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イレールの宝石店  作者: 幽玄
第二章 魔法族は星のもとに集う
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17Carat 海底に沈んだ古の都 part1

「イスの都が海の底に沈んでから、パリに匹敵する都はなくなった」


「パリが海に沈むとき、イスの都はふたたび姿をあらわすだろう」


―――――――フランス、ブルターニュの旧いことわざ




17Carat 海底に沈んだ古の都




 真っ暗な洞窟内に、ここで死したのか、漆黒の外套(がいとう)姿の長身(ちょうしん)痩躯(そうく)の骸骨が岩壁に寄りかかって座っていた。白骨化した四肢をだらりと砂地に投げ出して、頭蓋にぽっかりと空いた二つの眼窩(がんか)と、むき出しの歯が柵のように並ぶからりと半開きにされた口腔は、覗きこめばめまいがするほどの底知れぬ闇が渦巻いており、なんとも不気味な姿である。

微かに海のさざめく音が洞窟内に響いている。ここはどうやら海辺の洞窟のようだ。

この骸骨はここで波音に揺られながら、やがて自然に返っていくのかに思われたのだが、


――からり

頭蓋骨が、風もないのに右に大きく傾いた。


から、からから……から


骨がきしむ音を出しながら、俯きがちにむっくりと上半身を岩壁から起こして、外套からのぞく白骨化した右手で、骸骨は頭を押さえ始めた。とがった歯が並ぶ左右に引き開いた口が、カタカタと鳴る。


―――「あァ………飲み過ぎタァ…」

深淵の闇が広がる空洞の口腔の中から、ひょうきんな声が、洞窟内に響いた。

骸骨がしゃべったのだ。この骸骨は、いわゆる、『人ならざる者』らしい。


「あの道化死神と飲むト……二日酔いは確定だヨゥ……。どんどん調子にのせられてしまウ…楽しいからプラマイゼロだけドォ…」


同じように真っ暗な空洞の眼窩の奥に、蝋燭の炎のような、ぼうっとした明かりが灯り、暗闇の中に二つのぼんやりとした光が現れた。

「……この洞窟は、古の若者たちの墓場だったナ…頭がひんやりして覚醒すル。彼らを狩ったのはボクだったからネェ~~」


ひょうきんな声の骸骨は、その場に、仰向けに横になった。

関節を曲げるたびにポキポキと歯切れのいい音がする。

外套の下をあさって、紙の繊維がほどけてすっかりボロボロになった本を取り出すと、二つの眼窩の炎が勢いを無くしたように小さくなった。


「久々におとぎ話を読もうかナ。昔を懐かしもウ。死神仲間と再会した後は、センチメンタルな気持ちになル…。」


―――骸骨は空洞の眼窩の前に本を持ち上げて、目を通し始めた。




むかしむかし、フランスがまだガリアと呼ばれていた、5世紀のこと。

ブルターニュ半島のドゥアルヌネ湾の漁港近くに、Is(イス)と呼ばれる大きな都がありました。

海より低い、埋立地に立つその都市は、鋼鉄の堤防に囲まれて、水門によって海の氾濫などの水害から、国を守って、おりました。


 海上商業を支配して、栄華を誇ったこの都市は、もっとも華やぐ最盛期。リュテスという都市の人々は、イスの繁栄をうらやんで、リュテス、という名を変えることにしました。“Par Is”というIs(イス)の都を意味するケルト人の語を採用して、自分たちの都市を、イスに近づけたのです。これが縁か理か、時は流れてその都市は、今や木々に花華やぐ花の都Paris(パリ)。イスは現代にも密かにその姿を残す、古の都。


時代は戻って5世紀に。

 当時イスの都を治めていたグラドロン王は、都を水害から守る水門の黄金の鍵を袋に入れて、いつも首から下げておりました。王は妖精と婚約し、娘を一人授かりました。彼女はアーエスと名付けられ、白雪のような頬に波打つ金糸のような髪をもつ、美しい王女へと成長しました。蝶よ花よと育てられた王女。しかし、自分の美しさに溺れた王女アーエスは日夜遊行にふけり、都市は享楽の町へと変貌したのです。豪奢な衣装をまとった人々が、昼間から酒場にあふれ、都市の者たちであふれかえっていた大聖堂は祈る者を失い、荒れ果ててしまいます。その時の王は一人キリスト教に心酔し、国の政治から関心をなくしておりました。妖精の王妃は姿を消し、誰も王女を気に留める者はおりません。

とうとう、堕ちた王女は倫理観が崩壊し、人の命まで弄ぶようになりました。妖精の血が半分混じった王女は魔法のマスクを仕立てあげ、気に入って連れ込んだ若者に飽きれば、そのマスクをかぶせ、窒息死させるようになったのです。

死体は、王に見つからぬよう、内陸の洞窟に隠しました。洞窟内には毎晩一人ずつ死体が増え、洞窟内の天井につくほどにうず高く積まれ、異臭が立ちこめたといいます。


ある祭りの夜、腐敗したイスの都の舞踏場に、長い黒髪の貴公子が現れました。

 貴公子は真紅の衣装を身にまとい、両眼は怪しげな黄色い光を放っておりましたが、不思議な美しさをもっておりました。なぜなら、この青年の正体は悪魔だったのです。堕ちぶれた人間に決定的な破滅をもたらしに来たのでした。王女アーエスは青年に心奪われて、悪魔の囁きにのせられるまま、王の寝室に忍び込むと、首に下がった水門の鍵を盗み出しました。手渡されたそれを使い、悪魔は次々と水門を開きます。町には満潮時の海水が洪水のように流れ込み、人の命を手当たり次第に無慈悲にも奪っていきました。

 そこへ、腐敗した都市を気がかりに思っていた、聖者ゲノレが駆けつけました。

聖者は右手に杖を持ち、首に金の星印を付けて、聖なる輝きを放ちながら王の元へと馬を走らせます。やっと王を見つけだしたときには、王は王女とともに馬に乗って脱出をはかっておりました。しかし、悪魔に呪われた王女の重みで馬は進まず、王の命を最優先に思った聖者は、とうとう杖で王女を海へと突き落としました。王女は荒れ狂う波にのまれていき、僅かに生存者を残して、イスの都は海底へと沈んでいきました。


今でもドゥアルヌネ湾の漁師たちは、波の静かな日には大聖堂の時を告げる鐘の音を、嵐の日には波間にイスの宮殿の尖塔を目にすることがあるといいます。王女アーエスは悪魔の青年を求めて、嘆き悲しみ、ときどきこちら側の人間を連れ去るとも伝承されています。



イスの都の伝説は、まだ終わりを迎えていないのです。



―――パタン……


本を閉じた骸骨は、う~んっと声をあげた。


「アーエスは嘆きと憤怒のあまり、イスの都を隔離してヒッキーなんだヨネェ……ボクもお迎えに行ってあげたいけドネェ~どうやら無理みたァい……死神アンクウも、もォお手上ゲだヨゥ~できれば道化死神にがんばってもらいたいとこロォ…でもボクが持ってるんだよネェ……」




―――死神アンクウは本を放りだすと、寝っ転がったまま頭のほうの暗闇へと手を伸ばし、ガサゴソと闇の中を探った。彼の白骨化した手と何かがぶつかって、カチャカチャ何やら金属音がする。

「クラウン兄貴―――La() mort(モール) inverse(アンヴェルス)(逆さまの死神)のデスサイズ。」



――チャッ…

金属音が響いて、白骨化した両腕が、彼の視界上空へと、高々と大鎌を掲げた。細腕からは想像もできないほどの怪力で持ち上げられたそれは、暗闇の中から姿を現す。

「でももう、魂は狩らないって言ってるしナァ…どっしよっかナァ~~」




蝋燭のような眼光が、大鎌の刃に橙色に反射した――――


人の身長をゆうに超えるその大鎌は、ギラギラと銀色に光る。細い柄の先にはヤドリギの枝葉を模した彫りの深い彫刻と、ピジョンブラッドの真っ赤な大粒のルビーの玉が装飾され、およそ人の命を奪うものとは思えないほどの美しさがあった。しかし、その刃は農具の鎌のように、内側にはついていなかった。外側に流れるように研ぎ澄まされ、逆向きについている。


「ハァ…………こまったなァ……」


死神アンクウは宙にギラリと光るそれを下から眺めながら、大きなため息をついた。








 黒鍾(くろしょう)()(ゆずりは)という不思議な人物が担任としてやってきた、その日の帰り道。

空は暗雲が立ち込め、今にも冷たい雨粒を地に降らせようとしている。


百合は歩みを速めて、宝石店への道を急ぐ。

彼女は首に巻いた白いマフラーに顔を埋めて、うっすら赤らんだ頬を隠した。彼女が今急いでいるのは、ぐずついた空のせいではなかった。早く想い人に会いたかったのだ。楪に想い人のことを話してからというもの、百合は午後の授業に集中できず、想い人のことばかり考えてしまっていた。

(そういえば楪先生……見た目もきれいだけど、心もきれいな人なんだろうな。なんとなくだけど、初対面でも、この人は愛情深い人なのかなって思えるような人だったから………)

自分の話にじっと聞き入っていた楪の様子を思い出して、百合はふふっと笑った。




――宝石店へと通じる裏路地に近い、寂れた通りに入ろうとした時だった。


「おっ……!ねぇちゃん、同じ高校の子?かわいいじゃん!」

頭を金髪にした、がらの悪そうな男子が目の前に立っていた。同じ高校の制服を着ていて、背格好からして、学年は一つ上の三年生のようだ。隣に居た,耳にピアスをつけた同じく金髪の男子がそれに反応して、ニヤニヤしながら百合を品定めするかのように、下から上へと視線を動かして、なめるように見た。

「マジじゃん!かわい~、今から、オレらカラオケ行くんだけどさぁ、少し遊ばなぁい~?」

(この人達……非行に走ってるって評判の先輩たちだ………!)

百合は彼らが、学校で先生たちが手を焼いている問題児だと気づいて、一気に青ざめた。

さっさとここから立ち去りたい衝動に駆られる。ぎゅっと不安げに身を縮こませながら、百合はか細い声でやっと返事をする。

「……急いでる、ので……」

その様子に、二人は表情をますます良くしながら、百合にじりじりとにじり寄った。

百合は怯えて叫ぶこともできずに、コンクリートの壁のほうへと後ずさった。

「いいじゃん!一人なんでしょ?オレら受験べんきょーで疲れてんの。いやしがほしーわけよ。悪いようにはしないよ~」

「へへ、スタイルいいし、顔も肩も小さいね~髪キレーだし、こわがってる顔もかわい~」

「………やめてください……」

ついに百合は壁へと追いやられてしまった。

―――ガタッ!

背中にコンクリートの固く冷たい感触が走る。百合は恐怖で呼吸がとまりそうになるのを必死に耐えると、潤んだ瞳でキッと二人の不良を睨みつけた。

「あれ~それってもしかして睨んでるの?迫力ないな~目も潤んじゃって~」

百合の頬に触れようと、ピアスをつけた不良の手が伸びてくる。



―――ガシッ!!

その手首を、白い手袋をはめた手が、掴んだ。

イレールがいつの間にか不良の傍に立って、彼らを交互に睨みつけている。


―――「おやめなさい。勉学に励むべき青少年が、見苦しいですよ。」


一瞬、恐ろしいほどの力で不良の手首が握りしめられて、すぐにイレールはその手を解放した。




――ぐぅあぁああああああ!



イレールのぴしゃりと言い放つ声が聞こえたかと思えば、不良は手首を押さえている。

彼らは苦々しくちらっとイレールを睨みつけたが、すぐに尻尾を巻いて退散していった。


イレールはまったく…と言って、息をつく。

「見たところ、単なるやんちゃのすぎる方たちのようですね……心根が邪悪というわけではないようですが…百合さん、ご無事ですか?すこし遅れてしまいました…申し訳ありません……」

そう言うと、呆れたように不良の後ろ姿を見送って、百合を安心させるために穏やかに微笑む。


「はい……なんとか。来てくれてありがとうございます!」


百合は思わず駆け寄って、イレールの着ているコートの腰部分を両手で軽く掴んだ。イレールは少し驚いたように眉をあげたが、ふわりと笑って、百合の左手をそっと取り上げて、右手でぎゅっと握った。

(いつもより…ちょっとだけ、強く握ってくれてる………)

首に巻いたマフラーに顔を埋めて、彼女は再び頬を染めた。

「雨も降りそうです。早く店へ戻って、ホット・ショコラでもいれて温まりましょう。」

「ホット…ショコラですか?初めて聞く飲み物です。」

マフラーに顔を埋めたまま、上目づかいで、百合はイレールを見上げる。

彼のブルー・サファイアの瞳はいつもどおり優しかった。そして、繋がれた左手と未だにコートを掴んでいる右手から、自分が今、想い人の隣に居ることを実感する。


「嫌なことを忘れさせてくれるくらい、飲んでおいしい、見て楽しい飲み物ですよ。」


そう言うと、イレールは指を鳴らし、店へと彼女を連れて行った。





「どうぞ。混ぜて溶かしながら飲んでくださいね。」

「わぁ~~おいしそう~!!チョコが混ぜるたびに溶けて、ミルクが薄茶色に変わっていきます!」

温めたミルクに、棒の先についたチョコレートが溶かされて、混ぜているだけで楽しい。

「僕はもういっそのこと、そのままでも満足だよ……」

御真弓様も百合の隣に座って、うっとりと棒の先についたチョコレートをかじっている。カップに注がれたミルクは真っ白いままで、どうやら一度もそれを浸していないようだった。

「ふふっ!かわいい御真弓様!キャンディー食べてるみたいになってるよ。」

「君のクッキーには敵わないけど、チョコレートって食べ物……せめて600年ぐらい前の時点で出会いたかったよ……」

「年月の規模が、すごい……えっと…今日も朝、クッキーを焼いたんだけど、食べる?さすがに毎日持ってきてるから、そろそろ飽きてるんじゃないかなって思ったんだけど……」

百合は遠慮がちに鞄からかわいらしくラッピングされたクッキーを取り出した。

チョコレートに夢中になって目を細めていた彼は、棒をくわえたまま、それをうれしそうに受け取った。

「飽きないよ!僕にとってこれは、米に継ぐ主食なんだ!!君のクッキーの味は天下一品、きっと時代が時代だったら、これは宮中への献上品になっていたと思うよ!!」

百合はその例えに再び吹き出しながらも、無邪気な彼の笑顔に微笑んだ。

「あ、ありがとう……!そこまで言ってくれるなら、これからもクッキーのバリエーションを増やしていくね!次はソフトクッキーに挑戦してみる!!」

「うん!!楽しみにしてるよ!」


イレールは二人のやり取りをカウンターの店主席から微笑ましそうに見つめていたが、不意に立ち上がった。

「そうでした!シフォンケーキの生地をしこんでおかなくてはっ!一晩生地を寝かせることが、私のこだわりです!!」

彼の本業は宝石商なのだが、パティシエでもやっていけそうな勢いである。イレールはキッチンへとそそくさと引っ込んでしまった。


「あっ!私も髪をまとめよう。」

百合は、ホット・ショコラを飲み終えて、カウンターの横に置いてある全身鏡で確認しながら、バレッタで髪をハーフアップにまとめ始めた。

楪にバレッタを褒められた百合は、今日はうれしそうに髪をまとめている。

―――パチ……

髪をとめて、鏡へと視線をやって、とめる際に乱れた髪を整える。




ギラァ…………ッ!!!!!


彼女がゆらりと髪を揺らして、満足そうに鏡を見つめたとき

バレッタのピンク・サファイアが蒼黒く瞬いた



―――パァアアアアアアアアアアアアーーーーーーーーーーーーーー!!!



その瞬きは大きな蒼みの深い黒々とした光となって、彼女を包んだ。



「きゃあああああああああーーーーーーーーーーーー!!」


百合の足元に、魔法陣が黒いオーラを放ちながら現れて、バチバチと電流が起こってその模様を映し出す――――


円形に連なった四角、五芒星、唐草模様、ラテン語の文字、そして―――“Par Is”の文字




百合の体を、もやのようなとらえどころのない真っ黒い影が渦巻きながら巻き取った



「百合さんっ――――――――――――ッ!!!!」



御真弓様は飛び出して、手を伸ばしたが――――――百合はその場所から消え失せた


彼はがくりと、片膝をつく



―――バタン…………………ッ!!


「今の魔力は……一体……ッ!!!」


イレールが厳しい目をして、真っ青になって駈け込んできた。

すぐに宝石店の床に残る魔法陣へと視線をやると、同じく厳しい目をして飛んできたクラースに鋭く指示をとばす。


「――――――クラース!!他の三人を大急ぎで呼んできてくださいっ!」


「わかった!!お前のファミリア(使い魔)としての職務を、必ず成し遂げよう!」


クラースはそう叫ぶや、空を裂いて飛び去った。




「何が起きた、の………?イレールさん……?」

御真弓様は地に片膝をついたまま、苦しげに尋ねる。

イレールは眉間にしわをよせ、魔法陣を睨みつけて答えた。

「今、この魔法陣を中心にして、空間が大きく歪みました。鳥肌が立つほどの強大で邪悪、底知れぬ闇の魔力に基づいて発動された呪術(ツアウバー)の茨に、百合さんは絡めとられ、連れ去られたようです……」

「連れ去られた……?誰が何のためにこんなことを………ッ!!?」

彼は声を張り上げた。

「それは分かりません………この魔法陣は魔法族が移動に使うもの。この魔法陣の指示文を読む限り、私たちもこれにのればそこへと誘われるようですから…おそらく、術者から私達へ向けられた(トラップ)なのでしょうね。これ以上は憶測になるので、今は言いませんが。百合さんが心配で気が狂うようです――――考えている暇はありません!行きましょう!!」



イレールは黒いコートを翻して、きしむ心を押さえつつ魔法陣へと飛びのった―――


―――イレールの姿が、真黒な闇に抱擁されるかのように影に包まれて消える




「僕はこの命を賭けて百合さんを守る!!愛しい君を守るために、僕はここにいるんだから!!!!」



御真弓様は立ち上がって、彼の後へと続いた―――




※イスの都の伝説、パリの語源には諸説あります。

 

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