外の世間は世知辛い
病むなし。男装。
そこら中に目があるって聞いたし。「枯れ専」なんて噂が出たら、カレシできないじゃん。
朱氏様の屋敷へ行くと、浩宇が出迎えてくれた。やっぱ好み。いーなー。もう宦官用の体になっちゃったのかな。宦官になろうと思うほど、これまでが過酷だったとか。権力欲バリバリだとか。きっと浩宇には、特別な内面があるんだね。
「本日、朱氏様はまだなんだけどさ」
「お忙しいんだね」
浩宇が部屋のドアを開けると、
「瑞、遅いよ。ポスターができあがったんだ。もうそこら中に貼ってもらってる」
先に第二皇子が来てた。暇なんだね。第二皇子がポスターを広げる。黄緑色でなかなか派手。シュートしてるし。顔だけ男の指示なのか、脇の方にはひらひらの服を着た女性達の絵。なんかもう、蹴球大会なのか、女の子にモテよう大会なのかって感じ。
本日は、お付きのお爺ちゃん宦官も一緒に来てる。公式の外出っぽい。
近々、賞品の乾麺の話をするために大手製麺所を訪れるそうな。酒蔵見学の予定もばっちり。
心配なのは、エントリーするチームが少ないかもしれないこと。一応、軍部では、2チームが練習を始めてる。そのせいで、皇帝に忖度して参加予定だった官僚チームが参加を取り下げた。蹴鞠じゃ格闘技に敵わないもんね。
お爺ちゃん宦官は、第二皇子への賞賛が止まらない。ご高齢で、辺鄙な北の国境へ同行しなかったこともあり、事実をご存知ないらしい。
「新しい企画をなさるとは。しかも、身分の分け隔てなく楽しむというコンセプトつき。かように成長なさり、嬉しゅうございます。先の戦では敵陣を一人で壊滅させ、多くの捕虜をお助けになられました。もう私はいつ死んでもかまいません。先日は第一皇子ご正室のご実家で、誰のメンツも潰さず見事に切り抜けられたのです」
ちなみに、大将パハンの首は塩漬けにして都まで運ばれた。初陣で、戦のことなど知らない第二皇子は、都の皇帝に首を見せる際、塩漬け首に失神。戦士あるまじき醜態を晒した。
「なんかさ、桃麗妃の父君、この先も蹴球大会でスポンサーになってくれそう。朱子が脅してくれたおかげで交渉する手間が省けたよ」
第二皇子はちゃっかり発言。
なんのことか分からないって顔の浩宇に、私は手短に説明した。
「では、米が中抜きされてるということなんですね」
と浩宇。
「念の為、査察が入るかもしれないって忠告しておいたよ」
第二皇子、お酒の材料のうるち米見ながら、そんな話してたんだ?
朱氏様にお世話になってる浩宇は、朱氏様同様、出世と権力のために、不正ストッカーになるのかもしれない。どうなんだろ。屈託なく笑って、地面に寝転んじゃう姿が好きなんだけどなー。
第二皇子は浩宇の肩や腕をべたべた触ってる。なに?
「へー。ね、浩宇。ガッチリしてるじゃん」
そーなんだ。意外。
「普通です」
「蹴球、出てよ」
「いえ、私など。ボールを蹴ったこともありません」
「周りの友達とか誘ってさ。女の子にモテるよ」
いえいえ、宦官なんだって。モテないって。
「申し訳ありません。軍部のチームが出るとなると、モテるどころか、かっこ悪い姿をさらすだけになると思います」
「そっか。僕も出たいんだけどな「なりません!」
第二皇子の発言にお爺ちゃん宦官が被せる。
「本来ならば、こうして出歩くのも御法度なのですよ。命を狙う者、誘拐を企む者、恨みを持つ者、様々な者達のターゲットになってしまうのです。蹴球大会をご観覧なさるだけでも危険なのに、広いコートでどのように護衛するというのですか。弓で、銃で、あるいは試合の中で選手に紛れて。ああ、恐ろしや」
「はいはい」
そんな会話を眺めていると朱氏様が帰宅した。
朱氏様が遅くなったのは、桃麗妃の父親が中抜きしている証拠集めのためだった。
「船への積荷の数と国庫へ収められている数が合っていませんでした。記録はそれぞれの場所にあり、国庫への米は陸路でもやってきます。日付をもとにそれらを照らし合わせて数のチェックをシステムはありませんので。陸路の方は皇帝の第三側室の一族。そちらでも中抜きされていました」
朱氏様は第二皇子に報告する。央の国で暮らしていると、役人も商人も、それが当たり前。
「どうなさるのですか?」
桃麗妃に言われてることだし、一応、聞いとこ。
「いえ。状況を把握しただけです」
心を読み取ることができない笑顔に、ぞーっと背中を冷たいものが走る。
後宮の外に邸宅を持つほど出世したスーパー朱氏様は、こーいった有力者や官僚、役人の弱みを山ほど握ってるんだろーな。皇帝が密輸してることまで知ってるもんね。皇帝の側近じゃないのに。別名、不正ストッカー。
この日は進捗状況の確認で終了。
◇
酒蔵見学は、非番の日だった。残念。その日の護衛が「めちゃ美味かった」って。
賞品は、1位酒、2位米、3位乾麺に決まった。
勤務の日に見学したのは、製麺所。
基本、庶民は皇族の頼みを断るなんてできない。即、スポンサーになることを約束した。
隣にある空き地で蹴球の練習をしていた。1人、大人の中を縫うようにドリブルするガキんちょを発見。すばしっこい。気づくとベストポジションにいる。シュートを量産。
「あの子、すごいね」
第二皇子が誉める。ガキんちょは、製麺所で働く13歳の近所の子供だった。父親が戦で亡くなり、小さなときから働いているのだとか。
「上手いじゃん。そーだ! MVPも表彰しよう。あの子、イケそう。賞品はお菓子がいいんだろうか。直で聞こう」
「おーい」と子供が呼ばれ、走ってきた。ガリガリ。この子、お米の方がありがたいかも。
「今、蹴球大会の賞品を考えてるんだ。もし君だったら何が欲しい? お菓子?」
「銀」
なんて夢のない。第二皇子は苦笑いした。
「現実的だね。そうか。君はいくつから働いてる?」
「9歳」
「えらいね」
ラブリー春香妃は、私の後に隠れて、ぎゅっと私の服の端を握っていた。
帰り、馬車の中での夫婦の会話が聞こえてくる。
「同じ歳くらいの男の子を見るのは初めてでした。折れそうに細いのですね」
「あの細さは、まともに食べてないんだろう」
「どうしてですか?」
「お金がないからだよ。子供は同じだけ働いても、大人の半分くらいしかお金をもらえない」
「製麺所の麺をもらうことはできないのですか?」
「あれは売り物なんだ。役人と違うから、人の麺を勝手に自分の物になんてしない」
「役人や官僚はちゃんと食べているのに人の物を奪って、ちゃんと食べられない子は正しく生きているのですね」
ちょっと暗い顔になったラブリー春香妃に、第二皇子は手品を見せ始める。きゃっきゃっといつもの笑い声が戻る。この辺り、さすが妓楼で女の扱いの経験値を高めてるだけあるわ。
何気なく馬車から外を眺めると、人混みの中に浩宇。青い縁取りの同じ服を着た男の人達と一緒に歩いてる。どこの制服だろう。東宮や十王府では見かけないデザイン。
◇
ちょきちょき
私は紙を切る。ポスターに賞品を掲載するため。ポスターはすでに掲示されてしまってる。切った紙に「1位酒樽1&ビン20本、2位米3袋、3位乾麺1000食、MVP塩漬け肉1kg」と浩宇が書く。なんてメンドクサイ。先に賞品決めとけよ。あの進み方では仕方ないのかな。蹴球大会のこと早く知らせないと、チーム作れないもんね。
「ふぅ」
浩宇が筆を置く。
二人だけの空間に作業があってよかった。することがなかったら、間がもたなくて心臓が破裂する。
「綺麗な字」
「これは特別丁寧に書いてるだけ。すっげぇ緊張」
墨を乾かそうと、紙に手を伸ばすと、文鎮を動かそうとした浩宇の手とぶつかる。
「ごめん」「すまない」
二人で同時に自分の手を引っ込める。浩宇の手は一回り大きくて、私より日焼けしてて。少しごつごつした骨格が男っぽい。二人で言葉を忘れたように、書き終わった紙をまとめ、枚数を数える。
浩宇は墨の匂いが似合う。
非番の日に、誰がどこに貼ったかも分からないポスターを街中探し回って紙を貼った。
蹴球大会には15チームがエントリーした。賞品の紙を貼ってから、格段に増えた。
試合の組み合わせは浩宇が決めた。宮廷前広場にコートを3つ用意し、5チームごとに分かれて総当たり戦。最後は3チームで総当たり。結構ハード。1試合の時間は短め。
軍部では、警備の計画が大変だった。皇帝や後宮の妃達は、城壁の上から観戦することになった。見えないかも。
央の国のモデルは中国です。時代的には明後期をイメージしております。実際には明後期、税を、米ではなく銀で納めていました(参考Gemini)。武器や生活様式など、事実とは異なりますが、異世界としてお楽しみください。




