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イレールの宝石店  作者: 幽玄
第二章 魔法族は星のもとに集う
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小話 ⑦宝石=心、の浄化をしましょう

小話 ⑦宝石=心、の浄化をしましょう



 ミカエラが天使の羽を広げる。


ブロンドの髪がふわりと揺れて、周囲に糸束が切られたように、金の髪が広がった。

―――パラ……

 羽を広げた衝撃でいくつかの羽が柔らかく飛び散る。


「――――――浄化せよ」

彼女がショーケースに入れられた宝石たちに向かって、聖なる光を注ぐ――――



「―――はい。終わったわよぅ。」

 ミカエラは羽をしまって、女神の微笑みを浮かべる。



そして―――彼に右手を指し出した。


イレールをじっと見て、ニコニコしているのだが、どこか目がギラついている。

彼女の緑の瞳はエメラルドでできた鎌を思わせるほど、ギラギラ…ギラギラしている。


イレールは苦笑いした後、彼女にケーキ屋で見かけるような包みを渡した。

「ありがとう、ミカエラ。どうぞ、シフォンケーキです。」

「ありがとう~~~。このために生きてるわぁ~!」

 彼女はうれしそうにそれを受け取る。


「わたしねぇ、これから美術館に戻って図録を書かなくてはいけないのよぅ……今日は、これで、おいとまするわぁ~」

そう言って、彼女はそそくさと宝石店を後にした。



「どうぞ。貴女のピンク・サファイアです。」

百合に、浄化し終わったそれを返す。

「わぁ!心なしか透明度が上がった気がします。」

ピンク・サファイアのブローチが中央についた彼女のバレッタ。

 百合は自分の艶めくサラサラのストレートを、再びそれでハーフアップに結い上げる。



「いつもこんな風に、宝石を浄化する必要があるんですか?」

彼の宝石店にある石たちは、まるで呼吸しているかのように輝きに満ちている。

穢れを取り除く浄化の必要があるようには思えない。


「宝石は人の心に等しいものです。人の心は日々を過ごすうちに、どうしても自分や他者の負の感情に触れてしまいます。それは、ここの気高き宝石たちも一緒のことなんです……。」


「この店に私達を含めて、心をもつ者が訪れる以上、宝石は私達の身を、心を守るためにその身に負のエネルギーを取り込んでくれます。」

自分の店の宝石の健気な様子に、彼は慈しみに満ちた表情になる。



イレールは水晶の原石を手に持った。

「でも、宝石は負のエネルギーを取り込んでも、それを自分では浄化できないんです……水晶を除いて…ファントム・クリスタルの一件は、それが関係しています。」


「そういえば、水晶は自浄作用があるっておっしゃってましたね……」

 アンティーク置時計の文字盤に埋められたファントム・クリスタルは人間の欲望に満ちた負の感情をその身に取り込んで浄化していたのだった。


「宝石はそんなにやわじゃないので、そこまで神経質にならなくても大丈夫なんですが……私はここに集う方々に、最高品質の宝石を捧げたいと考えているんです。」

イレールは、愛おしそうにショーケースの中の宝石を眺めた。

「だから、定期的にミカエラに頼んで浄化してもらっています。」




 そうそう、と、彼は思い出したように付け加える。

「人間界のストーンヒーリング―――ここではパワーストーンのことですが、っている人は、石に見合った浄化をしっかり行っている人もいるみたいですよ。石が負のエネルギーを取り込んでいることを知っているんですね。私はミカエラに頼んで、すべての石を一括して浄化していますが。」


 彼は百合に、パワーストーンとしての石の浄化方法を述べた。

石ごとに、適した浄化方法があるらしく、その方法は―――月光浴をさせたり、流水で洗ったり、植物の近くに置いたりと……実に様々。



「そういう人たちは、イレールさんの目にはどういう風に映っているんですか?何だか気になります。」

 宝石の白魔術師はそんな人々を、どんな眼差しで見つめているのか、彼女は純粋に気になった。


イレールは優しげに笑った。

「石に感謝し、いたわることを忘れない素敵な方々だと思います。物への感謝ができる人ですから、きっと…人への感謝も忘れない方……」


「イレールさんらしいです……。」

彼女の目も細められる。



「私の宝石による心の救済は、石の癒し効果を生かすストーンヒーリングを白魔術の見地から捉え、理論化し、確立したものなんですよ。」

イレールが真面目な顔になった。

彼は至極真面目に、自分の宝石の白魔術の理論を淡々と説明し始める。

「まず……人の心の欠片を石に溶け込ませるために自分の体中の気をこの大宇宙の大気および精霊と一体化させたのち精神を集中させ、全魔力を指先に集中させると――――」



「……いいです!何だか壮大過ぎて、ついていけません!」

百合は慌てて彼の話を遮った。


「そうですか?じゃあ、やめますね。」

イレールは、きょとんとして口を閉じた。



そこへクラースが飛んできた。

「百合、イレールの魔術理論を聞いていると朝になるぞ!……ほら、手紙だ。」


少しムッとした顔をしているイレールに手紙を渡す。

彼はそれを受け取ると、はぁっとため息をついた。

「陛下……からですか。」

また、ありえない量の特注に鬼畜な締め切りを設定した指令を出してきたのだろう。


手紙を開いた彼は、おやっと目を見開いた。

「今日は比較的、優しめですね。今夜十時までに三十個のネックレスのデザインを考えろ、ですか。」

「うーーーん……私はそれを頼まれたら、だいぶ困ってしまいます……。」

今、壁掛け時計は午後六時を指している。あと、四時間でしっかり商品化できるほどのネックレスのデザインを三十個考えるのは、結構にきつい。

「百合さん……申し訳ありませんが、今日はクラースに家まで送ってもらってください…」

彼は申し訳なさそうに言って、彼女のコートと、荷物を戸棚から取り出す。

「いえいえ、頑張ってください!」

彼女はそれを受け取って、書斎へと消えていく、彼の背中を見送った。



「では、行こうか。」

クラースが飛び立とうとするのを、彼女は不意に手で制した。


「ちょっと待ってください。」

やわらかく微笑んで、キッチンへと向かう。




―――ほわ、ん……

コーヒー豆の優しい匂いが漂い始めた。

 以前イレールから習ったコーヒーを淹れているのだ。


豆を挽いて―――エスプレッソマシンにそれをセットする。


マシンはそれに、あたたかいお湯を注いで―――繊細にコーヒーを抽出する。



「……イレールさんの淹れたコーヒーには敵わないけど…いい匂い。」

彼女は淹れたてのエスプレッソコーヒーの入ったカップを、ソーサーに置く。

鞄から手作りのクッキーを取り出すと、それを三枚そえる。




――――トントン…

 イレールのいる書斎のドアをノックした。


「――――どうぞ。」


ゆったりとした返事が聞こえた。

微かに筆を忙しそうに動かす音もする。




――――パタン……

「イレールさん、差し入れです。」

微笑をたたえた百合が彼のもとへ歩み寄り、カップを彼の机に置く。


「まだまだ完璧な味ではないと思いますけど……よかったら…」


「……これは。」




イレールの瞳が、歓喜で揺れていた。


照れくさそうにはにかんで、

「じゃあ、また明日です!」

花の咲くような笑顔になると、彼女は走って―――行ってしまった。


――――パタン!


ドアが勢いよく閉められた。



イレールは返事をするのも忘れて、彼女の消えたドアを見つめていた。




―――ふっ……

イレールの表情が大きく緩んだ。

「私の心を浄化してくれているのは……貴女ですよ。」

静かに湯気を立てているカップを手に取って、一口それを口に含む。


「………おいしいです……」

口の中にエスプレッソのクリーム状の泡が広がって、柔らかく溶けていく――

―――彼女の優しさも、それに溶け込んでいるのだった




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