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イレールの宝石店  作者: 幽玄
第二章 魔法族は星のもとに集う
48/104

17Carat 海底に沈んだ古の都 part3

ガチャガチャガチャッ!!


大きな欠伸に興じているミカエラの背後から、再び甲冑の兵がこちらへと迫る足音が聞こえてくる。


「―――っとぉ!!いけないわぁーー!!天使のこもりうたぁ~~」

すぐにミカエラはぱちっと目を開けて、すかさず竪琴へと指をなぞらせた。


ポ…ポロン…ポロロロン…、ポロン…


子守唄のようなその旋律は、張りつめた糸を断ち切るかのように、緊迫した空気をほぐしていく――――

 黄金に輝く彼女の竪琴には音を増幅させる共鳴箱部分に、大きく月桂樹の枝が巻き付いた十字架の彫刻が施され、十字架の十字部分に、大粒のカボション・カットのエメラルドキャッツアイがはめ込まれている。その弦はミカエラのきらびやかな金の髪のように細くとも一本一本を確認できるほど輝かしく光っている。弦をつないでいる支柱部分は、少し湾曲し、ケルティックハープに似た形をしている。

うっとりと優しげな表情を浮かべながら目をつぶり、吟遊詩人のように、ミカエラは弦をその手に軽やかになぞらせて、安息の調べを奏で続けた。


ポロン…ポロロ…ン…


その調べは謁見の間の隅々まで壮麗に響き渡り続ける。神の使いたる者の御手が優雅に、ながれるように金の弦を震わせるたびに、空気が清められ、その空間全体が浄化し尽される。


呆気にとられた様子の御真弓様に、イレールがつぶやいた。

「彼女は私の友人の天使です。あの竪琴は古代ケルトの三位一体神、エスス、タラニス、トゥタテスという再生と豊穣の神の加護が宿った聖なる竪琴。ケルトの神々からすれば異教の存在である天使を認めた証として、彼女が賜った物です。音程を切り替えることで、眠りへと誘う曲、悲しみの涙を流させる後悔と悲嘆の曲、喜びに魂を震えさせる歓喜の曲を自在に演奏することができます。」

「………異界の者は…本当に侮れないね……。」

彼はその旋律に聞き惚れながらも、今自分が相対しているアーエスの能力のことを思うと、少し寒気がした。



ポロ……ン…


ガチャ…ン…バタッ……


最後の一体が、ゆったりと倒れた。


ミカエラが安堵の息をつきながら、竪琴から演奏の余韻を残すように、しとやかに手を離す―――

 光る睫毛を震わせながら、彼女は穏やかに目を開き、地に横たわっている甲冑の兵士たちをぐるりと見回した。

 謁見の間は、イレールの魔法によって大理石の床は捻じ曲げられ、とがり、残骸が四散し、甲冑がばらばらに砕かれて、戦闘の激しさを物語っている。

ミカエラは友人の無事に改めて天に感謝すると、彼らに言った。


「ゆりちゃんの気配は、この宮殿の遥か下から感じるわねぇ……地下があるみたいだわぁ。」

口調はおっとりとしたものであったが、たれ目がちのエメラルドの瞳は、凛としたものに変わっている。

彼女は二人をじっと見つめると、しっかりとした口調で言った。

「大抵、王の私室か、その近くには地下へと続く隠し通路があって、緊急時に避難する隠れ部屋があるものよ。そこにきっとゆりちゃんは囚われているわ。ゴシック様式の城ね…たぶん案内できると思う。」

二人は頷くと、彼女に続いて、城の内部へと駆けだした。

城の内部は赤い重厚な絨毯が廊下一面に広げられ、豪華な調度品が並んで、城の外見に負けず劣らずの華やかさ。



「百合さんの命にかかわるほどの水が、あの水瓶を満たしてしまうには、三時間程度かかるはずです。」


走りながら、イレールはこれまでのいきさつをミカエラに話した。一瞬ミカエラの眉がピクリと上がったが、すぐに落ち着いた顔になって、彼女は場を慰めようと思って御真弓様と挨拶をかわす。

「そう。あなたは御真弓様と言うのぅ。音の整った名だわぁ~。でも、ちょっと堅苦しいわねぇ。何かあなたにぴったりのニックネームを考えてもいいかしらぁ?」

御真弓様は一瞬きょとんとした顔になったが、緊迫した状況下でも冷静に自我を保っている彼女に尊敬の念を抱いて、口角を少しだけ上げた。

「お願いしてみようかな。大丈夫だと思うけど、ミカエラさん。変なあだ名は考えないでね。」

ミカエラは後ろにいる彼へと振り返って、軽く微笑む。

「もちろんよぅ~~!」

彼女は建築様式から、内部構造をおおよそ予想することができる。そのため、先立って王の私室があるであろう場所へと二人を導いて走っている。

イレールが御真弓様の耳元にそっと告げ口した。

「ミカエラは……自分の住んでいるアパートの隣人が飼っているプードルに、『ギルガメシュ』と秘かに名付けるような方ですよ………」

「えっ…………」

御真弓様はひきつった笑いを浮かべたが、ミカエラが急に立ち止まったので、すぐに気を取り直して足を止めた。


――「ここよ。」

ミカエラは王の私室へとつながる豪奢な廊下の、壁の一角に手をのせた。

「このあたりの壁一帯は、天井と床に対して僅かに歪んでいるわ。」

良く見れば、その壁は床と天井との境目が平行ではなく、歪みが見られる。

ミカエラは手にした竪琴の弦を震わせるようにはじいた。


「音の振動は時として、大地の揺れに匹敵するほどの破壊力をもつものよ。」


ポロポロポロロォ~ン


ユラユラユラ……


ビブラートのかかった澄んだ音がして、壁の表面がユラユラと波打つように振動したかと思えば、



―――ガラ……ガラガラッ!!!


壁は噴煙をあげながら崩れ落ちる。


「さ、やっぱりこの下からゆりちゃんの気配がするわ。足元に気を付けつつ、急ぎましょう!」


 三人は壁に空いた穴から現れた、古びた石造りの階段に足をかける。

そこは地下深くまでのびていく暗い洞窟を彷彿とさせる空間であった。薄暗い洞穴は、巨大な怪物が大口を開いているようだ。通路は三人が並んで下へと向かえるほど広く、所々に松明が燃えて足元を照らし出している。それは蛇の赤い舌のような炎。燃え盛って、奥へ奥へと、彼らを誘うかのように揺らめく。


タッタッタッタッ……

三人は迷うことなく先を急ぐ。しかし、やがて御真弓様が口を開いた。


「さっきから同じ景色が続いて……果てがあるのか不安になってくるよ………」

駆ける足は止めず、階段の先を伺おうと彼は遠くを睨みつける。

「確実に気配は近づいているのだけれどねぇ……」

ミカエラが走りながらもそれに相槌を打った。


視界の隅で、流れていく


壁、壁、壁―――――――――――――


そして、時々その視界をちらつく


灯火、灯火、灯火――――――――――――――



視界の隅で、グレーとオレンジの線が暗闇にのびていく――――



それをくり返していると、同じところをぐるぐると廻っているような錯覚がして、意識がもうろうとする。

御真弓様とミカエラの表情に、苦しみの色が浮かんでいる

(これは……まやかしの世界なのでは……?)

イレールも頭が真っ白になりそうな感覚に耐えつつ、辺りを探ろうと神経を研ぎ澄ませ始めた時だった―――



――――「おっ前らぁっ!!相手の策にお行儀よくはまってんじゃねぇよーーーーーーー!!!」



―――バリィイイイイイイイイイイイイイイイイーーーン!!!


ぶっきらぼうな、聞きなれた声とともに


視界にガラスを割った時のような破片が舞った――――



パラ…パラパラ……

破片は、地に落ちると細かい粒子となって銀に輝いた。


刺繍たっぷりの黒いベルベットのコートに、うねる炎のワインレッドのミディアムの髪、鋭いアメジストの瞳が澄む。チャキッと音が冴えて、銀の(つるぎ)が胸の前に構えられる。

赤黒いヴァンパイアの羽が気高くバサリと広がった。




「よぉ。お前ら。遅れて悪かったな!!」



―――ジョルジュが聖剣アスカロンを構えつつ犬歯をのぞかせ、フランクに笑った。


「助かりましたよ、陛下っ!」

イレールはにこりと笑ってお礼を言いつつ、周囲を見回した。

彼らが立っていたのは階段ではなく、松明で隙間なくぐるりと囲まれた、石造りの小さな怪しい部屋であった。

「ここの女王様はどえらい魔力をもってんな。オレもお前らと行動していたらだまされていたと思うぜ……外から駆けつけて来たから術に捕まらずに済んだだけだな。」

ジョルジュは悔しそうにアスカロンの柄をぎゅっと握った。


そこへクラースが遅れて飛んできて、差し出されたイレールの腕にとまる。

「お疲れ様です。こちらと魔法界を飛びかって疲れたでしょう?」

「気にするな。」

クラースがそれより――と続けた。

オッドアイの瞳が真剣さを増す。



「道化がすぐにこちらへ赴いて、場を収めてくれるだろう。死神の鎌を携えて。」



――――――ッ!!!!



イレール、ミカエラ、ジョルジュが目を見開いた。

三人とも瞳を揺らして動揺を隠せないようだったが、イレールが急ぎましょう…とだけ一言言って、その部屋の一角からのびる階段へと再び、向かって行った。


(…………あなたたちのこと、百合さんを救い終えたらしっかり教えてもらうからね!!)

御真弓様は、そう心の中で呟いて、彼らの後ろへと続く。






―――時は少しさかのぼる



クラウンはクラースとともに、イスの街並みを急いでいた。

「――――あの城から、百合とイレールたちの気配を感じるが……しかし――――」

クラウンの口元が苦々しく歪められた。

「これほどの力を持った相手とは……ッ!!これでは、私達四人がそろっても――――全員無事では済まされないッ!!!今の私達では、普通に相対してもかなわないッ!!!」


―――スタッ!!!

彼は唇を噛みながら、軽やかに城門へと降り立った。



―――「あレェ?クラウン兄貴じゃないノォ~?」



「ヒヒィーーーーーーーーーーーンッ!!」


キキキキィッガタガタガタガタッ――――


ひょうきんな声、馬の鳴く声、油の切れた車軸のきしんだ音が城下から響いた


クラウンは何かを思いついたようにニヤッと笑って、城下へと飛び降りた。

「道化よッ!今は戯れをしている場合ではないっ!!」

クラースが猛々しく叫んで連れ戻そうとする。

飛んでいるクラースに向かってクラウンは再び笑ってみせると、

「―――大丈夫だ。恒例行事の『ご機嫌な挨拶』をし合う気持ちには、道化の私もさすがに今は、ならない。そうではなくて――――これはけじめ、さ………」

最後の言葉は少し寂しげであった。



「―――アンクウ!!逆刃のデスサイズをっ!私は仲間の命を生かすため―――今一度

"死神"として魂を狩ろう!!!!」


クラウンは決意のこもった声で――――死神アンクウへと言い放った。


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