小話 ②淑女、奔走
今回はドッタバタ!
天真爛漫マーメイド、レディー・アーレイのお話
小話 ②淑女、奔走
サーカステントに歓声が響いた。
「きぁああああーーーーーーーー!かわいい!」
「生後十か月なのよ~~!かわいいでしょ!」
「わあああーー!オレにも抱かせて!」
レディー・アーレイが何かしら?と視線をやる。
団員たちが、ちやほやしているのは―――――カーバンクル、であった。
カーバンクルというのは人間界では伝説上の生物で、額にルビーの宝石を持つ子猫の大きさくらいの小動物である。猫のような顔としなやかな体つきをしているが、耳はフェネックのように大きく、ビロードのような体毛はピンク色をしている。細い尻尾の先にもビーズのように丸いルビーがついている。
「きゅきゅ~~~~!」
「おい!鳴いたぞ!」
会話だけ聞いていると赤ん坊を囲んだその家族の会話だ。
団員たちは軽業師・妖精姉妹の妹に抱かれているカーバンクルにくぎ付けになっているのだ。妖精姉妹は得意そうに話している。
「実家から送られてきたの!」
「私たちのテントに来てくれれば、いつでも見せてあげるからね!」
「あっ!それでお願いしたいんだけど………誰かこの子の様子を見ていてくれないかな?」
「私たちこれからホールで空中ブランコの演出打ち合わせがあるの。」
「ああ~!オレオレ!オレ、今超ひま~~~~!」
ブラック・スペードが右手を高々とあげて自己推薦する。
「ええ~~ブラック・スペード~~~~?」
「ええ~~やだ~~~」
妖精姉妹はハモりながら拒否している。
「なんでーー!いいじゃん!オレだってカーバンクルちゃん抱っこしたい!」
「じゃあ、私に任せてくれないかしら?私も今なら手持無沙汰よ。」
様子を見守っていたレディー・アーレイが間に入る。
「うん!アーレイ姉さんがいい!」
「うん!よろしくね!アーレイ姉さん!」
彼女に抱いていたカーバンクルを渡す。
カーバンクルはきゅっと鳴いて大人しく彼女の腕の中に収まった。
「大人しい子ね~~~いい子いい子♡」
「レディーだけずるい!ふんっだ!凶暴マーメイド!」
ブラックが頬を膨らませて、ご機嫌ななめになる。
「―――もう!うるさいわね!私、テントに戻るから一緒に来なさい!」
「やったーーーー!さっすがレディー!」
「………調子いいんだから、ほんっと!」
ブラックを引き連れて自分のテントへと向かう。
自分がついているから大丈夫だろうと思い、トラブルメーカー、ブラックに抱かせてやる。
「かわいいいいいいいいいいいーーーーーーー!」
ブラックは頬ずりしたり、ぎゅーっと抱きしめたり、うれしそうにしている。
「きゅう………」
カーバンクルは少し迷惑そうな顔をしている。
「かわいそうじゃない!その子のことも考えてあげないと――――あら!」
化粧台の椅子に座っていた彼女だったが、唐突に声を上げる。
「どうしたんっすか?」
「イヤリングが壊れちゃったのよ!」
耳にいつもつけているパールのイヤリングの留め具部分が変形してしまっている。
「ずっと使ってるから時々こうなっちゃうの。仕方ないわ………イレールさんにまた直してもらわないと。」
彼女がそれを化粧台に置いたときだった。
―――――きゅうーーーーーーーーーーーーー!
「うわあ!なんっすか!」
それまで大人しかったカーバンクルがブラックの腕から勢いよく飛び出し、
――――――ぱくっ!
パールのイヤリングをかすめ取って、テントの外へと駆けだして行った!
「ちょーーーーっと!なんてことなの!」
「ごめんレディー!腕をゆるめたら跳んでっちゃった!」
「言い訳はいいから!早く追いかけるわよ!」
カーバンクル、バーサス!、マーメイドと小悪魔の追いかけっこが始まった!
――――びゅんびゅんびゅん!
カーバンクルはしなやかな体でテントが張られた広大な公園の草原を風のように疾走する。
人間なら肉眼では捉えられないだろう。
――――――シュタタタタッ!
そのあとを、人間離れした速さで二人が続く。
ここは人間界の屋外、下手に魔法を使って捕まえるわけにもいかない。
「ブラック!あんた小悪魔でしょ!私よりすばしっこいから!テントに戻ってジョーカーを呼んできて!あいつなら、パッと捕まえてくれるはず!」
自分の上司を平気であいつ呼ばわりである。
「団長なら『海が見たい、海が私を呼んでいる』とか言って、どっか行っちゃったっすよーーーー!」
「はああああーーー?!何で死神が海の男になってるのよ!ってか、またサボって!迎えに行くのは私なのよーーーーーーーーーーーーーー!」
「仕方ないっすよーーーー団長はそういうお人なんっすからーーー!」
できれば町に出る前に捕まえたい。
二人とも目を引く格好をしており、建物が入り組んでいるため見晴らしが悪い。
一度見失えば探索も困難なはずだ。
「おりゃおりゃおりゃーーーーーーー!」
「やるじゃない!ブラック!」
死神ほど優れていないが、小悪魔の運動神経をフル稼働させて徐々にカーバンクルを追い詰めていく。
カーバンクルがちらっと振り向き、負けじとスピードを上げる。
「おりゃーーーーー!」
ブラックもさらに加速する。
「いけない!町に出ちゃうじゃない!」
カーバンクルは公園の敷地から出て、道路へと出てしまった。
「逃がすかーーーーーー!」
レディーの遥か先でブラックがカーバンクルに飛びかかろうとした時だった。
―――――――――ピョーーーーーーーーーン!
カーバンクルが華麗に跳躍し
―――――――――――――教会の窓から中へと入ってしまった
次の瞬間!
「ぎゃああああああああああああああ!教会っ!無理!オレ無理っすーーーー!」
ブラックの悲鳴が上がり、その場に倒れて転げまわり始めた。
「無理っす!オレ一応悪魔だから拒否反応でるんだって!うわあああーーーー!蕁麻疹がでてるぅーーーー!助けてーーレディー!」
「もうっ!情けないわね!そこでじっとしていなさい!」
遅れて到着したレディーが教会へと勢いよく入っていく。
無人の教会は薄暗く、聖母マリアがモチーフの壁の円形ステンドグラスから鮮やかな光が床へと降り注がれ、その場所が七色の神秘の泉のように、床に幻想的な世界を作り上げていた。
彼女はカーバンクルをその中心に見つけた。
ゆったりと座り込んで尻尾を揺らしながら、こちらをじっと見ている。
「こらこら、人の物を取っちゃだめでしょう?」
不思議と、もう逃げないという確信があった。
レディーは優しく叱ってカーバンクルの近くに腰をおろす。
「きゅ」
カーバンクルは短く鳴いて、口に加えたイヤリングを彼女に返した。
彼女はそれを受け取ると、よしよしと頭を撫でてやる。
カーバンクルは気持ちよさそうに頭に乗った手に頭をこすり合わせてくる。
「きみはこれを私に見せたかったのよね?」
「きゅ!」
意志が伝わってうれしかったのか、少し強く鳴く。
「うふふ♡ありがとう。何だか海の底にいたあのころを思い出しちゃうわ。」
――――自分が座っているその薄暗くて鮮やかな床は、色鮮やかな魚やクラゲ、マンタやイルカ達と歌い踊り、珊瑚の森を仲間たちと競争し合った幼い時を思わせた。光は水の中へと注がれて優しくその色彩を明るくする。―――ちょうどこのステンドグラスの光のように。
「何だか帰りたくなっちゃうけど………陸に上がったマーメイドは、ただじゃ海に帰れないわ。王子様のハートをゲットするまではね。私の場合はお客さんだけど!」
レディーはカーバンクルを抱き上げて、ステンドグラスをもう一度見上げたのち、テントへと戻った。
「ありがとう~~~~アーレイ姉さん!」
妖精姉妹にカーバンクルを返す。
「いいえ、淑女として当然のことよ。」
「ところでアーレイ姉さん、ブラック・スペード見てない~~~?」
「私たちの次の演出打ち合わせ、ブラックなの。」
―――――ぴた!
「あああーーー!いけない!忘れてたわーーーーーー!」
「…………………レディー、助けて…………」
未だ教会の窓辺に倒れている、哀れなブラックであった。




