24Carat 忘れてしまった彼女 part1
24Carat 忘れてしまった彼女
昔を懐古していた四人だったが、
―――「クラースが呼んでいます……!!」
イレールがハッとした表情に変わって、ラファエルを含めその場に居た全員に焦って言った。
それを受けたラファエルが口を開く。
「今回わたしが魂を回収するために持ってきていた忘却の聖水はあの一つだけです。それが奪われてしまった今夜、回収は諦めるしかありません。ここにとどまる余裕は十分にあります。この場はわたしが整えておきますから、皆さんは急いで向かってください!!」
ラファエルがそう言うのには理由があった。
先ほどの戦闘で、住宅の瓦が多少なりとも破壊され、破片が屋根の上に散乱していたのだ。四人は申し訳ないと思いつつ、ラファエルにその場を任せると、宝石店へと向かった。
――――「クラースっ!!」
空間のズレた場所にある宝石店にたどり着くとすぐに、イレールは暗闇の中で何者かと争うクラースを見つけた。
――ズドドドッ!!
クラースが飛び回りながら羽をばたつかせて、石膏の羽を弾丸のように降り注いでいる。
他の三人とともに、イレールはクラースのもとに駆け出しながら、杖を振り上げた。先端のブルー・サファイアの玉が彼に呼応して、青く瞬く。
「この空間の主のもとに、光明の灯りを燈せ!!」
―――ゴゴゴゴゴッ……!!
地響きがして、クラースと何者かとを中心にたくさんの街灯が彼らを取り囲んだ。
あれはッ!!と、それぞれが叫んで、四人は街灯が照らし出した人物を見て驚く。
―――「悪魔だとッ!!」
いち早くクラースのもとにたどり着いたクラウンが驚きの声を上げた。間髪入れずにデスサイズで悪魔に切りかかると、ガツンッと金属音がする。
悪魔はそれを、身長以上に伸ばした長い爪で受け止めていた。見たところ小学校低学年ほどに幼い少年悪魔が、平然とデスサイズを受け止めている。
ぐわんッ!!
クラウンは逆刃の刃を大きく払って長めに間合いを取ると、悪魔に挑発の言葉を投げかけた。
「ずいぶんと幼い少年悪魔だね。黒髪で日本人的な顔立ちの。わざわざ喧嘩を仕掛けてくるとはどういう魂胆なのかな?良い子はとっくに寝る時間だろう?」
悪魔はうるさそうにつり上がった紅い瞳を細めて、子どもとは思えない不気味な声で答えた。
「お前等をつぶせば“みゆ”を傷つけないと、“愚弄の黒魔術師”は言った……だからつぶす。そして“みゆ”を守る。」
「みゆ……?しかし、“愚弄の黒魔術師”とは、エウラリアのことか……!!結局、君の襲撃も奴の手回し。という訳かいッ!!」
クラウンは大きく頭を傾けて
ヒュンッ……!と鼻先をかすめた相手の長い爪を器用に避ける。
―――ジョルジュがクラウンに加勢しようとアスカロンを振り上げる。
「ニーベルンゲンの歌に記されし英雄ジークフリート。彼の力を宿す一撃、鉱化せしめしファーブニルの竜血ッ!!」
紫銀色の光に変わったアスカロンは、鋭く悪魔に振り下ろされた。
ガチンッ!!
悪魔は長く伸ばした右手の爪でその一撃を防いだが、
「―――ッ!!」
途端、苦しげに顔を歪めた。一度小さく舌打ちをして後ろに大きく飛び退く。
右手を苦しげに押さえている。よく見れば、指がぴんと張って硬直していた。どうやら右手を動かすことができなくなっているらしい。
ジョルジュがアスカロンを油断なく構えながら言い放つ。
「オレが魔力を注げば、あらゆる龍退治の英雄の力をアスカロンに宿すことができるッ!!この、ジークフリートの力を宿した刀身が触れれば、その血肉は一定時間硬直する。―――わっーたかこの野郎っ!!くそっ!オレにこんなことさせんなよなッ!!!」
ミカエラがきょとんと小首を傾げた。
「陛下ちゃん、どうして最後喧嘩腰になったのかしらぁ?」
「久しぶりに魔力を使った攻撃をしたので、ちゃんと発動して安心したんですよ、きっと。」
「あぁ~陛下ちゃん苦手だものねぇ。魔法。」
―――「うっせーぞ、お前ら!!お前らの口の筋肉も硬化させてやろうかっ!!?」
どうやら図星だったらしく、顔を真っ赤にしながらジョルジュが叫んだ。
――「馬鹿にしやがって、つぶしてやるぅッ……!!!」
体勢を整えた悪魔は右手をかばいながら、イレールに左手を槍のように素早く突き出す。三人はイレールを援護しようと武器を構えるが、アイコンタクトを送って彼はそれを制止させる。と、ひらりと爪をかわしていきながら、落ち着いた様子でイレールは悪魔に問いかける。
「先ほどの口ぶりからすると、みゆさんという方を人質に取られている、といったところですか?腕を下げてください。この争いに意味はない。貴方が傷つくだけです。」
「意味はある!お前たちをつぶさなければ、我も、“みゆ”も、黒魔術師に殺されるッ!!」
「そんなことさせません。信じてください!私達が貴方とみゆさんを保護して、お守りしますから!!」
「うるさいッ!殺されるッ!!殺されるッ!!!」
血走った目をして、悪魔は恐怖に憑りつかれた目をしていた――何を言っても彼の耳には届かない。そう感じたイレールは表情を引き締めると、近くの街灯の先端にサッと飛び乗った。小さなその先端に足をかけ、勢いをつけて後ろに飛び降りる。大きく突き放した悪魔との距離はだいたい五メートルほどか。
悪魔がこちらに向かってくるのを見定めつつ、イレールは手の平に藍と深緑の鉱物が混じりあった原石を出現させる。
「……落ち着いていただきましょうか。」
そう呟くと彼は、手の平に漂って輝くその石を、悪魔にサッと放り投げた。石をかわそうとする悪魔の動きよりも早く、それは悪魔の胸に溶け込んでいく。
―――パァアァアアッ………!!!
白い光が悪魔を包んで周囲に満ちる。彼は胸を押さえて、膝をがくりと落とした。
「その石はアジュールマラカイト。別名、孔雀石。洞察力と集中力をもたらすアズライトと、恐怖や不安で疲弊した心を解きほぐすマラカイトの力が結集した石――冷静になってください!!」
脱力して肩を落とし、俯いていた悪魔。しかし不意に、彼を包む白い光がフッと消えた。
変わりに、
――ボワァァッ……
蒼黒い光が、蝋燭の灯りを燈すときのようにゆっくりと輝き始めた。
「ぐあぁッ!!」
短く苦痛の叫びをあげた悪魔の喉元付近で、ギラギラと蒼黒いダイヤが輝いていた――
イレールの表情に焦りの感情が滲む。
「く……ッ!!ホープ・ダイヤモンドの欠片っ!!またこのような悲惨な手段をッ!!!」
他の三人と一匹が焦りを隠せない様子で、イレールの隣に駆け寄って来る。
「心の救済魔法は成功しそうかい……ッ?」
「イスの都のアーエス姫はこのホープ・ダイヤの負の影響力にあおられていたのよね?」
「じゃあよ……!お前の石がはじかれるなんてことになんねぇーかっ!!!?」
三人の言葉を受けてイレールは、してやられたといったように眉を寄せた。
「エウラリアがホープ・ダイヤを彼の心に植えつけていたようです……!恐怖の感情に根を張りすぎていて、もう手遅れですッ!!あの悪魔はもう絶望に堕ちて……――あぁ、やはり……ッ!!」
――パキンッ!!
鉱物が打ち砕かれたような音が、辺りに響く―――
彼が施したアジュールマラカイトは宙にはじき出されて、粉々に砕かれていた。
―――歪んだ口元がニヤリとつり上がった。
「力が満ちるようだ……!」
悪魔はふらつきながら立ち上がると、再びイレールたちに爪を突き立てようと突進する。狂気じみた瞳に変わった彼の喉元にはホープ・ダイヤが直に埋め込まれて、不敵にギラギラと青黒く光っていた。
「一旦退かせましょう……ッ、三人とも下がってください!!」
イレールは三人を後ろに引かせると、カドゥケウスの先端を悪魔に据えつつ構えた。
「悪魔を退散せしめし石、スモーキークォーツよッ!マカバスターの獄に彼の者を捕らえよッ!!!」
ピカッ!!
カドゥケウス先端のサファイアの玉が淡茶色に変わる。
―――ザザザザザッ!!
五本の淡い茶色の六角柱が地に突き刺ささって、悪魔をぐるりと取り囲んだ。
スモーキークォーツで形成されたその六角柱。それらは瞬く光を放ち、地に白い魔法陣が浮かぶ。
――ピカッッッ!!
「ぐああぁッーーーーーーーッ!!!」
光とともに、二つのピラミッドが上下で重なった形――マカバスターが悪魔をその内に閉じこめる。悪魔はスモーキークォーツの退魔の力を受けて、苦しげに呻いた。
――パキキッ!!パシャ………ンッ…!
マカバスターが細かい破片を飛散させながら砕け散る。
「かはッ……!!」
息をつまらせた悪魔は体勢を崩しつつ、ギロリとイレールを睨みつけるとギリリと下唇を噛んだ。
「ちッ!」
―――ザッ!!
悪魔がその十本の爪を地に突き立てると、黒い魔法陣が出現する。
その途端、魔法陣は黒く光って、悪魔もろとも消え失せた――――
悪魔が退却するのを見届けて、イレールが後ろの三人に振り返って言った。
「これでしばらくは襲撃してこないと思います。スモーキークォーツは悪魔の魔力をしばらく抑えつけ低下させますから、魔力が充足するまで身を隠すはずです。」
三人は頷いたものの、クラースがイレールの肩にとまって眉をひそめた。ひどく言いづらそうな様子で、絞り出すようにイレールに告げる。
「宝石店は……しばらく閉店だな。」
「そうですね……。こうなった以上、やむを得ません。」
ハリの無い声で彼は返事をした。
彼ら以外の三人がしょんぼりと視線を飛ばした。そのときには、イレールは悲しげに目を伏せて、長い睫毛を揺らしていた。
ジョルジュは努めて明るい声を出して、
「オレがさ!!公務とかほっぽりだしてこの店を警護してやんよ。本来の魔力を取り戻した今、アスカロンがあれば、オレは負ける気がしねぇ……!!」
と、彼に提案する。
イレールは顔を上げてジョルジュに嬉しそうに微笑みかけた。
「ありがとう陛下。」
しかし、ゆっくりと首を横に振った。でも…と、イレールは言葉を濁す。
「あの悪魔だけならまだしも……。黒魔術師は……、エウラリアは本気です。どんな手段を使ってでも百合さんを…手に入れようと動くでしょう。悪魔まで利用するほどですから。お客様の来店中に何かエウラリアの策略に合うようなことがあってはいけない。お客様を巻き込んでしまうかもしれません……。悪魔が再び襲撃してくることも明白です。それに、私も今は―――」
再び瞳が伏せられる。
「――百合さんをお守りすることに集中したいと……心の底から思うのです。全ての気をそちらへ傾けたい。」
心の奥がキリリと痛むのを感じて、彼は胸を片手で押さえた。
―――「宝石店は、しばらく閉店です。」
彼の呟きは、そこに居たすべての者の心に、冷たい刃となって突き刺さった。
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一月も終わり、明日はバレンタインデーという今日この頃。
学校の靴箱で、百合は忘れ物を取りに行った美結を待っていた。学校も今日はお昼までで終わって人気のないその場所。
隣には学ラン姿の真弓の神がいる。彼は用心深く周囲を見回すと、安心した様子で百合に話しかけた。
「誰も居ないみたいだね。話しかけるよ?」
「うん。ごめんね、ずっと一緒に居るのにあんまり話せなくって……」
「気にしないで。勝手に毎日ついて来てるのはこっちのほうだし。それはそうと、今日もちゃんとつけてる?」
「う……うん。そんなに毎日確認しなくても、ちゃんとつけてるよ。―――ほら!」
百合はちょっと照れくさそうに、制服の下からロケット・ペンダントを取り出した。彼につけるように勧められてからというもの、きちんと持ち歩いているか、毎日確認されているのだった。
中の写真はイレールの寝顔という、誰かに見られれば赤面物の一品。しかし、手元に置いておきたくてこっそり持ち歩いている。
御真弓様はそれを百合の首元に認めると、腕を組んで凛と一言。
「よろしい。」
「はは……。」
今の言い方は神様っぽかったなと思いつつ、百合は苦笑した。
――「あっ、楪先生だ。隠さなきゃ!」
こちらに担任の黒鍾美 楪が近づいてくるのに気付いて、彼女はサッサと制服の下にそれを隠し込んだ。御真弓様は不機嫌そうな顔になって、渋々押し黙る。楪は百合に対して馴れ馴れしいところがある。それが彼にとっては気に食わないのだった。
「まだ帰っていなかったのですね。今日はお昼までで学校は終わりだというのに。」
案の定、楪は話しかけて来た。百合は何事もなかったように取り繕う。
「これから帰りますよ。美結さんが教室に鞄を一つ忘れてたみたいで、私はここで待ってるんです。」
彼はそうでしたかと言って、フッと笑った。
「見た目は凛として厳しそうな感じですが、美結さんは意外にそそっかしい人ですよね。」
「確かにそうかもしれないです。いつも振り回されちゃってますから。でも私も、ちゃっかり楽しんでるのでおあいこです。」
「……アナタ達は、本当に仲が良いのですね。」
楪は目をつぶって微笑を浮かべていた。が、目を開けて、そうそうと、思い出したように言う。
彼は教科書類と一緒に腕に抱えていた――小さな白い包みを彼女に差し出した。
「ワタシが作ったトリュフです。親しい人にだけあげようと思って作ったんですよ。勉強の合間にでも食べてください。」
トリュフという言葉に、百合の表情はパァッと可愛らしく明るくなった。
「え~~!いいんですか?ありがとうございます!わぁ~嬉しいです!!!バレンタイン、先生にもあげますね!!」
「いえいえ。これはバレンタインとは何ら関係ありませんから、お気になさらず。」
――彼女の後ろに控えている神の、白藍色の瞳が、キリキリキリッと吊り上がる。
「なッ!!あぁ~~~~ッ!!やっぱりこの人、気に食わないッ!!!」
嫉妬心むき出しで怒り狂いつつも、彼の声は楪の耳には届いていない。
百合の表情に満足そうな笑みを浮かべると、それではと楪は踵を返す。
「それを作るのに相当な手間暇がかかっているのです。『加工』するのが大変で。絶対に誰にもあげずに、アナタが全て召し上がってくださいね。ワタシの苦労が水の泡ですから。」
――「すました顔で、変に媚び売らないでくれるかな……?」
「えっ!!ええっと…!そんなに手間暇かけて作ったトリュフなんですか??じゃあ、しっかり味わって食べますね!!(御真弓様がなんか、すんごく恐いっ!!)」
百合は後ろの神の怒りに圧倒されながらも、去って行く楪を見送った。
―――楪は彼女のもとを去りながら、不気味な笑みを浮かべていた。
「甘い甘いチョコを味わって、美しい白百合は甘美なる記憶を失う。口の中で溶ろけるたびにほどけていく“愛しい者”の記憶……。それは彼から贈られた大切なモノたち……繋いだ手のぬくもりも、愛しい匂いも、愛を秘めた言葉も、そして、昔を語ったことさえも。
讃美歌496番、『麗しの白百合』。
春に出会った花百合はもう、昔を囁くことはない。
―――彼女との赤い糸を断ち切るか?それとも、再び結びつけるのか?
さぁ、Saint-Hilaireよ、決断を。」
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「美結は何を作るの?目がギラついてるけど。」
「私?フフン…、今年は大人っぽくトリュフを作るのよ!本命がそういう雰囲気だし!あぁ~~!!黒鍾美先生~~~~♡!!!」
百合は親友の美結と合流し、一緒に寄り道をして、スーパーの一角でチョコやココアパウダーをあさっていた。親友が鼻息を荒くしている。百合は苦笑いしながらそっか、と返事をする。「さっきその黒鍾美先生に、まさしくそのトリュフをもらったよ。」なんて言う訳にはいかない。彼はバレンタインとは関係ないと言っていたが、顰蹙を買ってしまうのは目に見えている。
ココアパウダーをかごに入れていると、美結がどこか思いつめた表情で口を開いた。
「最近ねぇ~弟が変なのよ。」
「え?どうしたの急に?弟って、“諒くん”のことだよね?時々大人っぽい物言いをする、ちょっとおませな小学二年生の子。」
――百合の後ろに居た御真弓様の目が見開かれた。
そんなことには気づかない二人は、どんどん会話を進めていく。
「百合もご存じの通り、諒はびっくりするくらい時々おませさんなのよねぇー。普段はボクって自分のこと呼ぶのに、時々『我』なんて自分のこと呼んだり……。なんかいきなり弁が立つようになるというか。ま、そんなところもかわいいなって思ってるから、全然気にしてなかったんだけど……。」
「だけど……?」
「最近めっきりそんな部分を見せてくれなくなったっていうか……。何だか、諒の性格が変わった気がする。」
美結は材料をあさる手を止めて、寂しげに視線を落とした。百合もそれを受けて、励ましの言葉をかける。
「成長してるんじゃないかな?まだまだ小さいから性格も固まってないだろうし。その内、諒くんらしい性格になると思うよ。」
「……そうだね。」
百合の言葉に幾分笑みを取り戻して、美結は再び材料に手を伸ばす。
――真弓の神は美結をじっと見据えながら、表情を引き締めていた。
(“みゆ”に“りょう”……!!天使への依頼文、あの手紙にあった名前は、諒だったはず!それに悪魔が守らなければと口走ったのは、確か“みゆ”って名前だったらしいし……!!そうだよ!彼女も“みゆ”って名前だ!この子の口から諒って名前が出てくるなんてっ!!絶対に何か関係があるはずだっ!!!)
讃美歌『麗しの白百合』、とってもきれいな優しい曲です。日本ではよく歌われている人気の讃美歌なんですが、海外ではマイナーな曲らしいです。よろしかったら、聴いてみてくださいね!!




