17Carat 海底に沈んだ古の都 part4 last
死神アンクウは、表情一つ変えていない様子で―――馬車から降りた。
黒いフードで顔を隠した御者が二頭の馬の手綱を引く、その二輪馬車を後にして、クラウンのもとへゆっくりと歩み寄った。
その手にはギラリと光る真っ黒い死神の鎌が握られている。
―――「本キ?」
彼はいぶかしむように頭蓋を傾け、二つの眼窩の奥の炎を拡大させた。
発した声はひょうきんなものではなく、威厳を含んで、目の前の者の意志を推し量るような声だった。
クラウンは口元をキッと引き結んでいたが、重々しく口を開いた。
「本気さ。名を捨てたあの日―――私はデスサイズをも捨てた。本来ならば……そんな者は、“死神”とは認めてもらえない………私は死神族を死神たらしめる三つの条件を満たせていないのだから―――」
彼は肩を微かに震えさせた。
そして、絞り出すように目の前の神に決意を述べる。
「死神族は皆、この世に生を受ければ一人一つ、必ずデスサイズを与えられる。その鎌で魂を狩り、人を死の門へと導く者が死神。いわば、そのことへの自覚と、それを成し遂げる道具としてのデスサイズを有する死神族のみが、死神と名乗ることができるのだから………そして――――何より…私は純血の死神族ではない。純血でない者に、“死神”と豪語することは許されない。」
彼は寂しげに小さく続けた。
「――――ハーフは……魔法界では肩身が狭いからね。」
仮面を片手で覆って押さえる。
「私は人の命を“死神”として狩っていた。しかし、人の死を目の当たりにする日々は、私にとっては地獄でしかなかった……。全ての、如何なる種族にも、死の刃を下ろさなくてはならない……生きたいと願う生へ執着する純粋な思いを冷酷に無視して、冷たい鎌を振り下ろす……その度に自分の喉元をえぐるか、内臓をかき回されるに似た、耐え得ぬ激痛が、体中に、心に、走る――――」
押さえた仮面の下で、ひそかに彼の瞳が閉じられた。
「――そんな私に、リュシーは手を差し伸べてくれた。」
口元に、わずかに笑みがにじんだ。
「リュシーは揺るぎない大きな信念の旗を掲げ、友人たちとともに私を迎えに来てくれた。」
サラ………
――――彼の、白い簡素な仮面が取り外された―――――
彼は前髪の下に手を移して、両目を覆う―――――
垂れ落ちた銀糸のような前髪が、形の良い指にかかった。
「それ以来、私の鎌は人の命を狩るものでありながら、命を守る刃になった。その刃は友人の命を生かして―――誰も殺めない、あべこべの刃―――しかし」
再び口元から笑みが消え、声音が僅かに低くなる。
「―――心のどこかで…デスサイズを持っている限り、私はリュシーの指し示してくれた道には立っていないような気がしていた……ずっと葛藤していた。デスサイズは人の肉体から魂、即ち心を切り取る…死にゆく者が最後に受ける刃ということは変わらない。捨ててしまいたかった…それでも、デスサイズは私を、死神たらしめる最後に残った要素だった。そして、友人を守る刃……この刃を手放すことは、どうしても…惜しい―――――」
ニタァ……
陰気な気持ちを払うかのように、彼はニタリと笑った。
「―――と、昔は悩むに悩んでいたよ。」
口角は至福を噛みしめるかのように、緩やかに上がっている。
「―――やがて―――私は、死神としての自覚がなくても、デスサイズがなくとも、純血ではなくとも……死神と堂々と名乗れるようになった。だから刃を捨てた。」
うつむきがちにして顔を隠しながら、彼は仮面をつけた。
腕をしっかり組むと、平生の不敵な笑みが口元にニヤッと広がった。
「私はLa mort inverse(逆さまの死神)!!あべこべの“死神”だ!」
じっと聞いていた死神アンクウは、ニタニタと、笑っているかのように顔を傾ける。
クラウンもますます不敵な笑みになった。
「デスサイズは魂を狩り、命を奪うものだが!おどけものの私が振れば命を生かす刃に変えることができる!!『その鎌はもはや死神を死神たらしめるための要素』ではない!La mort inverseだけが持つ逆さまの、『人を生かす死神』の刃!!」
クラウンは堂々と言い切った―――
「今も私の中で生きる愛しき恋人リュシーが指し示してくれた生きる道だ!!!さぁっ此度!その刃を今一度ここへ光らせよう!!!!!」
――――イレールたちは、長い階段をやっと下り終えた。
艶めかしい媚びるような声が、四人と一匹を出迎える。
―――「おそぉい。もぉ~遊びの時間はこれからでしてよぉ?」
―――「………ッ!!アーーーエス……………ッ!!!!」
イレールがアーエスの後ろに百合が囚われたガラス壺を見つけて、怒気を含んだ声で呟く。
いつも穏やかでいて優しい言葉を紡ぎ出すその声は幾分凄味を帯び、怒りを律して押し殺しつつも、憤怒を隠し切れずにいる。
気を失ったままの百合は、肩まで水に浸からせて、ぐったりと肘掛椅子に座っている。冷たい水に体温を奪われて、顔色がさらに青ざめてしまい、長い髪は水中でユラユラとたゆたい、水は中へと髪を絡めとっていく。あきらかに、注がれていく水量が増して、死へと迫る歯車も加速している。
「あんまり遅いから、水量をあげてしまいましてよぉ~~」
真っ赤なルージュを塗った口元を、閉じた扇子で隠して、アーエスは自分を鋭く睨む四人と一匹に不敵な笑みを投げかけた。
彼女はアハハハっと不気味に笑って、歪んだ口元をさらに歪ませる。
「そうだわ!面白いものを見せてあげましょう…きっと……もっといいお顔になってくださるわ。特にそこの殿方お二人には、ちょっぴり刺激が強すぎるかもしれないけれど…フフ…お二方の目を見れば分かりましてよ。あの少女への恋慕の情が含まれていることくらい………!」
扇子でイレールと御真弓様を鋭く指し示す。
「この子ねぇ~わたくしに捕まったとき、とぉ~~~~ってもきれいな声で、こう言ったの。」
アーエスは胸の目でわざとらしく手を組んだ。
「お願いっ!!私を助けに来た人たちを絶対に傷つけないでっ!!!!私はどうなってもいいからぁっ!!!」
―――それは、百合の声だった
彼女の純粋で無垢、優しさを秘めた、聞いていて心地良い澄み渡った声が、妖女アーエスの口から零れ、た。
「ふざけるなぁああああッ!!!」
――――スパッ!!!!
御真弓様が、怒りに身をゆだねて鋭く叫び、アーエスの眉間めがけて矢を放った。
それは真っ直ぐに彼女の眉間を射抜いたかに見えたが、彼女は一瞬にしてひらりと避けた。
ジョルジュがアスカロンを振るい、ミカエラが竪琴の音の振動で切り付けようと弦をはじく。クラースは羽を石膏に戻し、刃のようなその羽根を撃ち払い、切るように飛ばす。イレールはきりきりきりっと目をつり上げながら、指を鳴らし、クリア・サファイアの鋭い弾丸のような槍を降らせる。
一斉に、戦いの火ぶたが切って落とされた。
薄暗い洞窟のようなその場所に砂埃が舞い、標的を失った攻撃の、岩をも砕く破壊音が地響きのように響く。
アーエスは狂った表情を浮かべながら、攻撃を踊るようにかわし、なおも百合の声で話し続ける。
「そんなにお怒りになってくださるなんてっ!!これよっ!これが見たかったのっ!!!凛々しい目をして切りかかる!殿方たちの勇猛果敢な英雄叙事詩………!!あら、そうそう…一人邪魔者がいましてね――――」
アーエスの見開かれた瞳がカッとミカエラをとらえた。
「――――ッ!!」
ミカエラは急いで弦をはじこうとしたが、一気に間合いを詰められた――
―――ザシュッ!!!
「きゃあああああああっ!!!!」
鋭い蹴りが弦にそえられた右手に入り、彼女は後ろに弾き飛ばされて竪琴を落とす。
カラッ!カチャンッ!!
竪琴は石壇の床に金属音を立てて地に落ち、倒れたままミカエラは苦しげに、腫れ上がった手をそこへと伸ばした。アーエスは楽しげに彼女へと詰め寄っていく。
「アハハハハハッ!!ダメよ拾っては。その竪琴は耳障りなの。叙事詩のワンシーンを彩る音楽には不似合いだわ!彩の音楽は破壊音だけでいいのっ!!!」
再び、ミカエラに蹴りを入れようとした時だった―――
―――ザンッ……!!
ジョルジュがアーエスの背中を容赦なく切りつけた。
「あら、いけない。油断していましたことよ――――」
ドサッ………
アーエスは大きく前に倒れる。
その隙にイレールはミカエラを抱き起した。
「ごめんなさい……わたしの魔力がアーエスを上回っていれば…曲を演奏して動きを止められたのだけれど………」
彼の肩を借りつつ、ミカエラは立ち上がると、悔しさを押し殺すように言った。
「その歯がゆい思いは、私達も同じように強く感じていますよ……」
それより、と、イレールは冷静に言って、アーエスのほうを睨んだ。
ジョルジュも依然としてアスカロンを、倒れているアーエスへと構えている。
――――アーエスは、むっくりとだるそうに起き上がった
「もぉ~痛くはないけれど、衝撃で体勢を崩してしまうの。ドレスも乱れてしまいましてよぉ。」
ドレスについた砂埃やしわを払いながら、アーエスは子どもに言い聞かせるような口調で言った。彼女の背中は無傷で、傷つけられた跡すらない。
「切った手ごたえがねぇと思ったら、やっぱあんた死んでんのか。魂だけの状態でこんなとこに引きこもっちまって、ごくろーなこったなっ!!」
ジョルジュが威嚇するように言った。
アーエスは少しむっとしたように言い返す。
「ここはわたくしだけの世界なの。生きていたころのままでは面白くないから、中世風に町も造り替えましてよ。ここに残った霊体は皆わたくしの下僕にして、町を華やかに歩いてもらっているわ。王女アーエスは、時を統べて民を統べて、今はこの世界の女王に君臨しているの。」
ジョルジュの表情がその言葉に険しさを増し、アーエスの喉元へとアスカロンの切っ先を向ける。
「王族がそんなんじゃあ、この都市国家が堕ちたのも納得だな。民は王族の小間使いじゃねぇんだ……!まして人の命をなんだと思ってんだよ!本当ならそいつらは今、それぞれ新しい生を歩んでいるはずなんだ………!!!」
犬歯をのぞかせ、ヴァンパイアの凛とした瞳が大きくつり上がる。
アーエスは不機嫌そうに睨み返すと、手にしていた扇子が短剣に変わった。
「なによ偉そうにっ!純血のあなたたちには分からないはずでしてよっ!!」
声がアーエスのものに変わった。
短剣を振るい始め、ジョルジュと鍔迫り合いの接戦を始める。二人は激しい刃がぶつかる音を立てながら、互角に張り合う。
その隙にイレールは百合のもとへと向かい始め、他の者はジョルジュとイレールを援護する。
水はすでに百合の首元まで迫って、残された時間は残り僅か―――
(大切な貴女を…こんな目に合わせてしまうなんて………!)
百合の命の炎が消えかかっているその様は、イレールの心を痛めつけ、憤怒させ、己の不甲斐なさに吐き気がするようだった。
「行かせないわぁああああああ!!!」
アーエスが怒りを露わにして、後方から攻撃していたクラースと御真弓様、ミカエラに胸元から取り出した短剣をそれぞれ投げつけた。三人はそれをかわしたものの、体勢をくずして援護が一瞬止まる。ジョルジュがその隙に剣を振るうが、素早く短剣で受け止められた。
にやりと、アーエスは狂ったように笑った。
「もういっそ……わたくしの手でビスクドールを壊してしまいましょう……傷つけてしまうけれど…もういいわ。あの方がここへ戻って来てくれなくても……わたくしはこれからもここで女王であればいいわ………ハーフのわたくしは多くを望んではいけないの……」
片手でジョルジュの刃を押さえながら、アーエスは魔力を込めて百合のもとへと短剣を投げた―――
「イレーーーーーーーールーーーーーーーーーーーー!!!!くはっ!!!」
ジョルジュが叫んで彼に危険を知らせたが、アーエスが力強くアスカロンを短剣で払い、その勢いでジョルジュは後ろへはじかれる。
「陛下っ!!!―――くっ……魔力のこもった短剣ですかっ!!」
イレールは指を鳴らし、石壇を壁の形に変形させて、短剣の行く手を遮ったが、その短剣は石壁をも砕いて突き進み始めた。
真っ直ぐに、百合の体を貫こうと刃が光る―――
(私の今の魔力では……何をしても止めることはできない……それなら―――)
「―――――――百合さんっ!!!!!」
彼は短剣の前へとその身を差し出した―――――
魔法族たる自分なら、何とか死なずには済むだろう―――――――
彼女のためならすべてをかけて――――――
彼は目をつぶった
カチャーーーーーーーンッ!!!
痛みはなかった
代わりに、金属を切り払うかのような金属音が、体に響いた―――
イレールはハッとして、目を開く
――――昔、自分の命を幾多も救ってくれた、銀の刃が光っていた
―――「遅れてすまなかったね。」
赤を基調としたスーツに、カラフルな袖口の刺繍。赤紫の肩ショールに、銀糸の髪がさらりと流れた。おどけた派手な背中は、実兄のように昔から、そして今も変わらず心強い。
「クラウン………」
イレールは心からの安堵の声をあげる。クラウンはパサッと、近寄ってきたジョルジュにシルクハットを投げ渡した。
「持っていておくれ。大切な一張羅なんだ。」
彼はへへっと笑って、それを受け取る。
「もちろんだぜ。」
イレールとジョルジュはアイコンタクトをとって、百合のガラス壺を破壊しにかかる。
アーエスは再び百合に向かって短剣を投げた。
「おっと、させないよ。」
カチャン!!
クラウンはいともたやすくデスサイズでそれを払う。
「デスサイズは、いかなる魔力をも打消し、それを害することができる。人間だけでなく、魔法族の魂をも狩らなければならないからね。」
大きな鎌を肩にかけて、クラウンはこちらを睨みつけているアーエスに、不敵な笑みを投げかけ歩み寄り始めた。
―――「私の友人たちをこんなに傷つけた罪は重いよ?私は女性には特に優しいつもりなんだが、君には少しお灸をすえてやりたいところさ。」
いつものおどけたご機嫌な声でないそれは、死を司る者としての威厳にあふれていた。
アーエスは負けじと睨み返しつつ、吐き捨てるように言った。
「この気配ッ!あなたもハーフなんじゃないッ……!じゃあ分かるでしょうッ?!妖精と人間のハーフであるわたくしの絶望がッ!!わたくしたちが魔法界でどんな扱いを受けるのかッ!!」
クラウンはじりじりと彼女との距離をつめていく。
「あぁ。『あの頃』はつらかったさ。好奇の目で見られ、どちらの種族にも属さないまがいものだと見下され。ハーフへの差別なんて当たり前だったからね。」
そう言いながらも、口元は微笑を含んでいる。アーエスはそれを驚いたように見つめていたが、悲痛そうに頭を揺らしながら言い放つ。
「今はつらくないみたいに言わないでくださる?!!わたくしはここでひっそりと生きるしかないのっ!!魔法界に居場所がないのだから、この世界で自分の心安らぐ世界に居られればいいのっ!!!それ以上は望まないわっ!!!!」
「そうかい。ずっとこの世界に引きこもっていたから、何も知らないんだね……。私達のことも、この世界が変わったことも………」
クラウンは大きく鎌を振りかぶった―――――――
―――ガシァアアアアアアーーーーーーーンッ!!!
クラウンがアーエスと対面している間に、ジョルジュはガラス壺を破壊した。
滝が流れる勢いで水が周囲にまき散らされる。
イレールはその水流に抗って身を濡らしながら、百合を横抱きにして身を寄せた。
「百合さんっ!!!よか……った。」
片膝をつくと、彼女の呼吸を確認する。
彼女は呼吸をしているものの、意識が戻る気配はなかった。
イレールは百合を横抱きにしたまま、その頭の後ろに手をそえて、自分の胸に百合の顔を抱き寄せる。
ジョルジュはアスカロンを軽く払って意識を集中させると、百合とイレールの服を乾かしてやった。
「なぁイレール。お前は百合に信頼されてると自信をもって言えるか?」
「もちろんです………私と彼女の絆は、確かにここに固く築かれています……!」
目をぎゅっとつぶって、彼は悲痛そうに答える。だったらさ、とジョルジュは続けて、僅かに微笑んで言った。
「お前はさ……普段百合を抱き寄せるなんてこと、気持ちに歯止めがかかって絶対にできねぇだろ?でも今はできてる。目覚めたとき、真っ先にお前の顔が目に入ったら…その子は最高に安心できると思うぜ。今はそれを理由にして支えてやれ……だから、その腕は絶対に離すなよな……?」
イレールは悲しげに目を開けると、幼馴染みを見上げた。
「……ありがとう、陛下。」
腕に少しだけ力を込めて、愛しい者を、彼は抱きしめた。
―――グサリ……
クラウンが振り下ろした大鎌が、アーエスの胸を貫通し、石壇に切っ先が刺さった。
―――アーエスの表情は穏やかだった。
クラウンは鎌を上に振り上げ、その体から鎌を器用に引っこ抜いた。
―――カチャ……ン
銀の刃に何かがぶつかる音がして、アーエスの体にできた大穴から、両手に収まるほどの大きな赤い結晶体が輝きながらこぼれ出る。
フッ――――
アーエスの肉体が跡形もなく消え、クラウンは素早く宙に舞ったその赤い結晶体を受け取った。
「肉体はとうに消滅していた君は、魂のみの存在。もはや心だけの存在だったわけかい……。」
彼は穏やかな口調で、その結晶体へと語り掛けた。
「君の宗教はドルイド教か。輪廻転生を認めているね……。安心なさい、君の次の生が生きるこの世界はもう、種族で差別されることはない。輝きに満ちた世界さ――――」
逆さまの死神は、優しげにつぶやく
「―――リュシーが、そして私達が成した、全種族が調和した世界なのだからね。」
~~~
「お世話になります。死神アンクウ様。」
「またまたァ~~サンティエ……こほンッ!!イレールさん、様なんテ、ボクにつける必要ないヨゥ。フレンドリーに行こウ!!」
―――パチンッ!!
ヒヒーーーーーーーーーーーン!!!
死神アンクウはイレールに睨まれて、慌ててイレールさんと言い換えた。
イレールたちは今、死神アンクウの大きな二輪馬車に乗って、天空を移動している。夕闇の迫る空に、不気味な死神の馬車が駆けて、戦いに身を、心を痛めた彼らを、安らぎの地まで運んでいる。
依然として百合はイレールの腕の中で、未だ気を失っている。しかし血色は少しずつ良くなっているのが見て取れた。イレールは愛おしげに膝の上に横抱きにした彼女の頬を撫でた。いつもつけている白い手袋は取って、直接その手で触れる。肌理の細かい柔らかな頬は、ほんのりと温かみを取り戻しているのを感じて、イレールはますます優しげに微笑む。
「ちょっとイレールさんっ!!人目を気にしようよ!!日本だと白い目で見られるよ!!」
御真弓様は面白くないので、声を少し荒げながら、ムッとした様子で言った。
「今だけ許してあげてくれるかしらぁ~~ゆりちゃんが起きていないからこそ、できていることなのよぅ?」
ミカエラがおっとりした口調でそれをおさめる。
イレールは苦笑いしながら、その通りですと言った。
「しかも、理由がないと、こんな風に…抱き寄せることもできない性分ですよ……」
あまりにも彼は寂しげに言うので、御真弓様は押し黙った。
クラウンはニヤニヤしながらその様子を見ていたが、死神アンクウに懐から取り出したアーエスの心である赤い結晶体を渡した。
「あとはよろしく頼むよ。その袋の中の、イスの人間たちの魂と一緒に導いてやっておくれ。」
死神アンクウは、サンタが持つような真っ白い大きな袋を背から下ろした。
その中には、形も色もさまざまな結晶体が無造作に放り込まれている。彼はクラウンから受け取ったそれを同じように無造作に入れると、袋の口を紐できつく結んだ。
「了解ィ。この騒ぎに便乗しテ、イスの町の人間の魂が回収できちゃっタからネェ。感謝してルヨゥ~~!!それよりさァ、次はいつ飲もうカァ?」
「おお!!いいねぇ~!!じゃあ――――」
飲み仲間である二人は会話を盛り上げ始めたが、クラウンは心の中で密かにつぶやいた。
懐のなかに、彼はアーエスの心の結晶のほかに、もう一つ隠している物があった。
―――それは、蒼黒いダイヤモンドのペンダント
アーエスがつけていたものだ。
(これは……何か恐ろしい力を秘めているものだね……。たまゆらに戻った平穏をかみしめている今は、言いだせない。それはとても酷なことだ。)
彼はちらりと、イレールと百合を交互に見やった。
(もう一度、私達は武器を、そして力を、手にしなければならないだろう。でもイレール、お前はそれに……自分の、もう一つの一面をその子に知られたくないお前に――――耐えられるだろうか………?)
クラウンは夕闇の迫る空を見上げて、仮面の下の瞳を険しく光らせた。




