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イレールの宝石店  作者: 幽玄
第二章 魔法族は星のもとに集う
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小話⑨ 指パッチンの秘密

イレール氏の指パッチンの秘密―――

小話⑨ 指パッチンの秘密


「きゃああああーーーーーーーーー!」


 クリスマスが終わり、後は年越しまであと三日にまで迫ったその日。

住宅の二階で百合の悲鳴が上がった。


あいにく今日は家に彼女しかおらず、その悲鳴を聞いたのは外で遊びまわる雀だけ。


「ミ……ミカさん…こ、これ。私はどうしたらいいんですか。」

耳まで真っ赤にして、頬を押さえた彼女が見つめるのは――――


イレールの寝顔――の写真が入ったロケットペンダント。


 今朝家まで来て、少し遅れたクリスマスプレゼントだと言われてもらった箱から出てきたのが、これだった。一見するとただのホワイトゴールド製のアラベスク文様が入った丸いペンダントなのだが、百合にとっては破壊力抜群の一品である。


「うぅ……きれいな寝顔。正直なところ持ち歩きたい…でも、それは人としてやってはいけないことのような気がする……イレールさんと仲は良いと言えるけど…そういう関係じゃないし…確かに私はイレールさんのこと……ミカさん、きっと勝手に取ったんだろうな…悪戯がすぎます…。あぁ…でもどこかで喜んじゃってる自分がいる……」


苦難の末、それは勉強机の一角に安置された。

座った時に視線より上に来る備え付けられた棚に置き、簡単に視界に入らないようにする。


なんとなく罪悪感のような感情が芽生えた。

百合は両手を合わせて心の中で謝罪する。

(イレールさんそんなところに置いてごめんなさい…。悪気は一切ありません!)



その時彼女の中で、その棚は―――――“神棚”と名付けられたという。




「うん……落ち着いた…行こう。」

 頬の熱が収まるのを待って彼女は宝石店へと向かった。



 いつものその場所に、今日はクラウンが立っていた。

「おはよう百合!今日は私がお迎えだよ。イレールじゃなくて残念だったかい?」

ニヤニヤ、にたにた、口角を上げて笑っている。

「おはようございます。そんなことないですよ。クラウンさんが来てくれてうれしいです。」

純粋な彼女は、彼の一言が冷やかしだとは気付かなかった。

そんな反応に苦笑しながら、クラウンはかぶっていた赤いシルクハットをとった。

「そうかい、言われて悪い気はしないさ。では、私流に君を(いざな)おうか。」

(本当にうといな~、まぁ、だからイレールの隠しきれていない好意に気づかないのか)

「わっ!!」

クラウンが彼女の頭にいきなりシルクハットを深くかぶせた。



視界の暗くなった彼女の周りの空間が歪む―――



「さっ、着いたよ。」

「えっ……今の一瞬でですか?」

「うん。ほれ。」

シルクハットをゆっくり持ち上げられ、彼女の視界が明るくなる。


「おはようございます、百合さん。」

「うむ。おはよう。そいつに何もされてないだろうな?」

イレールとクラースが、彼女を出迎える。


「すごいです……。」

百合は感動したようにクラウンを見上げた。

「私が迎えに行ったときにはまたしてあげよう。次回をお楽しみに。」

彼はシルクハットをクルクル手で弄びながら、得意そうに言う。




 鞄とコートをイレールに預けながら、百合はふと気になって尋ねた。


「イレールさんは魔法を使うときに、どうして指を鳴らすんですか?」

「あぁ、それは―――」

「それはだね。」

クラウンがイレールよりも先に口を開いた。

―――にやぁ

 楽しげに口角が上がる。



「イレールは指パッチン、もとい、魔法界フィンガースナップ協会の会長なんだ。」




「す……すごい…魔法界にはそんな未知の協会があるんですね。会長なんですか…イレールさん。」

(また、ありもしないことをしゃあしゃあと…)

イレールは心の中で苦笑いするが、面白いので百合の反応を見守る。


「“会長たるもの常にフィンガースナップを愛好しなければならない。”…これは会長就任式でイレールが言った一言だよ。それ以来イレールは魔法を発動させるときに指を鳴らして気を集中させるようになったんだ。」




「なるほどです…イレールさんの指パッチンにそんな所以(ゆえん)があったなんて……」

すっかり百合は信じ込んでしまっている。

「だからイレールのことを“Monsieur(ムシュー)指パッチン”なんて呼ぶやつもいるのさ。存在そのものが指パッチンだとね。そしてそれにイレールは涼しい顔をし、指を鳴らして応える……これぞ魔法界フィンガースナップ協会の会長たるイレールの姿だよ。」


(いやです。そんな自分の姿。)


「“イレール”こと、Monsieur指パッチンにはたくさんの武勇伝があるのさ。聞くかい?」


(そこ、せめて“Monsieur指パッチン”こと、イレールにしてもらえますか…?Monsieur指パッチンが本名ではないので。)


「イレールさんにそんな通り名があったんですね!聞かせてください!!」

疑いの心など一切持ち合わせていない百合は、瞳を輝かせて話に聞き入っている。

仮面で表情は分からないが、クラウンの口元はこれ以上にないほど歪められ、上機嫌で話をしていることが窺える。




「彼はフィンガースナップを極めるあまり、音階を鳴らし分けられるようになったのさ!」

「曲が演奏できますね!」


(そんなこと、できますか……)


「うん!それなんだ!その時はまだ彼は魔法界にいたんだけど、なんと町に迷い込んでしまった魔獣ケルベロスに自慢の指パッチンで子守唄を演奏し、眠らせて事を治めたんだよ!すごいだろう?!」

「わぁ~~~!イレールさんすごいです!!クラースさんもそれを目撃したんですか?」

「うむ、すごかったぞ。ケルベロスの腹にとまってみたが、ピクリともしないほど爆睡していた。」




「あぁ、もう!そこまでです!面白いですけど、変なこと百合さんに吹き込まないでください!クラースもなんで悪乗りするんですか!」

さすがに耐えきれなくなったイレールが間に割って入る。




「百合さん!クラウンが今話したことは全て真っ赤な嘘ですから、真に受けないでくださいね!私はそんな変な協会の会長でもありませんし、Monsieur指パッチンなんて呼ばれたこともありません!」


「えっ!嘘なんですか、クラウンさん?!」

信じ込んでいた百合は目の前でニヤニヤ笑っているクラウンに視線をやった。

「あーあ、ここまでか…そうだよ。ぜーーんぶ、ウソさ!楽しませてもらったよ!ま、だまして悪かったね。」

クラウンはちろっと舌をだして、笑いながらも謝った。


「もう……信じちゃったのに…じゃあ、実際のところはどうなんですか?」

うまいことだまされてしまっていた自分自身に苦笑しながら、イレールに向き直る。




「私が指を鳴らすのはクラウンの言った通り、魔法を使う際に気持ちを集中させるためです…そこだけはあっています。」

クラウンをチラッと一瞬睨んで、彼は指パッチンに秘められた正しい所以を話し始める。



「人間は魔法使いには杖がつきものだと思っていますよね?」

「はい。杖をふって魔法を使うイメージがありますけど、実際は杖が無くても魔法は使えるんですよね?前にミカさんが言っていたと思います。」

「その通りです。魔法は何か物に頼らなくても、自身の身一つあれば使えます。しかしながら、何か魔法を発動させるきっかけの事象を行うことで、より集中力があがって、魔法の精度のようなものが上がるんです。分かりにくいと思いますが……。例えば、テニスでスマッシュを打つときに、叫んだ方が鋭いスマッシュが打てるような感覚に近いですかね…。」

「うー……ん。何となくわかるような気がします。魔法を使うときに集中しやすくなるのが、イレールさんの場合、指パッチンなんですね。」

「平たく言えばそういうことです。ミカエラの場合、タクトを振って集中しているんです。」

クラウンがそれに割って入る。

「私は特にこだわりがないから、その時々で変わるのさ。さっき百合にシルクハットをかぶせたのは私なりの集中方法だよ。」



「じゃあ、この集中方法に個性が出ているんですね。」

「そうですね。そう言われればそうかもしれません。」

百合にとっては何気ない一言だったが、イレールはなるほどなと思った。



「さぁ、仕事に入りましょう。」

イレールが百合に箒を渡す。


「私はリハーサルに戻るか…きっと皆待っているはずだ。」

「……抜けて来たのか。レディーにどつかれるぞ。」

呆れているクラースをよそに、クラウンはサーカスに戻って行った。

クラースは屋根の上へ。


二人は店内の掃除に取り掛かる。




この話題はここで終わりを迎えたかに思えたが、しばらくして、イレールが思い出したように言った。




「そういえば、私が指を鳴らすようになったのは、幼いころに読んだ人間界の童話の本がきっかけでした。」

「魔法界にも人間界の童話が出回っているんですね。」

床を掃く手を止めて、百合はイレールの話に耳を傾ける。

イレールは懐かしそうに目を細めた。

「もう内容は思い出せませんが……その童話の中の魔法使いが魔法を使うときに指を鳴らしていたんです。幼き日の私はその魔法使いに憧れて、同じように指を鳴らしたくて、たくさん練習していましたね…これがなかなか鳴らなくて…ある日やっと鳴らせるようになったんです。」

「イレールさん、なんだかかわいい。」

彼にも微笑ましい子ども時代があることを思うと、なんだかかわいらしく思える。


「でもですね……ほんとは今も鳴らせないんです―――ほらっ。」


―――かすんっ

かすれた音がした。


 困り顔のイレールがいつものように勢いよく指を滑らせたのだが、その指からは普段の軽い音がしなかった。




「――――ええっ!!」

百合はその様子に衝撃を受ける。

「あれっ?!いつもちゃんと音鳴ってますよね?!なんで!?もう一回お願いします!」


「はい。」


――――かすん

やっぱり、かすれた音がする。




「幼き日のイレール少年はとうとう普通に鳴らすことを諦めたんです。」

百合のその反応にふふっと笑って、イレールは話を続ける。

どこか子どもっぽく笑っているように見える。

「指パッチンをしながら、手の中に魔力を集中させてはじけさせてみたら…うまくそれらしくなる…ということに気づいたのです。」

毅然とした態度である。

「しかも意識も魔法のほうへ集中させやすい…。これは…なんて素晴らしい!」


―――パチン!


今度はいつもの音がした。


「私は魔法が使えないので、そういう感覚的なことを言われても……イレールさんのその話…虚構が混ざったりしていますか?」

先ほどクラウンにだまされた彼女は頭が混乱して頭を抱えた。

「さぁ……どう思いますか?」




「―――というのが、以上。私の指パッチンの秘密でした。」


―――パチン!

もう一度指を鳴らす。




彼は悪戯っぽく笑って、窓ふきに戻った。

(私が貴女にお話ししたことは全部ほんとうですよ、百合さん。私は指を本当は鳴らせていません。あとでちゃんと言いますからね。)



今だけ、その真相は―――彼のみぞ知る。



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