+0Carat 涙色のブルー・サファイア
ザァ……………………
冷たい雨が降っていた。
破壊しつくされ、もはや原型をとどめていない、レンガ造りの家々。
地には、炎を受けて黒く変色した建物の破片が、そこかしこに散乱している。
もう誰も、泣き叫ぶ者はいない。
小さな村―――であったらしい、その場所。
更地となり果てたそこに、雨粒が激しく降り注いでいるのだった。
鼻をかすめるのは―――死臭。
そこにたった一人、佇む者がいた。
白のローブに、
長い薄茶の髪に、雨粒が染み込んでいく。
ポツリッ……ポツッ………
暗く俯いた髪の向こう、
頬を伝って地に落ちる水は、涙とも雨水とも、分からない。
―――どう…して………ですか…ニコライ…先生…………
+0Carat 涙色のブルー・サファイア
――頭をかすめたそのビジョンを、頭の奥底にしまい込む。
イレールは寂しげだが、強さを秘めた瞳をして、目を閉じた。
まるでもう、心の整理がついたというように。
「彼の姉リュシーには、愛してやまない花がありました。
それは、桜。
傷ついた彼は、その花に、姉の面影を感じ取りたくて……
桜美しい、日本へと、たまゆらに降り立ちました。」
――川辺に続く、桜並木のトンネル。
あたたかい風に、花びらが包まれ、桜色が華やかに宙に舞う。
満開を迎えた桜の木の下。佇んでいるのは、純白の聖職者。
彼は、美しい薄茶の髪を桜吹雪にのせて、風に髪をなびかせていた。
うるさそうに、その髪を押さえた彼の表情は憂いに満ちて、瞳には悲しみの影が落ちている。
――(姉さん……。)
スター・サファイアのブローチが輝く胸に手をやって、彼はそれにそっと手を置いた。
思いつめた表情のまま、すがるように頭上の桜を見上げる。
(誰の幸せも…もう………願えそうに、ない……。
…………もう……誰も…私は救えそうにない。)
桜の木に背を預ける。
そのまま彼は、ぎゅっと目を瞑って、
じっと、あたたかい日の光を浴びて、自分を慰めていた。
―――タタタッ
突然、誰かの足音が聞こえて、彼は驚いて、背後を振り返った。
――バチッ!
黒い瞳と、目が合う。
目が合ったのは――白いワンピースを着た、幼い少女。であった。
(………。)
桜並木を駆けていた少女は、何事もなく
――そのまま行ってしまう。
その場に残された彼は、その後ろ姿をじっと見つめた。
(人間の女の子ですか……それも幼い。
気配に気づけないとは………ここまで…追い込まれているんですね……。)
自嘲する言葉を心の中で呟いて、
(………。それにしても―――――――)
その視線は――自分の体へと、移された。
(私の姿は、人間に見えないはず………)
―――「気のせい…ですかね………。」
彼はそうポツリとつぶやくと、再び、桜の木に――背中を預けた。
しばらくして、
――いたっ!
と、言う声とともに、パタリ…と軽い音がした。
チラリと目を開けて、音のした方へと頭を傾ける。
(さっきの女の子……)
見れば大きな石につまずいて、少女が膝を押さえていた。
彼女は倒れた体を、何とか起こして――やっとのことで、その場に座り込んだ。
彼は、ハッとして叫んだ。
―――大丈夫ですか――――?
ダッ!
「彼は飛び出して行きました。ほとんど、無意識のうちに……。」
イレールは、目を閉じたまま、昔を懐かしむように言った。
――二人は川辺に並んで、座っていた。
桜の花びらが風にのって、二人の頭上にも、花吹雪がちらついた。その花びらは、少女の白いワンピースに、彼の純白のローブに、いたずらに、桜色を落としていく。
(私のことが見えるなんて…子どもはそういう感覚が鋭いらしいですし……。
珍しいこともあるものですね………。)
「ごめんね…。少し、痛みますよ。」
――そ…
「……うぅ……いたいよ…ぅ。」
「でもちゃんと我慢して、えらいです。」
瞳に涙をいっぱいに溜めた少女の膝の傷を、彼は濡れたハンカチで、そぉっと拭ってやった。
「はい。これで良し……そこまで大きな傷ではないですね。良かった……。」
彼は安堵の声をもらすと、少女の頭を優しく撫でてやる。
少女はくすぐったそうに笑って、
「うん。ありがとー!てんしのおねえさんっ!」
純粋無垢な瞳で、彼を見上げた。
「おやおや……私は、お兄さんですよ……」
彼は苦笑しつつ、返した。
天使でもありませんし…と、小さく続ける。
「えっ!?でも、ふわぁって現れて、いい匂いがして、
白くて、きれいで、やさしーよ!わたしの、おかあさんみたい!!」
「………。」
(私は……そんなに美しいものではない。)
彼は一瞬黙ったが、
「歩けますか?家の近くまで、送りますよ。」
と言って立ち上がった。
「うん!!もう大丈夫!」
少女も立ち上がろうとする―――が、
辛そうに眉を寄せて、再び座り込んだ。
「……うっ…」
「………。」
彼はやるせなさの表れた顔をしながら、思案するような瞳をして――屈んで、
少女を抱きかかえた。
「わっ!!!」
「これで行きましょう。」
「いやっ、歩くっ!!おろしてっ!!」
「あっ!ちょっと!――うぐぐっ!首が…閉まってます…やめて……」
少女は暴れて、彼が首に下げていたロザリオを、ぐいぐい引っ張った。
――「はぁ………。」
たまらず少女を腕から降ろす。と、
「ちゃんと歩くの!」
なぜだか少女はムッとした顔で、彼を睨んだ。
子どもって難しい…。
そう思いながら、思わず片膝をついて、ふくれっ面の少女を見つめてみる。
改めて少女を目に止めてみると、見た目は大人しそうな、可憐な少女。
しかし、彼女は黒く、強く輝く、オブシディアンのような瞳をしていた。
その少女の心に満ちているのは
――――純粋なる強さ。
――………。
そこで、やっと気づく
この子が怒ったのは、
痛みをこらえてでも、自分の足で歩きだそうとするのを、邪魔されたからだった。
――今の私の心に、この子のような、強さは………ない。
「貴女は…私が怖くないのですか?」
何となく、彼はそう尋ねた。
「へ?なんで?ぜんぜん怖くないよ~?」
平然とした顔に戻った少女は、のんびりと笑って答えた。
「………。」
「?」
そのまま黙っている彼を、少女は不思議そうに見つめていたが、
突然、
「あっ!」
何かを、思いついた顔に変わる。
すると、少女はいきなり―――
ぎゅっ!!
――彼の右手を、左手で握った。
「………!どうしたんですか?」
さすがの彼も、それには焦ったような声を上げた。
「えへへ♪
だって、おにーさん、なんだか、つらそうだったから!」
「…………!!」
「おかあさんが言ってたの!
手をつないであげると、その人の辛いものを半分持ってあげられるんだって!」
少女の握る力が、ますます強まるのを感じる。
「だから、おにーさんが、辛いなって思ってることを、わたしも半分持ってあげるの!!」
―――!!
彼は、本当に驚いた顔をしていた。
が、
「………貴女は本当に、強くて…優しい子…なのですね。」
と言って、少女の手をぎゅっと握り返すと、
ゆっくりと―――――二人で、立ち上がった。
「このまま桜並木を歩いて、お家に帰りましょうか?これなら、貴女もあまり辛くないでしょう?」
「うん!ちゃんと歩けるの!!」
大小二つの黒い影が、桜の並木道を、並んで仲良く歩き始めた――――――――
誰も居ない並木道を、大きな身長差の二人が、並んで歩いていく
ふと、
「おにーさんも桜が好きなの?」
ひらりと落ちた桜の花びらを、頭に受けながら、少女が上を見上げた。
「……フフ…」
頭にのった花びらを落としてやりながら、彼は微笑む。
「ええ、好きです。でも、もっともっと、大好きな人がいて…ここへは、その人の代わりに桜を見に来たんですよ。」
「そうなんだ!!わたしも桜、大好きなの!!!
その人はだあれ?
おにーさんのお友達なの?」
「……」
彼は憂いの表情を一瞬だけ浮かべたが、すぐに笑って言った。
――「私のお姉さんです。この世界にたった一人いた…私の唯一の肉親が、好きな花。それが桜だったんです。」
「“にくしん”ってなあに?」
「家族ってことですよ。」
少女は、あどけない目をして、首を傾げた。もちろん、その言葉の裏の真意に気づくはずもない。
彼は顔を逸らして、もう一度辛そうに目じりを下げた。
―――少女の歓声が上がった―――――
「わぁ~~~~~~~~~!!
みんな桜が好きなの!
おにーさんも!
おにーさんのおねーさんも!
わたしと一緒なのっ!!!
みんな、みんな、一緒の物が好きなのっ!!!!
おんなじ気持ちなの!!!
じゃあ……おにーさんも―――――――――――――」
――ガタンッ!!
ドアを隔てた向こう側で
彼女が立ち上がる音が、――――した。
そしてすぐに
「そのお話の続き………。
―――――私……っ、
知っています……………!!!!」
いつも隣で支えてくれていた、愛しい声が、
優しく、耳に響いた。
「この後……っ!!
私は…っ!私は……っ!!
あなたに……
―――――イレールさん…に………っ!
――――――こう言うの……………っ!!」
―――ガチャンッ!!―――
――「お兄さんも………っ!私の…っ、私の……っ!
―――大切な……!大切なっ家族……………っ!!!!」
百合はイレールの腕の中へと、
まっすぐに―――飛び込んだ。
この勢いで、深夜二時までには、もう一話投稿します!
テスト期間が迫っているので、書けるうちにがんばろうという考えでございます。
今のところ半分、書き終わりましたが……
いつもより甘い仕上がりになりそうです…!(/ω\)
(あれ?初めて顔文字ここで使った気がする……。)




