~~~~!!!
リュシーの元気はつらつな声が背中に迫って来た。彼はうるさそうに振り向く。
「なんだ。おめでた女。」
「さっきニコライ先生の気配がしなかった??ここに居たのよね?居たら挨拶したかったのに!」
リュシーは軽くエウラリアの嫌味を流して、楽しそうに両手を合わせる。
彼は、僅かに、ごく僅かにだが―――衝撃を受けたような顔になった。
「………オマエは、アイツと親しいのか?」
「えぇ。私を含めて、イレールとジョルジュ、ミカエラ、フェリクスの指導教員なの。特に私とイレールは、卒業までニコライ先生のもとで学ぶつもりなの。私は魔法薬学で、イレールが鉱物学よ。」
リュシーは相変わらず笑っている。
「………ッ…」
エウラリアはリュシーの目をじっと見て、
「いいか……アイツには気を付けろ。理由は……聞くな。」
と言った。
「え……?どうしたの…そんなに真剣な顔して……?」
「完全には信用するな……分かったな?」
「ニコライ先生は…そんな人じゃ…」
今までにない、彼の様子に、リュシーは流石に動揺を隠せなかった。
「――何かあったの……?」
しかし、
――「ワタシを信じてくれ………」
と、エウラリアが真剣に言って、コクリと頷く。
その声は微かに震えていて、頷くしか、彼女の中に選択肢はなかった。




