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イレールの宝石店  作者: 幽玄
第二章 魔法族は星のもとに集う
59/104

23Carat 記憶の中の、黒 part1

「あぁ………」

イレールは呆然とその場に片膝をついた。すぐに皆が駆け寄って、彼を心配そうに取り囲んだ。

「大丈夫ですか!!?」

ラファエルが声をかける。力なくイレールは微笑みで以て返すと、苦しげに言った。

「百合さんの命を狙うのは……私への憎しみに憤怒する黒魔術師。私と互角の、いや、それ以上の……強さを持ったあの“Dérision(デリジオン)(愚弄)の黒魔術師”。」

ジョルジュが昔を思い出して言いづらそうにそれに続いた。

「みんな闇の魔力に満ちたあいつを怖がってた……黒魔術族は、同じく闇の魔術を操る悪魔でさえも、強い恐怖を抱く対象だからな。」


クラウンが感情を押し殺した声で呟く。

―――「リュシーには秘密の友人がいるようだった。それがどうやら、あいつらしい……」

三人は真剣な表情になってクラウンの話に意識を集中させる。クラウンは続けて言った。

「黒魔術族に他種族との和解交渉を持ちかける際。そして、黒魔術族があいつ一人を残して滅び、私たちがリュシーを失ったあの日。私達は、“Dérision(デリジオン)(愚弄)の黒魔術師”とリュシーが何故あれ程まで信頼関係を持っていたのか不思議に思っただろう?……まぁ、誰からも好かれるリュシーのことだからそこまで不思議なことではない…と、すぐに結論づいたが。」

最後のほうは、少しだけ語調が柔らかくなった。不意にミカエラが何かを思い出したような表情になってクラウンに尋ねる。

「どうしてクラウンは“エウラリア”という名を知っていたの?わたしたちはあの人――“Dérision(デリジオン)(愚弄)の黒魔術師”の本名を今日まで知らなかったわ。一緒に学んだ仲だけど……そもそも、知り得ないもの。黒魔術族は――――」

言いにくそうな口調に変化して、ミカエラはゆっくりと言った。


「―――呪術(ツァウバー)で人を殺めて……初めて名が与えられる種族だから。」


皆、黙った。


―――クラウンが真剣な様子で沈黙を破る。

「リュシーが前に一度だけ、その秘密の友人の名前を教えてくれたのさ。それが、“エウラリア”だった。」

イレールが気持ちを切り替えるかのように、すくっと立ち上がった。

「姉さんが“Dérision(デリジオン)(愚弄)の黒魔術師”いえ、エウラリアと親密な仲であったのは、その秘密の友人がエウラリアであった。という訳なのですね。」

 おそらくそうだが……と言いかけて、クラウンは口ごもった。俯いて一瞬頭を押さえた彼だったが、顔を上げて、三人の幼馴染を見回した。一人一人の精悍な顔つきを確認して、仮面の下の銀の瞳が光る。


――「少し、昔を思い出そうか。状況を整理しよう。」



23Carat 記憶の中の、黒



キーン、コーン…

カーン……コーーン……


鐘が鳴って、お行儀よく授業を聞いていた生徒たちの緊張の糸が、一気に緩んだ。

先生にそろって挨拶すると、それぞれ楽しそうに席を離れ始める。椅子や机が動かされる忙しげな音が教室に響く。背中に羽を持つ子、頭に角を持つ子。人間ではない彼らも、まだまだあどけない顔つきや生き生きとした表情は、皆同じ。手にはそれぞれ弁当箱らしき物が握られている。どうやらお昼休みに差し掛かったようだった。


―――「ニコライ先生。これ、頼まれていたプリントです。」

「あぁ、ありがとうリュシー。きれいにまとまっているね。助かるよ。」

 華やかな感じのする可愛らしい女の子――リュシーが、背の高い壮年の先生に、何やらプリントの束を渡している。長い白髪を後ろでまとめた壮年の先生、ニコライは、ニコッと笑ってそれを受け取った。

ニコライはプリントの束に目を通し終えると、リュシーの隣でニヤニヤしている銀髪の少年のほうに顔を向けた。肩をすくめてみせると、呆れた様子でその少年に声をかける。


――「フェリクスに伝言だ。ファラン先生がご立腹の様子で君に伝えるよう言ってきたぞ。『今日も罰則を受けに来るように!!』らしい。よくもまあ、罰則を受けることを承知で悪戯できるね。」

銀髪の少年はおどけてチロっと下を出して見せた。

「罰則も慣れればなんてことないのさ先生!!おかげで魔法使用原則法300条分全て、そらんずることができるっていう一発芸が身に付いたんだっ!!」

「もうフェリクスっ!先生にタメ語はいけないわ!!」

ブルー・サファイアの瞳を少し吊り上げて、リュシーが注意する。


 プリントと教科書類を教壇の上でまとめながら、ニコライは困ったように言った。

「君たち仲良し五人組の指導教員という役職は……本当に一筋縄じゃいかないな。イレールはこの学校が始まって以来の歴史的秀才だが、時々突拍子もない行動を起こす……。この間も学校を抜け出した理由を尋ねたら、『石膏に導かれたんです!』とかいう意味の分からないことを言ってきたな……。天才は皆ああいう感じなんだろうか…?ミカエラはとにかく何を考えているのか分からない。常人にはついていけない独特のミカエラ・ワールドが広がっている……。ジョルジュは引っ込み思案でとにかく、すぐ泣いてしまうし……。そして何よりの悩みのタネは―――――」

ニコライが一息入れて、はぁっと大きなため息をついた。彼はその衝撃でズレた右目の片眼鏡をもとの位置に戻すと、若草色の瞳をフェリクスのほうにやった。


―――「何モノも恐れず屈しない、フェリクスの不屈の精神。」


「おおっ!!我らがニコライ先生が、私にお褒めの言葉を下さったぞっ!!!」

「褒めてないわよ!呆れてるのっ!!」

照れて頭を掻くフェリクスに、リュシーが鋭くツッコんで追撃する。

「あなたが毎日どこかしらで起こす騒動は、逐一ニコライ先生のところに報告が入るの!その度にニコライ先生が頭を下げる羽目になってるんだから!!」

頬を膨らませて怒るリュシーにニコライがまぁまぁと、なだめるように言って、間に割って入った。

「君たちの指導教員は大変だけど、やりがいだけはある。唯一の救い、リュシーはしっかりしたいい子だし、なんだかんだ皆それぞれ頑張ってくれているしね。あぁそうだこれ、君が読みたがっていた本だよ。―――じゃあ。」

優しそうに目を細めると、彼はリュシーに本を一冊手渡して教室から出て行った。


 二人はその背中を見送っていたが、リュシーがパチンと手を鳴らす。

「さて、イレールたちの所に行ってお昼にしましょう。」

「そうだね。お腹ぺこぺこだよー!」

二人は自分の鞄からお弁当を取り出すと、廊下に出て残り三人のもとに向かい始める。歩きながらリュシーは、先ほど受け取った本を嬉しそうにめくっていた。薄ら微笑みさえ浮かべている。フェリクスは気になって、彼女の手元をひょいっと覗く。

「魔法薬の本か。リュシーは卒業まで、ニコライ先生の所で魔法薬を専門にやるんだったね。」

「えぇ!!嬉しいことに私は治癒術(ヒーリング)が使えるから、『治癒術(ヒーリング)では治せない病気』に対する勉強をするの!身体的な病気は魔法薬で、精神的な病気は(イレールと…)―――」

リュシーは楽しそうに話していたが、急に悪戯っぽい顔になって口を閉じた。

「ん?何か言いかけたかい?精神的な病気は――って言いかけた気がするんだけど?」

「何でもないわ。秘密。」

にっこり笑ってみせる彼女に、フェリクスは不満の声を上げる。

「えー!?またまた秘密なのかい?勘弁しておくれよリュシー!女の子に秘密って言われると何も追及できなくなるって、ボーイズの間では満場一致の通説なんだよ!!」

「あら、そんなことが言われてるの?面白いわ。」

「ほらほらっ!私はもう次、何を言えばいいのか分からなくなっているよ今!」

銀の瞳の目じりを下げて、困り顔のフェリクス。リュシーはそれを気にすることもなく、すました様子で歩き続けている。


視界にイレールたちの教室が見えてきて、フェリクスはダッと駆け出して行った。廊下側の窓から勢いよく身を乗り出して教室を覗きこむ。


―――バッ!!!

「ごぉきげんよぉーーーーーーーーーーーーーー!!」


ここは一つ下の学年の教室なのだが、彼に遠慮など無い。


 仲良くお弁当をつつき合っている生徒たちの視線が、一気に彼へと注がれた。

「あっ……餓鬼大将のフェリクスだ。今日も来た。」

「ハーフなのに何であんなに堂々としていられるんだろう。時々馬鹿にされてるのに。」

「いいじゃん。面白くて。つい最近ファンクラブできたらしいよ。かなり将来有望な顔してるし。ファン多いよ。」

「学園のマドンナ、リュシー先輩と付き合ってるなんてな。くっそ、うらやましい!!」

それぞれひそひそと噂しあっている。


「来たわねぇ~~」

「よっ、お疲れ。」

そんなことはいつもの事と言わんばかりに平然とした様子で、ミカエラとジョルジュが二人を教室に招き入れた。

「あら、イレールはどこ?」

姿が見当たらない弟の姿を探して、リュシーがキョロキョロする。フェリクスがその原因にハッと気づいて、楽しげに叫んだ。

「あっ!あそこだリュシー!君の弟は、なんと女の子に言い寄られているぞっ!!」

「まぁ!!」

リュシーが興奮を含んで視線をやった先では――


堂々と公衆の面前で、告白劇が行われていた。


――「ねぇ、イレール君!!今日こそあたしの愛に応えて!!」

「……ミランダ。君のことは嫌いってわけじゃないけど、好きってわけでもないから、付き合うことはできないって、いつも言ってるじゃないですか……。」

緑のウエーブがかった髪の少女が熱烈な視線と求愛の言葉をおくってくるのを、イレールはやんわりと断る。

「もうっ!どうしてそんなにつれないのっ!?昨日言ってくれたじゃない!!『愛してるよミランダ!将来は必ず君をお嫁さんにしてみせる!』って!!」

「えっ?身に覚えがないんですけどっ……!!いつ言いましたっけ、それ?!!」

「夢の中で、よ!!――あぁもうっ!大好きっ!!」

「ゆ、ゆめっ?!!!なんてメチャクチャな―――うっわ!!抱き着こうとしないで下さいよ!!」

教室の中央で彼らは寸劇とも取れるやり取りを行って、イレールに抱き着こうとミランダが彼を追いかけまわす。


―――「きゃあ!!」

 ミランダがそうこうしているうちに、不意に立ち上がった黒い人物にぶつかった。

高く結い上げた長い黒髪を揺らし、その人物は前髪の間から鋭くつり上がった紅い瞳をのぞかせている。

「あ……あ………。」

――ガタッ!!

ミランダは自分がぶつかってしまった人物が誰であるかを認めると、その場に座り込んでしまった。背中を机に寄りかからせて縮こまり、恐怖で顔が引きつって瞳には涙がたまっている。


――「低級悪魔サッキュバス風情が騒ぐな。せめて、周りぐらい確認したらどうだ……?」

ぐいッッ!!

「……ヒィッッ!!」

 少年とは思えない不気味な声でねっとりと言うと、倒れている彼女の首根っこを強引に掴んでキッと睨みつける。周囲にピリピリと闇の魔力が満ちていくのが、彼らには分かった。

「オマエを殺して、ワタシは名を得てやってもいいのだがね……?」

「う……きゃ……ぁ……」

彼女の首筋に突き立てるように爪を這わせ、彼はニタニタと口角を上げて笑う。

 イレールが意を決して、間に割って入ろうと駆け出そうとした時だった。


――「手を離しなさい!!“Dérision(デリジオン)(愚弄)の黒魔術師”!!」


 教室に、ニコライが駈け込んで来た―――

「………ちッ!!」

ニコライの登場に彼は吐き捨てるように舌打ちをする。と、

――――「きゃああっ!!」

ミランダを突き放すように解放して、立ち上がった。教室の床に放り出された彼女を、彼女の友人たちが助け起こす。ニコライも彼女を落ち着けようとそばに駆け寄った。


リュシーは心配そうに彼を、見つめていた。


―――瞬く間、一瞬だけ、リュシーと彼の視線が重なった。

それに気づいて、フン……と、鼻を鳴らすと“Dérision(デリジオン)(愚弄)の黒魔術師”は黒髪をなびかせて教室を跡にする。


 彼がいなくなっても、誰もが無言になって、ある者はすすり泣いていた。


――「あいつは何故、“黒魔術族の谷”の学校ではなくて、多種族が集うこの学校に入ったんだろうか?……きっと居づらいだろうに。」

フェリクスが自分と重ねているような含みのある言い回しで、こっそりとリュシーに言った。


「あの子は紛れもなく黒魔術師。その中でも、冷酷で残虐と恐れられる“Dérision(デリジオン)(愚弄)”一族。黒魔術師の谷を統べる者。でも立場や種族は関係なく、そこはきっと……あの子にとって大切な居場所であっても、自由ではない場所なのよ。」


「リュシー……?」

寂しそうに、意味深なことを言っているリュシーに、フェリクスは首をかしげる。


「―――とか、だったら物語的よね。」


「え?」

「フェリクスっ!!涙目になってるわよ!笑って!!」

リュシーにそう言われて、フェリクスは自分が涙目になっていることに気づく。

「はは……慰めようとしてくれたのかい?いつもすまないねぇ……ばあさんや。」

「それは言わない約束よ……って、私まだお婆さんと呼ばれるような歳じゃないわ!もうっ!!」

ばつの悪そうな顔になってもふざけるフェリクスに、リュシーもノリツッコみする。

―――が、


――――(今日も一緒に歌いましょう………エウラリア。)

リュシーはそっと、彼が消えていった教室のドアを眺めずにはいられなかった。




次回。

エウラリアとの戦いが本格化、百合ちゃんが大変なことになります……!


冬休みに入りました!しかし、私の実家はなんと……ネット設備が整っていません。どうにかネット環境のあるところに行って更新していくつもりですが、どれくらいのペースで更新できるか未定です……。もし、大幅に遅れるようなら携帯から活動報告に書きこもうと思っていますので……すみませんがご了承ください!!



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