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砂の国の冒険 第1夜

本編第3話後半分の裏話になります(読んでいなくても今回は分かると思います)


直接的な流血描写はしておりませんが、苦手な方はご注意ください。

 ゴードヴェルクはエリュシカ大陸の南東にある大国だ。

 民族的にも好戦的といわれ、その領土の大半はこの百年の間に武力によって広げていったものである。

 その大国の北西隣に位置する小国ヴェルセシュカの第二王子が親善を兼ねて、ゴードヴェルクの王宮にやってきたのは五日ほど前だった。



 十歳になったばかりのウィルフレッドは、もうそろそろ外遊も経験しろと父であるヴェルセシュカ国王に言われ、砂漠のオアシスと呼ばれるゴードヴェルクの首都イーニッドまで遥々やってきたのだが……。

「あつい……」

 ヴェルセシュカの王都ライルよりもかなり南に位置するこの都は、空気は乾燥しているが、日中の日射しは容赦なく照りつける。砂漠のオアシスと呼ばれるだけあって、イーニッドには緑が溢れ、この離宮の中でも木陰は多い。

 建物内は風通しもよく開放的ではあるが、ヴェルセシュカの気候とはあまりにもかけ離れた気温のせいで必要以上に汗をかき、身体が水分ばかりを欲しがる。しかもその上、慣れない味付けの食事に食欲は失せ、ウィルフレッドはいとも簡単に体調を崩してしまっていた。

 三日後にはこの国の第四王子の十三回目の誕生を祝う宴が催される。その時までには何としても回復しておかなければ、ウィルフレッドのわずかな失態が、ヴェルセシュカの外交に結びつく可能性があるかもしれないということを、この国に来る前に教育係であるエリアスからしっかりと十歳の頭でも理解できるよう(理解するまで)叩き込まれたため、それぐらいは承知していたのだが。


 窓のような扉から――全ての窓が、天井から床まで開け放てるようになっているので――中庭をぼんやりと眺めやる。

 見たこともない庭木が、情熱的な色の花をつけている。乾いた土が白く輝き、光が目に突き刺さるようだった。見上げた空も濃く、空気の色も匂いも違う。

 本当に今、外国にいるのだと実感する。

 だるい身体をもてあまし、寝返りをうつ。その拍子に、枕元に置いておいた兄からの餞別の品に手が触れた。

 この度、ゴードヴェルクを訪問するにあたり、兄である王太子のカールから一冊の本を贈られた。

 長い旅路の供に、暇つぶしに読んでみるのも楽しいよと言われ、道中は周囲の景色と物珍しさからそれどころではなかったが、こうして体調を崩しては何も出来ず、寝台に伏せていることしか出来ない身になってみて、初めて身体の弱い兄の気持ちが分かった気がした。そんなカールがよく本を読んでいたことを思い出し、折角だからと贈られた本を読んでみると、確かに面白い。内容は、本を読み慣れていないウィルフレッドでも、理解できるほど易しく、ほどほどの文章量で、しかも物語の舞台がちょうどゴードヴェルクの話だった。その物語はちょっとした冒険の話で、主人公の少年が危険を冒しながらも、最後は宝物を手に入れるのだ。ウィルフレッドも物語の主人公と同じ気持ちになって、ハラハラしたりドキドキしたりしながら読み終えたのが先刻のこと。

 だが現実は、この物語の少年のように冒険することなど出来ないことをウィルフレッドは知っている。この度の外遊がせいぜいだ。常に周囲は護衛に囲まれ、今も部屋の周囲には人の気配を感じるほどだ。

 本を読み終えたばかりの高揚感はいつの間にか消え、気分は沈んでいく一方のままウィルフレッドは目を閉じて眠りの淵をさまよった。



 静かすぎる周囲の気配に、ウィルフレッドはうっすらと目を開けた。

 いつの間にか空は暮色に染まり、空気も冷たいものに変わりつつある。砂漠の夜は冷えるから気をつけるよう言われていたことを思い出し、侍女のレイラを探す。

「レイラ?」

 寝台から身体を起こす。

 昼間の暑さがやわらいだ為か、それとも睡眠をとったことが良かったのか、随分と気分は良くなっていた。

「誰かいないのか?」

 周囲を見渡し、薄暗くなりつつある外を眺めると、昼間には情熱的な色の花をつけいていた木の下に、その木に寄りかかるように誰かが座っていた

「誰?」

 他国ということもあり警戒しながら部屋の入口付近まで歩いていくと、それがまだウィルフレッドとそれほど歳の変わらない子供だと分かる。ゴードヴェルクの民特有の赤銅色の髪に飴色の肌をした少年だった。彼はその場で膝の上に何かを広げて見ているようで、こちらに気づいているだろうに顔を上げようとしない。

 この離宮は、ヴェルセシュカの賓客に滞在用の宮として用意されたものだ。つまりその賓客にあたるウィルフレッドの為に用意された場所なのだ。

 本来ならいくらゴードヴェルクの王宮の一角とはいえ、この場にゴードヴェルクの人間が無断で立ち入ることは禁じられている。それを、まるで自分の庭のように悠々と寛ぐ少年の無礼な態度に、多少なりとも苛立ちをおぼえる。

「おい、どこから入ったんだ?」

 少年に近寄りながら声をかけると、頭がやっと上がり、黒檀色の瞳に思わず射竦められる。

「止まれ」

 静かな、決して荒げた声ではなかったが、よく通るその声は命令することに慣れている声だった。

 思わずといった感じで足を止めてしまったウィルフレッドに、少年は膝の上に広げていたものを片手に抱えると、緩慢な動作で立ち上がる。それでも無駄な動きは一つもなく、一種の優雅ささえ感じさせた。

「おまえがヴェルセシュカの王子か」

 立ち上がった少年は、頭半分ほどウィルフレッドより背が高かった。腕を組み、見下される視線にウィルフレッドの苛立ちは募る。

「ああ。……きみこそ誰だ」

 相手が自分のことを知っているのは、ここがヴェルセシュカの賓客用の宮だと彼が知っているからだ。しかし、こちらには少年のことを知る手がかりはない。ウィルフレッドの質問を少年は鼻で笑うと、一言発する。

「アミール」

 それが少年の名前だと認知したのと、彼が片手に抱えているものに気づいたのは同時だった。

「それ、僕の本だ!」

「ああ、ちょっと失敬した」

 なんでもないことのように告げ、その本を無造作に差し出す。

 そして、やはり傲慢な態度で周囲を見渡すと、露骨に顔をしかめた。

「ここの警備はどうなっているんだ。不用心すぎるだろう」

 言われ、確かに人の気配がしないことに気づく。

 ウィルフレッドが不安になって思わず困惑した態度を見せると、アミールは仕方なさそうに深々と息を吐き出した。

「今は大丈夫だ。俺がいるからな」

「なんできみがいると大丈夫なんだ?きみも子供じゃないか」

 当然のことを口にしただけだったのに、呆れた顔を向けられる。そして、先程とは違う意味でのため息をついたと思ったら、一瞬後には高い金属音をさせ、目の前に剣先をつきつけられていた。

 剣を握っているのはアミールだ。緩やかに弧状に反ったその剣は、日頃ウィルフレッドが使用しているものとは明らかに違い、その剣を構えている型も独特だ。

 驚いて目を瞬くと、アミールは冷ややかに笑った。

「俺が刺客だったら、おまえの命は無くなっていたんだぞ。もう少し警戒しろ。ここはゴードヴェルクだ」

 ゆっくりと剣を引き、鞘に戻す動作を見つめていると、アミールは首をゆるく横に振った。

「こんなことで驚いていては、ヴェルセシュカも知れているな」

 アミールの言葉は、明らかにウィルフレッドの耳にも届いていた。だが、その蔑みの言葉よりもなにより、ウィルフレッドはアミールの持っている剣に視線が釘付けになっていた。

「アミール!」

「……なんだ?」

 思わず一歩近づいて、両手を握りしめる。一方、アミールはウィルフレッドの勢いに、思わずといったように身を反らす。

「僕と剣の打ち合いをしろ!」

「はぁっ!?」

「だってそんな剣、見たことがない。それに僕が習った型とも違う。すっごく興味があるんだ」

「……おまえ、体調が悪かったんじゃなかったのか?」

 言われて、確かに剣が持てるような体力ではないことを実感する。

 しかも周囲は薄暗くなりつつある。これでは、剣の打ち合いなど無理に決まっている。

 がっくりと肩を落とすと、小さな失笑がアミールの口から漏れ聞こえた。

「俺はかまわないぞ。おまえがやりたいって言うのならな」

 顔を上げると、先程までの侮蔑の混ざった眼差しは、今ではすっかり消えていた。

「明日までには元気になるから、絶対やろう」

 そう告げると、了承の言葉が返ってきた。

 直後、宮の中に人のざわつきを感じ、二人して建物内を見る。薄暗い屋内に、明かりが灯っていく。

 それを見届けると、アミールは簡単に別れの挨拶を口にし、身を翻した。どうやら、あまり人に会いたくないようだった。

 ウィルフレッドも部屋に戻ると、何事もなかったかのようにその日は過ごした。ただ、出された夕食は、アミールとの明日の約束を思い、身体が欲しがらないにもかかわらずすべて平らげた。そんなウィルフレッドをレイラは不思議そうに見ていた。



 前日の夕食を無理にでも食べたのが良かったのか、それとも身体がゴードヴェルクの気候に慣れてきたのか、ウィルフレッドは宮の中なら自由に歩きまわっても良い許可をレイラから貰った。午前中は、ゴードヴェルクの国の事をもう一度復習させられ、護衛の騎士の一人であるジェレマイアに身体ならしに剣の手ほどきを受ける。

 レイラは最初こそ渋っていたが、それほど体力が余っているならと許可をくれた。

 しばらくジェレマイアと剣の打ち合いをし、昨日見たゴードヴェルクの剣のことをそれとなく尋ねる。

「ああ、刀剣のことですね」

 さすがに知っていたようだった。

 赤みの強い金髪が癖のためにピョコピョコ跳ねて、上背があるため一見したところ愚鈍に見えなくもない。しかし彼は意外と博識で、また騎士団の中でも剣の腕は一、二を争う程だと言われている。

 刀剣の言葉に、そう言えば昨日読んだ本の主人公も、そのような剣を持っていたなと思いだす。

「刀剣は私達が使う剣とは違って、一般的には片刃の剣なのですよ」

 それを聞いて、納得する。

 確かに、両刃と片刃では扱い方が違ってくるだろう。それならば、構えの型も変わってくるのも理解できた。

「どうしたんですか、いきなりそのようなことを聞いてくるなど」

 昨日のことを言おうかどうしようか迷う。

 本来なら言った方がいいのは分かっている。誰にも気づかれずにこの宮の最奥まで入りこまれたということは警備上の問題にも影響がある。

 構えていた剣を下ろし、口を開こうとした時だった。

 侍女のレイラが慌てたように走ってきたのだ。

「ウィフルレッド様!どういうことなのです!?」

 まだ二十歳そこそこのレイラは、ウィルフレッドの目の前までやってくると、目を吊り上げて声を震わす。薄茶色の髪を固く一つにまとめているため、ただでさえ口煩く怖い印象があるのに、実際に怒るとさらに怖い。だが、ウィルフレッドは彼女が心配から言っていることを知っているため、いつものことだと思っているのだが、周囲にはそうは映らないらしい。

「おいおい、いきなり何だ?」

 レイラと割りと歳の近いジェレマイアも、何事かとそれとなくウィルフレッドを庇うように二人の間に割り込む。ジェレマイアの背後から顔をのぞかすと、侍女は頭が痛いとばかりにこめかみを押さえ、首を横に振っていた。

「いつファイサル殿下にお会いしたのですか?」

 まるでウィルフレッドが許可なくふらふらしているような言い方に、いわれのない言いがかりだと思う。だが、レイラの口にした名前に眉をしかめる。

「――誰だ、それ?」

 聞き覚えのない名前だった。

 だが、レイラは仕方なさそうに自分がやってきた方向を振り返ると、彼を見てから言った。

「ファイサル・アミール殿下です」

「は?」

 思わず目を見開く。

 そこには昨夕、この庭で会った少年がニヤリと笑って立っていた。そのいでたちは昨日のような簡素なものではなく、正式なゴードヴェルクの装束だった。髪もきれいに整えられ、背後に数人の兵士を連れて立っている姿を見ると、確かに王族としての風格がある。

 呆気に取られていると、横からジェレマイアに袖を引っ張られた。一方レイラが、やはり知っていたのですねと呟くのが聞こえた。これは後ほど山ほどの小言を言われるのを覚悟しておかなければならないだろう。そう思いながらも、ウィルフレッドは挨拶をする為に、アミールの前へと歩いて行った。



「へえ、意外とやるじゃないか」

 何本か手合わせをしてもらったが、やはりというか圧倒的にアミールの腕の方が上だった。

 慣れない刀剣の動きに苦戦し、それでも最後の方は何度か剣の動きを読むことが出来た。だがアミールは、優美な動きでウィルフレッドの手から簡単に剣を落とす。

 負けて悔しいという思いは今まで何度もしてきたことだったが、そう歳の変わらないアミールにいとも簡単に負けてしまうことが、ウィルフレッドの矜持に傷を付ける。それは、今まで相手が大人だったから負けたのだと言い訳をし、自らに甘えがあったことを気づかされた。

 ジェレマイアに止められるまで打ち合いを続け、木陰で休憩をする。

 汗をかいたおかげか、今朝よりも一層身体が軽く感じられた。



 その夜、レイラとジェレマイアからアミールのことについて教えられた。

「ファイサル・アミール殿下は第四王子ということですが、このゴードヴェルクの国を継ぐ可能性が最も高い王子です」

 ゴードヴェルクの民は王族をはじめ好戦的な民族である為、ヴェルセシュカのように王太子という地位を設けていないということだった。つまり生き残った者が王位を継ぐことができるということだ。しかも一夫多妻制を用いているため、子供の数はことさら多い。それだけに生き残るには血のつながった兄弟を、平気で殺すことが出来るだけの冷酷さも必要になってくる。それはいずれ、何かを見捨てなければならない時、一の為に千を殺すのではなく、一を捨てても千を救うことができてこそ、国を束ねる資格をもつことができると言われているからだ。国を存続させていくには時にはそういう冷酷さも必要だ。そういうことを総合的に考えて、アミールは四番目の王子ということだが、その素養を一番多く持っているとのことだった。

「つまり、敵がそれだけ多いということです」

 今まで自分の置かれていた境遇とのあまりの落差に、ウィルフレッドは言葉を無くした。

 あれほどの剣の腕前は、必要に迫られたから身についたものだ。ウィルフレッドのように必要だから習ったのとはわけが違う。

「ファイサル殿下と親しくされるのは構いませんが、ほどほどにされておくことをお勧めします」

 妙なとばっちりがくるのはごめんですから、とレイラが冷淡にも言い放つ。それはウィルフレッドを思ってのことだ。

 確かにレイラの心配は分かる。他国を外遊中の王子に、何事か起こればその責任はすべてレイラや護衛が被らなければならない。もちろんそのようなことが起こらないよう予め危険から遠ざけることが一番なのだが、まだ十歳のウィルフレッドにそれを予測しろというのは無理な話だ。だからこそ侍女や護衛が目を配る必要があるのだが。

 しかしウィルフレッドはレイラの助言に素直に従いたくはなかった。

 折角仲良くなれそうになったのだ。それに、昼間にアミールからイーニッドの下町には市場がたくさん出ているという話を聞いた。

 連れて行ってやるとまで言ってくれたアミールに、やっぱり無理だと告げて怖気づいたと見くびられるのは嫌だった。それにヴェルセシュカを出る前にエリアスも言っていたのだ。外交というのは、他国との協調を目的に行うものであって、決して喧嘩をする為ではない、と。つまり、ウィルフレッドがアミールと仲良くするということは、隣の大国ゴードヴェルクとヴェルセシュカが仲良くなるということだろう。それに、逆を取ればゴードヴェルクもウィルフレッドに何かあれば外交上良くないだろう。迂闊なことはしないはずだ。

 黙ったままだったウィルフレッドだったが、そう結論付けると素直に頷いておく。

「わかった」

 ついでに内心に秘めた決意を誤魔化すために、笑顔も添えておく。

 それをどのような意味に取ったのか、レイラもジェレマイアも小さく息を吐き出し、頭を横に振っただけだった。

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