小話 ③イレールのデザイン仕事
これは夜の宝石店で不定期に開戦される、イレールの戦い
小話 ③イレールのデザイン仕事
百合が帰った後の、ある夜の宝石店。
店内の照明は消され、宝石たちも暗闇の中、ひっそりと眠りについている。
クラースが屋根の上でホー、ホー、と、鳴いて、二十三時を店主に告げた。
静かな、静かな、夜。
「いい夜です………」
イレールが机に向かいつつ、呟いた。
ここは宝石店のさらに奥――――イレールの書斎
彼の夜の日課は、ジュエリーデザインを考えること。
魔法界には彼のジュエリーブランドがあり、今は冬の新作デザインに頭をひねっているのだ。
本のぎっしり詰まった本棚に四方を囲まれ、暗闇の中、ランプ一つで照らされた机にはデザインし終えた書類の群れが、きちんと積まれて並んでいる。だいぶ出来上がっていたところのようだ。
「今日は頭が冴えていますね。順調です。」
透明水彩絵の具で着色された、写真のように精密なリングのデザインを彼は満足そうに手に取った。
「イレール、手紙だ。あいつからだ。」
クラースが手紙をくわえて飛んできた。
その手紙の氏名を見て、彼の顔が曇った。
「ああ………また彼からの特注願いですか。毎回毎回、膨大な数を要求してくるので、デザインするこっちの身にもなって欲しいものです……」
イレールが肩をすくませる。
「お前の大事な友人だろう。それに何より、我々のパトロンではないか。お前がここで金にならない商売をしていられるのも、あやつのおかげなのだぞ。」
「それはそうですけど。数が桁違いなんですよ!どうせ今回も『三日後までにテキトーに八十個アクセサリー考えろ、じゃ、よろしく。』とかいう内容ですよ!毎回毎回、脳細胞が死んでしまいそうな思いをしながらデザインするんですから!」
イレールがイライラを全面的に押し出しながら、クラースから手紙を受け取る。
細く繊細な長い指で、手紙を丁寧に開封する。
形の良い眉をひそめながら、文面に目を通し始めた。
すると―――読み進めるにつれて、だんだん、彼の肩が震え、目を固く閉じ、下唇を噛みしめた―――――怒っている。
完全に、怒っている。
「―――クラース。」
彼は苦々しく怒りを秘めた声であったが、クラースは動じなかった。
「うむ。」
「すみませんが、缶コーヒーを持ってきてください。これは――――戦争です。」
「任せておけ、今だけはお前の小間使いになってやろう。」
クラースがふわっと飛び上がり、イレールは手紙を放り出して机に向かった。
―――ぱさっ
床にひらひらと落ちた手紙にはこう書かれていた。
『明日までにテキトーに百個アクセサリー考えろ、じゃ、よろしく。』
イレールは目にもとまらぬ速さで手を動かし、デザイン画を仕上げていく。
この速さでも、彼のデザイン画は写真のように精密である。
(負けませんよーーーーーーーーーー!)
脳細胞が悲鳴を上げている。頭がきりきり痛むのを自覚する前に手を動かし、限界を超えて頭と手を動かす。
彼がここまでがんばる理由は、過酷な締切と数だけにあるのではない。
(百合さん!貴女に!目の下にクマをつくってフラフラになった情けない私の姿を見せるわけにはいきません!かっこ悪すぎます!一刻も早く終わらせ、休養をとり、さわやかスマイルで迎えに行ける状態にしなくては!)
(はああーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!)
どんどん彼の机にはデザイン画が散乱していく。
――――どんどん、どんどん、紙が机を埋めていく
(う、頭が…………!)
でも、ここで負けるわけにはいかないのだ!
結局、燃えるイレールの戦争は、朝六時まで続いた。
そう、彼は勝利したのだ。
勝利の女神アテナは彼に微笑んだ。
「お疲れ様です百合さん!」
イレールはさわやかスマイルで彼女を迎えに行った。
「お疲れ様です、イレールさん。……何だかやり遂げた顔をしていますね!」
――――にこっ!
花が咲くように彼女は笑った。
―――(ああ、生き返ります!今日の貴女のお疲れさまは、格別にうれしい!)
「分かりますか?何とかやり遂げたことがあるんです。」
「わあ!おめでとうございます。なおさらお疲れ様ですね!」
「うれしいです!今日は時々私にお疲れ様って声をかけてくれませんか?」
「いいですよ~お疲れ様です、イレールさん。」
「はい!」
仲の良い二人のやり取りは、その日一日中続いた。




