鈍いのか鋭いのか
※エリアス視点です。
(第11話~第14話の間の出来事)
あれほど女性にだらしないウィルフレッド殿下が結婚することが決まったと聞いた時、最初は相手の女性にかなり申し訳なく思うと同時に気の毒だと思ったことをエリアスは覚えている。
しかも、その相手とは戦争相手である敵国の王女だという。これは、一波乱だけでは済まないのではないだろうかと心配していたが、蓋を開けてみれば意外といえる結果だった。
妃殿下が執務の手伝いをするようになり、ウィルフレッド殿下が真面目に仕事に取り組むようになったことは嬉しい誤算だった。
まったくもって、これほど殿下に釣り合いの取れた女性は他にいないと認めざるを得ない。エリアスが心配していた一波乱を巻き起こす気配など見せず、むしろ傍観しているところが逆に殿下の気を引いているとも気づいていない。しかも、妃殿下の生きる姿勢に殿下の考え方が良い方向に変化が現れていることも手に取るように分かり、なお妃殿下以外の女性は有り得ないとさえ思えてしまう。
執務の合い間に休憩を挟む折には、妃殿下自らお茶を入れ、実は殿下もそれを楽しみにしているのをエリアスは知っている。
しかし畏れ多くも妃殿下の入れたお茶をエリアス自身も飲むことが習慣になりつつあったある日の事――。
殿下がお茶を飲みながら、隣に座る妃殿下にヴェルセシュカの貴族の女性たちの話を始めた。
しばらくは黙って二人のやり取りを聞いていたが、肝が縮むとはこういうことをいうのかと、まるで生きた心地はしなかった。
なぜなら、殿下が名前を上げられた女性たちはかつて殿下と噂になった方々ばかりだったからだ。
一体殿下が何を考えているのか――。
いや、分からなくはない。付き合いが長いだけに分からなくはないが……。
妃殿下が感心したように呟くのが聞こえた。
「本当にウィルフレッド様は交友関係が広くていらっしゃるのね」
きっと殿下はやきもちを焼いて欲しかったのだと思う。だが、妃殿下の反応は殿下の望むものとは違い、どこまでも淡白なものだった。
殿下の笑顔がわずかに固まっていた。
「――ネリーはどうだったんだ?」
気を取り直した殿下は、止めておけばいいものを興味半分だったのか、それとも妃殿下の男性に対する免疫のなさに油断したのか。エリアスはもう静観を決め込み、ひたすらカップ内のお茶のを減らすことだけを考えた。
「パルミディアで、ですか?」
それでも二人の話声は耳に入ってくる。
妃殿下は小首を傾げて少し考えた後、口を開いた。
「そうですね。ウィルフレッド様ほど広い交友関係というものはありませんでした。年に数度ほど婚約者候補の方々と会食をする程度でしたが――……ウィルフレッド様?」
何気にさらりと爆弾を落とした妃殿下は、完全に固まってしまった殿下が落としそうになっているカップを慌てて支える。
「え、婚約者候補って?」
我に返った殿下は、カップを皿に戻すと妃殿下の手を掴む。
「ご存知ありませんでしたか?……とは言っても、すでに過去の話ですしね」
そう言って、やんわりと笑った。
妃殿下は本当に鈍いのか鋭いのか実のところ分からない。
だが、それ以上に殿下が自ら掘った墓穴にはまってしまったのを、助ける手立てをエリアスは生憎持ち合せてはいないし、あまりにまぬけすぎて助けようとさえ思えなかったが……。