15Carat 辿って、廻る、メビウスの“和” part2
――――ドン…ドン……ドン…
神楽の終わりを告げる拍子をとった神楽太鼓の音に、ハッと我に返って、彼は百合を迎えに行った。
本殿へと続く回廊で待っていると、何やら女性に平謝りされて、それを収めている百合の声が近づいてくる。
イレールは、話の内容から、百合が舞姫の巫女に間違われてしまったのだと知った。
「「あっ………!」」
お互いの存在に気づいた二人は、声がシンクロする。
イレールはふふっと笑っただけだったが、百合の顔がどんどん赤くなった。
―――バッ!
その場にかがんで腕の中に顔を埋めてしまう。
時々百合はこの姿勢を取るのだが、これは彼女にとって穴があったら入りたい心境に駆られたときに取ってしまうポーズである。
「えっ!なぜですか!」
「~~~~~ッ!」
耳まで真っ赤にしながら、百合は伏せってしまっていた。
が、やがてたどたどしく彼に尋ねた。
「み、み、み、みま、見ました、か………?」
「はい。百合さんの勇姿を、そりぁもうしっかりと、この目に焼き付けさせていただきましたよ。」
左手を口元に添えながら、イレールはさらりと返答する。
「~~~~~~~ッ!!」
再び腕の中に顔が埋まっていった。
イレールは心底困った顔をしながら、百合を立ち上がらせる。
「ほらほら、ここでは通行の邪魔になってしまいます。とてもきれいに舞えていましたから、自信を持ってください。」
(……憶測でことをすすめて、彼女の喜びが空振りにならないよう、今は黙っておきましょう。)
先ほどの御真弓様の件は、今は伏せることにする。
「帰りがけに、出店で何かおごりますよ。」
大きな神社であることも手伝って、初詣に便乗した出店がたくさん、神社の入り口付近に連なっていた。
それを思い出して提案する。
「……それは何だか悪いです…いいですよ。」
未だ恥かしさの抜けない百合はこちらを向いてくれないままだが、出店のほうへと引っ張っていく。
「いいんですよ。私も日本の出店は眺めていて楽しいんです。付き合ってください。」
「そういうことでしたら………」
「そういえば、その紙袋は何ですか?」
歩きながら、百合の手に下げられた紙袋をチラッと見やった。来るときには持っていなかったような気がする。
「これは浦安の舞の舞装束や神楽道具一式を譲ってもらったんです。お礼だそうです…正装の十二単だったら、何百万の世界になっちゃうらしいですけど、今回着た千草と緋袴っていうのだったら安価で用意できるみたいで…きれいな布だったし、お言葉に甘えちゃいました……この先使うことないと思ったんですけど……」
ははっと、恥ずかしそうに、やっとこちらを向いて笑ってくれる。
「しとやかに舞えた上に、一式もらえたわけですか!結果オーライですね!」
寒いながらも晴れ渡る、ぽかぽか陽気の輝かしい元旦の雰囲気。
二人ともそれに誘われて、いつもより仲睦まじく並んで歩いている。
出店の並ぶ界隈に出て、百合の視線が、ある一点で止まった。
それはイレールにとって、見たことのない出店だった。
「わぁ~~~!飴細工です!」
元気よく無邪気に叫んで、彼女は出店のほうへと駆けて行ってしまった。彼も後を追って、彼女が熱烈な視線を送っている物を眺める。
すると、彼のブルーサファイアの瞳が子どものように歓喜して見開かれた。
「―――す、すごいですね!なんですか、これっ?!」
「イレールさんは見るの初めてなんですか?飴細工。」
「はい……!す、すごいっ!!C’est incroyable!(信じられない!)昇り龍に、干支の動物たちまで……!小さいのにこんなに微細に…!」
声がやや高くなって、百合と同じように熱烈な視線をそれらへと注ぐ。
昇り龍に猫や犬、イルカやクジラ、菊に薔薇など、様々な動植物がデフォルメされて、繊細に飴にされている。触ってしまえば壊れてしまうのではと思わせるほどの匠の技。
「かっこいい!かっこ良すぎます……!数百円でこのクオリティ!!なんてあっぱれな職人芸!これが最近言われるところのCool Japan!!」
「イレールさんが……すごい叫んでる……!」
まるで日本の伝統芸能への、海外の反応を見ているかのような状況である。
「はっ、はっ!あんちゃん外国の方かい?いい反応してくれるねぇっ!」
顔を真っ赤にした飴細工師のおじさんが、出店の内側から声をかけてきた。
「何か作ってほしいものがあれば作ってあげるよ。何でもいいよ、お二人さん!おれぁ、この道30年よ~!」
「本当ですか!では――――」
イレールは百合が何か喜ぶものを、と思ったが、御真弓様のことが頭をよぎった。
「―――白い彼岸花、お作りいただけますか?」
その言葉に百合は大きな瞳を揺らして、感激の表情を浮かべた。
「私からもお願いします!」
「変わった注文だね~まぁ、やってみんべ!ちょっと待っとれ!」
そう言ったかと思うと、おじさんは箱の中から透明な水あめ状の飴を取り出して、器用に作り始めた。
―――あっという間に、長いストローの先端に、白い彼岸花が咲き誇った。
それはほんの二、三分の出来事。
飴が熱いうちに、和ばさみに従って長く反り返った雄しべがくるりとのびて、睫毛のようにカールされ、花弁が丁寧にかつ迅速に形を成す。
まだ白い磁器のような質感のそれを、形を狂わせないよう慎重にポンプに取り付ける。
ゆっくりと空気が内部におくられて、引き伸ばされた飴はガラスのように透明感を得るとともに、彼岸花も花らしい丸みを帯びる。
雄しべに黄色い彩色を済ませて、軽く乾かし、見とれて固まっている二人の前に、それをしたり顔で差し出す。
「どうよ!お代は三百円だ!」
しっかりとお代を催促するが、出店にしては、意外と良心的な値段である。
「「おお~~!!」」
二人そろって歓声を上げて、イレールがどうぞと、お代を渡した。
百合は視線を眼下の完成済みの飴細工に戻して、
(あっ!この桜の飴、かわいいな~~)
にこにこしながら、満開の桜の花束のような飴細工を眺めた。
―――すっ……
不意に、視界からそれが宙に浮く。
「こちらも一緒にお願いします。」
「まいど~!」
「あっ!そんな!いいですよ~っ!」
制止しようとする百合をよそに、イレールはさっさと会計をすませ、
「どうぞ。何かおごる約束でしたからね。」
百合の手に楽しげにそれを握らせる。
「う……ありがとうございます。……かわいい。しばらく食べずにとっておきます!」
すぐにうれしそうな顔になって体を揺らしながら、しっかりとそれを握って愛でている。
イレールは満足そうにそれを眺めていたが、ほんの一瞬だけ表情が暗くなった。
――――ブルーサファイアの瞳が白百合と桜をとらえて、かすかに潤む
桜の飴細工に傾倒していた百合は気付かない。
―――「百合さんは桜が、お好きなんですか?」
再び口を開く瞬間には、平生の微笑みが戻っていた。
「はい!!小さい頃から、桜が咲くと近所の桜並木を駆けまわっていたんです!方向音痴だからすぐに迷って、親によく怒られてました……」
あははっと笑って、頭をかく。
「――――そうですか。かわいらしい思い出ですね。」
短く答えて、そろそろ店に戻りましょうと切り出す。
「はい!この白い彼岸花の飴は、御真弓様の眠るブラック・オニキス専用のショーケースに入れてあげてほしいです!」
「ふふ…もちろんです。甘~い匂いに誘われて、起きてくれるかもしれませんよ?」
「じゃあクッキーも置いていいですか?」
「う~ん。私はいいと思いますけど、頭の固いクラースが許してくれますかね~?」
人ごみを離れて、イレールは指を鳴らす。
宝石店に戻った彼らは、さっそくブラック・オニキスの隣に、割れないように飴細工の彼岸花を置いた。クッキーも置こうとしたのだが、クラースに却下される。
そしてその夜。
イレールはブラック・オニキスの安置されたショーケースに体重を預けて、もの思いにふけった。
百合の帰った宝石店はクラースが夜の帳の歌を歌うほかは、物音もない。
静かな静かな、夜。
「私は、貴方に……相談、したいことがあるんです。」
「貴方は神という自分の立場に…翻弄されていないでしょう……?それは貴方にとって、彼女を愛する上で何ら気にするべきことではないのですね……。正直うらやましいです。私は翻弄されているのですから―――Saint-Hilaireという立場に……この名は自分の性格に合わず仰々しくて…大っ嫌いなのですがね。」
ショーケースのブラック・オニキスのほうに、物憂いブルーサファイアの瞳が向けられた。
「でも……その立場に、誇りも持っているのです。自分が友人たちと成したこの世界。今も変わらず持ち続けている、全種族の調和したこの理想郷を守る者としての信念は……ゆらぎません。」
物憂い瞳に強固な意志の強さが瞬く。
「それが―――――Saint-Hilaire という名を抱いた、私の使命なのですから。」
――――あなたは、その使命に、百合さんを巻き込みたくないんだね―――――
懐かしい声が響いた――――
イレールがハッとした時には、一面白い彼岸花が群生する、花畑に立っていた
森の中に開けた広場の、中心に生えた古い檀の巨木。
ぐるりとそれに従うように生えた白い彼岸花、その真上には上弦の月――ここは弓矢神の世界
以前彼とこの場所で対面した時は、ぎすぎすとした張りつめた雰囲気だったが、今は心地よい―――
―――ザァ………!
宵の風が真っ白い彼岸花をさわさわと揺らし、イレールの髪をなでる。
イレールは顔にかかる髪を片手で押さえながら、ふわりと笑った。
「お久しぶりですね。」
――――「まったく……あなたは、まだ迷っているんだね。」
イレールの視線の先には、中心の古い巨木を背にして腕を組んで立つ―――御真弓様
あどけなさの残る白藍色の瞳を呆れたように少し細めて、白い水干の袖、透き通るような外はねの白い髪を風に揺らす。異質で神秘的な雰囲気は、白い彼岸花に通ずるものがある。
「まぁ……その悩みは、あなたらしいと言えば、あなたらしいよ。」
彼は腕組みを解いて、ふっ…と柔らかく笑った。
「理知的なあなたなら、いや、理性的って言った方がいいかな?」
「……どういう意味でしょうか?」
イレールは本当に分からないといった様子で、じっと目の前の神をブルーサファイアの瞳で見つめた。
「うん。分からないと思うよ。僕はそれには当てはまらないから、あなたのように、自分の神という立場に翻弄されることなく――――百合さんが好きだと、口に出してしっかり言える。」
「……………」
イレールが自分自身への嫌悪感から、ゆっくりと顔を背けた。
彼にとって今、誰かの前で彼女への思いをしっかりと口に出すことは、ためらわれることだった。
「………でも、僕も、あなたがうらやましい…。」
御真弓様も、視線を落として、悲しげに瞳を伏せた。
(僕がどれほど頑張っても……手に入れられないものを…あなたはもっているんだから。)
顔をあげて、イレールに笑いかける。
とりあえず今は…と、続ける。
「再会を喜ぼうよ。今は純粋に、命の恩人かつ、友人に再会できてうれしい。久しいね、イレールさん。」
イレールも顔をあげると、友人を見る優しい眼差しに変わって、返事を返した。
「……そうですね。この話は今すぐ解を出さなければいけないものではありません。今は再会できた幸せを噛みしめましょう。」
彼は清らかに落ち着いた心で、友人のもとへと歩み寄った。
イレールと御真弓様は檀の巨木の下で、話を続ける。
「では、百合さんの浦安の舞が、貴方をここまで回復させたのですか?」
「たぶんね。彼女が舞いを奉納し始めた瞬間に、この自分の世界でだけなら、実体をもつことができるようになったんだ。」
御真弓様は自分の存在を確認するかのように水干の袖をぎゅっと握った。
「……彼女はあの時、あの神社の神ではなく、真弓の神のために舞を舞ってくれた。僕の心の平安を祈る、優しく、慈愛に満ちた彼女の心が、まっすぐに彼女の心の欠片に溶け込んだ存在である僕の心に届いた。だからさ―――」
白藍色の瞳を凛とさせ、ブルーサファイアをのぞく。
イレールは大きく頷いた。
「もう一度、百合さんに舞っていただきましょう。貴方と百合さん――そして私が、笑い合える未来のために。」




