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イレールの宝石店  作者: 幽玄
第二章 魔法族は星のもとに集う
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小話⑩ 現代の“七”不思議。いや、それ以上

小話⑩ 現代の“七”不思議。いや、それ以上





 冬休みもあと数日となった今日。


目覚めた御真弓様のために、クッキーを大量にかばんに詰めて、百合は呑気に鼻歌交じりに道を歩く。

そんな彼女が宝石店へと通じる路地裏に差し掛かると、清風が吹いて、御真弓様がふわりとその場に降り立った。白い彼岸花が数本宙を舞って、地に落ちる。

「おはよう、百合さんっ!君を迎えに行けるなんて、夢みたいだよ!」

「御真弓様おはよう!……って、どうしたの?そのかっこうーーーー?」

上機嫌でお互い挨拶した二人だったが、百合は目を丸くして、彼の格好に見入った。

「どうかな……?似合う?」

恥ずかしそうに僅かに頬を染めながら、彼はおずおずと彼女の反応を待つ。

しかし百合は、瞳をきらきらさせて、興奮した様子で肩を震わせているだけだった。直立不動で、ピクリとも動かない。

「えっと……それは…どういう感情を表した態勢かな……?」

返事がない。ずっとその様子のままである。

「変……?おかしいから笑ってるの?ずっと着てみたかったから、イレールさんに用意してもらったんだ……うん…目をきらきらさせてないで…何か言って欲しいんだけど……」

身の置き場に困った彼は、視線をそらす。


ぶるぶる


百合は震え続けていたが、不意に叫んだ。

冬の空に、彼女の高く澄んだ声が響く。




――――「すっごく!!!似合ってる!!!!!!!!!」




彼女はこれ以上にないほどの微笑みを浮かべて、胸の前で手を組んだ。


「ほんとう?!」

彼も花の咲くような笑顔になって、うれしそうに彼女を見つめた。

「うん!!すごくかっこいいよ!―――御真弓様の学ラン姿!!」


 今日の彼は水干ではなく、紺の学ランを着ていたのだった。

(かっこいい……か、君にそう言ってもらえるなんて……前回別れ際に言われたのは、笑顔がかわいいだったからね。男としてはそっちの方が……うれしいな。)

心の中でそう感じながら、照れつつお礼を言う。

「ありがとう!外に出る時だけは白髪に水干じゃ目立っちゃうから、せめて服装は学ランで行動しようと思って。今は君、洋服だけど並んで歩けば同じ学校に通う仲の良い学生に、見える瞬間が…いずれあるかなって……」

「わぁ~!制服、着てくればよかった!!私も御真弓様と一緒に仲良く制服で歩きたいな!」

彼女はますますうれしそうな顔になる。

「う…うれしい!あのさ、お願いがあるんだけど……」

言葉を濁しながら、彼は言いづらそうに切り出した。

「この格好で来たのは理由があってね……」

「うん……何かな?」

「僕は今、土地に豊饒をもたらす氏神ではなく、ブラック・オニキスに宿った、ただの真弓の神なんだ。」

「うん………?」

「だからもう、姿を人間の前に現さないっていう(おきて)は、気にしなくていいような気がしてて……」

「そっか、神は神でも土地神ではないんだね!……うん、それで何で言いにくそうなの?」

不思議そうな百合を、彼はうつむきがちに見据える。

彼女に気づかれない程度に、愛おしげなその瞳。


彼は何やら決心したかのように表情を凛とさせた。

「久しぶりに下界を堂々と歩きたいんだ………!付き合ってくれる?!」

(これぐらい…いいよね?イレールさん……)



百合は大きく頷いてくれた。

「えっ……!お安い御用だよ?!うん!いいよ!行こう!!」

御真弓様にとっては、これはデートの誘いに近いものだったので、彼女の返事にすこぶる安心する。

「本当の、本当に、いいの?!イレールさんのことが頭をよぎったりしない?」

「え?どうしてイレールさんが出てくるの?御真弓様とお出かけするだけなのに?」

イレールのことは好きだが、御真弓様の自分への好意が恋愛的な愛情に基づくものだと気づいていない鈍感な百合にとって、御真弓様がデート気分で提案していることに気づくはずがない。


(え…?君は……あんなに見え透いた好意に、まだ気づいてないの……?)

御真弓様はなんとなくイレールが気の毒になりつつも、話をすすめさせてもらう。

「……じゃあ、商店街に連れて行ってくれる?人がいっぱいいるよね?」

「うん!!こっちだよ!冬休みだし、いっぱい家族連れがいると思う!」


二人は仲良く、商店街のほうへと駆けだして行った。


 正月の今が売り時とばかりに、声を張り上げ、各々の店は客引きをしている。お年玉をもらった子どもがあどけなく駆けずり回って、親の手を焼かせている姿が、あちらこちらで垣間見えた。正月らしい音楽が流れ、正月料理用の新鮮な食材を求める主婦たちがてんやわんやに挨拶をかわし、世間話をしている。


「やっぱりいいな……堂々と人の笑顔を眺められるって……」

御真弓様は感慨深げに目を細めた。

「……御真弓様は本当に人間が好きなんだね。」

百合もそんな彼を見て、彼と一緒に時を過ごせている幸せに胸がいっぱいになる。






―――ふと、御真弓様が、自販機のまえで歩みを止めた。



「どうしたの?」


彼は、不思議そうに小首を傾げて、じっと自販機を見つめている。


「御真弓様~~?」


「………百合さん。」

彼は難しい顔に変わって、口を開いた。

形の良い眉を歪めて、何かに悩んでいるかのような苦悶の表情である。

「う、うん…?」

その様子に若干びくりとしながら、百合は愕然(がくぜん)として、言葉の続きを待つ。

「僕は、人間が大好きだけど、現代においては、どうしても理解できないところがあるんだ。」

「理解できないところがあるんだ…意外かも。そ、それが……自販機と関係あるの?」

「大いにあるよ…僕はこれを現代の七不思議と呼んで、いた……んだ。」

「……現代の七不思議と呼んで、『いた』ってことは、過去形だね……今は違うってこと?」

「うん。今は、違うよ……!」


彼はまったくもって理解できないというように、頭を振った。



「今は七つにまとめられなくなって―――――百三十七あるんだ!」


彼の口からは滝のように、現代の百三十七不思議が怒涛(どとう)の勢いで語られ始める―――



「これは多分……僕がハイテク化についていけない古臭い考えのもと生きているからだと思うんだけど―――その一!どうして飛行機は飛ぶの?!言ってしまえば鉄の塊じゃないかっ!それなのに何で飛んじゃうかな?!それに乗って現代人は怖くないの?!僕は怖い!!この命ある限り、乗れと言われても絶対に断固拒否するよ!!その二!自販機からなぜあったかいおしるこやおでんが出てくるの?!冷たい飲み物なら分かるけど、料理が出てくるなんて奇妙だよ!聞いた話、都心では牛丼とか親子丼の自販機とかあるらしいじゃないか!きっとそれを目にした日には僕は頭が混乱しすぎて倒れると思う!!その三!自動ドアってなんで近づいたら開くの?!自動ドアにも神がいて、その都度神通力で開けているの?!聞いたことないよそんな神……!でもドアを信仰する教団とかあったらありえてしまうよ…!僕もそういう信仰心から生まれたんだし、日本に神は八百万(やおよろず)いるんだから!その四!洗面所なんかに備え付けてある、手を突風で乾かしてくれるあの機械は何?!手を入れたら風が起きるなんて!!これも神がかった何かなの?!その五――――」


「きゃあ!落ち着いて御真弓様!!私の頭がどうにかなっちゃいそう!」

百合はどんどん言葉が尽きずにあふれ出る彼のセリフに割り込んで、閉口させた。

「えっ……、聞きたいんじゃなかったの?じゃあ、やめるね。」

彼はけろりとした表情になって、口を閉じた。


「はぁ……びっくりした……」

息をついて百合は胸をなでおろす。


「あはは!ごめんね。目覚めたうれしさのあまり現代をよく観察していたら、そんな疑問がたくさん出て来たんだ。浦島太郎の気持ちがよくわかる。」



彼はふわっと微笑んで、再び歩き始めた。

百合も慌てて後に続く。


「そんな不思議なものにあふれた現代だけど、僕は大好きだよ。」


「そっか!良かった~~~!って、待って~~!」


出遅れた百合は彼に追いつこうと必死で走る。

思い思いに歩いている通行人の間を縫って、視界に現れたり、消えたりしている紺色の背中を追いかける。



「―――っと、追いついた!」

ぎゅっと、彼の学ランの袖をつかむ。


彼はぐいっと後ろへ引っ張られる。

御真弓様は、細い華奢な手が自分の袖をつかんでいるのを見て、少し照れたように笑った。



「こんな風に、僕を必要としてくれている人が、いるからね。」




おまけ~



キッチンにて


「クラース……御真弓様が、百合さんを迎えに行ったまま戻らないんですよね……」

「どこかへ出かけたのではないか?学ランをわざわざ着て行ったのだ。」

「う……ちょっとだけ、嫉妬してしまいます。目覚めたときも抱き合っちゃって……」

「男の嫉妬は醜いぞ、女の嫉妬も醜いがな。」

「はい……わかってますよ。彼はそんな人じゃありませんし。」


イレールはそう言いながら、甘党の友人のために甘いお菓子を次々に焼いているのだった。


御真弓様も、しっかり幸せにしてあげたいものです。



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