14Carat 屋根の上の石膏梟 part3 last
リー……ン…ゴー…ン
リー………ン…ゴー……ン
新年を迎える町の夜空に、天使の鐘が鳴り響く。
煩悩を打ち払う除夜の鐘とは性質を異にするが、その鐘の音を聞いていると、心がきれいに洗われている感覚に陥る。
大きなホールの広い屋根の上から、百合はその鐘の音を聴いていた。
クラウンとミカエラも集って、ジョルジュを何やらいじって遊んでいたが、鐘が鳴り始めるとともに、黙ってそれに聞き惚れ始めた。
イレールも百合の隣で心地よさそうに耳を傾けていたが、そっと視線を、少し離れた所で向き合っているクラースとシルのほうへ向けた。
(これで……貴方の心は晴れわたってくれますよね。昨日の夜、貴方が思い悩んでいたことは、今しか照らし出す機会はないと思うのです。)
ジョルジュがイレールのもとへ近づいてきて、話しかける。
「クラースが生きているガーゴイルだってことは、お前言ってたけどよ。あいつがサーペンに修復された梟で、お前らの間にそんなことがあったなんてな……。」
「サーペンの話題を口に出すことは、彼の信念に反することになるので…ずっと話せませんでした……。」
「気にすんなよ。んなこたぁ、オレらは気にしねぇーし。クラースはクラースだ。」
あの後、クラースは白く光り輝いて、百合の目の前で息を吹き返した。
クラウンとミカエラもその時には駆けつけて、嬉しさのあまり抱き着いてきた百合の腕の中で赤面している彼をからかった。
イレールは迷ったが、自分の幼馴染たちにでさえ教えなかったクラースとの出会いを全員に打ち明けた。
シルは真っ白い瞳を揺らして、クラースの気配のする方へと腕を伸ばした。
クラースは神妙な面持ちで彼に近寄り、その腕に体を寄せ、なでられていた―――
そして現在
クラースは切なげに、隣に座っているシルを見上げた。
「俺は……サーペンがこの世を去ったこの時期になると、俺を呼び戻してくれたあいつにお礼を言えなかった歯がゆさで、胸がいっぱいになる……」
シルは優しげに微笑みながら、小さく、何度も何度も頷きながら、彼の言葉を聞いていた。
「ずっとあの場所を守っていた…誰もいなくなって、俺はずっと一人だった…それでもいいと思っていたが。それが俺の務めだったからな。でも、そこに俺の居場所はもうないような気がしていた。守りたいと思う者が、居てほしかったのだ……そして、この体が形をとどめていられなくなって、砕け散った大昔のあの瞬間―――俺の視界は消えた。」
「それをあいつは呼び戻してくれた。そして目覚めたとき、俺には友人も、居場所も用意されていたのだ。しかも俺は新しい名を得た。“Classe”という新しい名を……それは新しい存在理由を与えてくれた気がして……。誰もいないあの場所に縛られていた俺は、再び人のぬくもりに触れた。サーペンの思い、イレールの思い……それから今このときまで、沢山の何物にも代えられないあたたかい感情に触れて来た。」
「それはすべて――――――サーペンのおかげだ。」
クラースの瞳が微かに潤んで、細められた。
「シル……お前がここへ訪ねて来て、どうしても心の中にくすぶっている思いがある。」
ゆっくり大きく頷いて、シルは言葉の先を待った。
「ワシが答えられることでございましたら、なんなりと。」
「サーペンのことを――――父親…のことを教えてくれ。あいつはどんなやつだった?何を思って彫刻家になった?どんな子どもだった?なんでもいい……どんな些細なことでもいい……。親のことを知りたいのだ。サーペンの物語をしてほしい。」
アクワマリンとペリドットの瞳が、きらりと、光って、真摯にシルを見つめた。
「では、この鐘を聞きながら、老いぼれの昔話をしましょうか。クラース殿の父親のお話を――――」
シルは穏やかに話し始めた――――
新しい年を迎えて数日後の夜―――
イレールはすっかり怪我も癒え、冷静さを取り戻したアンフェスバエナと向き合っていた。
鎖を解いて、自由の身にしてやる。
(さすがです陛下。頸動脈を寸でのところで傷つけていない。これがおそらくもっとも体の頑丈なアンフェスバエナを傷つけ過ぎず、かつ、殺さない方法。天使の鐘を回収する際、魔力を大量に使って回復しきっていないのに、アスカロンまで召喚して……魔法にほとんど頼ることのできない状況で……貴方は本当に、気高く直情的で真っ直ぐな方です。)
「こんな鎖をつけてしまって申し訳ありません。苦しかったですよね……」
「ギュルゥ」
双頭の口から、舌をチロチロ出しながら、アンフェスバエナは何かを訴えるかのようにイレールをじっと見据えている。
「………ごめんなさい。貴方と『ご主人』のファミリア(使い魔)関係を解いてあげることはできません。」
「……ギュラァ…。」
アンフェスバエナはどこか悲しげな瞳になった。
「いいえ。これはもうファミリア(使い魔)とは言えない……こんな下劣な使役方法……命をなんだと思っているのか…我を忘れさせ、操るなどと………」
イレールの瞳が怒りを含んで険しく光った。
「今は生きるため、『ご主人』に従順でいてください。いずれ貴方を自由の身にします。必ず。」
――――イレールの雰囲気が変わった
右肩に結われた長く美しい飴色の髪が、さらりと神秘的に揺れる―――
いつも、何に対しても誰に対しても、ニコニコと笑っている彼はそこにはいなかった
ただ優しいだけでは、誰かを助けること、守ることはできない―――
穏やかさ、慈愛、落ち着き、そんな感情を秘めたブルーサファイアの瞳に、
凛とした気品が含まれ、聖職者――――Saint-Hilaire、 毅然たる態度――――
「ご主人にお伝えください――――Quo vadis?(汝、どこへ行き給ふか?)と……。」




