涙の大将首取り物語
巨漢はベッドの上にうつ伏せに倒れたまま。
第二皇子は袖口で口を押さえ、私の後ろからそっと死体を覗き見る。
「ほら、ここにちょうど切れ味の良さそうな刀があります。これで」
私はベッドの横にある、巨漢の重そうな長刀を第二皇子に差し出す。
「ぼ、ぼ、僕は、自慢じゃないが、蚊とアリしか殺したことないんだ」
「大丈夫です。もう死んでますから」
「肉を切ったこともない」
「では、初めての入刀をしてください」
「そんな」
「できなければ、申し訳ありませんが、第二皇子。私だけ逃げさせてもらいます」
「え」
「大丈夫です。第二皇子はVIP。大切な人質ですから殺されることはありません。では」
「待って、瑞。僕、や、や、やる」
第二皇子は、長い刀を巨漢の首に振り下ろした。1回では首が離れず、もう1回振り下ろす。第二皇子は吹き出した血を浴び、涙と鼻水が血の中に落ちていく。早くして。私は巨漢の首をその辺にあった布で包んで第二皇子の背中にささっとくくりつける。
「えぐっえぐっえっ」
泣いてしゃくりあげる第二皇子の顔は血と涙と鼻水でブレンドされてる。そこらへんにあった布を差し出すと、第二皇子が顔を拭く。
ねとーん
鼻水が糸を引いてるし。それでも、涙と鼻水のおかげで顔を染めていた血飛沫が綺麗に取れた。
バレないようにテントを出る。
と、いきなり、第二皇子が言う。
「あっちに、みんながいる」
「え?」
「自分だけが助かるわけにはいかないよ。えっえぐっ」
前に返り血、背中に首とそこから滴る血にまみれ、第二皇子は、泣きながら少し離れた場所にあるテントを指差す。
「何人ですか?」
「8人」
うーん。
「兵士はこの周辺のでかいテントに寝てる。あそこにある小さいテントが食糧庫。向こうのテントには武器が入ってる。だから、あっちは人が少ないんだ」
「檻から観察していたんですか?」
「ああ。捕虜の8人はこの戦の後、銀山で働かされるって話してた。銀山から助け出すのは難しい」
「第二皇子、8人を逃すのは構いませんが、一緒に逃げるまではできません。足手まといです。退路まで考えてありません。行き当たりばったりです」
「大丈夫。僕が道を覚えてる」
「は?」
「連れられてきたときの獣道」
一緒に逃げようとしてるやん。足手まといだって。1人逃すのと9人引き連れて逃げるのでは訳が違う。それに問題はもう1つ。
「他の人がいたら、私が同行できません」
大将首を取ったという武功が、第二皇子のものじゃないってバレる。
どうしようか。
「じゃ、逃げるのは第二皇子にお任せします」
「え、瑞は? 守ってくれないの?」
それが男のセリフか。
「私は皆の注意を他に引きつけます。で」
「で?」
「状況から考えて、我が国の将軍が内通者の可能性がありますが」
先に駐屯地に潜り込み、第二皇子が拐われたときの情報収集をした。第二皇子の隊は東の端、山側に配置された。敵は前から攻めてきて、第二皇子を拐ったのは東の山から来た敵の別部隊。戦の大将でもないポジションにいて鎧つけてるのに、誰かなんて分かるわけない。それを殺さずに拐うなんて。変。
戦というのに弓と銃は使われなかった。敵に被害が出ないようにかもしれない。しかも、第二皇子が拐われたとき、将軍は、騎馬隊が追うのを止め、すぐに撤退を指示した。
「僕もそう思う」
「え」
「戦があまりに不自然だった。僕が駐屯地に着いてから4日で戦が始まった。早過ぎる。敵に、僕の到着を知らせたとしか思えないよ」
戦には手順がある。もちろん不意打ちもあるけれど、きっかけがあって、書状のやりとりや交渉があって戦。
「どうなさいますか? 敵と内通していたら、軍法会議ですが、第二皇子ならば、将軍をその場で斬っても構わないと思います」
「えーっ。無理無理無理無理。蚊とアリしか殺したことないんだって」
「じゃ、将軍を弾劾してみてください」
反論されたとしても、央の国の第二皇子。殺されることはない。
「あの人、偉そうで怖いんだもん」
「……」
当たり前。軍隊を率いる将軍に貫禄なかったら、どーすんの。呆れて言葉も出んわ。
「えーっと。瑞」
「はい」
「捕虜がいるとこに、見張りがいるんだ」
「いるでしょーね」
「僕、自分で殺すのヤダ」
「は?」
「きっと、僕、弱いし。戦ったら負ける自信ある」
そんな自信持つな。
「分かりました。皆の前では、もうちょっと荒ぶった感じでお願いします」
「ん」
なんて手のかかる。これで私と同じ年なんだろうか。21歳。
仕方なく、私は捕虜のいるテントの外にいた見張りをボコった。央の国の人達に姿を見られてはいけないので物陰で待機。幸いにもテントの中にいたのは捕虜だけ。
「「「第二皇子?!」」」
「騒ぐな」
「「「はっ」」」
「「「よくぞご無事で」」」
「敵の大将の首を取った。本来ならば高らかに宣言するところだが、状況が状況。このまま速やかに立ち去る」
「「「はっ」」」
なんだか、威厳のありそーな話し方してるし。なかなかの役者。
私は、第二皇子と捕虜全員が、馬を盗んで逃げるところを見届けてから動き出す。
よいしょっと。火薬の箱が想像以上に重い。
食料があるテントに火薬をばらまき、導火線になる火薬の筋を作る。こっちとこっちから。それから、私も馬を拝借。いい感じの枯れ枝を手に取る。ちょっとかがり火からもらい火。
馬に乗ったまま、地面の導火線に枯れ枝で火を点け、一目散にその場から離れた。
『じゃね』
馬で山を目指す。人間よりも遥かに高性能な目を持つ馬は、闇を難なく駆けて行く。
ドン!
遠く背後で爆音がした。走りながら振り向くと、テント軍の中に一際明るい炎の渦があった。食料テント爆破。
ワンモア。
ドン!
バンバン パチ パン
二発目。爆発で大地が揺れた。火の粉が狂ったように舞い上がる。武器テント爆破。火薬の爆発音に銃弾やらなんやら、火器が暴発する音が連続する。
かなり離れてるに、怒号が聞こえてくる。
これでもう、敵は撤退するしかないよね。火器なし、食料なし。
山の中の獣道。
おおーっ。感謝。第二皇子は、通りながら木の枝を派手に切り落としておいてくれた。これで道が分かる。見直したよ。
馬で走っていると、はるか前方に馬と人が見えた。いるとすれば第二皇子達としか考えられない。けれど、私よりも先に出発したご一行は、もう駐屯地に到着しているころ。
?
馬を止め、見つからないよう、様子を見に行った。
「ここから登ってください」
と聞こえる。誰か、足を滑らせたっぽい。敵は追っ手を出す余裕はないだろうけど、万が一ってことがある。危ない。あれだけ派手な爆発の後、敵陣では大将の首なし死体が見つかってるはず。第二皇子が逃げたこともきっとバレてる。それに、この辺りは狼の生息地。第二皇子の背にある敵の大将首から滴る血の匂い。それは狼達を誘き寄せてしまう。一旦捨ておいて先を急ぐのが得策。
「先に帰って助けを呼ぶのだ」
「我々を助けてくださった第二皇子を見捨てるなどできません」
お前かーっ。足を滑らせたのは第二皇子。そりゃ、誰も先を急げないよ。せっかく、道分かるようにしてくれてさすがって思ったとこだったのに。
私は辺りを見回して、木に引っかかっていた太いツルをさくっと切って、放り投げる。
「ああっ。第二皇子。今、ロープの代わりになるものが落ちてきました!」
「「「おおっ」」」
「これを」
「かたじけない」
第二皇子が助け出され、ご一行の馬はやっと駐屯地へ走っていく。ふー。
駐屯地へ戻ってから、将軍と対峙するのが大変なのに。こんなとこでつまずいてて大丈夫なんだろーか。心配。
もしも将軍が銃や刀を手に取ったら、助けなきゃ。
私は駐屯地近くで第二皇子一行とは別ルートを取り、駐屯地玄関とは反対側を目指す。そこで馬を捨て、将軍がいるだろう建物へ先回りする。




