37Carat 間奏~詠唱(トラクトゥス) part3 last
皆、息を飲んだ。
「……何が…あったんですか?」
「何もありませんよ。私はただ貴女を傷つけた者を……しかも、黒魔術族を廃したいだけ」
イレールは冷酷な表情を浮かべて、百合のもとから離れた。
百合を見ても、ニコリともしない。
「その……心配かけて、すみませんでした」
百合も立ち上がって、恐る恐るイレールのローブを掴む。するとその手は、強引に振りほどかれた。
「そういうのは後になさい。今は黒魔術師に死を与えるのが先決です」
「な……なんで…そんなに………。あなた……だれ……?」
百合は目の前で自分を冷たく見据えるイレールが、別人に見えた。喜びの涙は悲しみの涙に変わる。それでも、イレールはそんな百合に顔色一つ変えなかった。
クラウンがイレールの肩を掴んで、いち早く吠える。
「何を言ってるんだイレール!!百合とやっと再会できたのに、なんでそんなに冷たい態度を取るんだッ!!」
「どうしたっていうの!!?エウラリアさんを殺すなんてことは目的じゃない!止めることだって!あなたが一番良く分かってるはずじゃないか!!」
御真弓様はイレールに詰め寄った。
しかし、イレールは、
――「何を怒っているのです?私はいつも通りですよ。
ただ、“黒”は廃せねばならない。そう考えが変わっただけです」
と、全く二人の言に耳を貸そうとしなかった。
イレールは一人ゆったりと歩き出して、皆、目の前の光景に呆然と立ち尽くす。
ジョルジュがじだんだを踏んだ。
「おい!リュシー!居るんだろッ!!何か助けてやれよな!!」
「お願いリュシー!!」
ミカエラは周囲を見回しながら、助けを求める。
そんな二人が呼び続けるリュシーは一人、顔を青くしていた。
(エウラリア……!あなたはイレールに対し後ろめたさを感じてしまった。だから、イレールの白魔術族の血を利用したのね……!イレールを狂気におとす……そうすれば、この子を傷つける理由ができるもの……!!―――でも)
彼女は百合へと視線を移す。百合は瞳を涙で濡らしながら、胸の前で手をギュッと握っていた。
(………大丈夫。きっとすぐ治まる……私の手助けはいらないわ)
そうリュシーが心の中で強く思ったとき
「イレールさんっ!!!」
――百合が、去って行くイレールの背中に抱き着いた。
「邪魔をしないでください……ここで時間をつぶす余裕はないのです」
迷惑そうに眉を寄せるイレール。しかし、百合は回した腕をほどこうとはしなかった。
「確かにそうです……。でも…っ!イレールさんをこのままになんて出来ませんっ!
なんだか今のイレールさんは……狂気に飲まれたエウラリアさんと似ている……っ!たぶん、イレールさんも…同じ狂気に飲まれている………!
だからっ!
このままになんてできません!
今のイレールさんは、言ってしまえば、別の人…!
お願いです!戻って……イレールさん……!」
「………怒りますよ……離しなさい」
涙に濡れれば優しく拭ってくれるはずの彼は、冷たい刺すような視線を注いでくる。
「私との思い出……忘れちゃったんですか!?一緒に遊園地に行きましたよね……!私達が恋人になって初めて出かけた……大切な思い出です……!」
「そんな小さなことが何ですかッ!!今はそんなことに現を抜かしている場合ではないでしょうっ!!?」
グイッ!!!
―――「きゃっ!!!」
百合は荒々しくイレールに突き飛ばされ、暗闇に尻餅をついた。
「小さなことだとッ!!?お前はそれを小さなことだと言うのかい!!?」
皆がイレールに食って掛かろうとするのを、百合は首を振って止めさせる。
「大丈夫……イレールさんは私のことを忘れたわけじゃないから…」と言って。
立ち上がった百合はイレールの後を追う。
「じゃあ……私の事……もう……想ってくれてないんですか…?」
「私の邪魔をするようでしたら、こんな慣れ合い要りませんね」
振り返ってもくれない。しかし、百合は去って行く背中に着いて行く。
「今のあなたはイレールさんじゃないです……」
「まだ言いますか………」
「私が好きだったのは、青い瞳で優しく見つめてくれる………誰かを自分よりも大切にする人です。そして小さな幸せで、微笑むことができる人……。自分一人で抱え込んでしまうけれど……誠実で、強くて………」
「そんな話を長々と聞けと……?」
チラリと睨んだ、彼の瞳は紅い。百合はギュッと胸の前で手を握ると、勇気を振り絞ってイレールに言った。
「一度だけでいいです……
こちらを向いて立ち止まってくれませんか?そうしてくれたら、私はもう何も言いません。イレールさんの邪魔はもう……しませんから」
「………言いましたからね…。全く何をさせるのか……」
ハッとため息をついたイレールは、面倒くさそうに立ち止まって、百合へと踵を返した。
すると百合は彼に近寄って――――
背伸びをして、―――そっと、唇を重ねた
イレールの紅い瞳が見開かれる。
イレールだけでなく、距離を取って二人を見守っていた友人たちも、彼女の行動に驚き唖然としていた。
(まぁ……………)
リュシーはクスリと、口に手をやる。
―――「…………っ…!」
背伸びが辛くなって、百合の体が揺れたとき――
―――百合は、腕の中に包み込まれた
離れかけた唇が再び重なる
薄らと百合は目を開けてみる。
――イレールは目をつぶって、姿勢を自分に合わせてくれていた。
瞳の色は分からなかったが、再び、瞳を閉じる。
―――やがて、唇が離れた。
百合は安心しきって目を開けた。
顔を上にあげたその姿勢のまま、微笑が見えて―――
「………迷惑かけたみたいですね。遅くなって…すみません」
彼はブルー・サファイアの瞳を細めて、手を取ってきた。
百合もその手を握り返す。
―――「いいえ………やっと…会えた……」
「はい……やっと会えました」
二人は名残惜しむように手を取ったまま離れると、表情を引き締めた。
まだ終わっていない。と、互いに強く見つめ合う。
「……一緒にエウラリアさんを救いに行きましょう、イレールさん!」
「フフ……私は貴女のそんな強さに気づいてあげられなかったのですね……
反省ばかりです……
―――はい。行きましょう百合さん……!今の貴女に、色々とお聞きしたいこともありますし……」
イレールは百合が手にした杖を横目で見ながら、彼女のバレッタに、胸につけていたピンク・サファイアのブローチを取り付けた。定位置におさまって、それは一段と華を増す。
「皆で幸せになりましょう!!」
「はいっ!“皆で”ですっ!!」
背後では友人たちがニヤケながら、駆け出した二人の後に着いて走り出していた。
エピローグを入れて、後二話で完結予定です。
投稿は土曜日か日曜日に、二話同時に投稿します。
本当に、皆様にはなんとお礼を言ったらいいか!!




