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イレールの宝石店  作者: 幽玄
第一章 平穏な日々を君へ
22/104

8Carat 妖精のワルツ

真冬の夜の――――夢

8Carat 妖精のワルツ


妖精の歌


ひらひら ひらひら まいおどる わたしたち小さな妖精よ


ひらひら ひらひら まいおどる わたしたちサーカスの軽業師


自慢の羽は みせられない   わたしたちここに居たいから


かわりに  魅せるの   わたしたち くるり くるると 空中ブランコ



 ここは人間たちが名水とよぶ、湧き水のふき出す小さな泉。

深い照葉樹林が生んだ、その清水の静かなるせせらぎの音頭に合わせて――妖精姉妹

―――釣り目がちの姉ルージュとたれ目がちの妹シャルムが、歌い踊っていた


ここなら人間の目を気にせずに、蝶のような形をした、ステンドグラスのように鮮やかに光を通す羽を伸ばし、遊ぶことができるのだ。


水面に滑るように足をのせ、手を取りあいながらくるくる回る。


「たのし~ね!シャルム!」

「たのし~ね!ルージュ!」


彼女たちは140センチほどの身長しかなく、ふんわりとしたチュチュを身にまとい、バレエシューズを履いて、つま先立ちで水面を滑るように、くるくる回る。


人間が覗いてしまえば、その様に心を奪われてしまう。

幾度となく演劇やバレエの題材となった妖精たち。



――――ガサッ、ガサッ……!

 繁みを何かが掻き分ける音がした。


彼女たちはハッとして、陸地に戻り、背中の羽を消す。

お互い身を寄せ合って木陰に隠れ、その音の正体を探った。





次の日のこと―――

彼女たちは、クラウンと、イレールの宝石店に居た。


「聞いてほしいの!」

「聞いてほしいの、イレールさん!」

「聞いてくれるかい?イレール!」


「きのうの夜、泉で会ったの。」

「踊っていたら、出会ったの。」

「眠っていたら、夜中にたたき起こされたんだよ。彼女たちに。」


「かわいそうだから、助けてあげたいの。」

「かわいそうで、見てられないの。」

「かわいそうだろう?おかげで今日は寝不足なんだよ。」


「えぇっと……クラウン、息ぴったりの彼女たちに合わせる必要はないんですよ。話に水を差さないでください。聞き取りづらいだけです……」

イレールが困ったように、クラウンを見つめる。


「はは!分かったよ。しばらく私は黙っておこう。」

クラウンは、彼女たちのセリフに続いて遊んでいたのだが、愉快そうに笑って押し黙った。


イレールは妖精姉妹に向き直る。

「昨晩、貴女方がお会いしたこの方を、助けて差し上げたいんですね?」

「「そうなの!」」


彼は来客に、穏やかに微笑みを投げかけた。


「とってもかわいらしい方ですね………この透き通るように白く長い四肢。小さなお顔には黄色いシトリンを思わせるような、つぶらな瞳……」


彼はうっとりとした表情になる


「なでたくなります………」





「この――――――――――――――子猫ちゃん。」


「みゃあぉう!」


それは真っ白い黄色い瞳の、小さな子猫であった。

シャルムの腕に抱かれて、つぶらな瞳で彼を見上げている。


「私たちは妖精族だから、魔法動物と仲はいいんだけど、人間界の動物とも仲はいいの!」

「おしゃべりできるの!」

「この子、昨日の夜、わたしたちの所に訪ねて来たの!」

「さびしいよー、助けてって言ってるの!」

「小さいからか、それだけしか言ってくれないけど!」

「どうやら、迷子になって、飼い主を捜してるの!」

「魔法のルーペでわたしたちに飼い主の顔と居場所を見せてほしいの!」


「ええ………と、つまり――――」

 二人は、あまりにも息ぴったりに交互に話しかけてくるので、イレールは混乱してきた。話をまとめることにする。


「迷子の子猫の飼い主を捜してあげるために、私のルーペでこの子の飼い主の顔と居場所を確認したいってことですか?」


「「そうなの!」」


イレールは少し悩んだが、了承する。

「あまり誰かの心を覗き見るのは……ためらわれますが、そういう理由でしたら。ただし、どこか一場面だけですよ。それ以上はダメです。」

そう言って、胸ポケットからルーペを取り出す。


「「わぁーーーーーい!」」

妖精姉妹が手を取りあって、くるくる回る。



――――イレールはルーペを子猫にかざした。


宝石店の壁に、映写機のように子猫の心の記憶のビジョンを映し出す――――


そこは、どこかのアパートの一室。壁には沢山の絵が飾ってある。デッサンと言えるものから、油絵、キャラクターもののイラストまで様々。

そんな室内には漫画のを描くための道具が散乱する机があった。一生懸命に、そこで鉛筆を動かす女性がいる。癖のないボブヘアーの茶髪の女性だった。

この場面はその女性の後ろから眺める視点であったが、不意に女性に近づいていった。

これは子猫の視点なのだ。

その机に飛び乗り、その女性が満面の笑みをこちらに向ける―――そこで、ビジョンは終わった


「………今ので、参考になりますかね……?」

居場所を特定できる、これといった情報は拾えなかったので、イレールは申し訳なさそうであった。

「十分なの。飼い主さんの顔も見れたし、どこかのアパートってことも分かったし!」

「子猫は何も話してくれないから、助かったの!」

「そうですか………。」

本当に大丈夫なんだろうか。


イレールには、得られた情報が少ないのと、もう一つ気がかりなことがあった。

「クラウン。」

ニヤニヤして、その状況を観察している友人に耳打ちする。

「なにかな?」

「……ルーペを通して、この子猫の悲しみと―――あの女性の絶望の感情が伝わってきました……おそらく、ただの飼い主探しにとどまらない出来事になるでしょう………」

クラウンの口元から、僅かに笑みが消える。

「………そうかい。では、サーカス団メンバーも何人か同行しよう。絶望の淵に居る人間に、希望を届けるのが、Cirque(シルク) de(ドゥ) Magiciens(マジスィアン)の務めだからね。」

「よろしくお願いします……。」

二人は、呑気にあくびをしている子猫を深刻な様子で見つめた。



快晴の光を浴びて明るい住宅地に、異様な格好をした集団が集う。

クラウン、レディー・アーレイ、マッド・クラブ、妖精姉妹の五人だ。

行きかう人々が、あまりにも奇異の眼差しで見つめて来るので、彼らは人のいない大きな公園に移動する。


「ブラック・スペードは誘わなくていいの~?」

ルージュがクラウンにのんびりと尋ねた。

「ブラックはナイフ投げの新技を究めるとか言っていたから、あえて誘わなかったのさ。」

レディーが付け加える。

「ちがうわよね。厄介ごとを増やしたくなかったんでしょう?」

「……さあ、皆の衆!張り切って子猫の飼い主のアパートを探そうではないか!」

――――どうやら、そうらしい。


「でも、団長。どうやって探すの?団長のことだから、なんだかんだで、ちゃんと考えてるんだよね!」

シャルムが子猫を抱えて言った。

うんうん、とクラウンは上機嫌で頷く。


「そこで登場するのが、我らがMad。マッド・クラブだーーーーーーーーーー!」


じゃじゃーーーーーーーんっ


ぼーっと、焦点の合っていない瞳をして突っ立ている、マッド・クラブを指し示す。

「マッドはイレールのように、子猫の心のビジョンを具現化して見せることはできないが、占いがそりゃもう、大得意!もう、ストレートに、飼い主の居場所を占ってもらおう!私と妖精姉妹が見た子猫の記憶とそれを照らし合わせることができるだろう?そうすれば、確信をもって飼い主探しができるのさ!」


みんなは成程と思って、マッド・クラブを期待の眼差しで見る。


「………わかった。やってみる。」

緑のニカーブから覗く、ジトッとした赤い瞳を彼らに向けることもせずに、近くに生えていた木の根元に腰をおろして、胡坐をかいた。

懐から、手のひらにやっと乗るくらいの大きな水晶玉を取り出す。

「あ、マッド。この間の台風の時のように、雷を落としてはだめだよ。今は晴れているから、不自然だからね。」

クラウンが意識を集中させ始めた彼に注意する。

「………気分が盛り上がるんだけど…分かった。やめる。」


「ちょっとーーーーー待ちなさい!あれ台風は関係なかったのね!?マッドが起こしていたのーーーーー!?」

「「ほんとに……マッド、なの。」」

レディーと妖精姉妹があの恐怖を思い出して、鳥肌を立てているのにはお構いなく、マッドは呪文を唱え始める。



「アブラ……カタブラ………」


彼の周囲が暗くなった――――


水晶が光を放ち始めて、その中で、白いもやが渦巻く



マッドが両腕を天に高々と掲げる―――――そして


「キィェエエエエエエエエエエエェェーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!」


パァアアアアアアアアアアーーーーーー!!!


真っ白に染まった水晶が光を放った――――



しゅん。


マッドは大人しくなった


雷が落ちなかったので、レディーと妖精姉妹は心底安心する。


「どうかい?」

 クラウンが楽しげに彼に近寄って来る。

マッドがゆっくり顔を上げて、静かに言った。

「…この町じゃない。三つ隣の県の………白井コーポってアパート……。」

それを聞いたクラウンたちは、宙を見上げた。

「そうかい。移動しないとね。私たちが魔法族で良かったよ。……では、行こうか!」

「ええ!久しぶりね!とっても乗り心地がいいのよね♡」

「大移動のときだけ…乗れる……楽しみ。」


妖精姉妹が手をつないで前に歩み出た。

天に向かって叫ぶ。


「「わぁあ~~~~~~い!、フェアリー・ドラゴ~~~~ン!」」


―――ふわぁ………


優しい風が吹いた

―――ザワ……

 微かに木々を揺らす、風





――――――ひらら………ふわ…。




みんなの髪を揺らして―――


人間には見えない、妖精の龍が音もなく降り立った



「………お久しぶりです。親愛なるサーカス団のみなさま。」


丁寧にお辞儀をする。


巨大な龍はとても幻想的な姿をしていた。

孔雀のようにきらびやかな鳥のような羽。うろこを持つ体は草原のように、花畑のように、生花が咲き乱れ、羊のような形をした角を持ち、瞳は優しげであった。長い尾は苔むして龍の生きた長い時を感じさせる。まるで、自然そのものを見にまとったかのよう。その翼、体は羽毛よりも軽く、ふわりと風にのる。


「ひさしぶね!今日も私たちを運んで頂戴!」

「「久しぶりなの!わぁ~~い」」

妖精姉妹がその巨体に抱き着く。

「わたしの子どものようにかわいい、ルージュとシャルム……」

二人のもとへ長い首をおって、顔を近づける。

クラウンが労いの言葉をかける。

「いつも悪いね。サーカス団の一員として、今日もお願いするよ。」

「もちろんですわ……ミスター・クラウン。」

 彼女―――フェアリー・ドラゴンは、Cirque(シルク) de(ドゥ) Magiciens(マジスィアン)の団員を町から町へ運ぶ、運び屋の仕事をしている。

「三つ隣の県の白井コーポっていう、アパートなんだ、知っているかい?」

「いつもわたしは、風となって、この世界を飛び回っております……風はどんなところでも吹いている。知らないところなどございません………どうぞ背中へ。月より早いこの翼。一瞬にして、お運びしましょう。」

羽を広げ、彼らをその広い背にのせる。

その背中は陽だまりの中にある草原のように、あたたかい。


風に舞い上がった花弁のように、自慢の羽を広げて飛び立つ。



――――ふわっ………

一瞬頬を優しい風がなでる。




――――気づいたときには、別の町。白井コーポの前。


「やっぱり、あっという間ね。いつも何だかもの足りないのよね~」

レディーが少し残念そうだ。

「また呼んでいただければ、いつでも来ますわ……かわいいレディー。」

「フェアリー・ドラゴンはジョーカー以外、みんな子どもに見えるのよね。悪い気がしないから、別にいいけど。」

レディーは扇子を取り出して、ふふっと口元に寄せて笑った。


「それではみなさま………風はどこにでも吹いていますわ。優しい風が頬を撫でたなら、それはきっとわたし。みんなわたしのかわいい子どもたち……。」


フェアリー・ドラゴンはそう言い残して、消えた。



「あれ?……レディーが作ったその流れだと、そのみんなに、私は入っていないことにならないかい?」

クラウンが不思議そうに頭を傾げる。

「団長はなんか………そういう保護者的な目で、見れないかも。逆に保護者気質っぽい。」

「保護いらない。いいこと。」

シャルムとマッドが励ます。

「うん。そうかい!私はしっかりした大人ということだな!」

「単純ね……。フェアリー・ドラゴンは多分、深い意味があって言ってないわよ。」

レディーが呆れていると、ルージュがアパートを指さした。



「あっ!あの人だ!」


 ちょうど、アパートの二階の隅の部屋から、例の女性が出て来たところであった。目の下にクマを作って、疲弊した様子で、尋常ではないほどの疲れ切った人相をしている。


―――「みゃあ!」


「あっ!」


シャルムの腕から子猫が飛び出し、その女性のもとへ駆けて行った。あっという間に、彼女のもとへたどり着く。女性はハッとした顔になって、子猫を抱き上げて嬉しそうに顔をすり寄せている。




「しばらく……様子をみよう。」

真剣な声音になったクラウンの言葉に、みんなも黙って頷いた。



―――アパートの彼女の部屋の窓から、そっと部屋を覗く。

そこはイレールのルーペで垣間見た部屋とは、間取りが異なっており、段ボールの山が部屋に散乱していた。おそらく、この女性はここへ最近、引っ越したのだろう。かすかに女性の話し声が聞こえる。


「みぃちゃん!ここまで来てくれたんだ!引っ越しの日に居なかったから……もう、会えないと思ったんだよ!」

「みやぁ」

「心の支えはみぃちゃんだけだから……すっごくうれしい………!」



―――「聞いて……いつもみたいに…。あのね、わたしの漫画、また認めてもらえなかった……」

子猫――を抱いて、少しだけ輝いていた表情が再び曇った。


「何度も何度も…描いては投稿をくり返してるのに………。悪いところ直そうって頑張ってるのに……夢なんて、叶いっこないよ!世界なんて、夢を見ろ見ろ言う割に………厳しい現実を突きつけてくるだけじゃない!……どうせ最後には絶望しか残らない!一人の凡才ができることなんて………誰も相手にしてくれない!」


女性は子猫を抱きしめて、泣いている。



「世界はたった一人の人間にいちいち構っていられない………!」



「わたしの代わりなんて、いっぱいいるから!いらない人間は切り捨てればいいって世界だから……!」



―――クラウンたちは、お互いを見合った。


「聞き捨てならないな……。」

クラウンが口を開いた。


「ええ……。昔の自分を見ているようだわ!自分が嫌いで仕方がなかった、あの時の自分を!」

レディーが面白くなさそうに言う。

「それだけが……世界の真実じゃない。」

マッドがその女性を見つめて言った。


「「助けてあげたいの!」」

妖精姉妹が、クラウンにすがるような視線を向ける。


 それに気づいた彼は、ニヤッと笑う。

「もちろんさ!それだけがこの世界の様相の一つではないということを、この女性に教えてあげよう!――――――我々は何者だ?!皆の衆!?」


「「「「あなたに希望を届けます!夢と魔法のサーカス団!Cirque(シルク) de(ドゥ) Magiciens(マジスィアン)!」」」」


「そのとぉりーーー!その招待券は、等しく万人に!配られているのだーーーー!」



 優しい魔法使いたちは、さっそく準備に取り掛かった。





正午、その女性のもとに、彼らの招待券が届けられた。

「なにこれ……。」

彼女―――春香(はるか)はそれを手に取った。

「サーカス?………そういう明るいもの…今はどうだっていい。どうせ、楽しい瞬間なんて一瞬のこと。それが過ぎ去れば、辛い現実を生きるしかない……。」

そう言いながらも、封を開いて中を確認する。



拝啓 桜本春香様


今宵、月の女神ダイアナが夜を明るく照らし出す頃、貴女をお迎えに上がります。

急ぎ、準備したため、ショートバージョンでお贈りしますが、お楽しみ下さいませ。


Cirque de Magiciens一同



敬具



「新手の嫌がらせね………。」



迷惑そうにそれを手で丸めて、ごみ箱に捨てた。

そのゴミ箱には、たくさんの丸められた原稿が捨てられている。どの紙も彼女の報われない努力へのやるせなさ、怒りを含んでぐしゃぐしゃになっている。


彼女には、漫画家になるという大きな夢があった。

人間は、だれしも一度は自分の将来に大きな夢を見て、それを何となくでも追いかけるもの。その夢のあり方は人によって様々。

大きな、大きな夢を掲げる者もいる。

大金持ち、研究者、歌手………などの、ごく一部の人しかなれないもの。


――――――――――漫画家も、その一つ


主に才能を必要とする職業は、多くの人が痛いほどの挫折を経験する。

例えそれが、お金にならないような職業でも、安定した職業ではなくても。

その中で否が応でもふるいにかけられ、無残にも人を選別するのが


―――――この世界



いらないものは、いらない


「救いなんて……ないんだから。」

彼女は机に向かって、原稿を描いていたが、描く手が止まった。

壁に貼られた自分の絵の中には、ときどき評価され、見る人に喜んでもらえたものもある。

その過程で、彼女は絵を描くことを愛し、絵で生きていきたいと望んで、漫画家を目指しているのだ。



―――でも、この世の中は、わたしの絵を必要としてくれない

それは即ち―――わたしを必要としていない



彼女にはそのように感じられていた。


「ねぇ、みぃちゃん。」

「みぁ」

「わたし、才能ないのは分かってる……でも努力してるのに、報われないから落ち込んでるんだと思う。」



自分はいつまで絶望の中に居ないといけないのか―――


彼女は疲れ切って、机に寄りかかって眠ってしまった。




―――それから、どれほどの時間がたったのだろう。

いつの間にか、夜の闇に月が明るく光り始めた。


「みぁ~」

「……きみ、みぃちゃんっていうのね~きみもおいで……!」

「おいで~なの…!」

妖精姉妹がこっそり、彼女に忍び寄る。

ついでに、子猫のみぃちゃんも抱きかかえる。

「くすくす……よく寝てるの!」

「悪戯好きな妖精心をくすぐられちゃうの………!」

ルージュが彼女の髪を引っ張ろうとする。

「………だめ。二人とも。連れて行くのが、使命。」

「分かってるの!マッドは真面目なの~!」



こっそりと、彼らは彼女を連れ去った―――――






 「レディース!アーンド、ジェントルメーーーーーン!それ以外の方もーーーーもちろん、ウェルカーーム!!」




――――「―――――なに?」

 春香はいきなり耳に入った堂々とした声に、目を開けた。


そこには、円状ステージの中央で、こちらをニヤニヤしながら見つめる道化。



いつの間にか彼女はサーカスの大型テントの、観客席に座っていたのだった。




「お目覚めですかなーーーーーー!それでは早速ーー!第一演目へ入りましょーーーーう!」

 道化――クラウンがトランプを1デック手に出現させる。


「ご覧あれ!芸術の領域まで高められた、この華麗なる妙技!さぁあーーーーーーーよろしくーーーー!

―――――――――我らがマーメイド!レディーーーーーー・アーレイ!」


――――シュパパパパパ…………!



 クラウンが手に持ったトランプを背後に、一枚ずつ指の力だけで飛ばしていく。

それは、丁寧にお辞儀をして登場したレディーの右手に、一つ一つ弧を描いて、きれいに収まった。


「……………うそ?」

春香は目を見開いた。その表情はどこか楽しげであった。



スポットライトに照らされて、レディーの、ピンクのスパンコールで彩られた蝶の形の仮面と、海のように深いトルコ石のような青い髪が輝く。



流れる水を思わせる、ロマンティックな音楽の調べがステージに響いた―――


レディーはパチンッ♡と彼女にウインクすると、軽やかな手つきでトランプを扇状に広げ、それを何枚か右手に持ったかと思うと――――



――――スパパパパパッ!


一メートル間隔で並べられた5つの大きな花束を、華麗にトランプで切断した。



―――ひら、ひら……

沢山の花々は風に舞うように、地に落ちる。

そのタイミングでレディーは扇子を取り出し、踊るように、ひらりと大きくそれを振りかざす。


―――――ふわわぁぁ…………!

再びそれは舞い上がる。




彼女は両手の指と指の間の八か所に、トランプを数枚ずつ持ち、自分の左右の地面に、それぞれ勢いよく投げた。


――――スパパパッ!

―――ザシュッ!

地に投げられ、跳ね返ったそれらのトランプは、ステージの天へと花々の間を縫って、鳥のように飛翔し、消えた。



すると


宙を舞う花々は―――――真珠に変わった


スポットライトを浴びてキラキラと、白い虹色の光を放ちながら、


地に落ちていく――――




真珠は地に落ちるその瞬間に、しずくとなって


――――雨音を鳴らせたかと思うと――消えた


レディーは魅惑的に投げキスすると、ドレスの裾を少し持ち上げて、優雅にお辞儀した。




「ありがとーーーーーーーーう!お次は、我がサーカス団の手品師の登場だぁーーーーーー!魔法に魅入られた彼の、正真正銘、種も仕掛けもないマジックをお楽しみあれーーーーーー!」

クラウンがそう叫ぶと、ステージが暗くなった。




エキゾチックで力強いアラブ音楽の調べとともに―

――台の上に胡坐をかいた、マッド・クラブが、スポットライトに照らし出される。


彼はお辞儀もせずに、両腕を広げる。


―――ポワ…ン

 怪しげに白く光る、水晶玉が現れた



ポワ…ン――ポワ……ン―――――ポワン…………


次第にそれは、数を増やしていき――合計九つの水晶玉が彼の周りで漂う

くるくると……彼の周りを、円を描くように、回る。



クラウンがサッと、登場し、己のかぶっていた赤いシルクハットを、楽しげに彼に差し出す。


マッドは目をつぶり、右手を天に掲げた。



水晶は規則正しく一列に並んだかと思うと―――

ユラユラ……ユラ…

危なっかしく揺れながら、そのシルクハットに一つずつ吸い込まれていった。


「……協力、ありがとう。」

マッドが小さくつぶやいた、その瞬間―――――


―――バサッ! バササッ!

勢いよく、九羽の白いハトがシルクハットから飛びたった


クラウンはシルクハットを放り投げる。



――――クルクルクルッ!……シュタッ!

ロンダート・バク転・バック宙を華麗に決めて、ステージ裏に戻ったかと思うと、ライオンの入った檻を引いてきた。


「ガルルルゥ…………」

ライオンは檻の中で牙をむいて、唸る、唸る。


―――ピカ!

そこへ台座に胡坐をかいたままのマッドが、片手に持った水晶玉を光らせる。




突然シルクの大きな布が現れ、檻全体に広がった―――――

「アブラ……カタブラ………キエェェェェエエエーーーーーーーーーーーーー!」

目をカッと広げて叫んだ、その刹那――――

――――ピカーーーーーーーーーーーーーーーーー!

布に包まれた檻が光り輝き―――


クラウンが、サッ!と、布を引く

そこにライオンの姿はなく――――――――




――――――みゃあ!


みぃちゃんが、お行儀よく檻の中に座っていた。


「みぃちゃん…………!」

どこか高揚した様子の春香のもとへ、みぃちゃんは駆けていった。





――――フッ!

再び、ステージが暗くなった


――――小鹿が飛び跳ねるような、愛らしいワルツの調べが紡がれ始める――


「さぁーーーーーーーーー!サーカスの人気演目の登場だーーーーーーーー!妖精姉妹が貴女に贈るぅ~~~!

空中ぅーーーーーーーーーーーーブランコォーーーーーーー!」

 どこかからクラウンの声が響く。



パッ!

スポットライトが、天井近くの一点を照らし出す。

そこには、こちらにかわいく手を振って挨拶する、妖精姉妹の姿―――




――――ゆらん、ゆら、ゆらん

ルージュがブランコをこぎ始める――


くるり―――くるるん……!


華奢な体を丸めて、宙を三回転し、天井から下がる、もう一つのブランコへと飛び移る。


ルージュはそれをこぎながら、足にそれをひっかけて、逆さずりになる。

「いいよっ!シャルム!」

「うん!いくよ、ルージュ!」


元気よく掛け合って――――――――――くるんっ、くるんっ!


くるん!  パッ!


―――――ブランコから飛び立って、宙を舞い―――姉の手を、華麗に掴む




それから幾度となく繰り返される、妖精の空中ブランコ――――

ワルツを踊るかのように、仲良く、くるりと回る、回る――――――


「「そぉーーーれぇ~~~~!」」

 二人は声を合わせると、二人そろって、二つの空中ブランコからそれぞれ手を離した



―――――しゃら…………きらら……




 彼女たちの背に――――妖精の羽が現れた

それはステンドグラスのように、優しく光を受けて輝く――――


妖精の羽は落下の衝撃を弱めて、



―――すとん……


妖精姉妹は、静かに床に着地した




「これは………夢…………?」

春香が、夢見心地に言った。

次々と目の前で行われる、不思議な演目。

疲れ切った、心が輝き、喜びを感じる―――――――






気づくと――――春香は、自分の部屋に立っていた


「みや~」

腕の中には、みぃちゃんもいる。

春香は、ハッとして机に向かい始めた。


「今、すごく!絵が描きたい!」


彼女の瞳は輝いていた。

「今まで、ただやみくもに描いてただけだった!どこかで自分の力に限界を感じて……絵を描くのが苦痛で仕方なかった!でも、今はちがう!描きたくて仕方がない………!」

原稿を楽しげに広げて、下絵を描き始める。

「楽しい心で描いた絵は………きっと見た人にも、楽しさが伝わるって、絵描きはみんな知ってる!」

「わたしには、まだそれを追うチャンスがある………!少しずつでも、それに近づいてる!」

その声は本当に楽しげで、部屋には鉛筆を軽快に動かす音が響く。

「報われないと思うのは……夢を追い求めている課程に、諦めきれない自分がいるから………!」




―――Cirque(シルク) de(ドゥ) Magiciens(マジスィアン)のみんなは、それを窓辺から見ていた。



クラウンが、豪快に笑った。

「ははははっ!今回の公演も大成功だな!皆のおかげだよ!この楽しいだけではない世界で、“夢”を見られる者は、最高に素晴らしい者だと思うね!世の荒波にも負けず、苦しみと向き合うことができるのだから!」



「「良かったの~~~!」」

妖精姉妹がきゃーーーーっと抱き合った。

「これからも、応援するの!」

「しちゃうの~!」



クラウンは、嬉しそうに笑い合っている団員たちを眺めた。

(“夢”か………私が思い描いた『差別のない、誰もが互いを認め合う共同体をつくること』という夢は、おかげ様で実現することができたよ……世界は決して悪い一面ばかりではない………それを拾っていけばいい………そうだろう?……)

 彼は星空へと顔を上げる。




(私の心を優しく照らし出す、愛おしき光…………(リュシー)よ……)


仮面の奥の彼の素顔が、優しく微笑んだのは、彼だけしか、知らない。






―――――今夜も妖精姉妹は、森の泉で歌い踊る




くるん くるんと 大成功


くるん くるんと 心は変わる


とばしちゃったの 憂鬱気分


みられちゃったの 妖精の羽


でも でも いいの  これは“ゆめ”


でも でも 残るの  楽しい気分――――――――――



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