小話 ④ミカエラの絵画教室
今回は、ほのぼの・わいわいしてます。
小話 ④ミカエラの絵画教室
「百合さん、何を描いていらっしゃるんですか?」
鞄からスケッチブックを取り出して、何やら一生懸命に鉛筆を動かし始めた彼女にイレールが問いかけた。
「美術の宿題なんです……授業中に描き終らなくって、家で仕上げて来るようにって言われちゃったんです………がんばって仕上げなきゃ!」
しゅんとしながら、一生懸命に、細くて柔らかい手で鉛筆を動かしている。
手を動かすたびに彼女の艶めいた黒髪がその振動で少し揺れていた。
血色のよい頬はほんのり桜色をして口は固く閉じられており、目をきりりとさせて、真剣そのものの表情。
指でその頬をつついてからかいたくなったが、必死でそれを抑える。
いじりたいくらい愛らしいな、と思いながら、スケッチブックを覗き込む。
彼女はどんな絵を描くのだろう?
――――――ひょい
「あっーーーーー!ダメですーーーーーー!」
彼女がイレールの視界からスケッチブックを遠ざけようとしたが……遅かった。
「わあーーーーー!とっても乙女チックであったかい絵を描かれるんですね!アニメのキャラクターみたいです!」
百合が描いていたのは―――クマやウサギに羽が生え、ペガサスとともに雲の上を飛び回っているメルヘンな情景であった。どの動物も体が丸っこく、目が大きくてキラキラしている。
「私………写実的に描いてるつもりなんですよ……」
自分の画力の無さにトホホとなる。
「ここに描いてある動物、全部図鑑で調べて描いたんです…………でも、写実的にならないって………」
どよーーーん……
百合は顔を伏せて落ち込む。
まさかそんな過程を経たとは知らないイレールは慌てて言葉を付け足す。
「百合さんが思っていた絵ではないかもしれませんが!私はかわいらしくていいと思いますよ!少女漫画のあの複雑なキラキラした瞳もしっかり描けてますし!」
「私はいきいきして写実的な動物にしたかったから、目を描きこんでみたんです。この目……少女漫画の目に見えるんですね………」
どよよよーーーん………
ますます落ち込ませてしまった。
イレールはどうしたらいいのか分からなくなってしまった。
「ああ!どうしましょう!お気に障ること言ってごめんなさい!わあ、百合さん!その絵消しちゃだめです!せっかく描いたのに!」
百合は無言でその絵を消し始めている。
――――チリン!
彼が百合をわたわたしながら制止していると、ドアが開いた。
「ごきげんよぅ~~~~~お腹がすいたから、何か恵んでくれないかしらぁ~?できればシフォンケーキがいいのだけれど~」
気の抜けたおっとり声、ミカエラだ。
何とか百合の手から練り消しを奪取して、イレールが彼女に助けを求める。
「ミカエラ~ちょうどいい所に!見てください、百合さんのこの素敵な絵を!」
「まあ!絵を描いたのね!見たいわぁ!見せてほしいのよぅ~~」
ミカエラはうれしそうに手を合わせて彼女のスケッチブックを覗き込む。
「百合さんは写実性を求めていたみたいですが、こういう絵柄もかわいらしくて素敵ですよね!」
「まあ、まあ!かわいいわ!ゆりちゃん、そんなにどんよりしないで。いつもの純白オーラが台無しよぅ。こんなにかわいい絵、描きたくても描けない人だっていっぱいいるのよぅ?」
ミカエラが女神の微笑みで自然に褒める。
百合が顔を上げてにこっとした。
「………ありがとうございます……」
まだ悲しそうだが、幾分元気を取り戻したようだ。
「これは下絵なのよね。技法は何にするの~?」
「確か白黒の銅版画ってやつです。」
(……それだと出来上がったときにまさに少女漫画に……)
イレールはそう思ったが発言するのは、やめておいた。
「………ミカさんにお願いがあるんです。」
改まった様子で百合が切り出した。
ミカエラはものすごい勢いでシフォンケーキを頬張っていたが、その手を休めて答えてくれた。
「なにかしらぁ?……もごもご」
「私に絵を教えてくれませんか?美術館の学芸員ってことは、そういうのも得意なのかなって思うんです。よく考えたらいつも少女漫画っぽい絵になってしまう自分に気づいたんです!」
真摯にすがるような眼差しである。
「うーー……ん。得意ってわけではないけれど、そんな目で見つめられちゃうとねえ。いいわよぅ。みんなでお絵かきしましょう~!」
急いでシフォンケーキを咀嚼し終えると、バタバタと準備し始める。
――――そして
「じゃ~~、みんな~!ミカエラのお絵かき教室始めるわよ~~~~~!」
手をぱちぱちと叩いて、三人と一羽に呼びかける。
その姿はまさに子どもたちに展示解説をする学芸員であった。
そんなテンションで彼女が見つめるのは――イレールと百合、クラース、いつの間に来たのかクラウン。
それぞれカウンターの椅子に座ってクラースを取り囲み、スケッチブックと鉛筆、練り消しを持っている。
何とも異様な光景だ。
「貴方ってどうしていつも、切りのいいタイミングで来るんですか?」
「いいだろう?私は楽しそうな空気を感じたところにはどこにでも現れるのさ!」
クラウンは鉛筆を弄びながらひょうひょうと答える。
「なぜ俺がモデルなのだ………そもそも、絵を教えてほしいと言っていたのは百合だけだろう……この二人に囲まれるのは……悪い予感しかしないのだが……。」
クラースはイレールとクラウンを睨み、不満と不安をあらわにする。
「いいじゃないの~クラちゃん。鳥はモチーフとして最高なのよぅ。それに、みんなでやった方が楽しいでしょう~~?」
「安心してください、クラース。これは百合さんのためですから、少なくとも『私は』、真剣にやりますよ。隣に居る方はどうか知りませんけど。」
ちらっとクラウンを見やる。
「絵はまじめに描くさ。絵はね―――」
クラウンが意味深にニヤニヤしている。絶対に何か企んでいる。
「ちなみにこれが、わたしが描いたクラちゃんよ~~~」
彼女は自分のスケッチブックを開いて完成度の高いデッサンを皆に見せる。
どこか柔らかい感じがして、ミカエラらしさが表れている。
「わあーーーーー!すごい!写真みたいですね~クラースさんがいる!」
百合は興奮している。
「さすがですね!」
「ミカは昔から絵がうまかったからね。」
イレールとクラウンも賛美する。
「やったわぁ~~じゃあ、みんな二時間たったらお披露目ということにしましょう~~~」
――――二時間後
各々が描いたクラースがカウンターに並んだ。
「百合、クラースはメスではないよ。」
冷静にクラウンが彼女につっこんだ。
「百合の目には……俺はこんな愛くるしい姿に見えているのか……」
「………はい。返す言葉もありません。」
ミカエラに事前に線の引き方を習って描いたはずなのだが、またしても少女漫画風の目になってしまい、クラースが美麗な梟になっている。
「私はいいと思いますよ~!」
「そうよぅ~羽の部分はすごく描きこんであっていいと思うわぁ~~」
イレールとミカエラは褒めている。ミカエラは具体的なことを褒めてくれたので、少しだけましになったのだろう。
「すぐには直らないと思うし………いっか♪もう今回は満足です!」
「イレールはさすがね~!ジュエリーデザインしてるだけあって、無駄な線がないわ~」
ミカエラが絶賛する。
彼の絵は繊細な細い線で輪郭を緻密にとり、バランスもよく、陰影のつけ方も申し分なかった。
「すごいです!イレールさんって何でも器用にこなしちゃいますよね!」
百合が羨望の眼差しで彼を見つめる。
「いえいえ………そんなことありませんよ。」
「確かにイレールは器用だが、困ったことに君に対しては不器用なんだ。」
クラウンがいらない一言を付け足す。
きょとん。
「えーと、どういうことですか?」
鈍感な彼女が不思議そうにしている。
イレールはクラウンを一瞬睨んで彼女に向き直ると、
「何でもありません!お気になさらず、お願いですから、それ以上追及しないで!」
そう言って、慌てて取り繕う。
「皆さん!あんまりにもふざけすぎてて言及する気にもなれないと思いますが、クラウンの絵―――どう思いますか?!」
自分の話題から遠ざけるため、クラウンの絵の話に話題を移す。
「良いだろう?クラースの手羽先辺りを意識してみたんだ。」
――――そこには、おいしそうなクリスマスチキンの絵
湯気までたって、なかなかの秀作である。
「―――!?これは俺の絵だったのか!お前は俺を捕食対象として見ておるのか!馬鹿にしおってぇええええ!」
頭に一気に血が上ったクラースが飛翔して、クラウンへと襲い掛かる。
「これをお前だとは一言も言っていないよ。ただお前を見ながら後一か月でクリスマスか、と考えていたら、こんな絵を描いていたのさ。」
軽やかに攻撃をかわしながら、悪びれもなく言う。
「うぬぅ。」
その言葉にクラースの怒りボルテージが上がっていく。
難を逃れたイレールは一息つき、百合に言った。
「私でよろしかったら、空き時間にお教えしますよ。」
百合の顔がパアッと明るくなる。二人で過ごす時間が濃密になる瞬間だ。
「いいんですか!お願いします!」
――――ミカエラは各々馴れあっている彼らを穏やかに見つめていた。
カウンターの絵に視線を落として言った。
「絵って、その人の人となりが表れるわねぇ。」




