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イレールの宝石店  作者: 幽玄
第二章 魔法族は星のもとに集う
63/104

24Carat 忘れてしまった彼女 part3

 ぎゃあ~~~~!日付が変わってしまいました!!

更新ペースが遅くなってすみません!!私事に追われています……。


「そういう冗談は…………感心しませんね。」

イレールは込み上げてくる感情をぐっとこらえると、やっとそれだけ呟いた。スッと椅子から立ち上がって視線を逸らす。


 百合は平然と寝台から起き上がりながら、イレールのその言い方に不思議そうな顔をした。

「ただ知らない人に手を握られていて…びっくりして聞いただけです。……どうしてそんなに怒ったように言うんですか?」


黒い瞳がじっとこちらを見つめている。


「………。ごめんなさい。貴女に対して怒っているのではないんです。」


返事に少し間が空いて、イレールは優しく笑って言った。しかし、どこか寂しさを秘めた顔だった。


「ところで―――」

 百合はキョロキョロとあたりを見渡した。

「――何だか急に記憶が飛んで……何が起こったか分からないんです。ベッドに寝ていたってことは、私、仕事中に寝ちゃったんでしょうか?」

 申し訳なさそうな顔でイレールたちを見つめている。


二人と一匹は黙ったまま顔を見合わせた。

御真弓様とイレールの視線がバチンとぶつかる。

――フイッ

御真弓様はすぐに彼から視線を離してそっぽを向いた。

イレールも一瞬悲しそうな顔になったが、彼同様に顔を逸らす。


クラースは二人の様子に驚きながらもイレールが座っていた椅子の背へと飛び上がって、語り掛けるようにゆっくりと百合に尋ねた。

「意味深なことを聞くぞ?」

「はい。何ですか?クラースさん。」

彼女の口から自分の名前が飛び出して、クラースは質問の内容を厳選する。


――この子はイレールという大切な人の存在を忘れてしまっている。


そう確信しながら、アクワマリンとペリドットの瞳で彼女の目をじっと見つめる。

「この店には幼馴染三人組がたびたび訪ねてくる。種族はそれぞれ死神と白魔術師のハーフ。天使。ヴァンパイアだ。お前は彼らをそれぞれ何と呼んでいる?」

百合はニコニコ笑いながら小首をかしげると、平然として答える。

「本当に意味深なこと聞きますね。クラウンさんにミカさん、陛下さんです。」

「うむ。」

 クラースは大きく頷くと、目線の先に百合をしっかりと見据えながら再び質問をする。


―――「では、この店の店主は誰だ?」


「…………。」


その質問をした途端、百合は無表情になって、口をつぐんでしまった。

 とても難しいことを尋ねられたときのように頭をひねって、記憶を手繰り寄せているのがその様子から窺えた。


――「分からない……です。思い出せない。―――……どうして?毎日ここに来ているのに。」


 深刻そうな表情に一変して、クラースに焦りと不安に染まった瞳を向ける。

「……この宝石店で過ごした一日一日を思い出すと、いつも誰か一人の顔と姿がボンヤリしてかすんでて……。どうして?誰…?誰なの……?――――――ううっ!!!!痛っ!!!!」

――「百合さんっ!」

急に頭を押さえてしゃがみ込んでしまった百合の肩を御真弓様が支える。

イレールも彼女のもとに駆けだそうとしたのだが、


―――何かを押し殺し耐えるような顔をして、すぐにそれをやめてしまった


「大丈夫……?」

後ろから優しく肩に腕をまわしたまま、御真弓様は百合の顔を覗きこむ。彼女はショックを受けた表情になって、顔を青白くしていた。

「思い出そうとすればするほど頭が痛くなったの……。私、どうしちゃったんだろう……?思い出が欠けてしまった感じがする……。あと…なんだろ?心に穴が空いてしまった感じがする…。大切な何かがそこにはあったような……?」

頭を押さえていた両手が胸の前で組まれて、百合は瞳を潤ませた。

「無理しないで……もう一度横になる?」

「……ううん。大丈夫。頭を動かすのを止めたら、だいぶ痛みが引いてきたから……。」

百合はぐったりと力なく微笑んだ。


(……そこにあったのは、私の心の拠り所。)

彼女の潤んだ瞳はイレールの心を締め付ける。



クラースはイレールを横目で伺って、喉の奥でため息をつくようにホーっと鳴いた。椅子から飛び上がるとイレールの肩にとまって、

――「…おいイレール。とりあえず百合を安心させてやれ。」

と小さく告げ口して、表情を固くして口をつぐんでしまった彼を突き動かそうとする。

「………」

イレールは一瞬ためらいを見せたが、小さく頷いた。

クラースがゆったりした口調で、再び百合に語り掛けた。

「百合、こいつがこの店の店主だ。」

百合はイレールを見上げて、

「……え?あなただったんですね。本当にどうしてか…思い出せなくて……さっきも知らない人って言ってしまって…本当にごめんなさい……。」

と、純粋な、心からの謝罪の言葉を述べる。


―――イレールの瞳に睫毛の影が落ちて、深い青に変わった。


大きく目じりを下げて口調は柔らかい、百合らしい謝り方。

それでもやはり…いつも自分に見せてくれる表情ではない。

いつも彼女が見せてくれる表情はもっと特別な―――


しかし、イレールは心を律して精一杯の微笑みを作る。

「はい。私の名はイレール・ロートレーズ。この店の店主です。貴女がそうなってしまった原因はおそらく、先ほど貴女が飲んだあの紅茶です。魔法界から取り寄せた物でして……。リラックス効果が高めのものを。と思って選んだんですが、どうやら効きすぎてしまったみたいです……。脳の機能が一部眠ってしまった状態になってしまっているんだと思われます。それで百合さんの、私に関する記憶だけが眠ってしまったんです。」

「それじゃあ…眠ってるってだけで、いずれは“あなた”の記憶も戻ってくるんですね?」

「…………はい。時間はかかるかもしれませんが、必ず戻ってきますよ。私のことを忘れている以外は、生活に支障をきたすこともありませんし……。」

イレールのその言葉に、百合は安心したように笑った。

「良かったです…何かの病気とかではなくて…しばらく何にも思い出せそうにないみたいで申し訳ないですけど……よろしくお願いします。」

「こちらこそ。それより……貴女がそうなってしまったのは、その紅茶を選んだ私の責任です…申し訳ありません。」

「あなたは悪くないですよ!ほんとに何も思い出せなくて……私も謝罪するしかないです…」

「…………。」

 純粋で素直な彼女の応答も今はとげのように尖って、イレールの心に深く突き刺さっていった。

「…今日はもう店の手伝いは十分ですから、帰って休んでください。貴女に魔力の負荷がかかったことに変わりはありませんから。」

「負荷?…そういうものなんですか?分かりました。じゃあ、今日はもう、帰って休みますね。」


――「あっ……待ってください!!」


御真弓様と一緒に部屋から出て行こうとしていた百合だったが、くるりと踵を返した。


「すぐに思い出すつもりですけど、これだけ教えてください。」

清らかな微笑みを浮かべて、百合はイレールに尋ねた。

「なんでしょうか?」

イレールも穏やかに微笑んでみせる。


―――「私は、あなたにとってどんな人だったんですか?」


残酷な一言だった。


それは百合にとっても、イレールにとっても


「―――もちろん仲は良かったんですよね?すっごくいい人なのは何となく分かるんですけど…今までの私と違うな…って思って欲しくないんです。だから…それの通りにできるだけ振舞えたらって思うんです。」


彼女はなおも微笑んでいる。


クラースはイレールを心配そうに見据えた。

(……イレールさん。)

密かに御真弓様も心を痛めつつ、イレールを見つめる。



「…………………仲の良い『妹のような存在』でした。」


言葉を慎重に選んで、イレールは優しい口調で返事をした。


「妹ですか?」

――ズキ…ン

(あれ?今一瞬、胸が痛かった………?)


「血の繋がっていない、家族のような存在で………。……っ。……だから、貴女のことは妹のように…思っていますよ。」


「わぁ!そうなんですね!嬉しいです!あっ……そこまで仲良しだったのに、忘れちゃうって…やっぱりあんまりですね……本当にすみません。」


「いいえ。明日も待っていますよ。」

「はい!!また明日です!!!」



――パタン…

百合は御真弓様と一緒に、部屋から出て行った。





――「……………。」

 イレールは彼女が出て行ったドアに歩み寄った。

―――カタン…

顔を伏せるように体を傾ける。


クラースは、こちらに背を向けて伏せってしまったイレールの様子を窺う。

声をかけようか迷ったが、クラースは黙っていた。スッと視線を彼からはずし、ただ黙って椅子の背にとまっていた。

すると、冷静であろうとする感情を押し殺した声が聞こえてきて、クラースはそちらに耳を傾ける。


「……百合さんが私の存在を忘れてしまったのは、エウラリアの忘却の聖水のせいです。」


うむ…と、クラースは目を瞑って言った。

「倒れる前に…百合さんが口にしていたトリュフに入っていたのでしょう……その効力を、私の記憶のみ眠らせるように加工しなおして……高度な魔法ですが、それくらいのこと、黒魔術族なら難なくやってのけるでしょう…。……記憶が戻るかは予想できません。突然戻るかもしれませんし……もう一生戻らないかもしれない。」


「………。では……エウラリアはどうやってそのトリュフに聖水を仕込んだのだ?」


「百合さんはそのトリュフを、ご自分の担任からもらったと言っていました。……そのあたりを調べる必要がありますね。ご覧の通り、御真弓様と口を聞きづらい状況ですので…今私が言ったことは…彼には貴方から伝えてくれます……か?」


クラースは分かった…と言ったのち、イレールの名を寂しそうに呼んだ。


「イレール……」


「……何ですか?」


「平気か?」


「………」




 長い間が空いた。




そして、

「正直あまり……」

と、彼は答えた。


クラースはその言葉の続きをじっと待つ。

イレールは再び黙っていたが、やがて独り言のように呟きをもらしていく。


「―――私にとって貴女は家族のような………っ。でも、妹ではありません……。」


――ガタンッ!!


――――「貴女は……私にとって……………っ!」




冷静であろうと平静を装っていた口調は、悲しみの叫びに変わった。


ドアに打ち付けられた拳は震えてぎゅっと握られている。


 クラースは黙って視線を落とした。


イレールはドアに頭を預けたまま、顔を傾けた。サラリと乱れた前髪の間から、今まで見せたこともないような悲しみに染まった瞳が覗く。

「“あなた”だなんて呼ばないでください………っ!!私達が…“さん”づけで呼び合うのには大切な意味があったではありませんか……!……親愛の意を込め合う意味が………。」


イレールはさらに拳を強く握った。ギリギリと爪が手のひらに食い込んで血が滲んでいる。


「エウラリア………!貴方だけは許せない……ッ!!多くの者の命を利用した罪。そして百合さんの命とその心を無下に扱った罪……!いずれ…断罪して差し上げましょう……」


瞳は吊り上がり、イレールの表情は普段からは想像もできないほどに鋭い。


しかし、糸束がほどかれていくように、少しずつそれは緩んでいった。


―――「……。百合さん……。もう一度、私の名を呼んで…………。


貴女の内にいる私は断罪者ではない………


貴女の前では、私はただの……――――――」


イレールは瞳をぎゅっとつぶった。


「ただの…………イレール。


一人の想い人に心乱す、小さな存在………。」




 物語を見たり読んだりしていると、「あぁもうっ!この二人早くくっついちゃえばいいのに!!」と、そこはかとなくもどかしくなることがたびたびあります。書き手はどういう風にくっつくかすべてを把握しているので、そこまで気にならないだろう……。そう思っておりましたが、違いました。

現在こういう心境です。


―――あぁもうっ!この二人早くくっつけてあげたい!!!!! 

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