インフレ札束で放火
「当たり前だろ」
「そりゃキレるって」
「ますます遣えなくなるんじゃね?」
「あんな札束、ケツ拭くくらいしか使い道ねーし」
軍部には、共感の声が溢れてた。
「札束? 何かあったんですか?」
「よ、瑞。あんま、街に出ないもんな。放火?」
なんで疑問符。
「放火ですか?」
「それも、官僚の屋敷」
官僚の屋敷に、燃える札束が投げ込まれる事件が連続していた。放火の類だけど、屋敷に火を放っているわけじゃない。だから疑問符だったんだね。
紙幣はB4サイズ(近世中国にB4という規格はないのですが)。かなり大きい。役人が給料としてもらうもの。給料は基本、米などの現物支給。階級が高い役人になるとそれだけでは足りないので、残りが紙幣で支払われる。ヒラ軍人の私の給料は米支給のみだから、紙幣を見たことすらない。出回ってないし。
燃える札束を屋敷に投げ込まれたのは、紙幣発行に関わる官僚4人だった。
札束の半分に水をかけてあり、全部は燃えないようにしてあった。全部燃えたら、札束だって分かんなくなるもんね。
「ハイパーインフレ起こしてる紙幣の札束なんて、燃やすくらいしか役に立たねーよ」
「あとケツ拭く紙」
軍の誰もが、事件は起こるべくして起こったって思ってる。
給料として発行された大きくて仰々しいしい紙幣は、何十年も前の出現当時はありがたがられた。けれど、今では両替商で受け取ってすらもらえない。当たり前。両替商が紙幣を受け取ったとしても、それを何かと交換すできないもん。「価値がある」って政府が言っても、商人は受け取りたがらないから、それで何も買えない。「実は価値ないんじゃね?」ってみんなが気づいて紙幣の価値がどんどん下がり、現在はほぼ紙。
◇
朱氏様邸で円卓を囲んだとき、朱氏様は「ざまーみろ」的に発言した。
「自分達だけ銀で私服を肥やして、何年も紙幣を乱発していたんですよ」
スーパー宦官の朱氏様は、とても人当たりが良くて、気さくで、穏やかで、めっちゃ賢そう。でもたぶん、私が知ってる誰よりも腹黒い。
第二皇子は困った顔をしていた。
「仕方ないよ。政府に銀がないんだから。銀がないから紙幣を発行する。銀がないから、その価値の保証ができない。例えば、紙幣を役所で銀に交換できたら流通するかもしれない。でも、そんなことをしたら、あっという間に国庫が尽きる。巷は好景気で銀が溢れかえってるってのに」
へー。私、お米で支給だから関係ないわ。副業に関しては銀で受け取ってるし。たくさん給料を貰う人って大変。
「殿下も苦労なさっております。第一側室に頼りきりでございます」
お爺ちゃん宦官が語る。
第二皇子の暮らしは政府からほぼ現物で提供される。必要な生活費の銀以外は紙幣なんだって。でも、紙幣は今では紙同然。第二皇子は母親である第一側室に両替してもらっているのだとか。第一側室の実家は極太。ざくざく銀を工面できる。第一側室の実家って、何屋さんなんだろ。
浩宇は提案した。
「税を銀に統一すれば少しは良くなるのではありませんか? 銀が取れる地域や貿易港があるところでは、税を銀で納めています。数字が残るので、役人が着服しにくくなっています」
それに朱氏様が答える。
「そうですね。これまでも、何回か案はあったのですよ。今の税は複雑です。米、小麦、生糸、織物、特産物、これに兵役。複雑なので抜け穴が多く、不正の温床になっています。けれど、税を銀に統一する案は悉く潰されてきました」
しつもーん。
「なぜですか?」
「役人の反対と利権です。特に農村部の地方役人の給料は低いのです。生活のために不正をする。不正がしにくくなると困る。なので、官僚に賄賂を渡して法案を潰す」
「……」
「利権は主に、税として納められた米や小麦の運搬です。銀は嵩張らない。運搬量が減って利益が激減するでしょう。中抜きもできなくなります」
それって水運に関しては第一皇子正室の実家。陸運の方は、皇帝の第三側室の実家。両方とも中抜きしてる。
「偉い人達は、自分達の利益を守るために、自分達でいろんなことを決められるのですね」
やりたい放題じゃん。
宦官の朱氏様はシニカルに笑う。
「ふっ。官僚とはそういう生き物ですよ。そして、大きな商人とがっちりタッグを組んでいるのです」
そこで浩宇が話を戻す。
「もしも税を銀に一本化できれば、輸送コストや不正分で税収が上がります。その分を給料に回すことができます。恐らく、地方役人で3倍くらい跳ね上がると思います。国庫に銀が集まれば、役人達への給料の支払いを銀でできます。インフレした紙幣分が銀になります」
なーるほど。そんなことを直に皇帝に伝えることができるのは第二皇子だけ。
「えーっと、みんな。僕の方を見ないでくれる? いきなり僕が、そんなこと喋ったら不自然じゃん。官僚に睨まれるの、僕、怖いよ。あの人達って3代か4代くらい恨み忘れなくってさ。また危ない戦場に送られたら嫌なんだけど」
第二皇子は扇子を広げてそれに隠れる。情けな。
「殿下、覚醒なさいませ。先の戦で華々しいデビューをしたではありませんか」
何も知らないお爺ちゃん宦官はGOと言う。
朱氏様は沈思黙考。ややあって口を開く。
「奇しくも、燃える札束を投げ込まれたのは、税を銀に統一することに反対していた官僚の屋敷です。その辺りが黙れば、財務のトップが動けるかもしれません。但し、命懸けでしょうね。私も皇帝陛下の側近に働きかけてみます」
皇帝は官僚達が、あーだこーだやり取りする場にはいない。皇帝は、それが終わって整った事項について代表から報告を受け、是か否か、AかBか決定を下す。ここに宦官が絡んでる。皇帝に伝える文書も会う人も宦官が事前に決めるし、「いやー、この法案、素晴らしいですね。賢帝として歴史に名が残るでしょう」なんてことも皇帝の側で囁いちゃうこともある。
「皇帝陛下の側近に働きかける」なんて、上訴はほぼ確。
「あーよかった」
顔だけ皇子は胸を撫で下ろす。
「いえ、同じ場に偶然居合わせ、説明をお願い致します」
「説明?」
「はい。地方役人の給料が3倍になることを説明してください」
「は? 僕が説明するのはおかしいって。僕は十王府にこもってるハズだから」
「分かりました。ならば、紙幣を両替できないことを話していただきましょう」
「それだったらできるよ。実際、あれを換金して遊ぼうと思ったら、できなかったんだよね」
このチャラ男。
「お願い致します。浩宇、データを渡すから、役人達の給料が3倍になる資料を作ってください。できれば第二皇子が皇帝陛下と知的に会話するシナリオも」
「はい。承知しました」
「んー困りました。上級の役人や官僚は3倍くらいでは手を打ちません。なにせ現時点で得ている金額が大きいので。せめて10倍から50倍にしないと潰しにかかるでしょう」
どんだけ不正働いとんねん。
「そこまで実際には利益があるということですか!?」
浩宇が驚いてる。まだペーペーだもんね。官僚がどれだけ公金ちゅーちゅーしてるか知らないよね。私もそこまでとは知らなかったけどさ。
「物流の商人からも賄賂を受け取っていたでしょうし」
「朱氏様、先ほど自分は『銀になったら輸送費が減る』と言いましたが、財政面の輸送費が減るだけです。米や小麦の流通は必ずあります。都市に人口が集中していますから。利権がなくても商人は困りません。税が銀でコンパクトになった余白を埋めるのに十分だと推測します」
浩宇がなんだか難しそうな話してる。
「反対意見の官僚は、私と瑞で抑えます」
「え」
今、朱氏様、私の名前出した? 怖いよー。何させられるんだよー。
言っとかなきゃ。表通りを歩けなくなる生活はしたくない。私の夢は温かい家庭を作ることだもん。
「政治に暴力を持ち込むことは、不本意です。いくら第一側室のご依頼であっても、それだけはお断りしたい所存です。勧善懲悪をモットーとしております。ワタクシも軍人の端くれであります」
「大丈夫ですよ。瑞様にしかできないことです」
「暴力ではありませんか?」
「違います」
ならよかった。




