指令?
※バレンティナ視点です。
(第21話・第22話後の出来事)
「ようやくおやすみになられたようね」
こっそり扉を開けて様子を窺っていたロレインに、バレンティナは苦笑した。まるで小さな子供を持つ母親のようだ。
つい小さく笑い声を出してしまい、訝しげな表情を浮かべた彼女に、今頭に浮かんだ言葉を伝える。
「ロレインってば、本心から心に決めた人に対しては心配性よね」
「あたり前でしょう。彼女は――」
部屋の中で今は落ち着いて眠っている彼女を起こさないように、人差し指を唇の前に持っていくと、ロレインはぐっと唇を噛みしめた。
ロレインがリューネリア様に心酔しているのは知っている。それが悪いとは思わない。だが、先ほどロレインが取った予想外の行動に、バレンティナはかすかな驚きを覚えただけだ。
「そうじゃなくって」
それを思い出し、浮かび上がる笑いを誤魔化すように手をひらひらさせる。思わずニヤついてしまう。
「どうしてさっきは邪魔しちゃったのかしらねぇ?」
バレンティナの言いたいことを察したロレインは、瞬時に頬を赤くした。
「あ、あれはっ……」
珍しく口ごもる彼女に、ついに堪え切れなくなって、それでも部屋の中を気づかいお腹を押さえて笑い声を噛み殺す。
この国の第二王子であるウィルフレッド殿下が妃殿下の部屋を訪れた。別にそれ自体は驚くべきことではない。ただ、しばらくするとロレインがそわそわと落ち着きなく中の様子を気にし始めたのだ。何かを迷っているようにもあり、バレンティナは別段何も指示を受けていなかったので、しばらく彼女の様子を窺っていたのだが。
何を思ったのか、意を決したロレインは恐れも知らず扉をノックした。
これにはバレンティナも驚いた。内心、邪魔しちゃうの?という気抜けもしたのだが。
出てきた殿下は別段不機嫌そうでもなかったが、ロレインと何か二、三言、言葉を交わして事件の処理に戻って行った。多分、リューネリア様のことを頼まれたのだろう。
だが、バレンティナが何よりも驚いたのは、ロレインの取った行動だ。今カマをかけて見たが、この態度から察するに自己判断だろう。一体、何を思って殿下を追い払うようなことをしたのかバレンティナは気になったのだ。
すると、顔を赤くしていたロレインは、諦めたように深々と溜息を吐くと、服の隠しから一通の手紙を出した。
「今日、殿下が預かってきて下さった」
「ええ?」
ウィルフレッド殿下を足に使うとは一体誰だろうと思い、手紙の封蝋を確認するとそこにはランス公爵家の家紋があった。
なるほど、と納得する。そんなことが出来るのは、殿下の従姉であるコーデリア様ぐらいか。あの華やかな女性を思い出し、バレンティナは納得する。
「で、何が書いてあったの?」
流石に中味を見るわけにはいかないだろうと訊ねると、ロレインは封を開け、バレンティナに差し出した。
ちらりと見ると、簡単な文章しか書かれていなかったが、その内容に目をむく。
『殿下とネリア様をまだいい雰囲気にしては駄目よ?わたくしのいないところで殿下に出し抜かれるなど許せませんわ』
ちらりとロレインを見上げると、気まずそうに視線を逸らす。
つまり、ロレインも気持ちは同じなわけか。
それにしても、とバレンティナは思う。殿下も可哀想に。まさかこのような内容の手紙を届けさせられているとは思ってもいないだろう。
それならば、とバレンティナは笑った。
「だったら私は殿下を応援しようかしら」
よくは分からないが、殿下と妃殿下の噂はバレンティナの耳にも届いている。だが、その噂がもしも殿下の片思いだというのならば、現在二人の近くにいる分、なかなかバレンティナの日常に彩りを添えてくれそうではないか。
護衛は派手な仕事ではない分、退屈になりかねないが、これはこれで面白いかもしれないとバレンティナはひそかに思い、にんまりとほくそ笑んだ。