幕開けの夜【Ⅰ】
────開話────
人気も薄れた夜の街。その街の中を、一人の青年が歩いていた…────
すでに夜の帳が下ろされたこの街の中では、その姿は随分と目立つ事だろう。
もっとも、青年がいくら目立っていたとしても、その青年を見る人物が居なければ、意味はないのだが。
夜の中にも溶け込むような黒髪。男にしては、その髪の毛は長めとなるだろう。
据えられた二つの黒い瞳は、鋭く、それでいて怠惰そうに前を見据える。
コツ、コツ、コツ、コツ。青年の足音と夜風の吹く音だけが静かに響くこの街中。
穏やかな静寂に包まれたこの街中に、一つの影が降り立ったのは、その時だった。
青年の数m手前に降り立った、その影。見る限りでは、女性だろうか。
小柄な身長に、艶のある長い黒髪を携え、幼さが残りながらも凛とした表情を持っている。
何より青年が目を惹かれたのは、こんな寒い中、浴衣しか羽織っていないという点である。
その少女が、こちらをゆっくりと振り向いた。流石に青年も、歩いていた足を止めてその少女を見遣る。
「…。おい、アンタ、」
何者だ。そのように問い掛けようとして、青年の言葉が途切れる。
それも当然だろう。その少女は、突然ぐらりと崩れたかと思うと、そのままゆっくりと倒れ始めたのだ──
「チッ…。」
舌打ちを漏らして、青年はその少女を支えるべく走り出した。
何とか、その少女の身体が地面に落ちる前に支える事が出来た。
その少女は、近くで見ると、少女ながらどこか魅力を感じる程に可憐だった。
閉じられた双眸。寝顔は普通にしているよりも更に幼く、可憐である。
どうやら、気を失ってしまったようだ。
「参ったな…。」
はぁ。と割と大きく溜息を漏らしたあとで、彼はその少女を背中に背負う事にした。
軽い。小柄な身長に相成って、その身体は彼の想像しているよりも軽かった。
「とりあえず、連れ帰るしかねぇな。」
再度、大きく溜息を漏らして、青年はゆっくりと、家路を歩き出した。
────背中におぶった少女と青年を巻き込む物語。その幕開けが、迫っているとも知らずに。
────閉話────