茶話会(侍女たちの、いわゆる女子会)
※ニーナ視点です。
ヴェルセシュカ国王が退室した後、ウィルフレッド殿下がリューネリア様に私室に戻るよう話しているのが耳に飛び込んできた。
それにはムカつきを隠せない。
確かに、リューネリア様を泣かせたのは殿下ではないかもしれない。だからリューネリア様の心を慰められるのは殿下しかいないと思って寝室へと通したが、先程人払いがされている時に、廊下でダーラからリューネリア様の胸の痣の話を聞き、どうしてもっと普通の慰め方が出来ないのだろうと思わずこめかみを押さえて溜息を零してしまった。
だが、国王との話が何であったにせよ、今のリューネリア様はとても輝いている。すべての悩み事がなくなったかのように、晴れ晴れとした笑みを浮かべるリューネリア様を見て、心の底から本当に良かったと思えた。
しかし、私室に戻るよう言われたリューネリア様が顔を赤くしてしまわれたことに、侍女である私たちが気づかないはずがない。
それが、先程のダーラの話と直結する。
二人の間に今まで何もないことなど、私たちにはお見通しだったのだけど……。
侍女の感は、犬の嗅覚よりも働くのだ。
「ニーナ……」
私室に戻って来てからというもの、リューネリア様は落ち着かない。
国王と会う為に化粧を施してしまったからと、リューネリア様にもう一度湯浴みを進めるダーラたちの心境も分からなくはない。なぜか張り切っている彼女たちに、リューネリア様も逆らえなかったようでダーラたちの言いなりだ。
すっかり寝支度が整っても、寝室へと向かわないリューネリア様に、溜息混じりに私は告げる。
「どうしてもと言うなら、睡眠薬入りのお酒でもご用意致しますが?」
力技になってしまうが、リューネリア様のことを思うなら、殿下に恨まれようとそれぐらい容易いことだ。
だがさすがにリューネリア様も首を横に振る。
「いえ、それは――」
「では、おやすみなさいませ」
リューネリア様も殿下のことを思っていらっしゃるなら、思いきることも必要だろう。
顔を赤くして躊躇するリューネリア様を半ば無理矢理、寝室へと押し込むと、ダーラをはじめ他の侍女たちは顔を合わせて、口の端を持ち上げる。もう、嬉しくて我慢ならないといった表情で、最初に口を開いたのはダーラだった。
「ああ、やっと殿下が報われる日が来たのね!長かったわねぇ」
「あ、ねえ。結局、賭けは誰が勝ったの?」
「マーシャじゃない?」
「え、ヘレンじゃなくて?」
口々に確認し始めた侍女たちに、私は思わず口を開いていた。
「賭け?」
一瞬、夕方の王太子の話が頭をよぎり、怪訝な顔をすると、ダーラが説明してくれる。
「気を悪くしないでね。実は私たち、殿下がいつリューネリア様をものに出来るか賭けてたのよ」
片目をつぶっておどけて見せる彼女に思わず尋ねる。
「その賭けはいつしようと?」
「ああ、初夜の翌日だったかしら」
あっけらかんと答えるダーラに、少しだけ殿下に同情する。
確かに、二人の間になにかあったかどうかなど私たちには筒抜けだ。それは仕方がないだろう。だが、賭けの対象にされているとは……。
私が呆れている傍らで、賭けの結果について話がついたのか、夜番の二人以外は引き上げることとなった。
「あ、ニーナも今日はもう部屋に戻るんでしょう?」
「ええ。そのつもりです」
「だったら、私たちの部屋に来ない?今日は祝宴をしようってさっき決まってね」
「……祝宴」
「そう、バーニスが貯め込んだお菓子を食べながら、だけどね」
つまり、私が想像しているような祝宴とは違うと言うことか。
少し考えてから、口を開く。
「……あの」
私はこういうのは慣れないからどうしたらいいのか、本当によく分からない。けど、祝宴というからにはやっぱりお酒が必要なのではと口を開いた。
「以前、エピ村に行った時に村長から貰った葡萄酒があるのですけど、皆さん飲みますか?」
その言葉に、いち早く反応したのはナタリアだった。
「エピ村!?ザクスリュム産の葡萄酒!?」
「はい。リューネリア様から何かの時にでも飲んでみたらと言われて……」
その言葉にダーラたち侍女が歓声を上げる。
「ニーナってば気が利く!エピ村の葡萄酒は有名な銘柄なのよ!しかも殿下たちにいただいたものを分けてもらったってことは――」
「「「超一級品!!」」」
数人の声が重なる。
思わず呆気に取られたが、彼女たちの笑顔が仕事も終わった後だというのに疲れも見せずにむしろ輝いていることに、知らず笑みがこぼれた。
「おー、ニーナが笑ってるよ」
まだ酒気が入っていないにも関わらず、どんどん高揚していく彼女たちからの指摘に、頬が赤くなる。
「あー、今度は赤くなった。うん、いいんじゃない?」
そこにあるのは、決して悪意を含むからかいではない。
温かくて、自分を同じ人間として、仲間として見てくれるものだ。
なんとなく、リューネリア様が常々言っていた意味が分かったような気がした。
リューネリア様にだけ目を向ける人生ではなく、もっと周囲との関わりを持って、楽しむことも知って欲しいということだったのだろう。侍女仲間たちとも、お互いが信頼を置けるような居心地いい場所を作ることが出来れば、それはきっと、リューネリア様の為にも、そして自分の為にもなるのかもしれない。
それがきっと、私の新たな居場所になっていくのだろう。
ならば、今日は自分の為を祝って、飲むのもいいかもしれない。
私はそう思い、新たな一歩を踏み出した。