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イレールの宝石店  作者: 幽玄
第二章 魔法族は星のもとに集う
57/104

21Carat ラファエルの旅路を往く part3 last

――――「そこから先も夢に見たはずなんですけど……思い出せなくて。だから、小さくて短い夢なんです。」


百合は上目がちにイレールを見上げた。

イレールとの距離の近さに、恥じらいを感じてのことだった。


―――「イレール………さん?」


 彼は瞳に涙をいっぱいに溜めて、幸せそうに微笑んでいた


「話してくれて、ありがとう………」


しっかりとした口調で言って、イレールは百合の瞳を見つめ返した。

「泣いて……るんですか?」

「いいえ。泣いては………いませんよ。」

「その涙は、悲しいから、ですか………?」

「これは………悲しみの涙ではありません。」

涙が零れ落ちそうになっているのに、彼は必死に耐えている。決して、涙を零すことは許さない。百合の言葉にも否定の言葉で返していった。

それに、肩に回されたその腕は、僅かに震えているような気がした。

「じゃあどうして…………?」

ただならぬイレールの様子に、百合の心は動揺する。

「私の見た夢が原因な――――――――――」


イレールが、言葉を遮った


―――――「かけがえのない幸せを、ありがとう。」



百合にとっては、意味の分からない言葉だった。

瞳を揺らす彼女に、イレールはなおも微笑んでみせる。


「貴女の見て下さったその夢は、私にとって……貴女と紡がれる時間の、“始まり”でした。」


――――百合はその言葉に、はっと息を飲む。


「じゃあ……じゃあ…桜吹雪の中出会ったあの人は―――――」

心の中の疑問の一つが確信をもった答えを得て、すっと溶けて消えていった。

―――あたたかい気持ちが心の中を包んでいく。


「イレールさん、なんですね……」


―――彼は返事をしてくれなかった。

でも、ただただ、優しく微笑んでいた。それは、今の彼なりの肯定の仕方だった。


彼は静かに、すくっと立ち上がった。


――「このお話は、ここまでにしてくれませんか?これ以上、言葉が見つからないんです。」

切なげで、幸せそうな表情だった。

「はい………私もなぜだかもう、言葉が続きません。幸せが満ちすぎると、何も言えなくなっちゃうんですね。」

(この幸せが、もう一つの問いを尋ねてしまったことで、崩れ去ってしまったら………嫌だから。)


百合も彼と同じような表情を浮かべた―――


 イレールはお茶を淹れてきますと言って、キッチンに消えた。回されていた腕が離れて、少しだけ寂しさを感じる。


――パタン……

 ドアを閉めると、イレールはドアにそっと背を預けた。瞳を揺らしながら彼は微笑み続けていた。すぐ後ろに居る、やっと再会を果たした特別な人。彼女に向けて聞こえないように彼は静かに呟いた。

「その思い出が、貴女の中で生き続けているということ……それは私にとって心が震えるほどにうれしいこと。ああ……貴女にますます想いを伝えてしまいたくなる………。私だけに、他の誰でもない、私だけに、捧げてはくれませんか……貴女のその微笑みを、愛を―――」


でも……と、言葉を濁した彼の、ブルー・サファイアの瞳が苦しげに歪められた。

「――――大きな幸せが、大きな痛みを導くことも……あるのですね。」


イレールはドアから背を離し、僅かに後ろを振り返った。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



百合は自分の部屋で、いきなり訪ねて来た真弓の神を不思議そうに見つめた。


―――「えっと……どうしてこんな時間に私の所に来るの?」

「なんとなくだよ―――きれいな部屋だね。きちんと整理整頓されてて。」

「わわっ!!やめてっ!そんなにじろじろ見回さないで~~~!!そもそも、なんとなくこんな時間に訪ねてくるって、どういう理由なの?!」


今、時計の針はちょうど22時を指している。


 御真弓様は楽しげに部屋をきょろきょろしていた。慌てふためいている百合にはお構いなしだ。わざわざ引き出しを開けたりなんかはしてこないものの、百合にとっては冷や冷やする要因が机の棚に、ある。

(何をそんなに気にしてるんだろう?)

チラチラと視線を別の場所に飛ばしている百合の様子に疑問を感じて、御真弓様も彼女の視線の先へと視線を飛ばす。

「――――――ペンダント?」

「わぁああああっ!!」

机に備え付けられている棚の上に置かれたロケットペンダント。それに彼女の視線が集中したのを確認する。百合が顔を赤くして制止するのを素早く避けて、彼はペンダントを手に取った。

「あっ………開く。」

―――パカ……

「きゃーーーーーーーーーーっ!!!」


「………!!!」



―――そこにはイレールの写真。しかも、寝顔。


 御真弓様は、しばらく口をあんぐり開けて固まってしまった。

百合は、というと……恥かしさのあまりしゃがみ込んで、腕の中に顔を埋めてしまっている。

部屋全体が、気まずい雰囲気に包まれた。


――「これさ……百合さんが撮ったの?もしそうだったら、意外と大胆だね……」

言いにくそうに御真弓様はおずおずと尋ねた。目を泳がせて、かなり動揺しているようだ。百合が遠慮がちに顔を上げた。頬は真っ赤に染め上がり、顔を背けてそっぽを向いている。お互いに、気まずい雰囲気に呑み込まれそうだった。

「……ミカさんが、クリスマスプレゼントだってくれたの。」

「ミカエラさんが……あ、あぁ、成程ね……」

合点がいって、彼は幾分落ち着きを取り戻したらしく、続けて尋ねた。

「持ち歩いたりしてるの?」

―――「へ……?」

そっぽを向いていた百合の顔が、御真弓様を振り返る。さらに顔が赤みを帯びていき、焦ったように彼女は叫んだ。

「もももも、持ち歩けないよーーーーーーー!!万が一イレールさんに見つかったら……気まずいし、恥ずかしいし、合わせる顔がなくなっちゃうよ~~~~~~!!!」

「そっか。」

慌てふためいている彼女とは対照的に、御真弓様はニコニコしながら落ち着き払った態度で短く答えた。

――一瞬だけ、

彼の白藍色の瞳が寂しそうに揺れた―――ことに、百合は気付かなかった。

 じゃあさ……と言って、彼はしゃがんでいる百合の後ろに座り込んだ。手元のペンダントのフックを開くと―――百合の首に、優しくそのペンダントをかける。

「………ん?」

百合はしばらく状況が呑み込めなかった。しかし、自分の首にペンダントがかけられている。ということを理解すると、再び騒ぎ立て始める。

「わわ………!!何でつけるのっ?!」

「あっ!取らないでっ!!」

ペンダントを取り外そうとする手を制止して、御真弓様は彼女をなだめた。

「せっかくなんだから持ち歩きなよ。こうして首にかけて、服の中に隠しておけば落とすこともないし、パッと見たところバレないと思うよ。まだ一月だし、厚着しておけばなおさらね……」

「…………うん。」

素直な反応であった。

恥じらいのこもった瞳でペンダントを見つめている。

外そうと抵抗するのもやめて、百合は薄ら微笑んでいた。まだ頬を赤くしているが、御真弓様に感謝するように、彼をしっかり見つめる。

「……本当は、つけてみたかったの。持ち歩きたかったし、お守りにしたくて……」

彼女は恥ずかしそうに小さく呟いた。

「イレールさんって寝顔まで神々しいね。きっとご利益あるよ。」

「ふふっ!確かに神々しいって言い方が似合うね!何だかもう見てるだけで幸せ……」

ペンダントをぎゅっと握りしめている百合の顔が、幸せそうに華やいだ。愛らしい、純粋な愛情を秘めた微笑み。特別な想いを抱くものにしか見せないような、そんな……愛情に満ちた微笑みだった。

「そっか、本当に……大好きなんだね。イレールさんのこと。」

「………ぅ。」

(君が僕に見せてくれる微笑みとは……全然違うんだね。)

彼も微笑んで返すが、心の中は切なさでいっぱいだった。それでも気持ちを抑えて、しばらく彼女とのおしゃべりに興じ始める。



――「眠い……」

不意に、百合がつぶやいた。

さっきまで幸せそうに笑っていたのに、今はもう目がとろんとして、ひどく眠そうだ。

御真弓様は彼女の変貌ぶりに苦笑する。百合はそっぽを向いてあくびを手で押さえていた。

「マイペースだね……。でも、そろそろ僕も寝ようかな。」

「ごめんね……せっかく来てくれたのに。私、あんまり夜更かしができなくて……」

「いいんだよ。僕のほうこそごめんね、いきなり来ちゃって―――お休み。」

百合はペンダントを取ると再び机の上に置き、ベッドに向かった。それを確認して、御真弓様が電気を消す。

「ありがとう。御真弓様もお休みなさい。」

申し訳なさそうに百合は言った。

――すぐに、彼女のほうから寝息が聞こえ始める。

そっと彼はしゃがみ込んで、百合の寝顔を覗きこんだ。

「イレールさんには……しっかりしてもらわないとね。じゃないと、僕の寂しさが無駄になってしまうよ。衝突したくはないけど、あなたが百合さんの想いにどうしても応えられないのなら―――――」

安らかな寝顔を見つめつつ、彼は決心したように言った。


「―――面と向かって、叱ってやらないとね。」



―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


―――小さな教会の屋根の上。


 四つの人影が、満月の光に照らし出されていた。

そのうちの一人が他の三人を率いるように前に歩み出る。手には長い金色(こんじき)の杖。


―――「この杖が折れる時。それはこの命尽きる時。」


聖職者は純白の祭服を翻す―――


 凛と、ブルー・サファイアの瞳が瞬く。

――――Saint(サン)-Hilaire(ティエール)は杖を前へと差し出した。

 手にしっかりと握られた身長以上に長いその杖は、金色の鈍い光を放っている。先端は月と太陽が重なったような形をして、その中心にはブルー・サファイアの玉が光り、柄の部分には大地の癒しの象徴とされる二匹の蛇が絡みつく。天と地、太陽と月などの対立物を統合するとされるヘルメスの杖――――Caduceus(カドゥケウス)


「あなた方を信じています。」


 杖が、純白のローブが、月光に光った―――


 地につきそうなほど丈の長い純白の祭服。その上から白いケープを羽織り、その背側はマントのように長く、三又に分かれて華やかに金の刺繍が走っている。左胸にはスターサファイアのブローチが光り、首には銀のロザリオがかけられて、背には彼の美しい薄茶の髪が風を受けてなびく。


今の彼は、聖職者たる凛とした気品に満ちていた。


―――三人は、意志の強い眼差しで返す。

「リュシーの桜のもと、眠っていたその杖を再び手にしたお前は、なんとも頼もしいよ。」

クラウンが代表して言った。彼の手には今、逆刃のデスサイズが握られている。



――――ふわ……

ラファエルが彼らのもとに降り立った。

「今のところ変わったことはありませんね。」

ミカエラが駆け寄る。

「どう?二つの魂が一つの肉体に共存してるっていう人の様子は?」

「年端もいかない子どもでしたよ。時間が時間ですから、安らかに眠っておりました。眠っているうちに、元のあるべき姿に戻してあげましょう。あの子自体には、イレール様たちにとって危害が及ぶような要因はないと思われます。」

「じゃあよ……どうする?―――――はっ……………!!!」

ジョルジュがアスカロンを構えた。


―――――まがまがしい闇の魔力が彼らの周りを包んでいた

 周辺にちらほら立っている街灯の灯が、住宅の窓から零れる光さえ、蝋燭の火を吹き消すようにふっ…と次々に消えていく。月が、星が、暗雲に呑み込まれて、光という光が失われていく。町は真っ暗な深淵の闇に覆われた。


視界が闇に閉ざされる―――――


暗闇の中で各々が武器を構える中、イレールはカドゥケウスに視線を向けた。

Le() Saphir(サフィール) rutilant(ルーチラン)(輝けるサファイア)………」

カドゥケウス先端のサファイアの玉が、白く瞬く、閃光を放った――

―――ピカッッ!!!!!

その閃光は円状に広がり、瞬き、周囲を白い光で照らしだす。よく見れば、彼らを守るように透明なドーム状の壁がぐるりと彼らを覆っていた。サファイアの照らす明かりはそのドームを越えて三メートルほど先までに及び、彼らに視界を作っていた。

「――――気を付けてください。誰かいます。」

イレールが鋭く言った言葉に、三人は頷く。

じっと、彼らは―――こちらにゆっくり近づいてくる気配を感じ取っていた。



張りつめた空気が流れ、全員無言のままその一点を睨みつける。



―――「アナタは尋ねられた、『Quo(クォ) vadis(ヴァディス)?(汝、どこへ行き給ふか?)』と……。」


不気味な声が突然響いた


――カキンッ!!

金属がぶつかり合ったような音がした

―――――パリィィィィィィィーーーーーーーーーーンッ!!!!!!


イレールの張った魔法壁が無残に砕け散る―――――

辺りにキラキラと、細かい破片がダイヤモンドダストのように飛び散って、舞う。


―――――チャッ……

剣を払う音がした


「ワタシはそれに答える。『Quo(クォ) ego(エゴ) vado(ウァド) non(ノーン) potes(ポテス) me() modo(モード) sequi(セクィ)(ワタシの行くところに、アナタは今、ついてくることはできない)』………と。」


―――ニタリ


サファイアが照らし出す光を浴びて、黒い人物がニタリと笑った。

「今もそれは同じ――――」


――――四人の瞳が驚きで見開かれる。


 イレールは瞳をすぐに凛とさせて――彼を睨みつける。

「―――貴方でしたか。このような形で再会することになろうとは、残念です。」

黒い彼は、長い漆黒の髪を気だるげに指に這わせ、気品高くなびかせた。

「つれないな。ともに同じ学び舎、同じ教室で学んだ仲ではないか………もっと喜びの声を聞かせていただきたいもの。」

愉快そうに歪められた紅い瞳が、前髪から覗く。イレールたちのもとに余裕たっぷりの足取りで黒いローブを翻し、ゆったりと歩み寄っていく。それに威嚇するように、イレールはカドゥケウスを前方に構えた。


「貴方と刃を交える日が来るとは、夢にも思いませんでしたよ。



――――Dérision(デリジオン)(愚弄)の黒魔術師。」



その言葉に、彼はフッと笑った。

わざと困ったような声音を作って言う。

―――「そう呼んでくれるな。その名ではなく、こう呼んでくれないか―――――」

ますます楽しげな表情を浮かべながら、イレールたちに嘲笑してみせる。



「――――――――“Eulalia(エウラリア)”と。」



―――それを聞いたクラウンが、鋭く叫んだ。

「――――エウラリアっ?!!エウラリアだとっ――――??!!!」


「―――クラウンっ?!!!!!!」

動揺した様子で叫ぶクラウンにイレールが振り向く。

彼――エウラリアはニヤッと犬歯をのぞかせて笑った。


「アナタはご存じだったか。リュシーはオマエにだけはワタシのことを教えてしまっていたようだな……困った奴だ。自分の誕生日さえも忘れてしまうような呆れた奴―――なぁ?仮面をつけても本質は変わらないモノ………さまざまな名を持つ道化死神。通称クラウン。


いや―――――



―――――餓鬼大将の“Felix(フェリクス)”?」






魔法族の名前は、主に聖人から取っています。

・イレール…ポワティエの聖ヒラリウスの仏語名から。

・ミカエラ…大天使ミカエルの西語から。

・ジョルジュ…聖ゲオルギウスの仏語から。

・クラウン――フェリクス…ピンキスの聖フェリクスから。

・リュシー…シラクサの聖女ルチア、仏語から。

・エウラリア…バルセロナの聖女エウラリアから。


 作中のエウラリアは紛うことなき男です(笑)なぜ女性名なのかは、作中で描かれるので不審に思わないでやってくださいね。それぞれ聖人のエピソードになぞらえている部分もあります!!


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