むしろ燃えないよう
【A邸では】(事件3件目の屋敷)
「私が見つけたんです。庭に落ちていました。桶で池の水をかけました」
場所は、塀のそば。道から投げ込んだと推測できる。気になるのは池。塀と池のちょうど中間くらいで燃えていたこと。塀は人よりも高い約2m。池があることは道からは見えない。しかも、塀のすぐ近くは草が生えてる。でもって、池の周りには石畳の小道があって、綺麗に除草されてる。
池に落ちないよう、石畳の小道に落としたように思えるんだけど。庭を知ってる人が投げ入れた? 塀の上に登って投げ入れた? この屋敷の誰かが置いた?
池の水で火を消したなら、少なくとも、ここにあった札束に関しては、最初から半分が水で濡れていたかどうかは分からないんじゃない?
「見つけたとき、札束は半分までしか燃えてなかったんですか?」
侍女は答える。
「慌てて覚えてません。屋敷の回廊を歩いていたときに見つけて、大急ぎで駆け寄って火を消しましたから。お札ってことは次の日にお役人から聞きました。お札なんて見たことないんです」
私も知らんし。
4件のうち、1件は最初から、半分に水をかけられていたかどうか不明。
こんなことするの、換金できない紙幣をつかまされた両替商だったりして。いくら長年官僚をしてた人でも、4件分の札束なんて用意できないよね。
【B邸では】(事件1件目)
集まっていたお嬢さん達の中に、他の2件の家の令嬢がいた。官僚達は家族ぐるみで仲がいい。
カンニングをもみ消した官僚の娘に話を聞く。
「私のところでは、馬が騒いだのです。使用人が『見に行ったら何かが燃えていたので、大急ぎで着ていた服を脱いで被せて火を消した』と言っていました。朝、父が見せてくれました。半分は燃えてなくなっていましたが、半分は濡れた痕がありました。紙がぶよぶよと凸凹になっていました」
「厩の近くにあったのですか?」
「少し離れていました。でも、馬から見える場所でした。草? いいえ。土のところです」
「道から投げ込まれたのですか?」
「いえ。その辺りには塀も柵もありません。山なんです。入ろうと思えば、誰でも入れます」
【C邸では】(事件2件目)
もう1件の方についても尋ねる。闇塩官僚の孫。
「垣根のところで何か、光る物が動いたんです。たぶん、誰かが火のついた紙を投げたのでしょう。すぐさま侍女を起こしました。風もありましたし屋敷も広いので、侍女が他の使用人を呼びに行っている間に燃え終わりました」
仰天。何もせずに見守ってたの?! 消せよ。深窓の令嬢、恐るべし。
垣根の高さは人の頭くらいだそう。落ちた場所は、レンガの小道。
「馬の足音を聞きました。馬で逃げたのだと思います」
令嬢が夜中に起きていたのは偶然で、女学院の刺繍の宿題のためだったそうな。
【終り】
「刺繍? 真面目ね。そんなの、侍女にお願いしちゃったわ」
「私は母に」
などときゃぴきゃぴとお喋りが始まる。しばらく近くにいて、私に免疫ができたみたい。もう誰も腰から崩れ落ちたりしない。
令嬢達の小鳥のさえずりのような声をBGMに考える。もしも同一犯だとすると、犯人は馬を使った。庭の中を知らなかったとしても、馬の上からなら庭を確認できる。2m程の塀や垣根より馬上の視線の方が高い。
1件目は土の上、2件目はレンガの小道、3件目は池の周りの小道。放火どころか、むしろ、燃え広がらない場所を選んでる。
1件目はともかく、2件目以降は街に見回りがいた。2件目はターゲットが分からず街全体を見回るしかなかったとしても、3件目は財務に関する官僚に絞られて警備がされた。札束が投げ込まれたんだから、もっと絞って、紙幣発行に絡んでる官僚にすればよかったのに。そんな細かい担当まで、軍部が知ってるわけないのかな。
!
軍部も知らないのに、紙幣発行に絡んでる官僚んとこが被害に遭った。
両替商じゃない。普通の民間人じゃ、政府の内部のことなんて調べられない。
行き過ぎたイタズラの類じゃなくて、権力抗争かも。財務に関わってる官僚は力があるから。深入りすると消されそう。
実は朱氏様が企んだんだったりして。ありえる。
◇
帰り道、軍の同僚達にばったり会った。
「瑞、お疲れ」
「よぉ、モデルのバイトだったって?」
「どこで聞いたんですか。あはは」
「今さ、事件現場見に行くんだ」
「事件現場?」
「ほら、連続官僚邸放火事件」
うっわ。ゴーゴー燃えてる響きじゃん。札束ってことの方が重要だと思うんだけど。これって印象操作? 「連続官僚邸札束投げ入れ事件」の方が近い気がする。それだと全く事件性ないよね。
「そーなんですか。見終わってないかったんですか?」
「もう一度見て来いって言われたんだよ」
「そーそー。瑞も行くぞ」
「え"ー」
がしっ
肩を組まれ、無理やり参加させられた。パワハラ。非番なんだって。担当違うし。
屋敷は、タバコの密輸をしてる官僚んとこ。
厳しい門構え。塀の高さぱっと見5m。ほぼ城壁。1人が玄関の来客を知らせるドラを鳴らした。
「ここは最後に札束が投げ込まれた屋敷なんだ。順番がさ、役職が下の方の官僚からだったらしい」
「ここの家主が、官僚の大物で紙幣発行してる人。息子は予算編成を担当してる」
私が使用人と令嬢達から聞いたことは、当然のことながら、皆、既に知っていた。塀や垣根の高さや地面に関しては、誰も気にしていなかった。事件未満だから。
「放火じゃなくて、反対に、火が燃え広がらない場所を選んで投げ込んだのかなと思ったんです」
「ってことは、屋敷の庭の様子を知ってるってことか」
「どうなんでしょう。屋敷に入って、見たのかもしれませんし。馬を使ってたとしたら、聞いた3件は馬の上から中を見れそうです」
牡丹の群生の前に案内された。燃えた札束が見つかったのは、1mほどの牡丹の低木の上だった。
「ここに乗っかってたのを、2日前の朝、庭師が見つけた」
場所は、屋敷の裏手の庭で塀の15m程手前の場所。そこは牡丹が植えてある一帯。開花シーズンじゃないからよかったけれど、もし咲いていたら首が飛ぶところだったと庭師が話す。ここの奥様はそーとー牡丹好きで怖いんだね。牡丹は枝が一ヶ所折れただけで、無事だった。
皆んなで丁寧に細い木を調べる。1本切られた部分があるだけ。ここが折れた部分。その付近もしゃがみ込んで、かき分けて調べる。
「燃えてない。灰もない。たぶん、燃えた後のものが投げ込まれたんだろうな」
「瑞が言ったように、燃え広がらないようにしたんだろな」
庭師が説明を加える。
「紙はくしゃくしゃになってました。広げたら、半分が燃えてなくなってた」
私は直径2cmくらいの小石に気づいて拾い上げる。
「どーしたんだよ、瑞」「それが? 瑞」
「すっごく土の手入れされてるのに、この石だけあった」
「「?」」
「紙だけだと飛ばしにくい。くしゃくしゃだったのは、この石を包んであったからかも。物を遠くへ飛ばすとき、ちょっと重さがあった方がよく飛ぶ」
「「おおーっ」」
「雪玉にも石入れるとよく飛ぶもんな」
こらっ。それは雪合戦の反則。
私は、高さ約5mの塀を見上げた。猫すら入れなさそう。場所は玄関とは反対側。真上から見れば塀を隔ててすぐ道という場所。道は狭い裏通り、その向こうは川だと聞いた。誰も通らない人目のない場所でも、高い塀を越えて投げ入れるのは難しい。馬に乗っていても。
鉄壁の守りに「この屋敷、金あるんだろーなー」なんて思ってしまった。
「お茶のご用意ができました」
同僚達は屋敷でお茶とお菓子を勧められて喜んでる。逃げるチャンス。
「非番なので帰ります」
脱兎になって屋敷の玄関を出たとき、ふと、札束を投げ込んだ場所が気になった。屋敷の裏に回り、狭い裏通りを歩く。幅は獣道程度。すぐ横の川のせせらぎが気持ちいい。
これは無理。
塀から川よりも、塀から牡丹があったところまでの方が距離がある。その差は4倍ほど。例えば強肩の持ち主かいて、垂直に近い形で山なりに燃え終わった札束を投げたとしても、牡丹があった場所まで届かない。ボールみたいにバウンドでもしないかぎり、あそこまで行かない。ってことは、屋敷で働いてる人の犯行?




