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イレールの宝石店  作者: 幽玄
第二章 魔法族は星のもとに集う
55/104

21Carat ラファエルの旅路を往く part2

忙しくて中々執筆が進みません。頭の中ではどんどん話が展開していくので、歯がゆい今日この頃です。

そして……ちょっとだけ喉が痛いです。

皆さんも体調に気を付けて、頑張ってくださいね~!!

百合は手のひらにのせた桜の花びらを、胸ポケットに入れていたメモ帳に挟んだ。


まだ新しい花弁。

散ったばかりなのか今なお色鮮やかな桃色。

彼女の髪を飾るバレッタのピンク・サファイアに似た色合いの、白を多く含んだ優しい色み。


大切そうにメモ帳をゆっくり閉じて、それを閉じ込める。

―――「イレールさんに、特別な愛情を向けてほしい……です。」

小さな呟きだった。遠慮が含まれているような。

彼女は顔をあげて部屋をぐるりと見回した。

この部屋には、彼らしい欠片がたくさん落ちていて、それを一つ一つ目で拾っていく。


オーク材の簡素な机、その卓上には描きかけのジュエリーデザインに、古い地球儀。その隣には分厚い本でいっぱいの大きな本棚。ローズウッド製の赤茶のシックな洋ダンス。白壁には古い大きな航海図。床には埃一つ落ちていない。自分のすぐ隣の、寝台のシーツも枕もきれいに洗濯されて、几帳面な彼の性格が垣間見える。


―――パタン……

彼女は床に座ったまま、上半身を寝台に倒した。

白いシーツに体が沈む。

顔を埋めてみると、胸がチクリと痛んだ。


切なくて、胸が只々――痛かった


「これ以上に求めてしまうことは、贅沢なことなのかな………」



―――色んなことを、心の中に抑えている色んな気持ちを、彼に伝えてみたかった。


一言で言えば、不思議な気持ちだった。


心の中が、痛みを伴ってもやもやする。でもその一方で、どこか幸せだった。心が傷ついて痛んでいるのではない痛み。それとともに、心が温かみを帯びて癒されていくような、矛盾した心の状態。


百合は心の中の想いの欠片を丁寧に拾い集め始めた。次々に、想いが形になっていく。


もやもやしているのは、疑問の感情だった。


 彼にとっての自分がどういう存在であるのか。すなわちそれは、彼にとって自分はどういった意味で特別な人なのかという問い。


そしてもう一つ――――


小さくて短いけれど、この上なく甘く、優しい夢―――に関する問い



(あの夢に出て来たのはイレールさん。……でも、あれは夢じゃなくて……本当は

眠っていた記憶、なんじゃないかな………。)


シーツに意識を向けてみれば、大好きな匂いが鼻腔をふわりと包んだ。

 思えば、彼とは初めて会った時から心の距離が親密だった。不思議なくらいにすぐに打ち解けあえて、幸せな時が紡がれ始めた。


もし―――あの夢がその答えなら 『あなたにとってこの夢は“記憶”ですか?』


と、尋ねてみたい。


痛みを感じるのは、この二つの問いを考えれば考えるほど、それに付随して想いが募っていくからだった。自分の想いを分かって欲しい。疑問に答えて欲しい。

そして、特別な愛情を向けてほしい。


これらの想いから、彼女の心はズキズキと痛む。



―――遠くから、自分を呼ぶ声がした。

 名残惜しげにシーツから半身を起こす。衣擦れの音を聴きながら、百合はゆっくりと立ち上がった。

ふっと深呼吸して、心を落ち着かせる。


「今行きますね。」


口の中でその言葉に想いを含ませて、百合は部屋のドアを開けた――――――


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 御真弓様も加わって、イレールと百合の三人で焼き立てのスコーンを楽しむ。イレールにとってはやっとの朝食であった。

「百合さんが作ってくれたコンソメスープ、とっても美味しいですよ。」

スープを一口口に運んで、イレールが褒める。百合は苦笑いしながら返事した。

「良かったです。途中ふきこぼさなきゃもっと素直に喜べたんですけど……」

肩をすくめていた彼女だったが、不意に御真弓様を見てくすっと笑った。

「すごく幸せそうな顔して食べてるね。よかったらブルーベリーのほうも食べる?―――はい。」

ブルーベリージャムをたっぷり塗ったスコーンを彼に差し出す。彼の顔が一瞬にしてほんわかして和んだ顔になった。心の底からの喜びの声をあげながらそれを受け取っている。

「………!!百合さんが僕のためにっ………!ありがとう!!大事に食べるよ!」

周囲に花が舞っているような幸せオーラを惜しみなく醸し出しながら、一口頬張った。

「大げさだな~あっ、口の端にジャムがついてるよ~」

呆れた声を出しながらも百合はティッシュを取り出して、彼の口元をふく。

「………ご、ごめん。」

御真弓様は恥ずかしげに顔をうつむきがちに傾けた。


―――その一連の様子を、イレールは切なげに見守っていた。

一見すると微笑んでいるように見えるのだが、その双眼はじっと百合をとらえて揺れている。

彼は二人に気づかれないよう目を伏せて、僅かに顔を背けた。


しかし、御真弓様はその微弱な変化になんとなく気づいた。

(イレールさんには酷かもしれないけど、僕は彼女の想いを尊重してあげたいんだ……。もちろん、あなたのためにも。だから、少し……意地悪をするよ。)


「ねぇ百合さん。」

「なぁに?すごくニコニコしてるけど。」


「はい、口開けて?」


「――――へっ?!どうしたの急に?!!」


――イレールが驚いたように御真弓様を見つめた


御真弓様はラズベリージャムを塗ったスコーンを一欠けら、百合の口元に差し出していた。

みるみる百合の顔が赤くなっていく。

「私もう……そんなことされるような歳じゃないんだよ?恥ずかし……」

「分かってるよ。今年で18歳なんだよね。はい、あーん。」

「そんなに冷静に頷かれても………う。……あ、あーん。」

彼女は困った顔で顔を赤くしながら、恥ずかしそうにそれにぱくついた。

(…………。)

痛々しいほどに切なげな視線が一瞬だけ横顔に刺さった。御真弓様はその先へチラッと視線を飛ばすと、イレールは視線だけを床に落としていた。

切なさと、そして、悔しさの感情が混じった表情を浮かべている。

(……それでいいんだよ。)

百合に向き直ると、絶対にもうしないからね!と言って顔を赤くしている彼女に、笑ってみせる。


イレールが食事を終えて一息ついた頃―――――

―――チリン!

店のドアが開いた。

「おはようなのぅ。」

「お邪魔しますよ~~」

来店したのは、ミカエラと――――おっとりしたたれ目の、癒し系オーラを放つ男性


 途端、イレールの顔が引き締められて、立ち上がって丁寧に彼はお辞儀をした。

「お久しぶりです。大天使ラファエル様。」

顔をあげると、敬意のこもった眼差しをその男性―――ラファエルに向けている。


「ご丁寧にどうも~。イレールさんもお久しぶりですねぇ~~。おやおや、朝食を邪魔してしまいましたかな~~?」

おっとり、ゆったり、軽くお辞儀して、ラファエルは笑った。

 彼の緑がかったセミロングの金髪は常に優しく光を放って、僅かにウェーブがかかり、華やかに彼の顔を覆っている。服装はまさに天使といったところで、古代ローマ人が着ていたような袖口の大きく広がる丈の長いウールの純白の衣に、その上から肩に、白く長いショールを巻き付けている。


「お兄さんと来店なのよぅ~、うれしいわぁ!!」


ラファエルの隣に立ったミカエラが、子どものように嬉しそうに手を合わせた。

(え?お兄さん?!ってことはこの人とミカさんは兄妹?で、でも、ラファエルって……あの結構有名な天使、ラファエル??)

 御真弓様はもちろん。百合も先ほどから目を丸くして、ラファエルにくぎ付けになっている。その視線に気づいた彼は、にこーっと微笑んだ。

「人間の女の子ですか~~見たところ怪我をしているねぇ~~少ぉし見せてくれますか~?」

「えっ?!あっ……大丈夫ですよ!!これくらい。―――って、あ……」

いきなり話を振られて反応が遅れている百合の右手を、ラファエルはお構いなしに取り上げて手のひらにのせて優しく包む。

彼の表情が、一変して、神秘的な面持ちになった。


「神に癒されしもの。水車を動かしベトサダの池をさざなみ立てん―――――」


―――彼の手の中、百合の指先を中心に、白くあたたかい光が放たれた。

痛みが、溶けてなくなっていくような感覚がする。

光の粒子がぱぁっと散って消えてなくなると、痛みも完全に消え失せた――――


ラファエルはさっきのおっとりした顔に戻って、満足そうに手を放す。

「痛く……ない。」

百合は驚いて、恐る恐る包帯を取った。

火傷は跡形もなく消え失せている。

「あ、ありがとうございます!」

「いいえ~~」

お礼をラファエルに言いつつも、百合はなんとなく残念な感じがして指先を見つめる。

(せっかくイレールさんが手当てしてくれたのに……な。)


 お茶を持ってきたイレールは、ラファエルとミカエラをカウンターに座らせて要件を尋ねた。その隣ではかちゃかちゃと音を立てながら、カウンター上を残り二人が忙しく片付けている。

「わざわざ大天使ラファエル様がこちら側にお越しになっているのには、理由があるのですよね?何か、神の啓示を授けに来たという訳でもなさそうですし……」

今までニコニコしていた天使二人の顔つきが幾分真剣に引き締まった。二人はチラッと顔を見合わせたのち、ラファエルがごそごそと肩にかけたショールの下から何かを取り出す。

―――「こちらを。」

そう言って彼が差し出したのは―――手紙だった。

真剣な眼差しを向けて、二人はイレールを見つめている。イレールは頷くと、緊張した面持ちで目を通し始めた。


――――彼の瞳が驚きで見開かれた


――「………これは私への挑発文ですね。」

百合がキッチンに食器類を片付けに行ったのを確認して、イレールは文面から顔をあげた。

ラファエルが真剣に言った。

「昨日それがわたしの所に匿名で届けられました。内容は一見すると天使への依頼文ですが、その文面の下にある絵は………あなたの杖ですよね?」


「はい。間違いなく私の杖――――Caduceus(カドゥケウス)です。」


――パラ……

イレールが手紙を裏返し、文面を二人に向けた。


手紙の内容は次のようなものだった。



 氏名:西永諒


上記の者は一つの肉体に二つの魂が共存す。

早急に然るべき処置を求む。この者の宗教がカトリックであるため天使に依頼する次第。



そしてその文章の下には、真っ二つに折られた、杖の絵がプリントされている。

――二頭の蛇が絡まったデザインの杖の画であった。


―――「これは本来なら商業と学問、及び錬金術などの神ヘルメスが持つ杖。別名ヘルメスの杖。しかしこれは今私のもとにあります……強力な魔力を帯びた武具は使用者によってその形状を変えますから、だいぶ形状は変化していますが……。この二頭の蛇が巻き付いた杖は、カドゥケウスほかならないでしょうね……。」

イレールが厳しい顔になる。

「やはり……イレールさんに関係あることでしたか………」


――それをキッチンのドアの隙間から窺っていた御真弓様は、ことを察して百合をキッチンで引きとめていた。


 ミカエラが口を開いた。

「わざわざお兄さんに匿名で送ってくるのも不可解なのよぅ……。普通はこういう天使への依頼文が、位の高い大天使であるお兄さん宛てに来るはずはないのよねぇ。本当ならもっと位の低い天使宛てに送るべきだわぁ……。」

妹の言に頷きながら、ラファエルは心配の念を込めた口調でイレールに言った。

「今のわたしは大天使としてではなく、ミカエラの大切な友人であるイレールさん達の身を案じて、こちらに来ているのですよ。ミカエラから聞きましたが、あなた達だけしか知らない空間にある、リュシーさんの墓に咲かせていた桜を散らして、再び力を手にしたそうではないですか……そしてそれは、あの人間の女の子の命を守るためだとか。不束ながら、わたしに何かできることがあれば、言ってくださいね……」

「ありがたいお言葉ですが―――」

イレールは心からの申し訳なさがにじんだ表情を浮かべて言った。

「――これは私個人の問題なのです。ミカエラ達は私と彼女のために友人として、四賢者として力を貸してくれているにすぎません。でも……天界で高位にあるラファエル様のお力を借りてしまっていることが万が一魔法界に知れ渡ってしまったら、ことが大きくなってしまいます。相手がどういう者かも分からない今、それは非常に危険です。」

「それはそうかもしれませんが……。」

「いいのです。私の大切な人を守るための戦いに、できるだけ関係のない方には武器を振るってもらいたくありませんから……。申し訳ありませんが、このことはご内密にお願いします。」

「……分かりました。わたしは見守っていましょう……あなた達の往く旅路を。わたしは治癒と旅人の守護者ですから。」

ラファエルは寂しげに言って、続けて言った。

「では、この手紙の指示に従うことは、何らかの罠である可能性がありますね……わたしは天使の職務を果たして、この依頼文を受けるつもりです。イレールさんはいかがなさいますか?」

「例えそれが罠だとしても、行きましょう。きっと四人いれば何があろうと対処できるはずですから。ミカエラ、よろしくお願いします。」

イレールはしっかりと返事して、ミカエラを見る。

「任せてなのよぅ!!パワー全開なのよ~~~!!!」

彼女は胸元につけたエメラルドのブローチをぎゅっと握りしめた。






――「では、今夜10時に向かいましょう。」

ラファエルの呟きは、まるで二人への宣告のようだった――――――――




 ミカエラとラファエルが一旦店を跡にして、店内にはイレールと百合しかいなかった。

御真弓様はクラースとのおしゃべりのため、屋根の上に行ってしまった。


――「さっきのお話は結局なんだったんですか?私がキッチンから戻った時には二人とも帰り支度をしていて、全く内容が分からなくて。イレールさんが手紙を受け取っていたのは見たんですけど……」

「あの手紙はラファエル様からの特注願いでしたよ。一つ自分好みのネックレスを作りたいそうで、本日来店されたようです。」

そうだったんですねと、相槌をうって、百合は目の前に座っているイレールをじっと見つめた。カウンターを挟んで向かい合っている彼は、忙しそうに書類に何やら書き込んでいた。はっと、今が空き時間であることを察して鞄から宿題を出すと、百合も忙しそうに手元を動かし始めた。


しばし、お互い無言で紙面と向き合っている。


――「国語ですか。」

 イレールが唐突に、宿題の内容を垣間見て尋ねた。

「はい。国語の先生、私の担任なんですけど、私のことをすっごく気にかけてくれているので、真剣に宿題をして恩を返そうと思ってるんです。」

彼女がその教師に親しみを抱いていることが、口調から感じられるような言い方だった。

「それでそんなに頑張ってるんですね。問題文に線がたくさん引いてあって、努力のあとが見られますよ。頑張り屋さんですね。」

そう言うと、イレールは手を伸ばして、百合の頭を軽くなでる。

百合は照れくさそうにしていたが、ペンを置いて、急に口火を切った。


「隣に……来てくれませんか?」


「え?」


「その………お願いします………」


何処か思いつめたような顔をしている。イレールは心配そうに、立ち上がった。カウンターの客側に回って、百合の隣の椅子に座る。

彼女はうつむいてしまっていた。

ぴくりとも動かない。

イレールはそっと腕をまわして、励ますように肩を抱いて、自分に少し引き寄せた。

肩が触れ合うほどに距離が縮まる。

「どうなさったんですか……?」

恐る恐る、百合の表情を覗く。


―――――彼女は、穏やかに微笑んでいた


「………っ!!」


美しいと感じた


普段の彼女とは違う。愛らしい微笑みではなく、女神のように神秘的な余情性を持った、微笑みだった。息を飲んで、ただただ見つめる。


不意に


その微笑みのまま、百合はイレールのほうに顔を向けた。


しっかりと目が合う


―――「私が見た夢の話、聞いてもらえませんか?」


穏やかな言葉だった。


イレールもそれを受けてふっと微笑んで、

「この間おっしゃっていた夢、ですね。小さくて短い夢だったとか……なんでしょうか?」

と、優しく言う。

「イレールさんだけに知ってほしくて、今まで言えなかったんですけど……やっと聞いてもらえるんですね………うれしいです。」

甘えるように、彼女は小さく呟いた。


「私だけに……教えてくれるんですか。それは、とてもうれしい言葉ですね……」


お互い、幸せそうに笑っている。



百合はゆっくりと話し始めた――――――――



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