内通者は将軍だよね
駐屯地はざわついていた。夜中というのに、誰もが遠く、敵陣営を眺めてる。将軍も例外なく、建物の外で望遠鏡を持って仁王立ち。広がる星空、静まり返った大地の中で、未だオレンジ色の炎が不気味に揺れる。
私は、右の腿にあった拳銃を手に、物陰に潜み、息を殺す。
「第二皇子が戻られました!」
伝令が大声で叫ぶ。
かがり火の中、9頭の馬が進んでくる。先頭には血染めの第二皇子。なんかよく分かんないけど、すっごい迫力。べそべそ泣いてたのが嘘のよう。
第二皇子は馬を降りる。
「そ、その刀は……」
将軍は、第二皇子が手に持つ長い刀を見て後退りする。見ただけで、敵の大将の剣と分かったらしい。面識があるってこと。
第二皇子は初めてにも関わらず、流れるような動作で背中にあった敵の大将首を布から出して掲げる。間違えて、ヒゲを持ったから顔が逆さまんなっちゃってるんだけどね。
「将軍、敵と内通していた罪で軍法会議にかける」
冷ややかな声が夜のしじまに響き渡る。爆音で兵舎から出てきていた多くの兵士達が、
「内通?」「軍法会議だって?」「将軍が?」
とざわざわ囁き合う。囁き合うだけで誰も動かない。当然。上下関係は一朝一夕でできたものじゃないから。第二皇子は完全アウェイ。
「見よ! 敵の大将の首だ」
第二皇子はくるっと観客の方に向いて大将首を見せた。
返り血で染まった髪と服。顔中に満遍なく広がった涙と鼻水は汗のようにテカって、かがり火のオレンジ色を反射、暗闇との陰影を際立たせる。敵将の長く重そうな軍神的な刀。ヒゲで逆さにぶら下がってゆらりと揺れる首。残虐の極み。冷徹で無敵に見える。
「「「「うおぉぉぉぉ」」」」
「「「「すげぇえええ」」」」
兵士達が湧く。
「あれは、パハンだ!」「そこら中の村を襲ったパハンか」「そうだ、あのヒゲ」「パハン!」
巨漢は悪名高い男だったみたい。
第二皇子は仕上げの一声。
「将軍を捕えろっ」
「「「はっ」」」
将軍はその場で膝をついた。
「まさか、第二皇子が。くっ。あの爆破も……」
両脇を捕らえられながら、悔しそうに将軍が呟く。
「あれは私で、ぅっ」
あのバカ。とっさに、そばにあった石を第二皇子に投げた。第二皇子は言葉の途中で否定できなかった。セーフ。
「おおっ、マジかよ。爆破も第二皇子?」
「うっわ」
「すげぇ」
「第二皇子」
「神」
兵士達の、眩しいほどきらっきらの清らかな尊敬の目が、かがり火に照らし出される。
「拐われるときに無抵抗だったのは、このためだったのか」「策士だ」「なんとあざとい」
なんだか、無抵抗で拐われたヘタレた姿すら功を奏してるし。
そして、ベストタイミングで見張りが大声を張り上げる。
「敵が撤退し始めました。火消し部隊が残っていますが、半分以上がテントを畳んで移動しています」
兵士の誰かが「第二皇子、勝どきを!」とリクエスト。
それに答え、第二皇子は大将首を天に突き上げる。
「万勝万勝万勝!」
バンバンバンバンバンバン
勝利を祝う、ドラの激しい連打音が駐屯地の夜空に響き渡る。
一件落着。
とりあえず寝たい。でもね、兵舎で雑魚寝は嫌。軍にいるとそーゆー生活もある。でももう、都でベッド生活を味わった今、男臭い中で寝るのは嫌。野宿も嫌。かといって、宿を取ってあるのは、諜報活動をした北の国。今から国境を越えて、真夜中に宿へ行くなんてできない。ってか宿賃は前払いしてあるし、このままバックレる予定。馬宿へは、馬を迎えに行くけど。
!
あるじゃん。
ゆっくり眠れるとこ。捕まっちゃって空になった将軍の部屋。
お、やっぱいい布団。寝心地サイコー。おやすみなさい。
◇
「起きて、起きて、瑞ってば」
体を揺すられてうっすら目を開けると、白い光の中に顔だけ男のアップ。眼福。ミッションが成功してヨカッタ。でも、私、
「……もぅちょっと知的な顔が好み……かも」
「瑞、何寝ぼけてんの」
ん?
朝?
「あ、おはようございます」
やばい。布団がよくて寝過ぎた。不覚。
飛び起きて布団の上に正座した。目の前には第二皇子が立ってる。昨晩の血をすっかり洗い流し、無精ヒゲもなし。イケメンオーラ全開。朝日が後光となって眩しすぎる。
「おはよ。昨夜はありがとう。改めて礼を言うよ」
「いえ。第一側室の命ですから。あの、勝手に入ってすみません」
「さすが瑞だね」
は?
「……」
「内通者の仲間が証拠を取りに来るかもしれないから、番をしてくれたんだろ?」
「……」
違います。
「誰も来なかったみたいだね。扉に挟んでおいた紙がそのままだった。一応、この建物に出入りできるのは、僕だけってことになってる」
言いながら、第二皇子は人差し指の先にある1cm四方の紙を見せた。窓から入ったんだよね、私。
「そうですか」
「ちょうどよかった。瑞、一緒に証拠を探してよ」
内通者の仲間が他にもいるかどうか、いたとしたら誰なのか不明なので、調査を他の人に任せることができないそうな。
「まず、顔を洗ってきますっ」
逃げた。窓から出るとき、鳥のフンが手に付いた。ばっちい。
大急ぎで娼婦の服から誰かの兵士の服に着替え、調理室からまんじゅうをこっそりもらった。窓から戻るとき、またまた鳥のフンが手に。
「瑞、どこに何があるのか分かんないよ。武官って大事なものどこに片付けるの? 書庫があるの?」
「ありません」
さすが帝国一の箱入り息子。第二皇子は世間知らず。駐屯地に個人の書庫なんてあるわけないじゃん。軍事基地だから。
しゃーない。手伝おう。頑張って武功を立てた(首を切った)ことだし。帰り道を分かるようにしてくれたし。
「内通の証拠探しですか。普通、手紙などは読んだ後、燃やします。見つかったら首が飛びますから」
「僕もそう思う」
調査不可能。詰んだ。
クルックー クルックー クルックー
そのとき、窓辺に鳩が遊びに来た。
「あら? 第二皇子、この鳩、足に何かつけてます」
第二皇子が鳩の足から小さな紙を取り外す。何回も畳まれた紙を広げると、文が書かれていた。
”第二皇子逃亡、食料庫・武器庫爆発、パハン死亡、撤退やむなし。銀1000決裂”
「これは! 密書だ」
顔だけ男は喜んでいる。でもちょっと待って。
「それ、誰から誰へってないですよ?」
「いや。この部屋は臭い」
どきっ
それって、私が一晩寝てたから? 確かに昨日湯浴みしてないし、汗かいたし、血を浴びたし、臭いかも。わさわさ言わなくてもいいじゃん。私が口を噤んでいると、第二皇子はくんくんと部屋の中を嗅ぎ回る。嫌味?
鳩がクルックーと鳴きながら、戸棚の後ろに飛んでいく。第二皇子が戸棚を退けると、そこには扉を開けたままの鳥カゴがあった。辺りには紙が敷かれ、紙は鳩のフンだらけ。
「第二皇子、こんなところに鳥カゴが」
「おお、見えなかった。ここだったのか。確かに臭う」
なんだ。鳩の巣の臭い探してたんだ。
第二皇子は、将軍と伝書鳩と密書と共に都へ戻ることになった。
私はもちろん別行動。男装して馬と都へ向かう。
馬に揺られながらぼーっと思う。央の国の第二皇子を差し出す値段が銀1000か。将軍って、ボロい商売してる。私には到底望めない。銀100で庶民が1年間生活できるんだもん。
いくら武功を立てたって、将軍になるのは名門武家出身か官僚だけ。庶民は幹部まで行くのも難しい。でもって、私、別に出世したいわけじゃないんだよね。
10歳のとき売られることになった。妓楼だったら食いっぱぐれないから。男だったら食いっぱぐれないのは軍って聞いた。女でも軍に入れるって言われたから入った。軍って体力勝負。若くて働けるうちに稼いでおこうって思うの。ステキな人と家庭を作って、子供にはひもじい思いをさせないように暮らしたい。貧しいことは悪。娘を売ったり、子供を間引いたり。だから私は報酬第一。
銀がね、ちょーっとずつ、価値、上がってきてるんだよね。銅銭は反対にインフレで価値が落ちていってる。だから今なら銀がいい。
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