蹴球大会で逃げた鳩
クルックー クルックー クルックー
「くるる。ほら、広いでしょ?」
ラブリー春香妃は、カゴの中の鳩に語りかける。それを見ている同僚も私も、目尻が下がって自然に笑顔になってる。なんて可愛いんでしょう。
本日は蹴球大会。すでに午前のリーグ戦が終わり、勝ち上がった3チームの最後の試合。両方とも全勝してきたチーム。事実上の決勝戦。
宮廷前広場には多数の屋台が並び、人々の数は祭りのときと同じくらい。女の子の応援する声が華々しいなとか、審判が運動不足でへろへろやんとか、浩宇がめちゃくちゃ働いてるなとか、特別な日。ラブリー春香妃は「くるるは大自然の中を飛んでいたのに、いつも十王府にいてかわいそう」と、鳥カゴ持参でご観覧。
本日、春香妃の護衛は2人体制。同僚と私は、ここまで無事だったことに胸を撫で下ろしている。
「気は抜けないけどね、瑞」
「はい」
同僚と言っても年上だから敬語。
「瑞、あの女、怪しくない?」
午後から、1人、うろうろしている女が目につく。
「若そうなのにグレーと紺のババ臭い服。目立たないように地味にしてるんでしょうが、逆に不自然ですね。顔隠してますし」
常に日焼け対策の布で目以外を隠して怪しさ抜群。
「さっきから試合見ずに、こっちばっか見てんだよね」
蹴球大会というのにコートに背を向け、観覧席付近を見ている。
「確認します」
近づいていくと、ターゲットは早足で逃げ始める。絶対怪しい。まさか第二皇子か春香妃を狙った刺客?
人の間を縫って進むと出店の周りの人だかり。人混みに揉まれ押され、
ぱいーん
ターゲットにぶつかって弾かれる。ん? この胸。
ふわっ
頭から被っていた布を取ってみた。
「桃麗……妃」
思わず大きな声出そうになったじゃん。
ばっ
桃麗妃はすぐさま私の手から布を奪い取る。で、大急ぎで頭に被る。はー。もう。こんな護衛が大変な日に。何やってんの。
「ちょっと見にきただけ」
「蹴球大会をですか?」
「そーよ」
にしては、コートじゃなくて観覧席ばっか見てたけど。
「ご覧になりたかったのですね」
「推しの初めての催しだもん」
推し? よーするに、第二皇子が推し。推し活かよ。
「東宮から抜け出されたのですか?」
「仕方ないじゃない。第一皇子は危険だから来ないでくれって、軍部から言われたんだもん。夫が来ないのに私だけ観覧できないでしょ」
「一人でうろうろなさるより、観覧席の方が安全です。参りましょう」
「大人しく東宮に帰るわよ」
「でしたら護衛をつけますので、やはり観覧席のある本部まで参りましょう」
世話のかかる。決勝戦、ぜんぜん見れないじゃん。
桃麗妃が本部へ行くと、ラブリー春香妃が大喜び。
「ほら、ご覧ください。くるるがいつもより嬉しそうなのです」
「あら、ホント。外の方がいいのでしょうね」
鳩なのに? 分からん。
一緒に観覧することになった。
第一皇子正室に相応しいイスを用意し、東宮へ伝令を走らせる。東宮から護衛や侍女が走って来て、周りはてんやわんや。だけどみんな桃麗妃がカゴの鳥だって知ってるから「こんな日くらいは」って協力的。
桃麗妃は、第一皇子の正室だから、外出も面会も文のやりとりも春香妃より自由がない。更に、ゆくゆくは、もっと自由がない魔窟、後宮へ入る。それが央の国、女性の地位ナンバー1の歩む道。
すでに最後の試合の残り時間は少ない。現在2−1。観客は固唾を飲んで試合を見守る。
本部では、浩宇が得点数の集計をしたり、MVPを決めたりしてる。
「あ!」
カタン
バンバンバンバン パン
「「「わーーー」」」「「「やったー」」」
それは同時だった。桃麗妃が声を上げ、第二皇子に飛びついてイスごとひっくり返す。ひっくり返されながら第二皇子が鳩のカゴをテーブルから落とす。最後の試合終了のけたたましいドラの音。銃声。人々の湧き上がる歓声。
桃麗妃は第二皇子を組み敷くような体制になり、推しのアップで、
『ステキ♡』
失神。
場は騒然。倒れた第二皇子と桃麗妃にお付きの者達が駆け寄る。
大丈夫。銃声は1発。弾丸は第二皇子後ろの屏風を貫通してる。銃による被害者はなし。
「くるる!」
落ちて壊れた鳥カゴから鳩が逃げ出す。それを追おうとするラブリー春香妃を抱いて止める。
どこ。銃声はどこから聞こえた? 私は春香妃を抱えながら周りに目を凝らす。銃声に気づかず試合結果に湧く人、銃声に身を低くしたままの人、逃げる人、何事かと観覧席の方を見ようとする人、人人人。
逃げた鳩が人を追う。執拗に1人を。ぱたぱたと頭の高さで低空飛行を続ける。あいつだ!
「春香妃をお願いしますっ」
「分かった、瑞」
鳩が追う男目掛けて全速力。人垣が邪魔で追いつけない。それでも男の背中が徐々に近づく。どうする。相手は銃を持ってる。平気、連続して撃てない。もし2丁持ってたら? 振り返って撃たれる前に捕まえる。走れ。
どかっ
目の前で、どこかから飛んできたボールが男の頭に落ちる。他の人に当たらないよう、ピンポイントで狙った山なりボール。一瞬動きが止まった男。それに向かってタックル。地面に倒れた男の腕を捻り上げる。確保。痛っ。くっそう、鳩。私の頭をつついてくる。鳩はばたばたばたばたと飛び回り、くちばしが、爪が、羽が私の顔を攻撃する。
気づけば半径2mに人がいない。代わりに警備をしていた兵士2人が男を捕らえにくる。
「「立て!」」
男は両側から兵士に抱えられ、引っ立てられる。その肩に鳩が留まる。
ホー ホー
鳩はか細く鳴いた。男は自分の肩にいる鳩の方に首を傾けて、ふかふかの小さな胸に頬ずりする。
「もう、自分とこ、帰れ」
鳩への男の声は、驚くほど優しく穏やかで。
鳩は、まるで言葉を理解したかのように飛び立つ。北へ。
兵士が男を連行し、男の周りにできていた空間が何事もなかったのようになくなっていく。残されたのはボールと私。
足元に転がっていたボールを取りにきたのは、製麺所で会ったガキんちょだった。
「ありがと。上手いね」
ガリガリのガキんちょは、無言のままボールを持って人々の中に消えた。
宮廷前の広場は激しい喧騒に包まれていた。
単独犯かどうか分からない。他にも武器を持った人間がいる可能性がある。広場は急遽閉鎖された。
蹴球大会は全ての試合が終了している。残るは閉会式だけ。結果発表と賞状、賞品授与は、広場に面した役所の中で行われた。1位大工さんチーム、2位曲芸師チーム、3位軍の有志チーム、MVPは最多得点の曲芸師。製麺所のガキんちょは2番目に得点が多かった。
その日、軍の上層部は徹夜で警備の反省を行った。
◇
2日後、朱氏様の屋敷で会った第二皇子は沈んでいた。
軍部の今回の警備責任者とその上は減封処分。逮捕された男は獄中で自害。恐らくは自害に見せかけた他殺。
朱氏様は円卓で立ち上がり、恭しく頭を下げた。
「第1回蹴球大会の成功、おめでとうございます」
は?
第二皇子も浩宇も、もちろん私も、きょとんとなった。
「成功?」
第二皇子が疑問符付き。
「成功です。第二皇子の望まれた通り、身分の分け隔てなく試合が行われました。大工、曲芸師、農民、商人、参加者は様々。軍のチームには武官も官僚もおりました。参加15チーム、参加人数約250人ほど、観客数は言うまでもありません。全ての試合が問題なく行われ、突然のハプニングにも素早く対応し、表彰まで終了しました。1位のチームはどこかの店を借り切って朝までどんちゃん騒ぎを楽しんだそうです。3位の軍の者達は、同僚に麺を配っておりました」
みんな、賞品目当てだったんだね。だよね。賞品が掲示された後、参加が10チーム増えたもんね。
「僕はさ、製麺所の少年にMVPを取って欲しかった。だから賞品を肉にしたのに」
第二皇子の言葉に思わず報告する。
「あの子、すごいです。私が犯人を追ったとき、ピンポイントで犯人の頭にボールを落としたんです。走ってたんですよ。周りには他の人がいっぱいいて。すごくないですか?」
思い出したら興奮しちゃった。
第二皇子は、伏し目だったのにぱっと開眼。
「じゃ、その子のお手柄ってこと?」
「はい。あれがなかったら、逃げられていたかもしれません」
「やった!」
にこにこと第二皇子は頷き、お付きのお爺ちゃん宦官に申しつけた。
「MVPと同じ肉を彼に」




