闇塩密輸カンニング
男達が黙ったまま、跪く色白のお爺さんに憐れみの目を向ける。
1人は、そんなことは常識だ、と言い捨てる。
「仲間内では知れ渡っておるわ。こやつへの賄賂は銀よりも美青年だと」
朱氏様は追撃する。
「他にも、昨年の科挙の試験で、びっしりと文字が書かれた下着が見つかっております。しかし、どういうわけかことなきを得ました。結果は不合格。ですが、本来ならば、一生受験資格がなくなり、一族の社会的地位が剥奪されるはず。いかがいたしましょう」
「ひぃぃぃ。それは! どうしようもなかったのだ。愚息はまだ若い。一度の過ちで科挙を諦めさせるなど。チャンスを与えたかった。親心だ。分かってくれ」
言いながら、もう1人が、色白のお爺さんの隣で跪く。
科挙でのカンニングの罰則ってそんな厳しいんだ? 一族の社会的地位剥奪だったら、官僚続けられないじゃん。親心じゃなくて、むしろ保身。
いつの間にか、朱氏様は垂れていた首を戻し、立っている残り2人の男をまっすぐ見ている。
「そして闇塩」
立っていた男の1人が牙を向く。
「何を言っておるか!」
塩は政府が管理して販売するもの。けれど、闇での商いが横行してる。闇塩は正規の塩より安いから庶民に大人気。もちろん売るのは犯罪。見つかったら処罰される。官僚がやってたなんて明るみになったら大問題。犯罪だからってこと以上に、闇塩は裏社会のビジネスだから。
「証拠は? 証拠などないだろう。役所に訴えるのか? はっはっは。下っ端役人に何ができる。軍を動かすのか? 予算を減らす、兵糧を止めると提案すれば、軍は手が出せないだろう。我々は財務を扱う官僚。央の国で皇帝の次に権力を持つ集団だということを忘れるな」
悪辣。
「無駄なことはいたしません」
「それは殊勝なこと」
「闇塩を隣の地域にばら撒きましょう」
「ふ、ふざけるなっ」
朱氏様の方が悪辣だったわ。
裏社会には独自のルールがある。担当地域内でしか裏稼業をしちゃダメ。もしも他の地域で闇塩売っちゃったら、拷問&死のセット。表社会よりも厳しい。でもどーなんだろ。裏社会の制裁は、密かに親玉だけに行く。表社会の場合は、命があっても流刑地で重労働。しかも家族まで奴隷にされる。裏社会の方が優しくない?
朱氏様は袖の中から笹で包まれた物を取り出す。闇塩。
「とても簡単なことです。これを数個、別の場所で売ればいいだけのこと。包み方でどこの闇塩かは分かります。しかも彼らは非常に紳士的です。末端の駒には手を出しません」
がくんとヒザを折り、3人目が跪く。
1番偉そうな総白髪のお爺さんは自分が言われていないもんだから、立ったままふんぞり返ってる。「何をしておるのだ。お前達は」と床の上で丸くなっている3人に眉をひそめる。
「この密室で、4人がかりで襲われる危険もあるというのに。朱氏よ、たった1つの法案に、命を賭ける価値があると思うのか?」
「お忘れですか? 部屋の奥に凄腕の軍人がいることを」
え、私? 非番です。あ、目ぇ合っちゃった。
「そうだったな。……朱氏よ、それだけか」
「密輸。最近流行りのタバコの葉でございます」
「! どうやって」
「お認めになられますか?」
「いいや。知らん」
「そうですか。それは失礼致しました」
え、引き下がっちゃうの?
密輸って大罪。央の国は貿易を制限してる。あまりに海賊に襲われたから。
貿易制限の仕方は、行き来する船の数。許可制。だから、タバコの葉の輸出入は認められているけれど、貿易を行う船が、皇帝の許可を得たものでなければ密輸になる。
「朱氏よ、人伝に皇帝の耳にでも入れるつもりか? 無駄だ。こと、密輸に関しては、耳に入れたところで、その者が命を落とすだけだろう。お前だからこそ言っておるのだ。分かっているだろうが、うっかり忘れているといけない。私は優しいだろう?」
総白髪のお爺さんはニヤリと笑う。そーだった。皇帝も密輸してるんだっけ。
「ご忠告、ありがとうございます」
ところで、浩宇と私の存在、気にしなさすぎ。こんな雑魚に知られたところで、どーでもいいんだろうね。犯罪がでかすぎる。私一応、不正取り締まる側の軍人なんだけどな。T_T
「我ら4人の屋敷に燃える札束を投げ入れたのは、お前の指示なのか?」
「滅相もございません」
「ふん、どうだか。おい、3人とも立ちなさい。朱氏よ、約束しよう。法案は通す。だが、法案が通ることと、それを実現することは別の問題だ。これまで何千年、数多の朝廷が存在したが、税を銀にしていた朝廷はない。大口を叩きおって。実現できなければ笑ってやる。だがな、実現した後、央の国が傾いたら、私がお前の首を斬って、元に戻す」
「しかと心に刻んでおきます」
総白髪のお爺さんは、3人を引き連れて部屋から出た。と、即、朱氏様は走ってくる。今更。
「浩宇、大丈夫か」
「……はぃ……」
浩宇はなんとか喋れるようになってる。よかった。
私は朱氏様の首、ぎりぎりのところに喉を掴めるよう手を構える。この男は危険。浩宇を囮にした。こんなにも多くの部屋があるのに、この部屋に入ってきた。浩宇が危うい状態になったところを狙ってノックもせず入ってきた。
「朱氏様が浩宇を生贄にしたのですか?」
「……ち、がぅ……」
私の言葉を、浩宇が弱々しく否定する。
朱氏様が説明を始める。
「この屋敷に人が集まるとき、この部屋で誰かが犠牲になるのが常だった。薬を使う。だから私は、薬が使われたタイミングで踏み込む予定だったんだ。間に合ってよかった」
「……」
ちょっと遅かったデス。お触りされてました。
「あの男は制服フェチなんだ」
「……瑞じゃなくて……よかった……」
浩宇ったら。護衛の制服着てた私が狙われることを心配して、身代わりになってくれたの? そんな。私が狙われたら、色白のお爺さんをあの世へ旅立たせるだけだったのに。
「忌々しい部屋だ」
心底嫌そうに、朱氏様は部屋を見回して言葉を吐き捨てた。
朱氏様と私で、浩宇を人目のある休憩スペースへ運んだ。
◇
絵師が彩色に入ると、場所を屋内に移動した。ポーズを崩してもいいと絵師から言われ、なんとなく握手会に突入。
「きゃー。なんてセクシーな手」
そっか?
「手を、手を、手を握ってくださるなん、て」
ふら〜 ぱたり
握手で立っていられなくなる乙女多数。
「もう、一生この手を洗いません!」
なんてお決まりの宣言までされる始末。
令嬢達はお揃いの、白い石に房が着いたアクセサリーを身につけてる。お揃いにするなんて仲よし。と思ったら、違った。
「ステキなアクセサリーですね」
「瑞様ファンクラブのグッズです」
はああああ? いつの間に。
「ファンクラブ会長である第一側室がお作りになった、公式グッズです。会費を払うと特別ステータス会員になることができて、送られてくるのです」
「今日の催しも、特別ステータス会員限定なのです」
なにしてんだろ。あの方。小金稼ぐ必要、あるっけ。
その間、朱氏様は客間で会合を開いていた。集まったのは、税に関わる官僚達だと聞いた。
火のついた札束を投げ込まれた官僚は揃っている。更に、その上やそのまた上の偉い人も来ているそうな。朱氏様は、浩宇がまとめた資料を持ってきていた。
第二皇子に功績を立てさせるってプロジェクトは極秘。だから、朱氏様と私の繋がりも極秘。今回の肖像画については、私のファンクラブを作った代表、皇帝の第一側室が、ファンクラブ会員である令嬢のお願いに答え、私に声をかけたことになってる。ので、朱氏様とは別行動。
室内で熱心に彩色する絵師に話しかける。
「実物よりかっこよく描いてくださってありがとうございます」
新進気鋭と評判の若い絵師は筆を止めてこっちを見つめる。
「とんでもない。瑞様のファンとして、この絵を描けることに喜びを感じてる。こんなに創作意欲を掻き立てられたのは初めてだよ。瑞様、もしよければ、オレの専属モデルにならないか?」
絵師の瞳の奥に見えたのは、$_$ 金。丁重にお断りシマシタ。
ちょうど侍女がお茶を運んできた。燃えた札束のことについて聞いてみよ。




