Fragment.1 参列するLux(リュクス)part1
お久しぶりです。無事、試験が終わりました!!
Fragment.1 参列するLux
――「世界を照らし覆うのは、光と闇
闇は悪ではない 光は善ではない
共に相反する 二つの真理
――明度と彩度で、世界は彩られる――――」
花畑に、歌が流れていた。
歌っているのは――飴色の長い髪に、澄んだ青空のようなブルー・サファイアの瞳をした、美しい女性。彼女は身に纏う純白のチュール・ドレスに、毛先にゆるく癖のある髪をゆったりと流し、花畑に一本だけ生えた木の木陰に、腰を下ろしていた。華やかな花畑は甘い花の香で満ち、美しい彼女の周りには蝶が舞う。
「夜の安らぎの闇に身を横たえよ 光の快楽には飲まれぬべき
救いの光に人は助けられ 闇の影に人は怯え、洗練されん
闇は光に、光は闇に 是正されし 彩の世界――――」
歌い終えた彼女は、そっと体を木陰に横たえた。
心地よさから、目を閉じる。木陰に横たわれば、眩しすぎる太陽の光がズキリと目を差すことは無かった
「これはあの子が、誇り高き黒の魔術師たちへ捧げた歌。不思議ね。
しっかりと伝えた覚えはないのに、
私と――『あなた』が、
そうあるべきだと願った世界を歌っているの………。」
目をつぶって、微笑を浮かべていたリュシーだったが、
「………。」
寂しそうに睫毛を揺らしながら、瞳を開いた。
「あなたは知らないのね………あの子がこの歌を作ったこと……。
だから、そんなにあの子のことを憎んで……
あの子を憎まないで。あの子は、光そのものなの…私と同じ…よ……
――ねぇ……エウラリア。
この傷つけ合いの果てには、何も残らない。
私の死が…あなたをここまで苦しめてしまうなんて。
お願い…もう…やめて……。
私はそんなこと…望んでいないわ………。」
――――
生徒たちが下校し終えて、がらんとした校庭を、少女が一人歩いていた。
校庭と言っても、その学校は古城を利用したもので、校庭にはそこここに彫刻が並べられ、噴水が午後の陽ざしを受けてキラキラと光っている。植えられた植物も剪定され、手入れがよく行き届いている。その、学校というには荘厳すぎる校庭を――少女――リュシーは歩いているのだった。彼女は飴色の髪を左耳の後ろでお団子にして、中学生ほどの背格好を、見た目以上に、大人びて華やかに見せている。
「暇ねぇ……何か面白いことないかしら。フェリクスを待つのはいいんだけど……
暇なのよね。」
悪戯好きなフェリクスは、毎日何かしら問題を起こしては罰則をくらう。放課後、彼が凝りもせず罰則を律儀にこなしている間、リュシーは一緒に帰りたいがために、彼が罰則を終えるのを待っているのだった。
「……暇ったら、暇。」
花壇に小さな虹色の羽をした蝶が飛び回っている。それを横目に見ながら、リュシーは手持無沙汰に鞄をぶらぶらさせた。しかし、
――キラッ!
「―――あら……っ?!」
何かに気づいて、歩みをぴたりと止めた。かと思えば――
「奪取っ!」
勢いよく地面に落ちていた何かに、飛びついた。
「フフ……珍しいものを拾ってしまったわ。」
キラキラ…
リュシーはニヤリとして、手の中で光るそれをまじまじと見つめた。
それは無色透明な幅五センチほどの鉱物で、白く点滅して輝いている。まるで、彼女に呼応しているかのようだった。
「治癒輝石を見つけるなんて、ついてるわ!何か今日は良いことありそう!気分が一気に乗ってきた!」
それを、黒いローブの下に着ている制服のポケットに入れる。と、リュシーは意気揚々と歩き出した。
「そうだわ!鉱物探しをしましょう!ちょっぴり冒険して、旧校舎区域に行ってみましょうかしら!きっと珍しい鉱物が落ちてるはずよ~~!」
すたすたと歩みを進める彼女は、上機嫌で旧校舎区域へと続く門をくぐった。
旧校舎区域は昔、教室として使われていた建物が密集する区域で、老朽化の酷い建物が連なっている。どの建物にも、立ち入り禁止の立札が入り口に下げられて、リュシーを除き人の気配はなかった。周囲を昔は華やかにしていたであろう噴水も、花壇も、彫刻も、今は壊れ果て苔むして、蔦が覆っている。
一言で言えば、不気味な――その区域を、リュシーはお構いなしに、楽しげに散策していった。
「――はっ!」
再びリュシーは何かを拾い上げた。
「小さくて、石英も少ぉし混ざってしまっているけれど…クリスタルだわ!」
うんうんと、満足そうな顔をして、
「イレールに自慢しよ。」
それをローブの下へとしまう。と、リュシーはどんどん奥へと歩みを進めていく。
どんどん奥へ、お構いなしに、どんどん奥へ
――すると、
古びた教会が見えて来た。
ロマネスク様式の白い石造りのその教会は、今にも倒壊するのではないかと思うほど、老朽化が激しい。リュシーは何とも気にすることなく、入り口付近を通り過ぎようとした―――
――が、
歌が、聞こえた
Ju – bi – là – te Dé – o u – ni – vér – sa tér - ra:
Psálmum di - ci – te nó - mi – ni é - jus:
Ve – ní – te et au – dí - te, et nar – rá – bo vó bis
(地上の民よ、神を喜び讃え、その御名に詩をうたえ)
その旋律は、のびやかに教会の高い天井へと響き渡る、
深みのある、テノール。
Ó - mnes qui ti – mé – tis Dé – um―――
(神を畏るる者よ、来たり聞け―――)
(ミサ曲………?とてもきれいだけど、あまりお堅すぎなくて……なんだか聴きやすいメロディーだわ………)
リュシーは誘われるように、そっと、入り口から中を覗いた。
歌っていたのは――
きれいな、リュシーと同じ年頃くらいの黒髪の生徒
少年か少女かは、しっかりと判断できなかった。それほどに――綺麗な面立ち、をしていた。この学校指定の黒いローブを羽織って、艶のある黒髪を高く一つに結い上げている。彼か、はたまた彼女かは、朽ちた祭壇のもと、目をつぶって歌い耽っていた。
(きれいな子ね……女の子?でも、声は男の子……?)
――quánta fé – cit Dó – mi – nus à ni – mae mé ae,
Al – le - lú ia.……………
(私は、主の行いたもうた大いなる御業を語ろう、アレルヤ………)
歌が空気に溶けていくかのように、しんみりと消える。
歌っていたその生徒は、ゆっくりと目を開いた。
――真っ赤なルビーを思わせる二つの双眼が、前髪の間から覗く
――パチパチパチ……
リュシーは微笑みながら手を叩いた。ハッと、その生徒は僅かに瞳を見開いた。素早く、視線を飛ばして、視界に彼女の姿をおさめる。
「あなたが歌っていたのは、ミサ曲よね?もう少し、聞かせてくれないかしら!」
彼女は、両側に古びた長椅子が並ぶ祭壇への道を、ゆったりと歩いて行く。
一瞬、驚嘆の色を見せた黒髪の生徒だった。が、
「………」
フイっと、目をつぶって顔を背けた。
「あ、ちょっと!」
こちらへ歩み寄って来た彼女を突き返すように、そのまま隣を通り過ぎると、教会から出て行こうとする。
「待って!気分を悪くしてしまったのなら謝るわ!」
リュシーは慌てて、その後を追った。
「………」
「お願いだから待って!歌っているのを邪魔してごめんなさい!とてもきれいだったから、聞き惚れてしまったの……!教会音楽って少し硬いイメージがあったのだけれど、あなたのミサ曲は何だか聴きやすくて、素敵だったわ!」
入り口の所でやっと追いついたリュシーは、黒髪の生徒のローブの裾をぐいっと、掴んだ。途端、その生徒は再び、驚いた表情になった。ぴたりと歩みを止めて、立ち止まる。
「フフ!やっと止まってくれた!魔力の覚醒具合から見て、あなた私より一つ下の学年よね?こんなに、きれいな子がイレールの同級生だなんて!!知らなかったわ!!!」
「………っ?」
その生徒はますます驚愕したように、握られたローブと、こちらを満面の笑みで見つめるリュシーを交互に見つめた。
「なぁに?固まっちゃって?」
「………ワタシの種族が分からないのか?」
「え?分かるわ。黒魔術族でしょう?」
「……っ!?」
その生徒は、信じられないものに遭遇したかのように呆れた顔をして、
ハァっと深呼吸した。困惑と混乱が入り混じったような様子であった。
「……………とりあえず手を離せ。」
「あぁっ!そうね。ごめんなさい。」
リュシーは慌ててローブから手を離す。
「……怖がらんのか?黒魔術師を恐れん奴がいるとは……。」
「えぇ、怖くないわよ?」
「そう…か…。その目鼻立ち――どうやらイイ子ちゃん顔のイレールの姉は、相当に無防備で、おめでたい奴らしい。」
呆気にとられたまま、紅い瞳で、ニコニコしている彼女を見据える。開いた口が塞がらない。と、表情で訴えていた。
リュシーは、
「きれいな歌声に反して、意外に毒舌ね。容赦ない物言いだわ。」
苦笑しつつも明るく、平然と答える。
「まっ、それはいいとして―――」
(流されただと……)
リュシーは手を合わせて、楽しそうに話し始めた。
「私はね、あんまり種族が何だとか気にしないの。不思議と気にならないのよね~~」
(何なんだコイツは……他の種族ならともかく、ワタシは黒魔術族だというのに…身の危険を感じぬというのか……?)
心の中で呟きながら、あきれ果ててこめかみを押さえる。そんな、相手の様子には、お構いなしのリュシー。挙句の果てには自己紹介まで始めている。
「私はLucy Lautlèse。見た目で結構わかっちゃうと思うけど、イレールは弟よ。ご覧の通り、白魔術族。よろしくね!」
リュシーは握手を求めて、手を差しだした。
困惑の色は消え
――黒髪の生徒は些か真剣な顔をしたかと思えば、その手をじっと見つめた。
「Lucyとは、Lux………すなわち“光”のことか?」
まるで、何かを吟味するかのような、含みのある言い方で言う。
彼女は優しく、
「えぇ。私の名は“光”そのものを背負っているの。」
と、答えた。
「………」
黒髪の生徒はじっと彼女の手を見つめ続けていたが、
「変わった奴だな……黒魔術族を恐れん奴が…よりによって、長きにわたり対立する白魔術族とは。」
と、渋々ながら、握手に応じた。呆れたような言い方だったが、どこか笑いを含んでいる。
握手に応じてくれたことに嬉しいらしく、リュシーはますます微笑んだ。
「どうでもいいのよね~そういうの。その人がどういう人かは、種族に依らないはずよ。」
手を離すとリュシーは、ひょいっと長椅子に座った。
「良かったら――あなたの名前も教えてくれないかしら?」
「名はない。まだ誰も殺めたことは無いのでね。」
「あ……っ、ご…めんなさい。」
何気なしに尋ねたことだったが、彼女はしまったといった顔をした。黒魔術族は他者を己の呪術で殺めて、初めて個人としての名を得る。触れにくい領域に立ち入ってしまったことに、すぐに後悔の念が心の中を渦巻いた。
しかし、黒髪の生徒は、表情一つ変えずに、
「別に構わん。個人としての名はない。ファミリーネームは、Dérision(愚弄)だがな…まぁ、Dérisionでも、愚弄の黒魔術師でも、適当に好きな名で呼べ。」
と、そっけなく答える。
「じゃあ、そうね……」
リュシーは安堵したように微笑むと、うーんと、考え始めた。
「うーん、うー…ん。あ、そうだわ―――思いついた。うん!あなたにピッタリよ!」
「……なんだ?それほどに悩むことでもないと思うが。」
リュシーは純粋に笑って、叫んだ。
「あなたのことは――『エウラリア』って呼ぶことにする!!」
――バタン
「さて、帰るか。」
「えっ!!ちょっと待って!」
スタスタと入り口へ足を運ぼうとするのを、制止して、リュシーは慌てて通せんぼした。
「なな、何で!?もしかして嫌なのっ?!あなた、意志がしっかりしてて、ズバッと意見を言う人っぽいし、とっても美人さんだと思ったの!たぶんどんな人の前でも、そういう感じで接するのよね?――まさに殉教者エウラリアだわ!!どんな権力にも屈せず、自分の信念を曲げなかった美少女エウラリア!!」
「美少女もなにも…ワタシは、男なのだが……?」
ドスの効いた凄味のある声で言って――彼は、リュシーを不機嫌そうに見据えた。
しかし、リュシーは肝が据わっている。
「そうなの?まぁいいじゃない、そんな小さなことっ!!」
そう言って、まぁまぁと両手で彼をなだめた。
彼は不機嫌な顔から、呆れたような顔になった。
「愚弄の黒魔術師を…オマエは愚弄するか。」
(そして、コイツにはワタシの脅しが効かんらしい……新しい新種の生き物なのか、コイツは?)
「まぁ!失礼ね。愚弄じゃないわ、じゃれているのよ!!」
「それはそれで……理解できんな。」
彼は頭を押さえて、ハァっとため息をついた。
「オマエといると、調子が狂う……。もういい、好きに呼べ。疲れた。」
「何だかごめんなさい。困らせるつもりはないのだけれど……。フフっ!でも、エウラリアって呼ぶわよ!!嬉しいわ!こんなに素敵なお友達ができるなんて!フェリクスの罰則タイムもたまには、良いものをもたらしてくれるのね!」
幸せオーラ全開の彼女を横目に見ながら、『
エウラリア』は、先が思いやられる……と、頭を押さえた。
リュシーとイレールの姓:rautolese(ロートレーズ、ここではアクサン記号が抜けてますが)ですが、すこし意味があります。『リュシー』と『イレール』は、それぞれ聖人名だと以前書きました。名字は詩人の名からとっています。
フランスの「ロートレアモン」という方です。代表作は『マルドロールの歌』という作品で、反逆と憎悪といった人間の負の感情を主題としたなんとも生々しい作品です…!
以前内容をチラッと確認しましたが、すぐに本棚へリリースしました(-_-;)
それぐらい生々しいです……
さて、名前の由来の話に戻りますが、この二人には、人の負の感情すらも受け止め、昇華してくれるような人になって欲しいなと思って、作家名を若干拝借しました。名前に、光と闇と形容されるような、二つの要素を共存させたくて……




