あれをなんとかして
敵陣営の奥。案内の男に連れられ、北方民族のテントへ入る。
肌にひんやりと感じる夜の空気。私は、身にまとった心許ない薄い布地の前をぎゅっと抑える。
目に飛び込んできたのは、ど真ん中にでーんとあるベッド。そこに巨漢が座っている。鳥が住めるよねって感じのヒゲ、太い眉の下に鋭い眼光。折りたたみテーブルの上にランタンの光が揺らめき、そばには酒が入ったボトルと黒い鍵。ベッドの横に長い重そうな刀が置かれ、もしものとき対策ばっちり。巨漢は私を下から舐めるように見て、ヒゲをなでながら目を細める。きもっ。
「置いてけ」
「はっ」
案内をした男はテントを出た。
巨漢が私を手招きする。スカートの中、拳銃は右の腿、短刀は左の腿にある。今なら拳銃で狙える。ダメ。音で周りに気づかれる。それでは第二皇子を救えない。短刀? 巨漢の方が強そう。向こうは長刀。危険な賭けはできない。
私の迷いながら近づく様に、巨漢は舌なめずりする。
「はぁぁ、慣れてないのか?」
「……」
「かわいいじゃないか。おいで」
どのみちスカートをまくり上げられたら、拳銃と短刀が見つかって終わる。だったら。
意を決して、私がスカートの中の拳銃に右手を伸ばそうとしたとき、
ぐいっ
ぽふっ
左手首が掴まれて引っ張られ、ベッドに仰向けに倒された。コイツ手慣れてる。
真上に巨漢の顔。垂れ下がったごわごわしたヒゲが私の首に届く。
「体を売るのは初めてか? 気に入った。オレの女になれ」
巨漢の顔がゆっくり下りてくる。うわっ。ヒゲの中の分厚い唇がタコみたいに!
ぎゃああああああああああ
心の中で悲鳴を上げると同時に体が勝手に動いてた。巨漢の両肩に脚を掛け、両側から膝で挟んで首を潰す。私は両肘で体を支え、背中を浮かせたまま。薄い布地のスカートがヘソまでめくれ下半身が露出する。巨漢は苦しさにもがき、首を私の脚の間から抜こうと前後に体を揺する。
「失礼します」
絶妙なタイミングで誰かがテントに入ってきて、大慌て。
「お楽しみのところ、失礼しました!」
と即、テントから出ていく。
入り口からは、巨漢の背中と広がったスカート、私の脚の一部しか見えない。
私は両足首をクロスさせ、より一層きつく巨漢の首を締め上げる。渾身の力を振り絞って、体をひねり、
ゴキッ
首の骨を折った。一応とどめも。
ドスッ
心臓に短剣を一突き。ふぅ。
はあはあと呼吸が荒いまま、テーブルの上の黒い鍵を手に取る。きっと、第二皇子の檻の鍵。
私はテントの裏、下の方に穴を開けて脱出。
気づかれる前に第二皇子を助けよう。
◇
約1ヶ月ちょっと前、北の国境の戦で第二皇子が拐われた。
第二皇子ってのはびっくりするほどの美形なんだけど、顔だけの男。いろんな力関係と画策で辺鄙な北の国境の駐屯地に行かされちゃったわけ。そしたらそこで戦が始まった。しょせん顔だけ男。あっという間に敵に捕まって、戦はこう着状態。
「瑞、お前んとこの妃の旦那、捕まった」
「ええっ。なんてご運のない、第二皇子」
軍人の私は、仲間から話を聞いた。軍に女性が稀にいる。私はその1人として、都で女性の要人の護衛をしている。前線や駐屯地に比べたら天国のような場所。ご飯は美味しいし、お菓子までいただけちゃうし、お風呂に入れるし、仕事緩いし、高給。サイコー。
なにより、護衛しているのは、とってもラブリーな12歳の春香妃。
皇帝の第一側室に密かに呼ばれたのは、仲間から話を聞いた日だった。
後宮の豪華な一室。ドアが閉まるや否や、第一側室が私の胸に身を寄せた。
ぱたん
ぴと
「瑞様♡」
第一側室は、私のファンクラブ代表。身分が高いにも関わらず、私などのようなブルーカラーを「様」づけで読んでくださる貴重な方。宮廷行事で私を見かけて気に入ったと言うだけで、ファンクラブを結成。人事はコネと賄賂が常の社会。権力をフル活用して、私を都の高給職に異動させてくれたの。
そんな経緯で、私にとって大切な方。
「今日もお美しいです。宮廷の花々も霞んでしまいます」
「まぁ、瑞様こそ。どの殿方よりも美しく凛々しくて。素敵。制服がとても似合ってますわ」
「ありがとうございます」
ここまではお約束のやり取り。けれど、わざわざ呼ばれたのだから別の用があるはず。
第一側室は体を離し、じっとこっちを見つめた。第二皇子によく似た濡れたような瞳は思いつめ、我が子を心配してできた影とやつれは色っぽい。皇帝が気に入るはず。
「瑞様。頼みたいことがあります」
「はい」
まさか。
「息子。あれをなんとかして」
これは断れない。我が央の国の女性、地位ナンバー3。ナンバー1 皇太后、ナンバー2 皇后、ナンバー3 第一側室。
「ただいま、第二皇子は北の国境で敵に捕らえられていらっしゃると聞き及んでおります。第二皇子をお助けするとなりますと、都で春香妃の護衛をできなくなってしまいます」
「分かっています。護衛は別の者を回します」
「大丈夫でしょうか」
「春香妃を狙う者はいないでしょう。第二皇子がいてこその一族の権力。*十王府は後宮とは違って安全な場所です」
「はい」
だよね。後宮でバトルロワイヤル見てきた第一側室が言うと説得力あるわ。後宮は女性が血みどろの権力抗争を繰り広げる場だもん。
「最果ての地に送り込まれてしまったのは、母である私の力のなさのせい。それを跳ね返すくらいの人間であればいいのですが。あのバカ息子! 文武を怠り妓楼通い。その挙句、敵に捕えられるなど。私が後宮から出られるなら、殴りに行ってるわ。まったく。でも、私の息子なのよ。お願い、あれをなんとかして」
第一側室はよよよと床に泣き崩れた。
「全力でお助けします」
私は第一側室の両肩に手をやってファンサ。
すると、第一側室の泣き震えていた肩がぴたりと止まった。
「だけじゃなくて」
「だけじゃなくて?」
なんだろ。
「秒で敵に捕まって、軍の皆様にご迷惑をかけてしまった挽回をさせて欲しいの」
「ばんかい。」
いやーちょっと。
「このままでは、あの子には立つ瀬がありません。お願い、瑞様。あのバカ息子になんとか武功を」
「第二皇子を敵から奪還するだけで精一杯です。武功は難しいかと。そこまでは私にはどうにも。女ですし、兵士として駐屯地の軍に紛れるのも困難です。せめて同じ軍で近くにいなければ、武功を立てるサポートなどできかねます」
無理無理。
「報酬は弾みます」
「お受けします」
それを早く言ってくれればいいのに。報酬は銀でお願いしちゃった。もちろん、現地へのなんやかやも第一側室持ち。さっすが実家が太いと違うわー。なんてったって、皇帝に嫁いじゃうくらいだもんね。
◇
そんな経緯で敵陣に潜り込んだわけ。流しの娼婦として。
第二皇子がいる場所は確認済み。
敵は油断していると思う。何人もの娼婦が来ているせいか、テントの外に兵はほとんどいない。いても、酔っ払って寝てる。見張りも気が抜けた顔。
檻を開け、第二皇子救出。
「瑞、瑞、瑞」
めそめそと泣き、第二皇子はわんこのように飛びついてくる。
!
いーこと考えた。
「第二皇子、第一側室の命で参りました」
「母上が!」
母の愛に第二皇子は、どばーっと更に涙を流す。
「第二皇子救出と共に、もう1つ命がございます」
「もう1つ?」
「武功です。第二皇子に武功を立てさせよとのこと。ちょうど、敵の大将を殺してありますので、あとは首を取るだけになっております」
「は?」
「首をお取りください」
「え、」
「こっちです」
「逃げよう、瑞」
そのまま逃げ出そうとする第二皇子の腕を掴んで、さっきのテントの裏へ連行する。
「いや、僕には無理だよ。殺してあったとしてもだよ。危険じゃないか。ほら、今のうちに逃げた方がいい。殺したのなら、もうそれで十分。ここは戦場じゃなくてさ、えっと、敵の陣営なわけで、あ、それって戦場に入るんだっけ?」
どかっ
うざっ。あまりにうざいから、テントに開けた穴へ第二皇子を放り込んでお尻を蹴り飛ばしてやった。
*十王府とは、後継以外の皇子が、後宮を出てから地方へ行くまでに生活する場所です。




